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アルコール依存症という病気が問題とされるのは、実はこれが本人だけの問題ではなく、家族の中に暗い影を落としてしまう社会的な病気であるからです。この病気は家族そのものを破壊します。今回からしばらくはそのことについて触れていきます。
「否認の病気」という話を前回しましたが、否認をもっとも手っ取り早く正当化してしまう方法としての暴力は、昔から繰り返されてきました。家族が酒を飲ませまいとしても、暴力を使えばこの問題の形勢はすぐに逆転していきます。家庭の中で暴力が始まった時点から、家庭内の緊張は一気に高まり、安らぎがなくなります。
最近、新聞を見ているとDV(Domestic Violence)という言葉がよく出てきていると思います。これはドメスティック・バイオレンスの略なのですが、日本では夫婦間暴力あるいは身近な男性から女性に対して行われる暴力を指す言葉です。欧米ではこの問題はかなり以前から深刻な出来事の一つとして取り上げられていますが、日本でもこの問題に注目が集まっています。これは肉体的・身体的な暴力だけではなく、暴言や罵倒による精神的な暴力、生活費を家庭に入れはないなどという経済的な暴力、さらには夫婦間と言えど個人の尊厳を無視する性的な暴力も、この中には含まれています。
日本には男性中心に物事を考えてきた長い歴史があり、ともするとこうした問題も夫婦ゲンカということで軽く済まされるところがあります。しかし、体に大きなアザをいくつも作っていたり、骨折をしたり、食事もろくにとれないような生活を強いることは、社会的な限度を超えるものです。相手を自分の持ち物のように都合よく利用したり、うさ晴らしの種に使ったりすることも同じです。夫婦とは互いに一人の人間同士が協力して生活していくもので、一方からの強い押しつけによって、他方がしいたげられている状況は、本来の意味を失っていると言わざるをえないでしょう。
アルコール依存症のDVは酔った勢いで暴れるような酒乱を指しているわけではありません。もちろん、そういうことが過剰な人もいますが、アルコール依存症と関連したDVは飲むための暴力や飲んでいる自己を正当化するための暴力といった意味合いが強いものです(酒を飲んで家族を傷つけることはDVですが、酒乱だからアルコール依存症ということではありません)。家族が自分の行動に意見することを許さず、一方的な関係を作ろうとします。家族の気持ちを無視して、自分中心に支配しようとするものです。そして、そうした強い暴力の前に家族はおびえ、どうにもならない現実に直面させられて、次第に無力化していきます。
DVと直接関係があるものではありませんが、アルコール依存症における夫婦間の問題としては「嫉妬妄想」というものが特徴としてあげられています。夫婦の間に生まれる溝と相互不信が、この問題を引き起こすようです。アルコール依存症者は内心では酒におぼれる自分に自信を失っていることも多いですし、妻が生計を立てるために外に働きに出たりすると、自分の存在感が薄まるからなのかもしれません。働きに出かける妻を尾行したり、職場にたびたび電話をかけたり、知人の男性に不審の目を向けたりして、現実的に問題を起こすことも出てきます。このときも妻を一方的に攻める暴力はよく生じるものです。
DVという問題は実はアルコール依存症のみの問題というわけではありません。今回はアルコール依存症とからめてこの問題を紹介していますが、もっと他の理由から暴力が生活に入り込んでいることが多くなっています。飲んだ勢いでとか、自分の妻や子だからなどという理由で暴力が肯定されこることはありません。
現代の社会では女性や子供とといった力の弱い者が一方的に理不尽な扱いを受けてよいものではありません。こうした問題には毅然とした態度で対処することが必要です。警察も児童虐待を含め、家庭の中のこうした問題に積極的に取り組むという姿勢を明らかにしています(残念ながらまだ十分ではありませんが)。女性のための相談室や女性110番といったものも各地域で開催されています。これはただの暴力被害ということだけでなく、これからも続くかもしれない男女2人の問題なのです。家庭を守るためにも、この問題は解決しなければいけない重要な問題であると考えて欲しいところです。DVも極端になれば、これも一つの病的な状態と考えてよいものなのです。
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