学生時代 第一章 本文へジャンプ


【 序 ぼくらの時代】

ぼくらの時代は、ぼくの学生時代はどのような時代だと言ったらよいのだろう。青春の、不安と未熟と、怖れの、恋と情念の嵐に翻弄される季節。夢があり、この上もなく気持ちが昂ぶり、自分には限りない可能性と未来が開かれているのだと夢想し、さながら、自分の回りを世界が回るのだと考えるときもあり、また時には、打ちひしがれ、心の中の、外の世界の厚い壁にみごとなほどに打ち負かされて、うずくまり、身動きもできぬことがある。このような時をなんと言ったらいいのだろう。
そしてぼくらの時代。時代の嵐が吹き荒れた後、その時は去り、しかし、その記憶が消し去られるにはまだ至らなかった。そのころぼく達は旗を振りはしなかった。しかし嵐の余韻のなかでなお走ることをやめない者達もいた。ぼくらは彼らを遠巻きに見ていたのだが。

 ああ!世界は動いていく 是非もなく
 孤独な悩む存在や 愛する者達など気にもせず
 ことごとく無限に包み込み 
 微細なものも 飽くなき動乱も
 人々の闘争、困苦、悲劇も 一切を一個としおのれとし
 悠々と、しかも、雪崩の落ちる雄大をもって
 無数の地響きの織りなすとどろきをもって 
 しかも大河のように無窮に 
 運命の大海めがけて進んでいく

この詩を書いた頃、毎日の新聞の一面を飾っていたのは戦争の記事だった。アメリカとベトナムの戦争。この戦争の暗い影は、日本にいたぼくらの心にも及んでいた。そのころのぼくらの歌はフォークソング。ぼくらは戦争の記事を読み、テレビは戦争のニュースを流し、歌は反戦のメッセージソング。ぼくらは大きなうねりの中にいた。そのうねりの正体はいまもって分からない。しかし、ぼくらはその大きなうねりのなかで生き、呼吸をし、喜び悲しんでいた。

ぼくは戦争について真剣に考えていた訳ではない。多くの者達のように。ただの平凡な高校生にすぎなかった。ただ、得体のしれないうねりは感じていたし、「暗い影」は密やかに、心を脅かしていたのは確かだ。また、そのうねりのなかで、ぼくは自分が大きな世界にとってはとるにたらない点にしかすぎないことも知っていた。しかし、そのとるに足らない点にすぎない自分はまた、思い、悩み、内面に嵐の吹き荒れている、また、憧れでもあり、重荷でもある、秘密めいた「性」に脅かされ、翻弄されている、青春のただなかにいる、かけがえのない者であることも確かだった。ぼくの内にも一つの世界があった。この世界は外の世界がそうであるように、またかけがえのないものだった。

この詩は当時のぼくの「内面の嵐」と「外の世界の嵐」をうたったものだ。ぼくなりの一つの解答だった。今読み返すと、その頃のことが蘇ってくる。それは、今にしてみればひどく懐かしい思いがする。思い出は、また、他のさまざまな思い出を引きずってくる。なるほど、「青春は美し」だ。その「影」も含めて。



物語一 部屋の中

いまは大阪のホテルにいる。部屋の中はベットとバスと椅子とテーブルがあるだけだ。殺風景な無機的な部屋だ。夕食の後。外に出ようという気もしない。街はあまりにもにぎやかで今日の一日はくたくたに疲れてしまった。

駅に降りたときに、おもしろいことがあった。ぼくは駅の真向かいのデパートの前を歩いていた。すると一人の、若い女の人がぼくに近づいてきて、「大阪駅はどこか」と聞くのだ。ぼくはめんくらってしまった。ぼくらは大阪駅のまん前にいるのだ。明らかに地方から来たと分かるだろうぼくに、駅の前にいて駅はどこかと聞くのだ。ぼくは困惑してしまった。そうして正直にそれを指し示した。

彼女はすると少しうろたえたような表情をして、去っていった。あれは何だったのだろうか。秘密めいた、彼女の奇妙な表情だった。この街に着いたその日からの不思議な経験だった。

駅に降り立つと不思議な感じがした。ぼくは街中に一人置かれている。ぼくを知るものは誰もいないし、ぼくを迎える風景もない。北海道の街中、森のように親しく迎えるものもない。ぼくはたった一人だ。お互いに知るものはいない。

北海道にいたときにはこのような感じたことはなかった。どこに行こうともそこには親しいものがあった。その風景は。しかしこの街には明らかに異質なものがあるのではないだろうか。それが何かははっきりとは分からない。 つつみこむ空気、それがまるで違っている。この街が故郷である人にとってはこの街は親しみに満ちたものなのだろうが。



    物語二 デカルト

この街は独特の雰囲気をもっている。それは北海道とは明らかに異質なものだ。先ず活気があり、にぎやかで、騒々しく、それは人間の群れ集うところから醸し出される独特の臭いに満ちている。この街は生きる活力に満ちていて、哲学などがいる場所はないのではないか。この街は生きて活動する人々によってつくられている、その雰囲気も街並みも。それは歩く人々の姿からもうかがえるだろう。

ぼくは今日一日、このホテルから外に出ずにいた。外に出ようという気持ちにならなかった。一日この狭いホテルにいてデカルトを読んでいた。にぎやかな街の中にいて、デカルトを読むというのは場違いな感じがするけれども。

高校一年の秋のころの、学校祭のことが思い出される。ぼくのクラスは喫茶店を開いていた。その準備に忙しいときのことだ。ぼくはまだまだできあがらない教室にぽつんと一人いた。祭のにぎやかな雰囲気の中でぼくはデカルトを読んでいた。デカルトの『方法叙説』。それはこの街にいてデカルトを読むのと同じような違和を感ずるものだろう。よく分からないままに一行一行読んでいた。妙にデカルトはぼくの心をとらえた。その光景はいまも目に浮かぶ。もし誰かが教室で一人本を読んでいるぼくの姿を見たなら変わった奴だと思うことだろう。事実ぼくは変わった奴だと思われていたが。

ぼくはあのころに自分の姿をいまも引きずっているように思う。つまりなじむことのできないものとして。祭の中のデカルト。これは滑稽ではないか。確かにそうだろう。しかしぼくは祭の中に入っていくことはできなかった。祭に参加することができなかった。この点でぼくは変わりものだったのだろう。

いつの頃からだったろう。ぼくは「何故」ということを問い、いつも「何故」ということを考えていた。それは中学に入ってから著しくなってきた。それは、確実なものを人一倍欲していたからではないだろうか。ぼくには問うことがすなわち無意味であるようはなにかしらしっかりとしたもの、堅いもの、ぼくを深く包み、安らがせるもの、それを何と言ったらいいだろうか、そのようなものがなかった。すみずみにまで及ぶ直感。疑いをその光によって打ち消すだけの強い直感。そのようなものはなかった。ぼくは、そうして多分時代を共有しただろうぼくらは。

ぼくらの意識は普通思春期の頃から強くなり、目覚めるものではないだろうか。ちょうどその時期からだ。ぼくはぼくを支える確実なもの、それを欲した。全てが納得できなかった。そうして「何故」を繰り返した。それを象徴するのが、あの祭のなかでデカルトを読む姿だ。デカルトの懐疑が魅力的だった。確かなもの、確実なものを持たないデカルトの苦悩と、それを求める哲学者の姿。

その言葉の織りなす魅力。そのようなものが、ぼくを引きつけたのだ。

いまのぼくにもその「確実なもの」はない。ぼくはたいしてあの、デカルトを読み始めた頃から進んではいない。すべてが分からない。ぼくには確かな思想、漠然としているけれどもぼくを支える強い観念のようなものはない。確かなものは何もない。



   物語三 初恋

このようにホテルの部屋に一人いて時間の流れるのにまかせているといろいろなことが想い浮かんでくる。これからの時の期待と、不安、そうしていままでのぼくの胸につもるさまざまな思い出。思い出はあまりにも甘美でうつろいやすく、胸を焦がす。思い出は美しくあろうとする。

彼女のことがいま想い出される。痩せていてどことなく病弱な風があった。ぼくが中学一年の時だった。いまでは彼女の顔はおぼろげにしか思い出すことができないけれども彼女とのあの瞬間だけは決して忘れることはないだろう。

体育の時間だった。ぼくらはバスケットボールをしていた。ぼくは夢中で体育館の中を走っていた。そのように走る中で、ふと時間が止まるような不思議な思いがした。まるで、自分が体育館にいていまは授業の時間なのだということを忘れるような。いまも思うのだがその時はぼくにとって「時」は優しく流れるのを止めていたのではなかったか。そこには周りの全てのものが忘れ去られ、ただ充実した円を描く時間だけがあった。ぼくらはその円の中にいた。彼女がぼくの傍らにいた。二人だけが流れることのない時間のその中にいた。そこには彼女とぼくだけがいた。ぼくらは深く、呼応しあっていたように。ぼくは彼女を感じていた、彼女もそうであったことをぼくは希う。ぼくと彼女はふたり動くことなく、たたずんでいた。言葉を交わすこともなかった。

どのくらいの時間であったかは分からない。一瞬にすぎなかったのかもしれない。しかしぼくは、いまも、そして生涯あの瞬間を忘れることはないだろう。記憶の中からあの時のぼくと彼女の二人の姿を取り出していまもそれをまのあたりにみることができるように。

彼女はそれからしばらくして父親の転勤で何処かへ行ってしまった。それからの消息は知らない。彼女についてはそれ以来なにも聞いてはいない。誰かに尋ねることもしなかった。いまは思い出だけが残り、彼女は失われてしまった。初恋というのならこれがぼくにとってそうだったのだろう。



    物語四 朝

外ではもう朝の車の音が聞こえる。大阪での三日目が始まる。今日は外に出ようと思う。しなければならないことがたくさんある。それらを今日はしようと思う。ここにいては全て一人でしなければならない。それは爽やかでもある。

思うにいままでのぼくは何をしてきたのだろう。いままでに果たしてこのように自分一人であることが何度あっただろう。旅に出たことはあったが、それは帰る場所がはっきりとした一時的のものだった。これからはしかしそのような場所がはっきりと示されてはいないだろう。何になるか、どのように在るかはこれから作り上げて、自分の力で、いかなければならないものだろう。ぼくはいまそのようなところにいるのだろう。

今日はまず住むところをさがそうと思う。これがまず第一歩だろう。

 この窓の外から街並がみえる。もうこの街は忙しく、貪欲に活動している。まるで巨大な胃袋のように。さまざまなものがその中で消化されていくのだろう。美しいもの、醜悪なものもともに貪欲に。その街の体臭ともいうべきものがここにいても伝わってくるかのようだ。



    物語五 夕

不動産屋を数件まわってみて、アパートを見つけた。六畳一間。備え付けのベットがついている。陽は西日しかあたらないが仕方がない。二棟あるアパートの内住んでいるのはほとんど学生だということだ。大学へは電車で二駅のところ。自転車で通うこともできる。

