
| ここで興味を持たれ、さらに深く知識を深めたいと思われた方は、 より専門のホームページか、専門書籍等をごらんになられることをお薦めします。 |
虐待 4 |
|
| 虐待を乗り越える親 | |
| 虐待は親子のちぐはぐな関係から生まれてくるものです。そして、「親子」であるゆえに、外部からはその関係がよくわからず、かなり深刻な状態にならないと事態がよく把握できないのが現状です。以前にも書きましたが虐待を受けている子供自身も「親子」という名のもとに、それがしつけや教育だと言われ、自分が虐待を受けていることを訴えることはしません。 愛情の発育の問題を前回話しましたが、それがうまくいっていなくても「親子」であることに変わりがなく、親も子も家族として生活しています。それは虐待の有無だけではなく、実は普通といわれる多くの親子の間でも抱えている問題の一つでもあると思います。親子だから許せることと、親子だからこそ許せないことというのが実際にあるはずです。愛情が理屈ではなく、また相互に育てていくものである限り、これは仕方がないのかもしれません。いずれにしても、虐待がある家庭でも、それは親子であって、これから先にわたってもその関係が変わることがないということが、虐待を見つめるもう一つの視点でもあります。 つまり、虐待を解決するというのは、ひどい親から子供を離せばすむということではないのです。虐待の解決は親子の関係を取り戻すことに他なりません。そのために何をしたらよいかということで、回復の道のりを考えることになります。 まず、虐待に気づくことから、それは始まります。虐待は親子の間で習慣化していることが多く、本人の自覚が薄いうえに次第にエスカレートしていくことが普通です。虐待は学校や病院で気がつかれることが多いのですが、身体的な虐待以外は目に見えにくいもので、発見がさらに遅れがちです。ですから、子供のことについて多くの人が関心を持ってくれることが大切になります。最近、厚生省から虐待を疑われる場合の報告義務について、よりすみやかに行われるように指示が強化されました。早期に発見することは、親子相互の傷をより小さくするためにとても重要なことです。 虐待を修正するには、家族のこれまでの状態やそれぞれの気持ちを再確認していく作業が欠かせません。自分の行動が虐待につながっていることを理解し、そのまま続ければ取り返しのつかない事態にまでおよぶことを認識することが必要です。虐待は生命に関わるだけでなく、子供の心に深い傷を残し、適切な成長を妨げるほか、新たな虐待にもつながることは前にも書きました。親は自分自身を見つめ、家族の状況を見つめ、お互いの関係を見つめながら、家族をやり直す努力をすることになります。 実は虐待という問題を考えるときに大事なことは、習慣や行動に対する依存性という問題とも関係があります。虐待をする親の多くは虐待をすることによって、その他のバランスをとっていることが多いのです。愛情の持ち方の問題もあって、親は虐待をしながらも、一方でその子のいない生活にも耐えれない気持ちを持っています。これは以前にもDVや機能不全家族という問題の時にも触れました。この愛情を含めて関係の修復をしなければなりません。 虐待によってバランスをとっている家庭では他方の親は見て見ぬ振りをして過ごしていたり、時にはそれに協力的な態度をとっていることもあります。それを止めると自分が暴力の対象になるために、子供をいけにえにしている場合さえもあります。これは兄弟姉妹に対しても同じことが起こります。虐待される子供というのは家庭の中で決まっていることが多く、その子だけが攻撃の的になりがちです。兄弟姉妹も親の仲間になるか、耳をふさぎ助けられない自分を責めるかという葛藤を生みます。こうした事態は家族のそれぞれに深い傷を残していくのです。 現在、虐待についての取り組みは個人のカウンセリングのほか、自助グループの活用ということが注目されています。以前にアルコール依存症でも注目しましたが、虐待の場合でも自分自身を見つめ直す作業に、自助グループの意味合いは大きいようです。この段階では正論を振りかざして教科書通りの教えを受けるよりも、同じ体験を重ね、共に苦労をする仲間の存在が何より力強い助けになるのでしょう。虐待という事実を見つめ、再出発を考えれるようになれば、この仲間の力はいっそうの意味を持つものです。 これも以前に触れましたが、自助グループの活動は病気に関係なく広がってきています。妊婦の会や育児の会を行っている地域は実はとても多いのです。産婦人科や小児科が意識を持って取り組まれているところもあります。これは人生の一大事業であって、そもそもがとても大変なことなのです。核家族化が進み、地域の助け合いも薄くなってきた現代の社会では、主婦や母親の孤立は社会的に大きな問題であるという意識も高まってきました。このような自助グループの活動がその代役を期待されているわけです。 虐待を受けた子供も自分の受けた傷が、決して正しいものでなかったことを理解し、「虐待」という問題が「心の病」の一つであって、自分の責任ではなかったことを学びます。そして、まずは自分自身の心の傷を癒すことが必要になります。落ち着いた生活、安定した温かい人間関係を通して、この作業は進められます。 全国の児童相談所が今、虐待への取り組みに力を入れています。相談員の方が子供の様子や自分の家庭の状況を把握し、適切な処置について話し合うことができます。子供の一時預かりも行ってくれます。繰り返しになりますが、虐待ということを単に善悪だけで考えず、今本当に家族のためになるのは何かということが大事なのです。虐待という状態から抜け出すことが、最優先です。自分の行為が虐待につながっていることを認め、他者に相談することには本当に大きな勇気が必要です。しかし、この問題を乗り越えるためには、ここから一歩を踏み出すしかないのです。この勇気が子供の将来も、家族のあり方も、そして自分の人生も守ることになります。 今回紹介した話は現在、親の心のあり様として注目されている心の病としての「虐待」についての話でした。実は性的な虐待にまつわる問題はまた非常に根が深く、子供にも大きな傷を残します。それは大人の欲望によって起きる心の闇の問題だからです。また、虐待がとうとう本当の憎しみとなっていたり、逆に人として善悪の判断がつかずに楽しみや気晴らしの一部となって虐待が行われていることもあります。このような場合には親権の剥奪などもふまえた対処が行われます。親権とは親が子供に何をしてもいい権利ではなく、一人の人間が「親」というものになる権利なのです。これは本来人間の誰にでも備わっているもので、特別なものではありません。しかし、どうしてもそれが果たせないのなら社会が子供を守らねばならないのです。ここにはこの問題に対する厳しい姿勢があります。虐待という問題に立ち向かうことは、人としてもっとも基本的で大事な何かを守る戦いでもあると思います。 |
|
| (2000/7/7記) |