G/9-Project Act.6

『怪(もののけ)』 〜九月の怪談〜

 

 

 出演者

   吉村 加奈江(27) ミツバチ・トーイの事務員    板垣 和雄(33) 菊池玩具の社員

   木下 みちよ(26) ミツバチ・トーイの事務員    磯部 正樹(40) 菊池玩具の部長

   片桐  千里(24) ミツバチ・トーイの事務員

   奥田  枝美(23) ミツバチ・トーイの事務員

   桜木   聡(23) ミツバチ・トーイの営業

   嶋田  純一(40) ミツバチ・トーイ課長

   御園生  亘(36) 三流オカルト雑誌の編集長

   山崎  ゆり(21) 霊感の強い女子大生

 

 

 ・プロローグ

 

     舞台はおもちゃの企画販売を行っている商社の一室。

     事務机やパソコンなどが置かれているが、どことなく廃墟のような風景。

     時刻は深夜。

     舞台は客電が落ちた後完全暗転。

     後を追うように客入れ音楽も消えてゆく。

     闇の中から懐中電灯の明かり。

 

 

編集長 「…そこ、足元気をつけて!」

ゆり   「えっ?!」

編集長 「なんかある…」

ゆり   「わっ!」

 

 

     ゆりと編集長が入ってくる。

 

 

編集長 「ふー、こりゃ酷いな」

ゆり   「…ここでしょう?」

編集長 「そ、ここ。

      お、流石! 分かる?」

ゆり   「まぁね」

編集長 「感じる? なんか」

ゆり   「…うん」

編集長 「どんな感じ?」

ゆり   「…なんだろう、…切ないような、寂しいような…」

 

 

      編集長、不意にシャッターを切る。

 

 

ゆり   「わっ! ビックリした! やめてよ、もー!」

編集長 「(興奮気味に)ごめんごめん、でもそう来なくっちゃ!

      期待しているよ、今日は!」

ゆり   「心臓止まるかと思った」

編集長 「どぉ? 見える? なんか?」

ゆい   「えぇ。亘さんがたいたストロボの光がチカチカ・チカチカ」

編集長 「こりゃまた失礼」

ゆり   「…匂うね、…火事?」

編集長 「そ、結構派手に燃えたみたいよ。

      あれ? 新聞とか読んでないの?」

ゆり   「うん」

編集長 「ま、隅っこのほうだったけどね、載ってたの。

      でもその後が凄いんだ。

      出所はインターネットらしいんだけど、

      噂が噂を呼んで、今では話題のスポットナンバーワンだ!」

ゆり   「やっぱり、誰か亡くなったの?」

編集長 「当たり、有毒の煙を吸い込んで、ほぼ即死」

ゆり   「ねぇ、そんな所に勝手に入っていいの?」

編集長 「まぁ良い悪いで言うと悪いかな?」

ゆり   「じゃあ、帰ろうよ!」

編集長 「あれぇ? ゆりちゃんらしくない」

ゆり   「どういう意味よ!」

編集長 「どうしたの? お化けが怖いわけぇ?」

ゆり   「当たり前でしょ! 亘さんは怖くないの?」

編集長 「ぜぇーんぜん! だって俺、信じてないから」

ゆり   「えぇ?! じゃあなんでこんなことやってるの?」

編集長 「不思議?」

ゆり   「うん、とっても」

編集長 「だろうね。ま、でもそういうもんだって」

ゆり   「答えになってないよ」

編集長 「仕事ってねぇ、好き嫌いじゃないんだよ。ようは向き不向き!

      ね? 俺はこの仕事に向いている、だからやってる。それだけ。

      ゆりちゃんもこれから就職活動でしょう?

      よぉく胸に刻んでおきなさい」

ゆり   「なんか納得できないなぁ」

編集長 「お化け好きな人間とお化け屋敷が好きな人間は、

      字面は似ているけど全然違う。そういうこと」

ゆり   「お化け好きなんかじゃないっつうの!」

編集長 「どうかなぁ〜? 呼んでんじゃないの? 本当は」

ゆり   「やめてよ!」

編集長 「ねぇねぇあのさぁ、どういう感じなわけ?」

ゆり   「えっ?」

編集長 「出るときって」

ゆり   「あぁ、普通。結構普通」

編集長 「普通ねぇ…」

ゆり   「特にその人の想いが強いほどハッキリと感じるんだ」

編集長 「で、出てきたらどうするの?

      やっぱ陰陽師みたいに呪文とか唱えてやっつけちゃったりするの?」

ゆり   「馬鹿にしてるでしょう?」

編集長 「いや全然!」

ゆり   「やめてよ茶化すの!」

編集長 「ははは、ゴメンゴメン!」

ゆり   「マジで信じてないんだね」

編集長 「いやいや信じるよぉ、信じますとも!

      ちゃんと科学的に証明されればね」

ゆり   「嫌な言い方! そういうの!

      科学なんて万能でもなんでもないじゃん」

編集長 「何言っているんだい! 万能だよ!

      科学があるから人類は豊かになったし、安心して夜を眠れるようになったんだ!

      科学万歳! 科学最高ーっ!

      何でもかんでも科学で解決!

      高齢化問題もダイオキシンも、みーんな科学で解決だ!」

ゆり   「じゃあ、科学的にいうと、幽霊ってなんだって思うの?」

編集長 「そうねぇ、ズバリ言っちゃうと、エネルギー!

      エネルギーの塊だな!