数日の内に移ることにした。

アパートからの帰りに大学のあたりを歩いてみた。駅を降りてから少し歩いて右に折れると大学への緩やかな坂道がある。その道の周りには学生相手の食べ物屋や喫茶店、本屋などがある。坂道を降りてくる学生達と、登っていく者達。その人の流れ。その人の流れの中を行くのはこれまでに味わったことのない独特な感じがした。それはいままでにふれたことのないようなものだった

それは学生街と学生達とによってつくられるある雰囲気だ。明らかに街中の雑踏とは違うものだ。その独特なにぎわいの中でぼくは一人歩いていた。それは晴れやかな気持ちではなかった。

大阪についてからほとんど人と話してはいない。これで三日の時が流れたのだがほとんど会話らしい会話をしていない。人と話し、人と触れ合いたい。このように一人いるときには果たして自分というものはなんであるのだろう。



    物語六 朝

ひどく頭が痛む。昨夜の酒のせいだ。なぜだか無性に街に出てみたくなって、街中を歩いた。居酒屋に入った。ビールは苦く独特の味がした。ぼくは一人前の大人のように酒を飲んだ。このようなことはいまでになかったことだ。このように一人で外に出て、酒場に入り酒を飲むなどということは。

人中にいて酒を飲んでいると、今までに味わったことのないような気持ちになった。それは不思議な感じだった。ぼくは今までの世界から、他の新しい世界に押し出されたような気持ちがした。まるで、淡くおぼろげな世界の中に漂っているような気持ちがした。居酒屋にはさまざまな人がいた。そのにぎやかな場所にいて、ぼくは酒を飲み、その場の空気を呼吸していた。夢の世界にいるような、甘い陶酔感にひたっていたようだ。今までに味わうことのなかったもの。

居酒屋を出た後、そのまま帰るのが惜しいような気持ちがして、スナックに入った。カウンターに座って水割りを飲んだ。

スナックの、ぼくとそんなに歳は違わないだろう人が、話しかけてきた。彼女の言葉が耳に新しかった。

「あなたは学生だと思うけれど」と、彼女は言った。

「これから」とぼくは言った。「三日前に来たばかりで、ホテルから外に出たくなって、こうしてブラブラ街を歩いている。今日は下宿探しをして、千里にアパートを見つけたのだ」とこう彼女に言った。「千里というと、私も千里に住んでいるのよ。偶然だわ。そのアパートはなんていうの」と彼女は聞いてきた。ぼくのアパートの名を彼女は知っていた。千里に学生用のアパートなどはそう多くはないのだ。

「それじゃあこれからも会うことになるかもしれないわね」と彼女は明るい声でいった。それはのびやかな声だった。それから彼女は、自分のことを話してきた。初対面の者に自分のプライベートなことを言うというのはあまりに無防備だとぼくは思ったのだが。

彼女はこの街ではなく、家は和歌山で、大阪のある大学に通うために親元を離れて来ているとのことだった。スナックのアルバイトは友達に紹介されて、二ヶ月前から始めたばかりだという。学校から帰って、アパートでなにもしないでいるよりは、こうして働いていた方が楽しいという。ぼくは彼女につられて、自分のことを話した。彼女はぼくが北海道から来たのだということに興味をもったようだった。

「北海道には行ってみたいと思っていたわ。広々としていて、どこかヨーロッパに似たようなイメージがあるでしょう。よくテレビでみる。どこまでも野原一面に花が咲いているような。一人旅なんかしてみたい。でも、子供の頃、北海道では街の中にも熊がでるんだと思っていました」などと言った。ぼくは「まさか熊がでることはないだろうけれども」と言ったがこの最後の彼女の言葉が心にかかった。

彼女と話していると、不思議に、普通人と話しているときに感じる違和感がそうなかった。酔いで心が解きほぐされていたからかもしれないが。彼女がそのようであったのかも知れない。彼女はほとんど素肌のように化粧は薄く、端正な顔立ちをしていた。

別れ際に彼女の名前を聞こうと思ったけれども、あえて聞くことはしなかった。そうすることが、その場の余韻を残すことになるように思えたのだ。彼女もぼくの名前を聞かなかった。しかし、ぼくにはまた彼女に会うだろうな、という、思いがあった。千里の街でか、またこの店に来ることによってか、それとも何処かでか。



    物語七 夕

アパートの部屋の中にいる。昼からずっと。ぼくはまたデカルトの『方法叙説』を取り出して、ページをぱらぱらとめくっていた。読むというのではなく、文字をひろっていた。そうして改めて思った。デカルトにはある新鮮な魅力がある。そこには煩雑な学説の列挙などはない。自らの頭で考えたことが、明晰な文章で述べられている。そこには思い悩む若いデカルトのイメージが浮かぶ。疑っても疑い得ない絶対に確実なものを捜し求めている者がいる。ぼくはデカルトのどこにひかれるかと尋ねられたら、その、自ら道を開き、自ら考える者の魅力と答えるだろう。彼はあるものを、自分にとって切実なものを探していた。「全てのものを疑った上で、しかし、絶対に疑い得ないもの」を。そうして、好運なことに、彼はそれを見いだしたと思ったのだろう。「コギト」によって。

いま思うのだが、彼から大きな時代を隔てたぼくにとってはデカルトから学ぶものは「コギト」ではなく認識に苦悩する、しかし若々しいデカルトの姿そのものではないだろうか。存在をかけた探求を行っていく精神としての。

果たして、いまの自分は何を求め、何を探しているのかを、明確な問を持っているだろうか。精神の目覚めの時から、幼い精神が、深い揺籃から立ち上がろうとした頃から、ひたすら「何故」を考えてきた。そのためにはなはだ疲れもしたのだが。しかしいまも、明確な「問」をさえ自らのものとしてもってはいない。それはこれから見いだされなければならないものだ。問と答を。何を手がかりとして求めて行かなければならないのだろう。それを指し示してくれる本、ぼくを導いてくれる人に巡り会うことができるだろうか。果たしてこれからぼくは何をしたらいいのかはなはだ迷う。新しいものが始まるこの時に。これから新しい生活は始まり、授業の日々がある。しかし、ぼくの心の中にあり、漠然とし、しかも切実なものを満たしてくれるものが、どこにあるのだろうか。



    物語八 K

あの頃の情景が思い浮かんでくる。昼休みだっただろうか、ぼくは一人で本を読んでいた。そこにIがやってきた。

「何を読んでいるのだ」と彼は聞いてきた。ぼくは読んでいる本を彼に指し示して、「いまこれを読んでいるのだけれど難しくてなかなかわからない」と言い、彼に聖書を示した。ぼくはそのころあるきっかけでプロテスタントの教会に通うようになっていた。

彼は聖書にはさほど関心がないようだったのだが、「考えながら読んでいると一章を読むのに三十分はかかる」というと妙なことを言うようなという面もちをした。事実聖書を、一字一句理解し読み進むというのはそのころのぼくにとっては骨の折れる作業だった。

「君はキリスト教に興味を持っているのか」
「分からないが、聖書には何かしらひきつけられるところがある。特に新訳聖書のイエスについての物語なにかは」

「ぼくは宗教なんかには全然関心というものは持たないし、宗教についての本を読んだこともないから、君が聖書を読んでいるは不思議な気がするね。そういえばKも教会に行っているんだろう」と彼は言った。

どちらが誘ったのだろう、そのころキリスト教の集会があって、Kとぼくは出かけて行ったのだ。アメリカの有名な伝導師の記録フィルムが上映されて、その後に日本人の伝導師の話があった。その話には心に訴えるものがあった。深く感激したというのではなかったが。それで、そこで紹介された教会にぼくらは通うことになった。

「毎週日曜日の礼拝には出ているけれども、ぼくはそれほど熱心な訳ではない。むしろKの方が教会にしっくりいっているようだが。しかし、礼拝に参加してみると、なにかすがすがしい気持ちになる。さかんに神について語られるけれども、神については分からない。ただ、牧師の説教を聴いて、オルガンに合わせて聖歌を歌うというのは悪いものじゃない。教会には外に藤川君とYも行っている。行ってみて分かったのだが」とぼくは言った。藤川君とYはぼくらの学校で人気があった。二人とも美人で、彼女たちに憧れている何人かの者達を知っていた。

彼女達は学校でもいつも一緒にいるようだった。二人は成績もよく、そうして、彼女達を嫌うものはいなかった。少なくともぼくが知っている限りでは。二人はぼくらにとっては憧れだった。いまも想い出してみるのだが。しかしぼくには彼女達になにかしら、そう感じたのだが、秘密めいたものがあるように思われた。それがどのようなものなのかうまく説明はできなかったのだが。男同士とは明らかに違うものが、そこには感じられた。女同士の、ある濃密な関係。ぼくらがおいそれとは入り込んでいくことのできないなにかがそこにはあるようだった。

教会で彼女達に毎週会うのだったが、Kとぼくはそう二人と話すということはなかった。

ぼくらは女の子と気軽に話すということはそうあることではなかった。あるヴェールのようなものがあった。女の子に対する強い憧れと、それと共にある、なにかしら、近づくことをいましめるようなものがあった。ぼくらが特別というのではなかったのだが。それは、いまも思うのだが、ぼくらの時代に刻印されているようなものではなかったか。

ある日曜のことだった。その日はいつもはぼくよりも熱心なKは教会に行かず、ぼく一人で行くことになった。教会に行くと藤川君だけが来ていて、Yはいなかった。偶然なのだろうが、いつもはそうではないのだが、同じベンチ型の椅子の並びに彼女と並んで座ることになった。教会と行っても何十人も入るという大きな会堂ではなく、普通の家を少し大きくしたような建物のその会堂だから、そうして、洗礼も受けていない高校生のぼくらが座るところはだいたい決まっていたのだ。そうしてぼくは彼女と並んでその礼拝を過ごした。

ぼくはまったく無言というのでもなかった。彼女といくらかの話しはした。同じ学校の高校生として、ぼくらは全く触れ合うことがないというのでもなかった。心の中には彼女達に対する憧れと興味があるのは事実だった。しかし、それは美しい異性に対する一般の興味以上にでるものではなかった。少なくともその時はそのように思っていたのだろう。

礼拝が終わり、皆が席を立とうとするときに、ぼくは彼女にどうして今日はYは来ていないのだろうかと尋ねた。藤川君の顔にある表情が走った。それはどのように言ったらいいものなのだろうか。いまも彼女のその瞬間の艶かしくもイロニーを含んでその面をすぎていったものを思い浮かべることができる。それはぼくたちが決してもつことのないようなものだろう。

「あなたは聞いていないの」と彼女は言った。
「何をだろう」
「K君のことを」
「ぼくには君が何を言おうとしているのか分からないのだが」
「K君がYさんに伝えたことを」

そのことについてKはぼくに話したことはなかった。彼は誰にも言わなかったのだろうと思う。彼が、Yに気持ちを打ち明けたことを、そうして、Yに拒絶されたことを。

 それから、共に帰ることなくぼくたちは教会を後にした。家に帰って、果たしてこのことについてKに尋ねてみるべきかどうか迷った。Kはひどく傷ついたのではないだろうかと思った。

