99年7月16日(金)
| 岐阜<14:00>---大垣---大垣IC==(名神高速)==京都東IC---☆京都・旅館(夕食)・・・ 宵山見物・・・旅館---京都東IC==(名神高速)==大垣IC---大垣---岐阜<23:30> |
豪壮かつ華麗な祇園祭が八坂神社の祭礼と知る人はかなりの京都通とか。あなたはどうですか。
さて、京都・祇園祭は16日、最大の見せ場となる山鉾(ほこ)巡行の前夜に当たる宵山。
午後6時から京都市中心地で四条通りなど都大路が歩行者天国となり、一部の山鉾で囃子方(はやしかた)の祇園ばやしが奏でられ、駒形ちょうちんのあかりが浮かび上がる中、浴衣姿の若者や観光客ら55万人が夜の祭り情緒に浸った。
今回は、岐阜バスのながら会ツアー、比較的近場の観光には値段も安いし楽々行けるこのバスツアーが最適である。
宵山の見物は初めてだったが、兎に角、歩行者天国を歩く人の多さにはびっくり。私達はお互いにはぐれまいとして、腕を組みながら山鉾を目指して歩く。
もみくちゃになりながら四条通や狭い道の辻つじにある鉾や山を見て廻っているうちに日もとっぷりと暮れ、山鉾についた駒方ちょうちんの灯りが、独特の情緒をかもし出し美しい。
とりわけ古来から巡行32基の必ず先頭を行く”長刀鉾”は、鉾先に疫病邪悪をはらう長刀をつけ、高さが25mはあろうか、実に雄大である。生稚児の乗るのも現在この鉾のみだそうだ。
各山鉾町の家々では、各時代の秘蔵の屏風や書画などを山鉾参観者を迎えるために飾られており、これも見て廻るのも楽しみのひとつである。
京都町衆のたゆま努力により、千有余年にわたり引き継がれている祇園祭は、まさに京都が世界に誇る貴重な文化遺産である。(M)
今回の旅行費用(一人当たり)・・・ バスツアー代金4800円・夕食5100円(T)
もっと詳しい祇園祭のことを知りたい方は、こちらをクリック! 八坂神社(祇 園 祭)
祇園祭の歴史のあらまし
祇園祭は貞観11年(869)疫病の災厄除去を祈って始まって以来、発達を重ね護持伝承されてきました。
今日のような様式と組織とに祇園祭がほぼ定着したのは応仁の乱後、明応9年(1500)にやっと祭りが再興した時以来であるされています。つまり、御神輿の純然たる御供としての山車から、曲がりなりに一歩独立し、神社や幕府の援助を陰に陽に受けつつも、町衆自身がその自治組織を単位に、小型ながらほぼ現在の形を持った山鉾で街中を巡行し始めたという意味で、今日の祇園祭の真の歴史はここに始まったと言い得ましょう。
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宵山
祇園祭は、7月1日の吉符入りから17日の山鉾巡行を中心に多くの行事が行われるがが約1ヶ月にわたつて行われるが、中でも宵山(13日から16日)は各山鉾の駒方提灯がともり、鉾から祇園囃子が奏でられる。
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祇園ばやし
鉾の上で囃されるコンチキチンの祇園囃子は、能楽の影響ともとに室町時代末期に成立し、江戸時代に今のような優雅な囃子になったと伝えられている。
楽器は鉦、太鼓、笛に限られ、鉦方は少年期から稽古をはじめ、成人に達して太鼓方や笛方になるのが普通である。囃子方は鉾によって多少異なる。お囃子の曲目は各鉾それぞれ約30曲である。
ちまき
祇園の粽(ちまき)は、おはらいの信仰から生まれたもの。翌年の祇園祭に新しいちまきと取替えるまでの1年間、門口につるして疫病災難除けとする。