      なんかあるんならそれしかないよ。

      幽霊の正体はエネルギー!」

ゆり   「じゃぁ、私はなんなの?

      ちゃんとその人の想いとかが伝わって来るんだよ!」

編集長 「それはね、ゆりちゃんの想像力が人よりちょっと豊だってことだよ」

ゆり   「作り話だっていうの?!」

編集長 「いやいやそうじゃないけど」

ゆり   「だって写真にだって写るじゃない!」

編集長 「あんなのは偶然。もしくはアイコラだ。

      あ、アイドルが写ってるわけじゃないからアイコラじゃないか…」

ゆり   「呆れた! 何が心霊研究家よ!

      何が心霊専門誌の編集長よ!」

編集長 「心霊写真はねぇ、写真に霊が写ってるんじゃないのよ。

      光の加減とか、影とか、偶然映ったものに、

      俺がちょこちょこぉっとコメントをつけるとあら不思議!

      あっと言う間に心霊写真の出来上がりぃ〜! ってなわけよ。

ゆり   「亘さんの方がよっぽど作り話ジャン」

編集長 「作り話だよ! だから面白いんジャン!

      いかに誇張するか、どうやって面白くするか。

      そしてそれがいかに本当のことのようであるか。

      本当であっちゃだめなんだよ、逆に冷める。っていうか引く。

      いかに本当っぽくするか、嘘だぁこれ! っていうエッセンスをどう混ぜていけるか。

      これが雑誌作りの醍醐味なんだよ」

ゆり   「じゃあなんで私をここに連れてきたの?」

編集長 「ん?」

ゆり   「私は作家じゃないんだからお話なんか作れないよ」

編集長 「いやいや、ゆりちゃん。君、すんごぉい重要〜!

      は〜い、笑ってぇ〜」

 

 

      編集長不意にカメラを構えて何枚かゆりを撮る。

 

 

編集長 「うーん、い〜表情!

      これに俺の抜群な文章と、

      写ってちゃいけないものをデジタル処理でそっと添えて、

      袋とじにして特集十ページ!

      カメラが捕らえた決定的瞬間!

      霊感美少女ゆりちゃん危機一髪! ってか?!」

ゆり   「売れなそぉ〜」

編集長 「いやいや、人って不思議なもんでさぁ、

      袋で閉じてあるとどうしても見たくなるんだよねぇ。

      んで、こうやって覗いて見るんだけどよく見えないもんだから、

      つい買っちゃうんだよねぇ」

ゆり   「そういうのは私じゃなくて、

      もっときれいなモデルさんとか呼んで来てやってくれる?」

編集長 「何言ってるのよぉ、今日のゆりチャンとっても綺麗よ」

ゆり   「馬鹿にしてるの?」

編集長 「まぁ、そう言うなって」

ゆり   「亘さんって、人の気持ちのことなんて何にも分かってないのね」

編集長 「ん?」

ゆり   「本当に怖いのは、幽霊なんかより生きてる人間なのよ。

      そうやって人の気持ちをもて遊ぶような事してると、

      そのうちしっぺ返し食らうよ〜!」

編集長 「ゆりちゃん怖ーい!」

ゆり   「生きてるとさ、色々あるじゃない?

      辛い事とか悲しいこととか…」

編集長 「なぁんで俺ばっかりついてないんだろうとか、

      なんで俺ばっかりこんな目に遭うんだろうとか、

      人って、何で生まれてきたんだろうとか。

      (泪目になりながら)俺ってなんで生まれてきちゃったんだろうとか…シクシク」

ゆり   「悔い改めよ!」

編集長 「あり?」

ゆり   「そういうさ、未練とか悔いとかがあるまんま死んじゃったりすると、

      その想いが残って幽霊になるのね。

      でも、死なないで、生きたまま持ちつづけていると…」

編集長 「持ちつづけていると?」

ゆり  「だんだんその想いが成長して、

     捻(ひね)って捻(ねじ)れて押し潰されそうになってしまいには…」

編集長 「(苦しそう)し、しまいには?」

ゆり  「化け物になる!」

編集長 「ば、化け物?!」

ゆり  「なりたい? 化け物」

編集長 「ううん(首をブンブン横に振る)」

ゆり  「あ、そ」

編集長 「え、化け物って?」

ゆり  「んー、殺人犯とか、ストーカーとか?」

編集長 「なーるほど」

ゆり  「じゃあ化け物にならないようにするにはどうするか?」

編集長 「どうするの?」

ゆり  「求めるのよ、答えを。

      あるはずなんかない答えを、一生懸命、死に物狂いで!」

編集長 「途中であきらめたら化け物?」

ゆり   「そういうこと」

編集長 「何だか救いのない話だね」

ゆり   「でもさ、たとえばそれを逆手にとって、

      説得力がある方法で大勢の人に納得させちゃった人が、

      教祖様って呼ばれるんだよ」

編集長 「なるほどねぇ」

ゆり   「本当は誰かに頼るんじゃなくて、

      自分の力で解決しないといけないんだろうけどね」

編集長 「あ、でもそう考えるとさ、科学とか数学とかっていうのはさ、説得力の塊だよね。

      目に見えないものもみんな数字化して、はいどうですかって出してくるんだから。

      インチキ教祖様商売上がったりだ!」

ゆり   「そうかもしれないけど、でも心は数字に直せないじゃない?」

編集長 「ん?」

ゆり   「なんでもかんでも分かったから安心出来るって訳じゃないでしょう?