翌日学校でKに会ったのだが、Yとのことについて切り出すことはできなかった。昨日教会にこなかったことについても、ぼくは何もいわなかった。しかし、Kの方からぼくに聞いてきた。

「昨日君は教会に行ったのか」
ぼくは行ったとしか答えなかった。
「君はなぜぼくが教会に行かなかったと思う」、重ねて彼は言った。
「君が礼拝を休むというのは珍しいことだけれども、何か用事があったのだろうと思っていた。それとも特別何かあったのか」
「君に隠しても仕方のないことだし、君だけに話すのだけれども」と彼は言い、自分から進んでYとのことをぼくに話し始めた。

「Yについては前からそう好きだとか嫌いだとか思っていたのではないけれども、二カ月ほど前から彼女のことを考えるようになった。初めはそうでもなかったのだが、だんだんと彼女のことをいつも考えるようになった。

君は人を好きになった経験があるかどうか、君からいままでに聞いたことはないけれども、妙なものだね、これが恋というものなのか、そのうち、彼女のことばかり考えるようになったんだ。一日中彼女のことばかり考えるようになって、苦しくなってきた。教会に行くのも彼女に会いたいから行くようになった。礼拝の間も、彼女の顔を盗みにるようにして、それだけで熱くなるような感じだった。学校であっても彼女を強く見るようになった。彼女はそのようなぼくに気がついてきたようだった。

でも、ただ心ばかり熱くなって、自然に彼女に近づいて、楽しく話すなんかはぼくにはできなかった。それで、彼女に会い、そうして、一人になると、だんだんと苦しくなってきた。うれしく楽しいのではなく、苦しいものだよ、人を好きになるというのは。いままでにも好きだな、いいなと思うことはもちろんあったけれども、今度の場合はちょと違っていた。彼女のことしか考えられない日が何日も何日も続くんだ。これはたまらないよ。

これではいけないと思うようになってきた。どうしても、彼女と話して、彼女のことを好きだと言わなくてはいけないと思うようになってきた。ただ、簡単に電話なんかできないさ。女の子と簡単に付き合っている奴らの話しを聞くと、どうしてそんなに簡単にできるのか不思議に思うよ。ぼくにはそうはできない。

でも夜になると、毎日、あれこれ思ったよ。電話で一言言えば全ては片づくのではないかとか。でも、電話をすることはできなかった。自分でもだらしがないなと思ったさ。でも、ダメだった。

そうする内に、ぼくの中で彼女への思いはますます強いものになってきた。どうにかしないと頭がおかしくなりそうだった。いつ打ち明けようかと思うようになってきた。打ち明けなければならないと、それが、義務か何かのように、のしかかってきた。頭とか心とかいうのじゃない。そんなものではない。それをうまく説明することは、どうもできないけれども、頭から心から、心臓から、胃から肺から、ぼくのあらゆるものが重く苦しくなってきた。苦しくて、はちきれそうで。このようなことを君に言っても分かるかな」

Kの話しは続いた。初めはぼくに語って聞かせようとするようだったのだが、いつのまにか、自分に向かって話していくもののようになった。ぼくはそれを聞いていた。彼の、おそらく、言葉だけではないものを。

Kは学校からの帰り道に、その日は真っ直ぐに家に帰る気にはならななくて、街に出てぶらぶらと歩いていたそうだ。どこかに行きたくて、それがどこか分からなくて、とにかく街を歩いていたという。

 その彼の話しを聞いていてぼくはいつも、なぜかは知らないが浮かんでくるある空想が脳裏によぎった。それは何処とはなしにさまよう、そうして、さまよう中で、出会いがあり、交わりがあるという、そうして、そのさまよいは、終わりなく続くという、憧れに満ちたものである、繰り返し、繰り返し来るものを。そのさまよう者はぼくであって、出会う人はこれから出会うかもしれないおぼろげな、心を満たしてくれるだろう女性だった。

「何処に行くといって、最後にウィーンに入ってコーヒーを飲んだ。ベートーベンの”田園”が流れていた。みると、壁にN響の演奏会のポスターがかかっていた。それを見て思ったんだ。Yを音楽会に誘ってみようとね。それなら電話をすることができるのではないだろうかと。そう決めると、心が、いままで重苦しくてしかたがなかったものが軽くなった」

KはYにその日の夜電話をしたという。夕食の後に。するとYはその日には予定があると断ったという。Kはさらに、そうであるのなら、一度会ってはくれないか、是非とも話したいことがあると、Yに告げたという。

「いきなり君にこのようにいうのは、君を驚かすことになるだろうけれども、いや、もしかしたら君は気づいていたかもしれないけれども、いつも君のことを考えている」と。彼には精一杯の言葉だっただろう。

しかしYから返ってきた言葉は「否」だった。Yはいまの自分にはそのように思われ、そのような感情を持つことは負担になるというものだったという。Kのことをどのように思うかというのではなく。

Kはそれ以上踏み込むことはしなかった。

「だけどね、ぼくは電話をして良かったよ。胸のつかえがとれたというけれども、本当にそうで、苦しさの幾分かは無くなった。Yのことを好きなのに変わりはないけれども、ただ一つ違うのは、いままでとはね、”ぼくがYを好きだということをYが知っている、しかもぼくがYに伝えて”ということさ。これはG、大きなことだよ。これがこの二カ月間のぼくの、いままでに味わったことのない苦しさの果実、そう果実だと言えるだろう。ただ、これから少し時間が必要だと思うけれどもね」

このようにぼくらが話しているとき、昼休みは終わろうとしていたのだが、Yが、ぼくらの前を通り過ぎた。ぼくは彼女をみて、Kも彼女をみた。その時ぼくは感じたのだが、YもKをみていた。一瞬であったけれども。その眼差しにはさわやかななかに、ある強いもの、それまでYにみることのなかった、ある色彩をもったものがあった。彼女のなかにもなにかしら変化があったかのように。ぼくはKの傍らにいて、Kもその眼差しを受けとめたように思った。Kは真っ直ぐと、彼女の後ろ姿を送った。

その時、ある羨望、Kに対する羨望の気持ちがぼくのなかで起こったことを言わなければならない。



    物語九 Like a wind

KはYを断念することはしなかった。Kには断念する理由がないと、ぼくに話してくれた。Kにとってはぼくはこころ許すことのできる友人だったのだろう。思いに忠実であること、Kはそのようだった。

Kはある時ぼくに言った。

「G、ぼくは、どのようにしても、彼女が好きで、彼女のそばにいて、彼女と話をしたいというのは偽ることができない、ずいぶん迷うことがあったけれども」

「ぼくにはK、君には勇気があると思うよ。君が真っ直ぐに、Yに近づいていくというのは、もしそれがぼくならば、できないことだろうと思う」

「君のことは、どのようなのだろうかは、それはぼくには分からないけれど、ぼくにはとにかく、G、こうするしかないんだ」

「Yは藤川君に話したのだろうか。彼女たちは君のことを話し合っているのだろうか」
「それは、どうだろう、ぼくには、それは、...」
「それは君の考えることではないだろうけれど。しかしね、Yと藤川君を見ていると、
ぼくらの彼女たちのなかに分け入っていくことのできないような、そのようなものがあるように思うんだ。つまり、Yと藤川君の間には。君がYに近づいていくと、Yと藤川君との、その、友情に変化が起こる、そのようなところがあるのではないかということが」

「ぼくは、もっと単純に考えて、Yとぼくのことは、Yとぼくのことで、藤川君は、Yと藤川君の友情があっても、それは、ぼくとYの問題ではないと思う」

そう、Kは言った。

Kは初めての電話から、数週間の後にYに再び電話をして、「二人で会って話す時間をもつことができないだろうか」と伝えた。Yの言うのは、「少し考えさせて欲しい」というものだった。KとYの関係は、ぼくらにも、ある方向へと変化していっているのが、学校でも教会でも見て取ることができるようだった。

その頃ぼくは、ある同級生から本を贈られた。シュティフターの『石さまざま』という、小品集だった。それには手紙が添えられていた。彼女は、文芸部に属していて、彼女の書く小説のような、詩のようなものを、ぼくは読んだことがあった、校内新聞の欄に、彼女の書いたものが載ることもあった。そのような女の子はどこの高校にでもいるのだが、一時期、詩や小説などに熱中し、いろいろなものを書き、現実の世界と、虚構の世界の二つの世界に住んでいるような、そのような青春の時期というものがあって、それは、とりわけ女性には強いのではないか、そのような人だった、彼女は。

手紙には、「この小説を読んでいると、何故か、G君に差し上げたくなりました。なにか、G君にはぴったりとするような、そのように思うんです。G君は小説はいつもは読んでいるのかどうか分からないけれども、G君はいつもなにかを考えているようなところがあるから。図書館で、G君の本を読んでいるところとか、G君の話すことを聴いていると。それで、たまたまこの小説を見つけて読んでみると、これをG君にも読んでもらいたい、なにか、G君に合うようなところがあるような、そのような風に思うんです。これは、外には、意味はないんですけれども」

これが彼女との奇妙な交際の、ぼくにとっては初めての異性との、始まりだった。

彼女の家は、街の中心を挟んで、ぼくの家と反対の側にあった。本を受け取ってから、ぼくはどうしたものかあれこれ考えたのだが、率直に彼女に礼を言うことにした。本を受け取ってから数日した、放課後のことだった。学校の図書館で、その頃のぼくは、閉館までの時間図書館ですごすのが普通だったのだが、彼女に会ったのだ。いくらかの勇気を必要としたが、

「本を贈られたというのは初めてのことだったんだけれども」と、ぼくは彼女に礼を言った。
「もう読んでみた」
「まだだけれども」
「余計なことではなかった」
「うれしくないなんてことはないよ」
「G君に贈る前に、少し考えたのよ。私たちそんなに話したこともなかったし、驚くんじゃないかと思ってみたり、いろいろと」

「驚くことは、正直言うと驚いたけれども、それは、女の子から贈り物とか手紙とかもらったら、ぼくだけじゃなく、皆はっとするだろうと思うよ。でも、うれしいのはうれしかった」

これ以降、放課後には彼女と共に図書館で過ごすことが多くなったし、また、彼女に電話をすることも、彼女から電話のあることもあった。それらはすべて、いまは思うのだが、一つの夢のように思われる。それは、恋というものではなかっただろう。ぼくも、そうして多分彼女も。しかし、友情というものでもなかった。そのような言葉で言うことはできないものだった。彼女はぼくとの関係になにかを求めていたのだし、ぼくにも彼女に求めるものがあった。ぼくは、いまも、彼女との交わりが進むにつれての、そこにある、ある大切なものとの関わり、ということを思わずにはいられない。それは恋ではなかった、それは、確かなものだろう。しかし、ぼくらは互いに異性であって、ぼくは、彼女の女性を感じてもいたのだから。

