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心も風邪をひく


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統合失調症 5

 妄想

 人間は一つの現実の中で生きているように思えますが、実をいうとこれは正確なことではありません。私たちはどんな人でも現実をいったん自分の脳の中に取り入れて、そこに生まれる自分なりの世界の中で生きています。物理的に同じ出来事に出会ったときでも、その人なりに感じ方や受け止め方が違うのはそのせいなのです。例えば、目の前に犬がいるとしましょう。ある人は「かわいい」と思い、ある人は「怖い」と思い、ある人は犬に気づきさえしないかもしれません。物理的な状況は一つなのですが、その人それぞれにとっての現実は、いつも他人と同じ現実とは限らないのです。私たちは生まれてこのかた、目の前で起こる様々な現実を「体験」として自分の中に取り入れ、自分の世界を作ってきました。私たちは今やそれぞれが違った現実を抱えて生きているというのが本当のところです(他の人にはこのような違いが「個性」として映るでしょう)。心理学の世界ではこのようなその人の中の現実を「物理的な状況」とは区別して「心的現実」と言っています。私たちがお互いに世界を共有できるのは、社会常識や国民性といった基本的で共通した体験基盤を持っているからであり、人間同士として気持ちを共感しあえる優れた能力を備えているからです。

 「妄想」とは、病気の影響によってこの「心的な現実」の中に生まれる誤った現実理解のことを言います。私たちとの共通の体験基盤を欠いていて、突如としてその人の中に生まれてきてしまうものです。私たちも普通、実際には起こりえないようないろいろな空想や想像をして楽しんだりしますが、「妄想」が問題となるのは、その考えがあまりに強固にその人の中に根づいてしまい、客観的な現実を見失ってしまうことにあります。

 例えば「自分は天皇陛下の隠し子である」という考えが頭の中にこびりついてしまうことを「血統妄想」と言います。「血統妄想」が出てくると、自分の本当の両親を「親」と思うことができずに、言うことを聞くのが馬鹿らしくなってきます。何度も皇居に行こう試みては家族に止められ、その度にイザコザが増えていきます。お金もいくらでも使えるような気がして、クレジットカードやサラ金を利用してどんどん買い物をしてしまいます。「天皇陛下の子供である」という考えが、その人の生活全般、家庭そのものに影響を与えていきます。しかし、一方で「妄想」の不思議なところは「天皇陛下の隠し子である」というこの点をとり除いてみれば、日常の生活には問題がなく、全くごく普通の人になってしまうことにあります。一般には誤解されがちですが、「妄想」と知能に直接的な関連性はありません。「妄想」があるからといって、すぐに生活機能が落ちたり、思考力が鈍るわけではないのです。同じような「血統妄想」を持っていても自分を「育ててくれた両親」に感謝して親孝行しようとする人もいますし、「隠し子」としてお迎えが来るまでひっそりと堪え忍んで暮らしている人もいます。わかりやすく極端な例にしましたが、妄想による影響が少なければ、個性の強い人間として(あるいは普通の人として)、仕事をして、家庭をもって暮らすことができます。妄想はどちらにしてもこの考えが非常に修正しがたい点で共通していて、修正しようとすればするほど事態がこじれる場合が多いようです。

 「妄想」にはこのほか「自分の家に盗みに入られた」「物を壊された」などと考える「被害妄想」、「自分が誰かと結婚している」「誰かが自分の恋人である」などと考える「関係妄想」、「夫(妻)が浮気している」などと考える「嫉妬妄想」、「自分は大発明家である」「アメリカ大統領に選ばれる」などと考える「誇大妄想」などがあります。統合失調症の代表のように思われている「血統妄想」は、最近では非常に減少していて、実際にはかなりの少数派と言えます。

 「幻聴」と「妄想」は統合失調症の代表的な症状であると書きましたが、これらは統合失調症固有の症状ではないことに注意してください。「幻聴」や「妄想」は頭部の外傷やある種の脳神経性の疾患などによっても起こります。アルコール依存症には「幻視」が生じやすく、麻薬中毒でも生じてきます。極度な不安体験や恐怖体験をした場合(PTSD・心的外傷後ストレス障害など)でも生じる場合がありますし、老人性痴呆などでも見られるものです。それに、統合失調症になってもこのような症状が出ない人もあれば、症状があっても日常生活に全く影響がない人もいます。こうした症状が問題となるのは、他の病気と同じように病状が悪化して混乱状態におちいった時だけです。このようなときだけを取り上げて「統合失調症が怖い」「気ちがいだ」などとその全てが評価されるのは、不当なものだと思います。「幻聴」も「妄想」も統合失調症の症状の一つではありますが、その作用は千差万別であり、これのみで病気の重さや、ましてやその人の人格までもが判断されるものではないのです。
(1999/4/29記)
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