      人の気持ちとか、想いとかって、そういうもんじゃないじゃない?」

編集長 「想いねぇ…」

ゆり   「恋する気持ちとか、愛しく思う気持ちとか、

      不安だったりさびしかったりする気持ちって、

      数字や公式じゃ報われないじゃない!」

編集長 「あれ? ゆりちゃんどっかの信者さん?」

ゆり   「そうじゃないけど、なんかくくられちゃうのは嫌なんだよね、

      なんだかんだって理屈つけて」

編集長 「恐れてるねぇ、科学を」

ゆり   「違うって!」

編集長 「じゃあ、駄目押ししちゃおうかな」

ゆり   「えっ?!」

編集長 「ジャン!」

 

 

     編集長、鞄からなにやら装置を取り出す。

 

 

ゆり   「えっ? 何?」

編集長 「ふっふっふ…。聞いて驚くな!

      これが科学の粋を集めて開発された、幽霊レーダー!」

ゆり   「何それ、ダサッ」

編集長 「これで幽霊がこの部屋にいるかどうか分かっちゃうんだな」

ゆり   「また嘘ばっかり」

編集長 「本当だって!」

 

 

     編集長装置のスイッチを入れる。

     装置からは一定の『ピッ・ピッ』という音が流れ出す。

 

 

ゆり   「何?」

編集長 「あぁ、今はいないみたいだね。

      この装置、仕組みはいたって簡単。

      スイッチを入れるとこの箱の中で1秒間に1万回、

      自動的にコイントスをやってくれる」

ゆり   「コイントス?」

編集長 「これこれ(硬貨をポケットより取り出す)」

ゆり   「百円玉?」

編集長 「そ、これを投げる! んで手の甲に乗せる。

      さ、裏か表か!」

ゆり   「うーん、裏!」

編集長 「(手の甲を隠した手をどける)正解!」

ゆり   「で?」

編集長 「肝心なのは確立」

ゆり   「確立?」

編集長 「こうやって投げて、隠して、開けたときに裏が出る確立は?」

ゆり   「2分の1」

編集長 「そ。十回やれば5回は裏が出るはずだ。

      ただ実際にはそうはいかない。

      8回出るときもあれば2,3回しか出ないときもある。

      だから十回でじゃなくていっぱいやる。

      そうすれば誤差の範囲も決まってくる。

      これがあーらビックリ、大体2分の1になるんだな」

ゆり   「ふーん」

編集長 「で、2分の1の確立が出ているということは、

      この空間は正常だって言うことがいえる。

      逆にいうと確立が2分の1ではない所は」

ゆり   「なんかいる」

編集長 「その通り」

ゆり   「意外とローテクなのね」

編集長 「最新科学だよ!

      ピッ・ピッって、いかにも規則正しい音がしているでしょう?

 

 

      ゆり、突然周りの気配に敏感に気づく。

 

 

編集長 「ね? ほらピッピッピッピッって。

      この正確さが安心できるんだよねぇ。

      で、このピッ・ピッっていう音の間隔が極端に長くなったり短くなったりしたら…」

ゆり   「なんかいる」

編集長 「ということになるわけだな」

ゆり   「ううん、違う!」

編集長 「えっ? 違わないよ!」

ゆり   「違うの! ねぇ、亘さん! なんかいる! この部屋なんかいる!」

編集長 「えっ?!」

ゆり   「やだ、気が付かなかった、いつからいるんだろう?

      ねぇ、亘さん! 感じない?!

      なんかいる! なんかいるよ!」

編集長 「おいおい、やめてくれよ、薄気味悪いなぁ。

      何かいるって…」

 

 

     いままで正確なリズムを刻んでいたレーダーが突然その間隔を狭める。

 

 

編集長 「おいおい、マジかよ! 待ってくれよ、こんな…!」

ゆり   「ちょっとうるさい! それ止めて!」

編集長 「あ? あぁ…」

 

 

     編集長、レーダーのスイッチを切る。

 

 

ゆり   「ねぇ、怖い! 亘さん怖いよ!」

編集長 「大丈夫、大丈夫だよ!

      ほら、何もいないさ。何も見えないじゃないか」

ゆり   「いる! いるの! いるんだって!

      亘さんには分からないの? 感じないの?!」

編集長 「…本当に、いるのか?」

ゆり   「(うなずく)」

 

 

      亘、武者震いをすると堰を切ったように色々な方向に向けてシャッターを切る。

 

 

ゆり   「ねぇ! 何やってるのよ! やめてよ!」

編集長 「何って、決まってるじゃない! 仕事だよ、仕事!

      さぁー、頼むよぉ〜!