図書館と電話に限られていたものを、拡げる機会があった。ある土曜日の午後にぼくらは街の喫茶店で待ち合わせをした。これはぼくからの申し込みだった。彼女は、「外に誰か、K君とか、一緒なの」と聞いてきたのだが、「ぼくは君と二人で歩いてみたいのだ」と、そのような言葉を使ったのだ。

ぼくらの学校は自由で、制服を着る必要もなかった。だから、私服姿のお互いは見慣れているはずだったのだが、その場所に彼女が現れてみると、彼女がいままで見ることのなかった人、一人の女性のように思われた。「女性」という言葉が、現実の装いを纏っているように。

「デートに誘われるなんて、少し驚いたのよ」
「そう、これは、デートなんだろうと思う。女の子を誘うというのはこれが始めてのことなんだ」
「こういうのって、なにか・・・、でも、いやではないわよ」
「一時間くらいここで君を待っていたのだけれども、君が来てくれるかどうか少し不安だったよ」
「なぜ」
「ぼくらはそういうものだと思う」
「複雑な心理という・・・」 

夕が暮れるまで、ぼくらはさまざまなことを話し合った。それは、とても楽しい時間だった。

「YさんはK君のことは嫌いではないのよ。それは、Yさんは藤川さんにも言っているようよ。文芸部に藤川さんの友達がいるでしょう、彼女がそう言っていたわ」

「Kはぼくに彼らのことについて話してくれる。このようなことはぼくらにはあるんだ。いつかぼくも同じような経験をしたなら、その時にはKや稲葉にそれらを語るだろうと思う。自分の中に深く納めておくのではなく。彼はY君に何度か電話をしたのだという。。しかし、Y君はなにか迷っているようだという。しかし、Kは何日か置きには電話をしているようで、Y君から返ってくるものも少しづつ変化してきているようだと言っている。教会でもぼくらは、別々の席に着くけれども、この頃は、KとY君は会堂の隅で二人だけで話をしていることがある。帰るときは、Y君は藤川君と一緒なのだけれど」

「私も、YさんはK君が嫌いではないように思うの。でも、Yさんにはなにか殻のようなものがあって、その殻がなかなか壊れないのではないのかな、これは女の子の勘なのだけれども」

「Kに対する殻?」

「そうではなくて、これはG君に言って分かるかな、女の子は男の子に対して殻のようなものをもっているのよ、普通。私だってそうよ。いま、仮によ、あくまで仮よ、G君が私のことを、「好きだから是非付き合ってくれないか」と言ってきたら、私も困るわよ。それが、G君のことを嫌いではなくとも、率直に、「はい付き合います」とは言えないものよ。とくに、Yさんは、そうなのではないかしら。Yさんは、いろいろなものに幾重にも囲まれているように思われるから」

「ぼくらにはそのようなことはないだろうと思うけれども。ぼくがもし君からそのように言われて、もし、君のことが好きだったら、「ちょっと待ってくれ、よく考えさせてくれ」とは言わないと思うよ。そのような経験はないから、これはあくまでも想像なんだけれども」

このようにしてすぎていき、ぼくらは、「社研」の友人についての話に移っていった。Sについて。その頃、ぼくらの高校では一つの問題が起こっていた。学校とぼくら生徒の、そうして、ぼくらの時代の問題が。

「G君は知っていた、I君は子供の頃からずっと、Yさんと同じ学校だったのよ」と彼女は言った。Iは少し風変わりで、しかし、弁舌の、その論理の鋭い、教師からも奇妙な生徒として扱われているような、しかし、ぼくらにはある驚きを懐かせるようなところがあった、彼は。そうして、緩やかではあるけれども、ぼくらの共通の友人のような位置にいた。ぼくらは彼の圏にはいなかったが、彼の周辺で、彼と共通するものがあった。彼は、ぼくらが踏み込むことをためらう、そのようなところにどんどんと踏み込んでいくようなところがあって、彼は、そのような活動の、やがて、リーダーのような存在になっていった。

「社研」が、彼の活動の中心だった。それは、ベトナム反戦の活動を、ぼくらにとってもそれは無関心ではなかったのだが、先鋭的に行っていたようだった。反戦のビラなどを、ガリ版で刷り、配りなどしていたし、集会の組織にも関わっていたようだった。

「社研」の部室は、高校には各クラブの部室があり、「社研」にも、それがあてがわれていたのだが、ぼくも訪れることがあったのだけれども、雑然とした部室の壁にはポスター類や、さまざまな類の印刷物が張られていた。机の上には飲み残しのコーラや、時には、タバコの吸殻などがあった。そこには、通常のぼくらの活動の場所に見られるようなものとは違う、熱気と、ある無秩序が同居しているように感じられた。いまのぼくの記憶の中ではIの姿と、その部室の雰囲気は一つのものとして重ね合わされて脳裏に浮かぶのだ。

その頃彼は札幌での集会の準備をしていた。東京の著名な何人かの作家、フォークシンガー達が集まる、大きな集会だった。その頃至るところで開かれていたミニ集会などではなく、象徴的な意味を持つといえるその一環としてのものだった。アメリカの反戦家がジョーン・バエズやボブ・ディランなどのメッセージを読み上げる予定になっていて、ベトナム戦争を考える討論会の後に、フォークコンサートが催される予定になっていた。その集会の始まる前には参加者を先頭にしたデモ行進が行われる。

それは大きなイベントで、各都市で行われ、その集会のニュースは雑誌などでぼくらも知っていたのだ。高校生用の雑誌にもその記事が載っていた。「社研」は大学などとのネットももっていて、その集会とのつながりがあって、その集会への参加をぼくらに呼びかける窓口になっていた。もちろんIは、そう、稲葉はその為に先頭になって活動していたのだ。

ぼくはその彼にまつわることを、遠い過去ではない、昨日のようなこの出来事をいま思い出すと、苦痛を感じざるを得ない。それは、ぼくにとっても、ぼくらにとってもいまも触れると血がにじむようなものであったから。

ぼくは「社研」のメンバーではなかったが、部室には出入りしていた。彼らは公安から目を付けられていたという噂のようなものがあり、学校からも関心を向けられていたところがあるようだったが、オープンさを失うところは少しもなかった。

「G君は稲葉君と友達というか、よく話すのでしょう。私たちにとっては稲葉君はちょっと近寄りがたい所があって、それに外の男の子達もどこか敬遠しているようなところがあるように見えるけれども、G君にはそういうところはないようね。私にはG君と稲葉君には共通する所があるといえるように思う。どこが、とはいえないのだけれど、雰囲気、仕種なにかに。それは、私たちの捉え方なのかもしれないのだけれど」

「そう、ぼくらはどこか似通っているところがある。関心の方向とか、なにか言葉にすることができないけれど、なにかが、稲葉にはあって、ぼくにも同じようなところがあるように思う。それとともに、明らかに違う問題意識が稲葉にはあるのではないだろうか。おそらく、ぼくは自分を中心にしてまわりの世界を、ベトナム戦争とか、それがいまぼくらにとっては一番大きな問題だろうがけれど、なにかを考えているように思うのだけれど、彼は逆で、まず関わりと行動があって、それから、次に、彼の個人的なことがあるように、そのように思えるんだ。それが、ぼくと、Kとも、稲葉の決定的に異なるところだと思う」

「稲葉君はYさんにこのように話したそうよ。「ぼくは社研の活動に引きつけられる。社研の活動はなにかのためにしているのではないのかもしれない。ベトナム反戦が社研の活動の全てのような所があるのだけれども、ぼくは果たしてベトナムの人々のために活動しているという、理念による主導ではないような気が時々するんだ。活動はぼくのためにしている、ぼくがぼくを燃焼させるために。それは、外の人たちにとっては受験かもしれないし、恋かもしれない、それは、彼らの選ぶものなのだろうけれど、ぼくには社研の活動がそうなのだ」と。Yさんはこの言葉がこころに残っているようで、彼女の周りの人に話すことがあるそうなの。このことを聴いたときに、私も稲葉君にとってはそうなのだろうなと、納得するものがあったわ」

「ぼくらは、全て、そのようなところがあるのかもしれないよ。それが強烈な奴がいれば、そうではなく、淡いもののいるだろうけど、なにかに夢中になりたいと思っているのは、ぼくらに共通するものなのではないだろうか。それは、ぼくは時々考えるんだ、実は、「本当に熱中するものが欠落しているから」なのかもしれないと。ぼくらには、ぼくらの青春に見合う対象がそうはっきりしているのではないからなのかもしれない。少なくともぼくはそうだ。ぼくも、そのようなものを探してはいるけれども、そのようなものを確実に手にしているという実感をもつことはない」

「女性と男性ということもあるのではない。G君の話は男の子に強くあるものではないのかという気もするの。私たちは遥かに目の前にあるものに、具体的なものに気持ちを向けているところがあるの。ただ、これはG君にも同意してもらえると思うけど、男性、女性で全てを言うことはできない。このぐらいのことは私でも分かるわよ。でも、そのようなところがあるということは言えるのではないかしら」

「ぼくは女の子のことは分からない、君のことも、君を前にして言うのだけれども、正直言うとぼくには謎めいている。こんなに簡単な言葉しか使えないけれども、君とか、Y君とか、藤川君とか、ぼくには分からないというところが、そのような境界の線のようなものがあるんじゃないかな。Yのことを藤川君に聞いたときに藤川君の表情に走ったものがあった。それはぼくの記憶に刻み込まれている。それをぼくは十年の先にも憶えているだろう。ぼくはそのような表情を、藤川君の面の内に初めて、生まれてこの方初めて見たように思う。それは、男のもつ表情じゃない、ぼくらはそのようなものをもつことはない。Y君にも、もちろん君にも、ぼくは、ぼくらの決してもつことのないこころの動き、情念というのだろうかを、みるんだ。それは、驚きだよ、しかし、同時にそれはぼくらにとっては誘いでもあるんだ」

このようにぼくらは話続けていった。外では陽が落ち、夕闇が濃くなっていく。夏は終わり秋の始まりの頃だった。ぼくらはテーブルを挟んで長い時間を共にしていたのだが、コーヒーの杯が重なるほどに、ぼくらの間にはある共有する地平のようなものができあがっていくようだった。

「こんな時間になったのね、すっかり夜に。私母にちょっと出かけてくるといっただけで、夕食の時間を過ぎても帰らないと、心配するかもしれない。G君とこのように会うというのは話してはいないの」と、彼女はそう言った。

「ぼくもそうだ、でも、いまは、もう少し時間をくれないだろうか。いつまたこうして会うことができるか分からないから。ぼくらはこうして毎日会うというのはできるかどうかは分からないから。いまの時は明日にもあるとは限らないから」