      なんか写ってくれよぉ〜!」

ゆり   「やめなって! ねぇ、亘さん! 亘さん!」

編集長 「…ん?!」

 

 

      亘はファインダー越しにある一点を見つめてその手を止める。

 

 

ゆり   「…何? どうしたの?」

編集長 「…」

ゆり   「…亘さん?! …やめてよ! 何?!」

編集長 「…」

 

 

      亘はゆっくりカメラを下げる。

      亘の視線は一点を見つめている。

 

 

編集長 「…なんか…いる」

ゆり   「えっ?!」

 

 

      ゆり、ゆっくりその視線を追う。

      ある一点に辿り着いた時に同様に凍りつく。

      緊張が走る。

      二人して目を凝らすと突然二人の背後から声が聞こえる。

 

 

加奈江 「…誰?!」

二人   「わっ!!」

加奈江 「…純一…さん」

 

 

      音楽。

      そこには和装の加奈江が立っている。

      加奈江、音もなく歩み出ると音楽に合わせて舞踊る。

      すると二人の背後より一組のカップルがアルゼンチン・タンゴを踊りながら登場する。

      しかし二人はカップルには気がつかない。

      ゆりと編集長を中心に舞とタンゴの踊りが回転する。

 

 

編集長 「何てことだ…、こんな…、こんな…!」

 

 

      曲が最高潮に達するとき、編集長は加奈江にカメラを向けシャッターを切る。

すると突然音がやみ、全てがストップモーションになる。

 

 

加奈江 「…誰?」

編集長 「ひっ!」

加奈江 「…あなたは…誰?」

 

 

      編集長は突然立ち上がる。

 

 

ゆり   「亘さん?!」

編集長 「まかせとけ! 俺は心霊研究のエキスパートだ!

      (いっぱい息を吸って、めいっぱい大きな声で)悪霊退散!

      臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」

加奈江 「?」

編集長 「オン・キリキリ・ウンケンソバカ!

      オン・バ・サ・ヤシャ・ウン!」

ゆり   「…何やってるの!」

編集長 「やっぱり駄目か」

ゆり   「馬鹿じゃない!」

加奈江 「…滑稽ね」

編集長 「何だと!」

加奈江 「…あなたのことじゃないわ。…私のこと」

ゆり   「…あなた、…誰?」

加奈江 「私…? 私は…、誰でもないわ。

      私は…、物の怪」

ゆり   「…物の怪?」

編集長 「何だよ、あんた、人か!

      驚かせるなよ! 何なんだよ、そんな格好して!

      ふざけるなよ!」

ゆり   「ちょっと!」

編集長 「どっかの物好きか? お化けのコスプレか?

      それとも精神病院抜け出してきたのか?!

      何とか言えよ!」

ゆり   「やめなよ!」

編集長 「あー! マジむかついた! 久々にキレた。

      ちょっと来いよ! ほら、来いって!」

 

 

      亘は加奈江の手を強引に引っ張り舞台中央に連れ出す。

 

 

加奈江 「あっ…」

 

 

      加奈江は小さな悲鳴をあげるとその場に倒れこむ。

 

 

ゆり   「乱暴はやめてよ! 最低!」

編集長 「あ、いや、そんな力入れて引っ張ったわけじゃ…」

ゆり   「ごめんなさい! 大丈夫ですか…? あっ?!」

 

 

      ゆり、加奈江を抱き上げようとする。

      加奈江、息が荒い。

 

 

ゆり   「すごい熱…、ちょっと大丈夫ですか?」

編集長 「…熱…あるの?」

ゆり   「亘さん触ってみて」

編集長 「あぁ。…本当だ。ゆりちゃん替わって」

ゆり   「うん」

加奈江 「…純一…さん」

編集長 「ごめんな、純一さんじゃなくて。

      ゆりちゃん、そこのソファに寝かそう。足もって」

ゆり   「はい!」

編集長 「せぇーの!」

 

 

      二人、協力して加奈江をソファに寝かす。

 

 

加奈江 「…寒い」

ゆり   「えっ?!」

加奈江 「…寒い」

 

 

      加奈江、ガタガタと震えだす。

      ゆり、自分の羽織っていたカーディガンを加奈江にかける。

 

 

ゆり   「亘さん!」

編集長 「えっ? あ、あぁ」

 

 

      編集長、羽織っていたジャンパーを脱いで加奈江にかける。

 

 

加奈江 「…寒いよぉ! 純一さん!」

ゆり   「駄目だ、亘さん、体、こんなに熱いのに寒いって!

      どうしよう!」

編集長 「なんか探してくるから、救急車呼んでおいて」

ゆり   「どうやって?!」

編集長 「携帯でかければいいだろう!」

ゆり   「私、携帯持ってない」

編集長 「嘘だろう? 分かった、ちゃんと見ておいてやってくれ。

      すぐ戻る!」

ゆり   「分かった!」

編集長 「何かあったら大きな声で呼べ!」

ゆり   「うん!」

 

 

      亘、走って部屋を出る。

      ゆり、加奈江の手をさすってやる。

 

 

ゆり   「こんなに熱があるのに、…なんて冷たい手。

      大丈夫ですか! 大丈夫ですよ! 頑張ってくだ…!」

 

 

      ゆり、ふと背後の気配に気付き振り返る。

 

 

ゆり   「…誰?!」

 

 

      間。

 

 

ゆり   「…誰かいるの?!」

 

 

      アルゼンチン・タンゴを踊っていた二人がほどける。

      女が笑いながら退場する。

      しかしゆりには二人は見えていない。

      男、ゆっくりと近づく。

 

 

ゆり   「…怖い。…怖いよう。

      亘さん…。亘さん…。亘さーーーーーん!」

 

 

      ブリッジの音楽。

      暗転。

 

 

 

 

 

 

 ・エピソード1

 

 

      効果音『電話の呼び出し音』が大きな音で鳴り響く。

      ゆっくりと明転。

      奥田枝美と桜木聡が走り込んでくる。

      タッチの差で枝美が先に受話器を取る。

 

 

枝美  「はい! ミツバチトーイ、営業企画課の奥田です!」

 

 

      短い間。

 

 

聡   「どした?」

枝美  「…聡! FAX!」

聡   「オッケー!」

 

 

      枝美は素早く転送ボタンを押す。

      FAXの呼び出し音が鳴る。

      聡はいったんFAXの受話器を取り上げ、

      スタートボタンを押すと受話器を元に戻す。

      しばらくするとFAXから紙が排出される。

 

 

二人  「…セーーーフ!」

聡   「枝美ちゃん、足早いねぇ?」

枝美  「そぉ?」

聡   「おっかしぃなぁ、こうみえても俺、高校ん時、陸上部だったんだけど」

枝美  「私、息一つ乱れてないし。汗一つかいてないし」

聡   「どっかおかしいんじゃない?」

枝美  「失礼ね!」

聡   「(汗を拭きながら)うわ、あっちーぃ!

     暑くないの?」

枝美  「ううん、暑いよ」

聡   「汗、かかないの?」

枝美  「本当は(服の中をのぞきながら)こん中汗だっくだくぅ〜」

聡   「なんだよ〜。どれ?」

枝美  「なに覗いてんの! 変態、痴漢!」

聡   「こりゃまた失敬。

     あ、ねぇ、枝美ちゃんなんかやってたでしょう?」

枝美  「ん?」

聡   「高校の時」

枝美  「別にぃ、だって茶道部だったし」

聡   「うっそぉ?!」

枝美  「マジ」

聡   「ゲーッ! ショックー!」

枝美  「本当に陸上部?」

聡   「えっ? あ、ほら、俺、長距離専門だったから、…ね?」

枝美  「ふーん…」

聡   「あーっ! なに? その疑いのまなざしは!

     信じてないでしょう?

     もしくは、『補欠だったんじゃないの?』とか、

     『幽霊部員だったんじゃないの』って思ってるでしょう?」

枝美  「あぁ、全部あたってる、それ」

聡   「ひ、酷すぎるーっ!

     これでもねぇ、地区大会、市の中央大会を勝ち抜き、

     県大会まで行ったんだぜぇ!」

 

 

      そこへ千里が入ってくる。

 

 

千里  「ファックス?」

聡   「そっす!」

千里  「間に合ったんだ」

聡   「任せてくださいよ! 余裕っすよ!」

枝美  「なぜあんたが言う?!

      あ、ねぇ、千里さん!」

千里  「ん?」

枝美  「もぅ、お昼、いいかなぁ?」

千里  「いいんじゃーん、ちょっと早いけど」

枝美  「今日どうします?

      表行きます? それともコンビニ?」

千里  「あ、今日はお弁当作ってきちゃった。適当にやって」

枝美  「はーい」

聡   「あれ? 俺には聞いてくれないの?」

枝美  「桜木君、今日、お昼どおするの?」

聡   「ん? えーっとねぇ…」

枝美  「ふーん、そうなんだ。じゃ!」

聡   「おい、ちょっと、待て!」

枝美  「嘘、嘘。で? どうするの?」

聡   「枝美ちゃんは? どうする?」

枝美  「私、質問したのに質問で聞き返す人苦手なのよねぇ…」

聡   「今日はズバリ! 北京亭のチンジャオロース定食でしょう!」

枝美  「バーイバーイ!」

聡   「えっ?!」

枝美  「私、コンビニ!

      なんてったって今日おまけ付きの新製品出るんだけど海洋堂よ!

      これははずせないでしょう!」

聡   「えっ?! チョコエッグじゃなくて?!」

枝美  「そう、新製品!」

聡   「だったら最初っから言ってよう!

     俺もコンビニにするよ!

     なんか最近冷たくない?」

枝美  「あら、昔っからこんなよ?」

聡   「彼氏と喧嘩でもしたの?」

枝美  「あのね、そういうのもセクハラに入るんだよ。

      気を付けてね」

聡   「うん! もぅ、意地悪ぅ!」

枝美  「ねぇ、千里さん、こいつ訴えていいっすか?!」

千里  「まぁまぁ、その辺にしておいてあげな。

      あんまり苛めると泣いちゃうよ」

聡   「泣きませんよ!」

枝美  「どうだか」

千里  「ところで枝美ちゃんさぁ」

枝美  「はい!」

千里  「(お金を差し出し)よろしく、新製品、箱で!」

聡   「げっ! 箱買いっすかぁ?! マジでぇ?!」

枝美  「箱買いって大人になったんだなって実感する瞬間よね」

千里  「だよねぇ〜」

聡   「えっ? 何で?」

千里  「はぁ?」

枝美  「何言ってるの? 箱よ、箱!

      子供の頃はお菓子一つ買ってもらうにも、粘ってねだって駄々こねて、

      それでも買ってもらえるかどうかフィフティ・フィフティだったのに、

      今は誰にも気兼ねなく箱で買えちゃうんだよ?」

聡   「まぁ、自分の金だからねぇ」

枝美  「百円のカップアイスがちびちび食べてたのが、ハーゲンダッツに変わったりぃ」

千里  「缶コーヒー飲んでたのがスタバに変わったり?」

枝美  「そうそう! そんな時、私もブルジョワの仲間入りだぁって思った!」

聡   「なるほどねぇ…」

みちよ 「誰がブルジョワだって?」

 

 

      みちよが入ってくる。

 

 

枝美  「えっ? 私ですよ、ワ・タ・シ!」

みちよ 「ブルジョワはコンビニで昼飯済ましたりしない!