こうぼくが言うと彼女はある集中をもってぼくの言葉を掴まえようとしているようだった。

「G君は、小説は読む、詩は?」と突然に彼女は聞いてきた。

「なぜ?」

「ふとそう思ったの」

その時に彼女は確かになにかを、ぼくについてのなにかを嗅覚のようなもので感じとったのだ。奥まった隅に置かれていたスピーカーからはボブディランの"BLOWIN IN THE WIND"が流れていた。ぼくは彼女の言葉を聞き、彼女のまなざしを見つめながら、ディランを聴き、目の前には歌のような濃い色のコーヒーが置かれていた。

「ぼくらは」とそうぼくは言った。彼女は首を傾けるようにした。「ぼくらはぼくらをとりまいているものをつかみ取ることができないのではないだろうか。ぼくには君も、おそらく君も」

「そう」と彼女は言った。「G君は、私にもそうなのかもしれない。あなたのいうように感じることのないような人はもちろんいるのでしょうけれど、G君はそうなのかもしれない。稲葉君も。掴み取ると言ったわね、それは、いまも言ったように私たちの感覚と違うのかもしれないけれど、そうなのかもしれないという、例えば、予感のようなものはもつことはできるわ。いま、ふと思うことがあるの。ふとね。G君とか稲葉君に感ずることが。でも、はっきりとしたものではなくて、手につかむことができないようなもののようで、それは言葉にはならない印象のようなものなのだけれど」

いまは思う、彼女の言いたかったことはなにかを、それはいまは朧気に分かる気がする。それはなにか、ある「形」という言葉で言うことのできるものかもしれない。ぼくの形、稲葉の形、そうして、Kの形。ぼくも稲葉も形をもっていたのかもしれないと。そのことを東君は感じとっていたのだろう。だから、確かにそうなのだろう、彼女はぼくにシュティフターを贈ってくれたのだろう。そうであるのなら彼女自身もある「形」と言えるものをもっていないなどとどうして言うことができるだろう。東君もまた、彼女自身の心情の流れを意識せざるを得ない人だったのではないだろうか。

ぼくはいまこのアパートであの頃の時、あの頃の出来事を思い出し、彼ら、彼女たちのことを思い描こうとする。わずかな昔のことだ。手を伸ばせば触れることができる、極めて近い過去だ。しかし、それは触れることなどできないのだ。稲葉は早々と軽々と、多分そうだろう、人生に、ぼくらに、決着をつけてしまい、Kも、東君も、Yも藤川君も、共に触れ合う場所を立ち去ってしまったのだから。あの頃は春と秋が、夏と冬が押し合い、混ざり合い、せめぎ合うそのような季節だった。

あの時と同じディランの、"BLOWIN IN THE WIND"をかけよう。この曲を聴くとあの時のことが、あの頃の出来事がいっそう鮮やかに思い描くことができるように。

集会のための活動に稲葉は没頭しているようだった。ある日部室を訪れたときに彼はガリ版に鉄ペンを走らせていた。几帳面な字でぼくらに配るビラを、文書を彼は書き込んでいた。部室には彼の外に二三人の仲間がいた。ラジオが長い机のまん中に置かれていて、「ベスト・テン」が流れていた。学校の放課後。窓の外は裏庭になっていて、夏には芝生が鮮やかであるのだが、もう色を落とし、庭の真ん中の樹には紅葉の兆しが見え始めていた。放課後の時間はゆっくりと過ぎていっていた。ぼくが部室に入ったときに稲葉は、「もう帰るのか」と聞いてきた。ぼくは図書館で本を読んだ後、そうしげしげとではないが「社研」の部室に立ち寄ることがあった。稲葉と話すのは部室でだけではなかったが。

その日は、刷り上がったものを見て、そうして家に帰った。その日はいつものような異なることのない日のようであったのだけれども、稲葉の謄写版に向かう姿が、友人としての感覚であるのだろうが、どこか、いつもとは違っているように、リズム、トーンと比喩的に言えるものが、それがどこか彼の日常と違うところがあった。それは、昨日には感ずるものではなかった。ぼくは、首を傾げた。どこか引っかかるものがあった。

「いつかG、高校を卒業し、大学に進んだら、青空のように突き抜けることのできるそのような気持ちになることができるかもしれない、ぼくは」と、ぽつりと彼はぼくに言ったことがある。「その時にはぼくらの時代はなにがしか変わっているかもしれない。ぼくには悩みがあるのではないんだ、これは、君も、Kも、KはYのことでぼくらとは違うけれども、そうだろう、悩みというものではなく、なんというのだろう、晴れやかになれないものがある。それをどうにかしようとしているのがぼくらだ」と、このようにも。

ぼくはこのように彼の不在を思っている。彼の生きようとして生きることのなかった、そこにある不在を。



    物語十 佐和

ふたたび彼女のいるスナックを訪れた。夕食をとるために外に出て、もう普通では遅い時間だったが、アパートの近くの喫茶店とステーキハウスが合わさったような店で、そこで夜はスナックのようなものにもなるのだが、軽い食事をとった後に、そのまま部屋に帰るのがその時の気分に似つかわしくはなかったので、電車に乗り「どこかに、人の集まるところへ行こう」と、そのような気持ちになった。電車に乗っている中で、「彼女の店に」と考えた。その考えは風のように思いもかけず吹き込んできたというのではなかった。数日前から、そもそもから彼女にまた会いたく、彼女とまた話したく思っていたのに違いない。

電車の中では帰宅するサラリーマン達がうつむいて雑誌などに眼を落としていた。一日の仕事の終わりの音楽が電車の中を流れていくように。「彼らは一日どのようなことをなしてきたのだろう」と、彼らの姿の上に眼を漂わしてぼくは思った。「ぼくもいずれこのように、仕事の終わりに雑誌を広げ電車に揺られる毎日をおくる日々に生きるのだろうか」と、それは、風のような想念であったけれど、それがぼくをかすめすぎた。"BLOWIN IN THE WIND"、風のように。

彼女はいなかった。カウンターの向こうにいる女性達は初めてのぼくをみるようだった。ぼくの外に学生らしい二人がいるだけだった。ビールの味が苦かった。ビールを飲みながら、「もう何日が経ったのだろうか」と、みえないものをみまわした。

カウンターの女性がぼくに話しかけてきた。ぼくは彼女に、名前も知らない彼女のことを訊ねた。

「今日は少し遅くなると言っていたわ。sawaちゃんはいつも、時間に遅れるときには連絡をきちんとよこすのよ。この店は初めてではなかったのですか?」

ぼくは、今日が二度目であること、そうして、二週間ほど前に、初めてこの店にきて、その時に彼女と、"sawa"と呼ばれる彼女と話したことを告げた。そうだ、あれから二週間が経ったのだ。
 彼女との会話はこれぐらいで、ぼくはむしろ彼女を待っていたい気持ちだったので、それが、伝わったのだろう、ぼくを離れて違う客の方に移っていた。

彼女の来るまでの時間に、ぼくは酔っていく意識の中で、彼ら、彼女たちについての思い出をめぐらしていった。

時間は過ぎていった。この、そう大きくはないスナックは次第に活気のようなものが出てくるようだった。ドアを開け、カウンターに座り、少しの時間で帰る者達もいるし、長く酔いを深めていく者もいた。ぼくは、薄暗い片隅で、一人でこのような思い出にビールを飲んでいた。酒を飲むということは、いまのぼくにとっては必要だった。見知らぬ土地にきて、見知らぬ生活が始まり、そうして、いままでのことどもを今一度目の前に繰り広げていたのだが。いま、一つの世界に踏み出そうとしているいま。この季に彼らの「残像」がぼくに語りかけてくるのだ。

ポケットから詩集を出した。『ヘッセ詩集』。影のような光の下でページを捲っていった。「野を越えて」、「エリザベート」、「霧の中」など。彼の詩句は深く共感されるものだった。憧れと孤独が基調としてあった。飲み慣れない酒が意識に作用していき、ぼくの意識は詩の世界に遮られるものが無く入っていくようだった。まるで意識が詩の世界で生きていくような。昼の意識が薄まっていく中で、意識はより夾雑物を取り除いて純粋になっていったのかもしれない。水晶の透明のように。

このようなことを夢のように夢想した。「ぼくらのこころの中には不定形なものが常に流動しているとともに、ある形があるのではないだろうか。その形は常に同じ、時の中で、というのではないのかもしれないが、成長する、成長を意欲する、その空間を広げていくのだろうが、しかし、そうする中でそれはいつも純粋な形を保っているものであるのではないだろうか。それは「形」としか言い様のないもので、それが生まれてからぼくらの中で生きていて、ぼくらはそれから生まれ、それから生き、迷う道にあるときにはそれは憧れとなるのではないだろうか」と。その時に、ぼくは東君とのあのときの会話と、「ぼくら」について再びに想った。「ぼくらには形があるのではないか」と。それは、ぼくの、ぼくなりの思想でもあったのだ。それを、まるで兄弟のように、ヘッセの書物の中にも読みとったのだ。それは運命のように。一人の詩人が運命のようにぼくに、一人の詩人を運命のようにぼくは訪れたのだ。『デミアン』を初めとする。

このようにしてヘッセの詩を読んでいた。一つの詩を急がずに、深い井戸から水を汲み上げるようにして。

 野を越えて雲は行き、
 野を越えて風はよぎる。
 野を越えてさすらうのは、
 私の母の迷える子。
 ちまたを越えて木の葉は飛び、
 木立の上に鳥はなく
 山のあなたのどこかに
 私の遠いふるさとはあるに違いない。

                  (高橋健二訳 『ヘッセ詩集』 新潮文庫)

この詩のように、「野を越えてさすらう」こと、「私の遠いふるさと」を求め歩くことは、それはぼくにとってもあの精神の道程の始め、精神がその揺籃から立ち上がろうとした、あの時からのものではないか。それはまた、「ぼくらの」共有する旅なのではないか。そう想い、詩集を読んでいったのだが、そうすると"sawa"と呼ばれる彼女にたまらなく話したいという希いのようなものが高まってきた。馬鹿げたことだと、ぼくの言うことを彼女は笑うだろうか。そもそも彼女はぼくの懐くことどもになんの縁も持つことのないそのような人なのだろうか。そうなのかもしれないが、けれども、外ならぬ彼女に語りたいというこの気持ちの方向に彼女がいるのは確かなことだった。
 肩をたたく人がいた。優しい声が意識を揺り動かした。意識はその声を受けとめ、それが誰であるのかを認めたのだ。ぼくは俯していた。彼女の手の感触をぼくは感じた。

「今日は遅くなったの。待っていてくれたのですか」と、彼女は言った。ぼんやりとした眼で彼女を見つめた。前のようにほとんど化粧をしていない彼女が目の前にいた。

「一人でアパートにいると、外に出てみたくなったのだ」と、ぼくは言った。
「友達と京都に行って、それで、遅くなったの。こんな時間になってしまって」

「ぼくは眠っていたんだな。ここにこうしていて、いろいろなことを想っていたら、ビールのせいもあるのだけれども、いつの間にかすっかり眠っていた。迷惑だっただろうか?」

「お酒を飲むということは無いのでしょう。本当は飲んではいけないのでしょう」彼女の言葉は聞きようによってはたしなめるようなものだったが、そのようには聞こえなかった。