      ほれ(手に持っていた資料を渡す)」

枝美  「あ」

みちよ 「忘れ物。危うく捨てちゃうとこだったぞ。桜木!」

聡   「はい!」

みちよ 「(残った資料を手渡し)お前もだ」

聡   「あ、どうもです」

枝美  「え、でも、みちよさんだって…」

みちよ 「私が何よ?」

枝美  「プチブルジョワ気分全開だったじゃないですか! この前!」

みちよ 「何? それ?」

枝美  「ほら、駅ビルの3階の!

      それから中華街行った時!」

千里  「あーぁ、あれねぇ」

枝美  「そうそう!」

みちよ 「ん?」

千里  「片っ端から順番に買ってたじゃないですか!」

みちよ 「…あぁ、駄菓子屋の事?」

枝美  「そうですよ! かごいっぱいに詰め込んで!」

みちよ 「それってブルジョワなの?」

枝美  「でも、あれって、優越感ですよね」

みちよ 「優越感って、誰に優越感?」

聡   「えーっと、子供とか?

     『はっはっは、馬鹿め、お前達にはまだこんな無駄遣いは出来まい!

      悔しかったら、早く大人になってみたまえ!』ってね」

みちよ 「子供相手に優越感もってどうすんだよ!」

聡   「いや! 知らなかった! みちよさんがそんな小さな人間だなんて…」

みちよ 「桜木ぃ〜、お前〜」

聡   「あ、冗談です、ごめんなさい」

みちよ 「ま、あながち間違いではないかもな」

聡   「えっ?!」

千里  「優越感?」

みちよ 「それってさ、小さい頃の自分に復讐してるのさ」

枝美  「復讐?」

みちよ 「そ。めくってみ、それ、3枚目」

 

 

      みんな手元の資料をめくる。

 

 

みちよ 「表、見てごらん。

      今私達の業界支えてるの、子供じゃないんだ」

聡   「いなくなってますもんね、子供。

      あり? でも売上はそんなに下がっていない…」

みちよ 「今一番のお客さんは三十代の大人さ」

千里  「使えるお金を持っている世代ね」

枝美  「使えるお金?」

みちよ 「そう。なりふり構わず銀行に放り込んじゃったお金じゃなく、

      生きてるお金、使えるお金。

      それ持ってるのは三十代なんだ」

千里  「でも、三十代って立派な大人ですよねぇ? それが、おもちゃ?」

みちよ 「そ。しかも子供に買ってあげてるんじゃない。みんな自分用」

枝美  「ガンダムだのセーラームーンだの、

      この前のおもちゃショーにウン十万だかウン百万するバービー人形が出てましたよ。

      宝石でキラッキラ、キラッキラしている…」

聡   「そこまで行くとおもちゃって言えないっすよねぇ?」

枝美  「あ、でも、私ちょっと欲しい、宝石キラキラのバービーチャン」

千里  「聡も欲しいんじゃないの? こんな大きなガンダム」

聡   「あ、俺、千里さんと違って、ガンダム世代じゃないですから」

千里  「私だって違うわよ! ちょっとあんた、なめてんの?!」

聡   「いえいえ、滅相もない!」

みちよ 「まぁ、キラッキラのバービーちゃんは置いておくとして、

      最近動きが激しい商品って、

      とても子供が喜んで買っていくような代物じゃあないのよ」

千里  「つまり、ターゲットはズバリ! 大人!」

みちよ 「そ、だからさ、分岐点なわけよ、うちの業界としても」

千里  「子供に夢を売るのか、大人相手に商売するのか、ですね?」

みちよ 「そ」

聡   「確かに営業でお店回ってると、

     やたらとお宅っぽいあんちゃんが、

     ショーケースにかじりついてるのよく見ますよ」

枝美  「んで同じやつ3つも4つも買っていくんだよねぇ」

聡   「そうそう、意味不明だよねぇ」

みちよ 「だから復讐なんだって。

      欲しいものを買ってもらえなかったっていう、

      満たされない思いをしたことに対するリバウンド」

聡   「あ、そうか、分かった! あの時のか!」

枝美  「どの時よ?」

聡   「ほら、やるじゃない、

     『やだー! 買って買ってぇ』

     って店先で」

枝美  「買って買って攻撃だ」

聡   「俺、悔しくって家出したことあるもん」

枝美  「どのくらい?」

聡   「3時間くらい」

枝美  「それって家出?」

聡   「ううん、気づいてさえもらえなかった。

     たんなるお散歩?

     しかし手に入らなかった分、妙に印象に残ってるなぁ。夢まで見た覚えがあるよ」

千里  「その夢にまで見た想いを、大人になれなかった大人が買いに来るのかぁ。

      なんだか寂しいよねぇ」

聡   「でもそれはそれ、是が非でもヒット商品飛ばさないと、うちが飛んじゃう」

枝美  「ボーナスもなし!」

みちよ 「誰に何を売っていくか」

聡   「あ、それさっき課長言ってましたよね?」

みちよ 「そう。誰に何を売っていくか、それが午後からの議題。

      みんななんとなく考えておいてね」

全員  「はーい」

枝美  「聡は何が欲しい?」

聡   「愛…! …かな? ニヤリ」

枝美  「帰ってよし!」

千里  「しちゃえばいいじゃん」

聡   「えっ? 何を?」

千里 「告白? 熱い思いを?」

聡   「ちょっと! 危ないなぁ! 物騒な事言わないで下さいよ!

     告白ってねぇ、相手がいなくちゃ…」

枝美  「いるじゃん」

聡   「えっ?!」

枝美  「いるじゃん、ひそかに思いつづけている人が」

聡   「えぇ?! だ、誰?」

千里  「本人だけだよねぇ、ばれてないつもりでいるの」

枝美  「ねぇ!」

聡   「だから、誰ですか!」

みちよ 「そうムキになるなって」

枝美  「あっ! 噂をすれば!」

聡   「えっ?!」

 

 

      加奈江がと純一が両手いっぱいに資料を抱えて入ってくる。

 

 

加奈江 「よいっしょっとぉ!」

聡   「あ! お疲れ様っす!」

加奈江 「お疲れぇ!」

聡   「大丈夫ですか? 凄い荷物!

     なんだ、言ってくれれば俺、運びますよ!」

加奈江 「うん、大丈夫・大丈夫、ありがとうね!

      それにしても暑っつーい!」

 

 

      聡、首に巻いていたタオルを差し出し。

 

 

聡   「どうぞ、こんなのでよければ使ってください!」

加奈江 「(ハンカチを取り出し)うん、大丈夫、ありがとう」

聡   「ありゃ?」

枝美  「クスクスクス…」

聡   「何?! 何がおかしいの?!」

純一  「なんだ、桜木」

聡   「はい!」

純一  「俺には?」

聡   「失礼しました! どうぞ使ってください!

     俺の体臭と汗をいっぱいに吸い込んだタオル。どうぞ!」

千里  「いやー!」

枝美  「汚ぁーい!」

純一  「ん、遠慮するよ」

枝美  「課長、エアコン何とかならないんですか?」

千里  「そうですよ、暑くて死にそう!」

純一  「あぁ、業者さんに言ってあるんだけどな、

      お盆休み挟んじゃってるから、部品の発注が遅れてるそうだ。

      もう少し我慢してくれ」

全員  「はぁーい」

加奈江 「あ、そうだ。電話、何だったの?」

枝美  「あぁ、FAXでした!」

加奈江 「間に合ったんだ」

枝美  「もちろん!」

加奈江 「で、何だった?」

枝美  「えっ? (桜木に)何だった?」

聡   「何が?」

枝美  「FAX」

聡   「あ! いけねぇ!」

純一  「桜木ぃ〜!」

聡   「はい!」

純一  「ダーッシュ!」

 

 

      桜木、FAXを確認に行く。

 

 

千里  「あ、そうだ! ねぇ、見て見てぇ! ジャン!」

加奈江 「え! 何、写真?!」

千里  「(写真を見せながら)そうそう。先週の〜」

加奈江 「わぁ! 出来てきたんだ!」

枝美  「えっ?! 旅行の?! 見たい見たい! 見せてくださ〜い!」

 

 

      みんなで写真を覗き込む。

 

 

純一  「…おーおー、豪快だなぁ」

枝美  「えっ? 何ですか?

      …わっわっわっ! これは駄目でしょう!」

 

 

      といいつつ写真を手で隠す。

 

 

加奈江 「旅の恥はかき捨てって、よく言ったもんよねぇ」

みちよ 「あれ〜? 加奈江だって…」

加奈江 「私が何よ?」

みちよ 「…ほらぁ」

加奈江 「わっわっ! これは駄目でしょう!」

 

 

      と言って写真をぶんだくる。

 

 

千里  「みんな酔っ払うととたんにスイッチ入っちゃうんだから。

      下戸の私はみんなの世話係よ。

      とっても損した気分だわ」

枝美  「盛り上がりましたよねぇ、今年の納涼会は!」

千里  「なんてったって、聡の暴走が面白かったよね」

聡   「えっ? 俺、何かしましたっけ?」

純一  「FAXは?」

聡   「あ、納品書でした」

純一  「そうか、ご苦労さん」

枝美  「ねぇキャサリン、聞いた?」

千里  「どうしたの? ナンシー」

枝美  「トムったら『えっ? 俺、何かしましたっけ?』

      なんてすっとぼけたこと抜かしちゃったりしてるわ」

千里  「サプラーイズ! 彼の発言はいつも私たちを驚かせるのに十分ね」

聡   「なぜ突然外人チックに?」

千里  「(号泣しながら)もぅいいっすよ! 俺のことなんか放っといてくださいよ!」

枝美  「って泣きながら部屋を出てっちゃったから本当に放っておいたら」

千里  「(襖を開ける真似をしながら)ガラガラガラ。

      何だよ! 俺を一人にしないでくれよ!

      寂しいじゃないかよぉ!」

枝美  「ってこうだもんねぇ」

千里  「(爆笑しながら)かまって欲しいのか放っておいて欲しいのかどっちなんだっつうの!」

枝美  「そんでボケちゃったおじいちゃんみたいに部屋ん中うろうろ徘徊し始めて…」

純一  「部屋と廊下を出たり入ったり」

千里  「で、気がついたらいないんだよね」

枝美  「その後、課長が捜索隊組織して、みんなでホテルの中探し回って…」

千里  「あ、これそのときの写真ね」

純一  「どれどれ?」

枝美  「えぇ?! こんな所も撮ってたんだ?」

千里  「だって私、報道カメラマンだったし」

加奈江 「千里ちゃん、即席で腕章とか作ってたよね」

千里  「(腕章を取り出し)これの事?」

全員  「もってるし!(爆笑)」

加奈江 「よく出来てるよねぇ、これ」

千里  「やるんなら本格的にやらないとね」

枝美  「本格的過ぎますよ!」

純一  「聡、知らなかっただろう?」

聡   「みんな! 実は僕のこと心配していてくれたんですね!