「でも、そんなことはないわ。この片隅には、よく、一人で、私たちとも話すこともなくて、ただ、なにか考えているような、そのような人がいるの。少し暗くて、少し離れていて、この場所を選ぶ人はね、私たちには分かるの。ああ、この人にはこの人の境界があるんだなと、そんな風に。私まだそんなに経たないけれど、私たちはね、どうすると思う、そっとしておくの。そうでしょう、その人はそのようにしたくてここに来る、自分の部屋ではなく、周りの私たちや、見知らぬ人のいる。場所を求めて」

「場所を求めて?」と、ぼくは言った。
「そう。あなたもそうなのでしょう、違う?」

彼女の言葉を聴きながら、「何故なのだろう」と思った。彼女はぼくとの間にある垣根を余りにも軽々と越えてしまうのだ。


「じゃあぼくは、特別妙だというのではないのか。君の言うとおり、酒を飲むというのは前に来たときに始めてのようなもので、ビールも苦い味がする。まだ一月しか経ってはいない。初めてここに来たときから。あの時は、この街に来たばかりの時だったけれども」

「このようにして、いつも新しい、初めて会う人たちがいるでしょう、でも、あなたもそうなのだけれども、逢うのは今日で二度目で、本当ならあまり覚えてはいないのが普通なのに、不思議とあなたと最初に会って話した言葉はしっかりと記憶の中にあるの。北海道の話をして、熊の話も。熊のことは子供の頃に本当にそう思っていたの。北海道は、遠い世界のようだった。あれから、千里の駅で、あなたを見かけたこともあるわ。あなたは気がつかなかったでしょう。それで、今日あなたがこの隅にいるのを見てびっくりしたのよ」

これが、ぼくと彼女のそれからの糸口となった。

「君の名前はなんて言うのだろう、聞いてもいいだろうか。"sawa"、さんというのだろうけれど、それは君の名前なのだろうか?」

「私の名前は、でもね、教えてもいいけれども、その前にあなたの名前を教えて下さい。そうでしょう、女の子に名前を聞くときには男の子がまず名乗るのでしょう」
ぼくは彼女にぼくの名前を伝えた。

「学ぶと書いて学というの?それでは私の名前は」と彼女は名前を綴った。「このような字よ。だから、この店では"sawa"と言っている。あなたには聞かれたから教えるけれど、私は普通私の名前を教えることはしない。この場の私はこの場だけの私だから」

 彼女は目の前でそのメモをぼくに渡した。ぼくは、彼女の差し出す手と、それから視線を移して彼女の顔を見た。それは、違和を感ずることのない表情だった。初めて彼女に逢った時の印象と同じだった。

ぼくは彼女にこの街に来てからのことを話した。新しい生活が始まった、その生活を。彼女はぼくの話を少しも遮ることなく聞いてくれるようだった。ぼくの話は次第に「彼ら」の思い出に移っていった。時間はもう十一時を過ぎようとしていた。

「私はもうそろそろ帰らなくては。私はフルタイムではなくて、いつもこの時間には帰ることにしているの」と、彼女は言った。

ぼくらは四月の終わりの街に出た。風は暖かかった。夜の街には人が溢れていた。夜の熱がこの街を覆っていた。誰がぼくらを見ても、ぼくらは若い恋人のようだったろう。仮にスナックで別れるというのならば、それは不自然のようだった。彼女の肩が時折ぼくの肩に触れた。彼女と歩きながらぼくは東君との初めてのデートのことを想った。もしいまこのように彼女とこうして歩いているとしたならどのようであったかを。彼女とのディラン聴きながら話した時間を。あの時からの東君とぼくらの関わりについて。それを思う毎に佐和に話していったのだが、彼女はぼくの話すのを耳をそらすことなく聴いてくれるようだった。時折彼女の横顔を見つめたのだが、彼女の視線は静かに前方に投げかけられるように落ち着きと集中をもっているようだった。彼女がスナックの向こうにいる時と違う人のように思えてくるのだった。

「あなたが私の顔を見つめるけれど、見つめるあなたの眼を私も見つめているのよ、おかしい?」と、彼女は言う。

「ぼくの眼を見つめる君の眼をぼくも見つめている」と、ぼくは言う。こう言うと彼女は笑った。その彼女の表情を見つめる自分のこころに明らかに彼女の中に求めるものがあるのをぼくは見ていた。ぼくの呼吸は微妙に乱れ始めているようだった。傍らの彼女が波のようなものをぼくの中にかき立てていくようだった。彼女の皮膚や彼女から発する香気はこれまでに知ることのない謎めいた、明らかにぼくらとは異質の、それは東君にも、Yにも藤川君にもみることの無かったものだった。彼女たちにはまだ、少年のようなな残りがあった。少女には少年が同居する、そのような季節があるのだ。東君に「女性」をみたとしても、いま佐和にぼくがぼくの皮膚を通じて感ずる直接的な、具体的なものとは明らかに異なっていた。

ぼくらは二度しか逢っていない、ぼくらを繋ぐのはわずかな糸にすぎないはずだったのだが。

「それは」と彼女は言った。「それからのことを聴きたいけれども、いまは話さない方がいいのでしょう。いまは話さなくて、時間をおいてそれからの方がいいのかもしれない、そのように思うの。なにか、無理があるように。いま、そう話してしまうのだとすると」

ぼくらは遅い電車に乗っていた。彼女の体とぼくの体は、彼女の腕と腰と脚はぼくと触れ合っていた。電車の揺れにぼくらの体も微妙に揺れるのだった。

「いつか私も北海道に行ってみたいと想っています」
「北海道のどこへ?」
「一面にラベンダーなどの咲くどこまでもつづくお花畑を見に」

千里の駅でぼくらは別れた。彼女をアパートまで送っていこうとも思ったのだが、その思いをどこか止めるものがあった。彼女もそうだ。ぼくは彼女との関わりにぼくにある生々しい意図の微塵も持ち込みたくはなかった。短い、わずかの時間にすぎない彼女との共有する時間はぼくの中に彼女との関係のこれからの形を作っていったようだった。それは不定形なイメージだったが、そのイメージがぼくと彼女の、佐和のこれからの歩みを導いていくような、そのような予感があった。彼女もぼくに作られていく思いを感じ取っていたのではなかったか。ただ、ぼくらは互いに逢いたいときに話したいときにすぐそれが出来るように、それを伝えあった。別れ際にぼくは彼女の手を握った。握手のつもりだったのだが、ぼくの手に彼女の手が包まれて、か細い手にはしかしある力が感じられた。ぼくらはそれから数日後の日曜にまた逢う約束をした。ぼくに残る彼女の手の感触が彼女の存在そのもののようだった。

アパートに帰ってからある疲れと興奮と、酔いに、ベッドに体を投げ出し、灯りを付けない天井を見つめていた。佐和のことが思われ、佐和と語りたかった。そのような夜遅くには友達でさえ電話をするのは躊躇われるのが普通なのだが、しかし、躊躇うことが正しくはないように感じられた。夜は深かったが、震える息で彼女の番号を回した。コールが何回かなったが彼女は出なかった。ぼくは鳴り続けるコールの音を聞きながらこの時ある同じ空間を共有するだろう彼女の姿を見ようとしていた。彼女の声が電話の向こうから聞こえた。ぼくは名前を告げた。

「どうしたんですか?」と、彼女は言った。

「ただ、君の声を聴き、そうして眠りたかった」と、ぼくは言った。受話器の向こうにはある沈黙があった。ぼくはその沈黙に向けて彼女に語りかけていった。沈黙の中で、彼女の微かな気息がぼくの言葉に応えているようだった。二つの生命がその生命を交歓し生きているように、二人が互いに空間にあるなにかに触れ、それを手につかみ取ろうとするように。

最後の彼女の「おやすみなさい」という言葉が耳に残った。受話器を置くとなにかがある重い休止の後にその動きを、回転を始めたように思われた。初恋の堀川君のことが同時に思い起こされた。眠ることは出来なかった。書棚から本を取りだしてこのアパートの皆が深い眠りについている時間に、どこまでも静まり返っていた、その中で朝の陽が昇るまで机に向かっていた。コーヒーを煎れ、それを啜りながら。脳裏には佐和、堀川君、東君、稲葉、KとY、藤川君達が、さまざまに去来した。



    物語十一 残像へ向けて

雨が降っていた。昨日から早春の強風と強い雨が降り続いていた。昨日はクラスの仲間達と小さなコンパをし、アパートに帰ったのは十二時過ぎだった。クラスの一人が音頭をとり、都合のつくもの、希望する者達だけの、一五名ほどのコンパで、数名の女子も混じっていた。受験勉強の苦しい、長いトンネルを潜るような時期を終わり、新しい生活と高校の授業とは全く違う学校生活の新鮮さにぼくらは解放されたような気分になっていた。女の子達も昨日は高校生であったものが、いまは生物がその季節を終わると脱皮をし、次の段階を生きるように、もうその気分を脱ぎ捨てていた。彼らは九州から来ているもの、東北から、様々だった。彼らの中にいて彼らの言葉を聴き、ぼくは北海道という辺境から来た者として、彼らに備わっている、彼らがそこで育ちそこで身につけた多様性をみるようだった。それはこの土地に来てすぐに感じたものであったけれども、酒を飲み、冗談を言い、笑い、ともに胸を開いて交わる中に濃密な実感としてそれを肌で感ずるように。

ぼくは目を覚ましてからしばらくこの昨日のことを想っていた。青春の一つの段階の一つの出来事として。まだ、早い時間だった。数時間しか寝てはいなかった。ベッドからおりて、机に向かい、ショートホープに火を付けた。酒とタバコ。学生となって覚えたことの二つだ。タバコを彼らのように校庭の隅で隠れて吸う、そのような好奇心と冒険心、偽悪はあのころの自分にはなかったが、それを見て自分には無縁だと想われたのだったが、いま、一つの季節が終わってこの虚無の煙を肺へと吸い込むようになった。

今日は昼から佐和に逢うことになっていた。その約束の日だった。昨日のコンパでも、明日の彼女との逢瀬を思うと、気持ちが座を離れるようでもあったのだ。コーヒーを目の前にして、なおショートホープをくゆらせた。時計を見ると七時になろうとしていた。

トーストと牛乳が朝の、春の雨の朝の朝食だった。これがぼくの日々の生活の一齣となっていた。

「高村はクラブに入るつもりがあるのか」と、彼は聴いてきた。

「なにかの活動はしようと思う。法律の勉強にいまから朝から晩まで打ち込むというのではなく」
「俺は文学のクラブに入ろうかなと考えている。六法ばかり読んでいてはたまらないだろう。もう受験に追われることはないのだから、好きなものを好きなだけ読んでみたい。そこで、君を誘うのだけれど、外に決めているところがないのだったら俺と一緒に入ってみないか。体育系じゃないから、合わなければその時にはやめればいいだろう。オリエンテーリングでいろいろ誘われて、あれこれについて考えてみたんだけれども。高村もヘッセを読むのだろう?」

昨夜、それでぼくは尾崎とそのクラブにとりあえず入部することになった。尾崎に誘われてぼくに異議はなかったし、その時に佐和も、文学部だということを思いもした。

十一時になる頃には雨は止み、明るい陽が雲を払いのけて差し掛けてきた。ジーンズにスニーカーで、彼女との待ち合わせの千里の駅の近くの茶店に向かった。店にはいると、彼女はまだ来ていなかった。どこに行くのかも考えてはいなかった。外の見える明るい席に座り、コーヒーを飲みながら、待つ時間ショートホープを立て続けに吸った。春の雨上がりの風景は柔らかく、こころを浮き立たせるものだった。ぼくは外を見ていた。彼女が足早に、こちらに来るのだった。彼女は見つめるぼくに気がつき、とても可愛らしく唇に微笑みを浮かべるのだった。脚はすらりとして、春の風が脚下に渦巻いていた。

 春の風が吹く、楽しげに
 戯れる、彼女と
 姉妹のように、姉弟のように
 まといつくいたずらな子犬のように
 柔らかな陽の
 うららかな春の日に

ふと、即興の詩が、そのような彼女を見ていると浮かんできた。それを紙に書き留めた。「過去と現在と未来が交差する一瞬の時間」。脈絡もなく詩に重なってこのような想念が仄めいた。

「どこに行きましょうか?」と、彼女は言った。
「どこへか、全く考えてこなかったけれども、京都はどうだろう」とぼくは言った。

「先週逢ったときには京都のことは話していなかったでしょう。友達と急に行きたくなっていったのだけれども、帰りは少し遅くなるでしょうけれども」

ぼくらは梅田で昼食をとり、それから京都に向かった。食事をしながら、彼女はスナックを、ぼくらが一緒に帰ったあの日を限りに辞めたことをぼくに告げた。何故かを詳しくは語ることはしなかった。ただ、彼女にとって意味がなくなったと言った。「まるでいままで結ばれていた糸が結びの意味を失うように」と。



【残像】

河原町で電車を降り美術館までの道を歩きながら佐和に彼らのことについて、稲葉をめぐるあの時のぼくらについて、語り始めた。佐和は少しうつむきながら、ぼくの語ることに静かに耳を傾けていた。五月の午後は少し暑いくらいだった。

ぼくは佐和に稲葉とぼくらについて語り始めた。

「その日の社研の部室での稲葉の姿がなにか気になっていた。家に帰ってもそのいつもの稲葉とどこか違う、そのような稲葉をみたことはなかったので、部屋に入って本を読んでいても思い返され、気になるとどこか不安にもなってきた。それで稲葉の家に電話をしてみた。まだ帰っていないということだった。六時をすぎていた。遅くなることはよくあることなので、彼の母親はそう気にもとめてはいなかったようだ。ぼくは少し踏み込んで、この頃稲葉になにか変わったことはないだろうかと聞いてみた。別になにもないということで、それ以上言うことはふさわしくは思われなかったので、電話を切った。稲葉から、社研での活動と進学について、親たちとの諍いのあることを聞いていたので、ぼくにも母親と話すのを思いとどまるものがあった。それから、これはぼくの思い過ごしで、単なる気のせいだろうと、そのような風になった。電話をしてそれで済むものがあった。それから音楽を聴いたり本を読んだりなどをしていた。家に帰るとすぐに勉強をするというのではなかったから。勉強はぼくにとってはそう楽しいものではなくて、たいてい音楽を聴くか本を読むかしてから、十時に近くなった頃から勉強に掛かるというのが日課のようだった。その夜はベートーベンの第七交響曲を聴いていた。それから、バイオリン協奏曲、メンデルスゾーンの「イタリア」や、「バイオリンコンチェルト」などを。そうして、夜の遅く、十二時に近くになる頃、机に向かっていたのだが、電話が掛かってきた。稲葉の母親からだった。ぼくのところに稲葉が来ていないかということだった。まだ、家には帰っていなくて、連絡もないということだった。さすがにそのように遅い時間まで帰宅も連絡もないということは無いということだった。妙な予感がぼくをふるわせて掠めすぎていった。ぼくは、友人にも聞いてみると言い、それから遅い時間だったけれどもKにも電話をした。ぼくはKに「ぼくの妙な感じ」について話した。その日の稲葉のどこかこれまでの彼とは違うところ、微妙にぼくのこころに違和を感じさせた彼の姿について。彼はそもそも彼のこころの中の出来事をこと細かくぼくらに語るようなところの少ない奴だったのだが。

それから数日の間、学校でぼくらは稲葉のことについて互いに心配し話をしていた。連絡もなく学校を休んでいるので教師達にも困惑の表情があった。稲葉は集会のための活動で学校とある軋轢を起こしていたのだから。

稲葉と社研の仲間は集会のビラを刷り、それを構内で配布をしていた。また、「ベトナム戦争を考える生徒集会」を学校内で開こうとして学校と交渉し、学校はそのような集会は認めることはできないという態度で一貫していた。

「生徒同士が自分たちの時代の現実、重大な現実について語り合うことが何故いけないのか、そのような機会を何故認めようとしないのか」と稲葉達は学校に問いかけたのだが、その反応は「学校としてはそのような活動は相応しくはないもので、学校としては認めるわけにはいかない」というものだった。それは、開く見込みのないドアを虚しく叩き続けるもののようだった。その中で、かねてからの稲葉と教師達の間の乖離、亀裂が広がっていくようだった。「学校は学ぶところだというけれども、何故いまのこの現実から学ぶことをしようとするそのことを妨げようとするのか」と稲葉はある教師に詰め寄ったことがあった。教師はそれに明確に答えることはできなかった。ただ、「いまの君たちの為すべきことは勉強で、それ以外は妨げになるだろう」というのだった。その言葉を聴いたときの稲葉の眼の中にはある嘲りと失望よりも遥かに深い虚無のようなものが広がったのをぼくは感じたのだ。ぼくは稲葉の傍らにいたのだ。それは、午前の授業が終わり、教師が教室を出ようとしたときのことだったのだが。廊下で稲葉は彼に問いかけたのだが。

「ぼくは教師も学校も信用してはいない。尊敬を感ずることのできる教師など一人か二人しかいない。後は全くのつまらない人々だ。そのつまらない人々の作り上げているのがこの学校だ」と彼はぼくに言ったことがある。

このようだったから、稲葉は教師達から遠ざけられていくものがあった。また彼は、「学校もぼくの親たちも同じようなものだ」と、ある時にぼくに言ったことがある。彼は、自分について、自分のこころの内側をぼくらにも語り明かすことはそう無い奴だったのだが、彼の死の後に残る彼の言葉としていまもぼくは思い起こす。ぼくは思うのだが、彼には彼をしっかりと結びつける「支点」のようなものがますます希薄になっていったのではなかったろうか。それは、関わりを持った集会の大学生達にも彼は空しさをみていて、その連帯の絆にもある空虚さがまとわりついていたことからも、かれのその希薄さがぼくには思われる。

「ぼくは、ぼくも彼らも同じところがあるのではないかと思うことがあるんだけれども、いや、それはぼくの固有のものであるのかもしれないけれども、ぼくはふとベトナム反戦の活動について反省することがあるんだ。自分のやっていることに、ぼくらの懸命に関わっていることに、大学生達の活動について。それで、彼らもそうだとは言わないけれども、ふと、このようなことは前にも言ったことがあるけれども、空虚なものがぼくのこころの中にあるのを感ずるのだ。それはなにか分からない。でも空虚なんだ。ぼくは学校と交渉する。しかし、学、もしものすごく他人の心理とかこころの中を見通す能力を持った、詩人とか心理学者だとかがいるとするね。その前でぼくはぼくの訴えを訴えるとする。すると、ぼくの前にいる彼らはぼくの言葉を聴き、ぼくの表情をみて微笑するか嘲笑するのではないかと思うことがあるんだ。『お前の言葉の真実と非真実を私たちは知っている』と、まるで彼らは思っているように」

そうして突然にいなくなって五日目のことだった。土曜日の午後だった。それは稲葉からの封書だった。それを机の上に乗せたのだが、ぼくは書かれてあることへの予感で、その封を切ることがなかなかできなかった。するとKから切迫した声の電話がかかってきたのだ。それは稲葉のぼくらへの最後の言葉だった。それは彼の遺書だった。KとYとぼくへ、ぼくら三人にだけ彼は彼の最後の言葉を語ったのだ。ぼくは、泣きながら封を切った。それは短い、簡潔な、感傷を含まない稲葉らしい別れの言葉だった。



【彼の遺書】

「君たちにだけ、ぼくはぼくの人生の最後の別れの言葉を伝えたいと思います。誰にも何も言わずに一人でぼくの人生を終わらせるつもりだったのですが、明日死のうと思ったときに、君たちにだけは挨拶をしてそうして自分を無へと帰したいという希いが生まれてきたのです。この町の小さな旅館の一室で、いまはもう夜が更けようとしていますが、この手紙を書いています。学、K、Y君、同じ文面のこの三通の手紙をぼくはいま君らに向けて書いています。

学と社研の部室で最後にあった日に、ぼくはどこか目的のない旅に出ることをこころに決めていたのです。あの、最後のビラを刷り終わったら。学校を後にしてからは、いつも君らと行った茶店に行き、コーヒーを飲み、そうして駅に向かいました。どこへ行くというあてはなかったのですが、駅に着くとかねてから憧れていたこの町へという思いが生まれ、この町への切符を買いました。とにかく、遠くへ行きたかったのです。

富良野はきれいな町です。いろいろなところを見て回りました。自然がそう損なわれていない素朴な町です。この町でこころは落ち着き癒されるようでした。しかし、あの、こころに広がるもの、何故かは分からないけれども、どうすることもできない、広がっていく虚しいものは、この町の美しさ、自然によっても充たされることはありませんでした。ぼくは、学、K、Y君、生きる力を失っていき、生きようとする力を自らの内に見出し、感ずることができないのです。誰のせいでもなく、何があったのではなく、その力のただ拡散があるのです。ですから、ぼくは自分を無に帰したくなり、帰そうと思うのです。ぼくは自らぼくの命を絶つつもりです。明日、この三通の君らへの手紙を投函し、その足でこの町のはずれの森に行き、この睡眠薬の瓶を飲み干し、深く眠るつもりです。さようなら、ぼくの友である君たち。もう、君らに会うことができないと思うととても辛くなります。さようなら、学、K、Y君。君たちは、君たちだけはぼくの友達であったのです。」

ここまで語ると、ぼくはもうそれ以上続けることはできなくなった。とめどなく、涙が流れてくるのだった。ぼくは、佐和に支えてもらいたい、そのようだった。道行く人は妙に思うのだろうが。佐和はぼくの手を握りしめてくれた。その手のぬくもりはぼくを慰め、安らがせ、和らげるものだった。