      あぁ、なんかだか感激だぁ!」

純一  「あぁ、勘違いするなよ。お前をネタに遊んでただけだから」

聡   「えっ?」

千里  「だってほら、夜中のホテルを探検するのって楽しいじゃない?」

聡   「やっぱり」

みちよ 「結局誰が発見したんだっけ?」

加奈江 「パートの末永さんと高田さんペア」

みちよ 「あぁ」

加奈江 「部屋に戻って押し入れあけたら泪流しながら寝てたって」

千里  「これその時の現場写真ね」

枝美  「そうそう!」

全員  「(爆笑)」

聡   「…ちょっと待って下さい!」

全員  「?」

聡   「楽しかったですか? 探検」

みちよ 「…そうだねぇ」

加奈江 「まさか部屋にいると思わなかったから結構探しちゃったよね」

枝美  「露天風呂とか行ったら電気消えてて、

      なんか出そうで怖かったけど、

      ついつい男風呂覗いて来ちゃった」

聡   「使えないですかね、それ」

枝美  「えっ?! 覗き?」

聡   「探検!」

枝美  「あぁ」

純一  「探検ねぇ…」

みちよ 「えっ? 何の話?」

純一  「企画の話だろ?」

聡   「そっす。誰に何を売っていくか…」

 

 

      全員の顔つきが仕事人の顔になり聡の話を聞く態勢になる。

 

 

純一  「詳しく言ってみて?」

聡   「子供の頃、よく探検に行きました。

     探検って言ってもうちは近所に森があるわけじゃなく、

     洞窟があるわけでもありません。

     普通にマンションが建っていて、

     普通に商店街がある、

     ごく普通の都会の町です。

     でも、探検できるんです。

     子供にしか通り抜けられない狭い隙間の塀の上を渡って、

     家と家の間に偶然出来た6畳間ほどの敷地が僕たちの秘密基地でした。

     学校からの帰り、みんなはそこに集合して、

     探検の計画を立てます。

     牛乳瓶のふたで作ったワッペンが、

     ここに入れる証明書でした。

     探検のテーマはみんなで決めます。

     ある時は下水道を流れる水の行き着く先を探ったり、

     コンクリの割れ目に見える地面から地蜘蛛を掘り返したり、

     また新しい秘密基地を見つけにあちこちの町を走り回ったりしました。

     そうやって自分の知っている町の地図の輪郭がどんどん大きくなって、

     偶然同じように遊んでいた別の学校の連中とも仲良くなりました。

     そのうち大きなネットワークが出来ました。

     子供の目線って、大人には見えないものをよく見つけます。

     子供が見る景色って、同じ時間、同じ場所に立っていても、

     大人とは違って見えるんです。

     僕は、この業界に入るとき、

     夢を持っていました。

     新しく生まれてくる子供たちに夢を与えたい。

     ウキウキ・わくわくする気持ちを伝えたい!

     でも今のおもちゃって、そのウキウキわくわくが足りないと思うんです」

純一  「…なるほど」

加奈江 「私も、小さい頃、近所の男の子たちと裏山に登ったのを覚えてる。

      結構険しい道で登るの大変だったけど、

      登りきって頂上に出たとき、

      夕日で街が真っ赤になってた。

      子供だったけど、その光景には感動したわ。

      感動のあまり、しばらく誰も口をきけないでその場に立ち尽していたくらい。

      きっと今行ったら、登るのそんなに大変じゃない山だと思う。

      きっと今見たらよく見る街の夕暮れだと思う。

      でもあの時の感動と、

      自分が立っている世界の大きさは未だに心に残っているわ」

純一  「探検、冒険、好奇心。

      確かに最近少なくなったよな、そういうの刺激するようなおもちゃ」

みちよ 「昔ありましたよね、探検セットみたいなもの?」

聡   「持ってましたよ、俺。

     方位磁石とか、水に溶ける紙とかがセットになってるやつ」

枝美  「でも今はみんなマンションとかばっかりだから、

      探検っていってもたいした事出来ないんじゃないの?」

聡   「さっきも言ったろ?

     子供の目線と大人の目線は違うんだって」

千里  「でもどうやって商品として提案していくの?」

加奈江 「例えば方位磁石はカーナビの簡易版を、

      液晶画面の地図と組み合わせるとか…」

聡   「その地図にタッチペンで色々書き込みが出来たり!」

みちよ 「駄目駄目! それはコストがかかりすぎる。

      とてもお小遣で買えるような商品じゃない」

千里  「トランシーバーとかあったら楽しくない?」

枝美  「携帯電話より安く済むし」

加奈江 「辞典とかは? 昆虫事典とかを図解入りで」

聡   「あ、それなら電子辞典にしてもたいした額になりませんよ」

枝美  「最近白墨とかって見ないけどどうなんだろう?」

 

 

      突然場が活気を帯びる。

      皆口々に思いつくままの意見を出してくる。

 

 

純一  「ようし、みんな!

      この続きはご飯の後だ!

      しっかり食べて、しっかり休みな!

      午後の会議、寝るんじゃないよ!」

全員  「はい!」

純一  「よし、解散!」

全員