「彼の死を」とぼくは言った。「彼の死の意味を、ぼくは自ら負い、その意味を考えていかなければならない、それが、生き残っているぼくの彼への義務のように感ずるのだ」と、ぼくは彼女に言った。「何故なら、彼の死はぼくらの死でもあるのだから。彼の死の意味はぼくらにも渦巻いてあるものであるから。その意味はぼくは、ぼくらは知らなければならないのだから」と。「その重さはいかに重いのだとしても」とも。

ぼくは彼の死からのぼくらについて物語っていった。佐和はぼくの物語を静かに聴き続けてくれた。ただ、彼女は聴いてくれた。まるで、大きな深い森に向かって物語るように、それにつれて木々が共感に枝を揺するように、ぼくの言葉は彼女の空間に向けてその言葉を広げていくようだった。それは、ただ虚しく消え去っていく音の響きというのではなく。彼女の存在はぼくにとってはやすらぎであり、癒すもののようだった。ぼくは不思議だった。このような物語は果たして彼女には苦痛なものではなかったのだろうか。この春の夕に向けての時に。物語の思い出の世界と、現在の彼女のそこにある感覚の織りなす世界は、ぼくを新たな旅に誘う、その旅への踏み出しを成すもののようだった。時間がぼくらを包んですぎて行った。



    物語十二 記憶のかけら

稲葉の死は、僅かな動揺を残して消えていった。教師達も、ぼくらも彼の死を一つの裂け目として受け止めはしたが、しかし、敢えてその裂け目と触れ合おうとはしなかった。一人の高校生の死は、学校に起こったエピソードとして忘れ去られて行くようだった。それぞれに、それぞれの記憶は残したとしても。しかし、ぼくらは、彼の家族については知る由もないが、彼の友人としてのぼくらは、過ぎ去っていくものとしてそれを過ぎ去らせることは出来ないのは、当然のことだった。KとYと藤川君とぼくは。それと、社研の仲間達は。それについて、ぼくは詳しくは語ろうとは思わない。ぼくは、ぼくらの仲間のことだけを語ろうと思う。いまは、自分にただ向けて。ぼくは、佐和にはそれから起こったことのあらましを語った。しかし、彼の死のぼくらにもたらしたものについては、敢えて語ることはしなかった。それは、あまりにも、ぼくらに固有のものであったから。そうして、彼の死の意味から、ぼくらはそれぞれに向けて進んでいくものがあったから。彼の死によって定められるものがあるように。

稲葉の不在によって、ぼくらは如何に彼の存在によって結ばれていたかを知るのだった。彼は別に強く自己主張をするのではなかったが、ぼくらの関係では、しかし、ぼくとK、KとY、Yと藤川君、ぼくと彼女たちの繋がりは彼の不在によって変わっていくものがあった。彼の死の後にそれを、ぼくらは見ることになり、それから、ぼくらは改めて稲葉のぼくらにとっての意味を知るのだった。いかほどに自覚されたかは別として。つまり、外ならぬ稲葉によってぼくらは結びつけられ、繋がりを持っていた、ぼくらの関係が基礎的に稲葉に結びつけられていたことを、彼がぼくらの前にいるときには気づくことがなかったのだが、それが、意識する程度はどうあれ露になったのだった。そうして、ぼくらの関係は微妙に変わっていった。

また、ぼくにはその訳がよくは分からなかったが、KとYの結びつきはその親密を深めていくようだった。それは、Yと藤川君の関係をどこかよそよそしいものにしていくものになったのだが。彼女たちの絆にKが加わることによって、その相互の関係がそれまでのようであることができないように。

それぞれが受験を終わった後の三月に、ぼくらは、KとYと東君の四人で富良野を訪れることにした。彼の最後に居た場所を、ぼくらは見届けてあげなければと思ったのだ。稲葉をそこに残してはいけないとの思いがあった。ぼくらにとって彼の存在が重いものであったと同時に、稲葉にとってもそうであったのだろうと思う。

ぼくらは二泊の予定で富良野に行った。その日の朝は稲葉がその夜に発つ前に立ち寄ったウィーンに行き、同じようにコーヒーを飲んだ。「田園」が店の於くに据えられている大きなスピーカーから流れている。マスターの好みでもあったのだろうけれどもベートーベンが比較的に多くかけられていた。昨日の雪がまだ消えてはいなかった。コートも脱がずにテーブルを囲み、コーヒーを啜った。東君は詩集を取り出して、

「稲葉君は詩とか小説なんかあまり読まなかったでしょう」と、ぼくに向けてか、言うのだった。
「読むのは違っていたわ。稲葉君のお家に遊びに行ったときにも、私たちは幼なじみのようなものだから、本棚には文学の本はあまりなかったよう」と、Yがいう。

「稲葉にはどこかそういう類を避けるようなところがあったように思う」と、そうぼくも改めて思い出すものがあるのだった。

「彼にはどこか、こうするのだと、決めているようなところがあったように思う。読む本もそうなんだけれども、自分で自分のあり方もなにもかも決めてしまう、決めてそれを生きるというようなところがぼくらの周りとどこかはっきりと稲葉を区切るところのようにも思われる。それぞれ傾向だろうけれども、稲葉ほどそれがはっきりと、しているのはそういないだろう、彼の死も、そのような彼に固有なものが彼を連れていったようにも思われて仕方がないものがある」
「ただ学」とKが言った。

「君が稲葉の死の後に言っていた、『彼の死は実はぼくらの死でもあるのだ』ということはぼくにも分かるよ。それは彼のその傾向というものだけではなく。その傾向に増幅されて彼だけがそのように進んでいったのだけれども、ぼくのも彼の遺書の言葉が自然に分かるようなところがあるから。これは、Y君や東君とは異なる思いかもしれないけれどもね」

「私はよく、男性女性を言うのだけれど、それで、どこか学君やK君の言うことがよく分からないところがあるのだけど、『どこか共通したもの』というのは感ずることができる。どう、Y」
「このように集まっている私たちは稲葉君と似ているところが多いのだろうと思う。それだから、共感するところが多いのでしょう。」そう、Yは言うのだった。

このようにして、ぼくらは昼少し前の汽車に乗った。札幌を経由して、富良野に向かった。街から離れるにしたがって、車窓の風景はまだ冬のただ中の雪景色に変わっていった。ぼくらはそれぞれ向かい合わせに座っていた。端から見ると、もう高校生ではなくと、そのようにみえたのかもしれない。受験が終わり、卒業式だけを残すぼくらは、すでにこころは高校を離れていた。数時間の汽車の旅で、ぼくらはそれぞれ場所を変えたりなどした。もう、単純な哀しみではなくある祝祭に似た、稲葉に会いに行くのだという、死者としての稲葉ではなく、彼の処に行った彼を訪れるのだという、そのような感情にぼくらは繋がれているようだった。

富良野では童話の名のようなペンションに泊まった。二部屋を取り。「樅の木」という、家族だけが切り盛りをする。山小屋のような造りで、夜に、三角に傾斜した木組みの、下に向かって張り出している厚く広い窓ガラスの向こうに透明な静けさがあった。氷の結晶が次第にガラスに張り付いていくのだった。キャンドルのような照明が窓から闇を灯していた。

その夜に、KとYは連れたって、外に出ていった。厚いコートに、二人身を寄せるように。ぼくも、東君もそれを知っていた。ぼくは窓から、暗い闇の中を進んでいく彼らを見送っていた。彼らは彼らとして稲葉に闇の中で会いに行くのだろうと思った。

こうして三月がすぎ、ぼくは彼らと別れて、この地に来たのだし、KとYと東君は札幌に、藤川君は東北に、それぞれ進んでいった。こうしてぼくらは、稲葉の不在とともに、それぞれに別れていった。ただそれから初めての夏休みに、皆での再会の約束をした。



   物語十三 それから

日が沈み始めていた。長い時間、歩き、話した。ぼくはまだ一年も過ぎてはいない物語を語り、彼女も彼女についてぼくに話してくれた。それまで、彼女について殆ど知ることがなかったのだが。そのように互いの物語を相手に向けて投げかけ、受け取り、それらはぼくと彼女の共有するものとなっていった。一人のではなく、二人のものに、ぼくと佐和の物語として。

彼女の物語を聴くことは、彼女とぼくとの間の距離の空間を変えていくことのように思われるのだった。「距離の空間」などというと、おかしな表現に思われるかもしれないが、そのようにいうことが正しいように思われる。それは極めて具体的な感覚として、単なる観念ではないものとして。彼女との記憶についても、彼女との現在についても。たとえそれが、観念と呼ばれるものがあるとしても。

佐和という皮膚と肉と血の流れる人を、眼差しを交わし合う彼女を、物語によって更に、想像でもあった彼女に具体的な要素が埋め込まれ、彼女がより現れてくるようにも思われた。ぼくも彼女にそのように自らを現していったのだろうが。その数時間はアパートで、或いはぶらぶらと歩く、食事をしている、コーヒーを飲む、講義を聴く、その数時間と同じではなかった。その数時間の中にぼくらは生きていた。一人では決して生きることの出来ない時間をぼくらは生きていたのは確実だろうと思う。彼女にくちづけをしたかった。

「これからどこに」と、彼女は言った。
「帰ろうか、それとも、こうしていようか」と、ぼくは言った。「帰らなければならないだろうか」と、重ねていった。
「帰らなくても」と彼女は言った。
「明日は会えるだろうか」
「昨日も今日も明日も」と、彼女は言う。
「明日も、それから続く日も」と、ぼくは言う。
「いつの日まで」と、彼女は、
「去ることはないことを」と、ぼくは、
「いつかは砂の落ちるときがくるのでしょう」
「それがあり得ないことをぼくは知っている、出会ったことを消し去るものはどこにあるだろう」



映画を見終わって、ぼくらは、京都に引き留められるように、宿を取った。古い趣の旅館に。

佐和を抱くのは、少しの不自然もなかった。ただ、彼女を抱きたいと、体を重ねたいと、二つの腕で強く抱擁をしたいと、ぼくの全ての力で彼女を抱きしめたいと、そう希う思いがそのままに向けられただけだった。そうでなければならないように。交わること以外は正しくないように思われた。ただ、ぼくと彼女の息は高まっていくだけだった。

髪を乱した佐和は、ふと、たかまりの中でぼくを見つめた。眼を見つめ合うことで互いの存在を繋ぐことを成すように。抱擁し合い、更に強く、壊れるほどに、肌と肌がただ熱を求めるように。彼女の肉とぼくの肉がただ狂おうしく、求め合うように。

ただ、佐和が愛おしかった。愛おしさが肉の力となって佐和にただ向かっていった。力を受け止めて、胸と胸の触れ合いに、彼女の思いが伝わってくるようだった。

ある長い時間の終わりに、長い時間の結実があった。ゆっくりと彼女の体が波立つのだった。波の余韻が続いていくのだった。吐息が囁きとなってきこえた。

抱くように、寄り添ってぼくらは眠った。
                             【第一章終了】