
君が代に詠われている”さざれ石”の発祥地
さざれ石公園
2008(平成20)年5月18日(日)
新緑が美しい5月、”君が代”のルーツを訪ねて、岐阜市内から車で西方へ約1時間30分、岐阜県と滋賀県の県境に近い春日の山奥にある「さざれ石公園」を孫達と一緒に訪ねました。
ここ揖斐川町春日(旧春日村)は、古来より薬草の宝庫としても知られていて、伊吹山の薬草が歴史に登場したのは古事記(712年)で、「日本武尊(やまとたけるのみこと)が伊吹山の賊徒と大蛇を退治した際に受けた大傷を、伊吹百草湯で癒した」という言い伝えが残っているところでもあります。
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| 国歌『「君が代』に詠まれているさざれ石(細石)は、岐阜県揖斐郡揖斐川町春日地区笹又の伊吹山東麓にあり、学名を石灰石角礫岩(かくれきがん)といい岐阜県の天然記念物に指定されています。 これは石灰石が長い年月の間に雨水に溶解され、そのとき生じた粘着力の強い乳状液が2億年以上にわたり地下に浸透し、次第に小石を互いに凝固させだんだん大きな岩(巌=いわお)となり、この巨岩が河川の浸食作用により表地に露出し、さらに苔むしたものです。春日地区は、「君が代発祥の地」として知られています。 |
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| 揖斐川町市場から県道春日揖斐川線32号を揖斐川の支流粕川左岸に沿って西へ遡る。三叉路になっている春日地区川合(ここに道路標識あり ↑美束 ←古屋・関ヶ原)で左折して橋を渡り今度は長谷川(ながたにがわ)に沿って県道川合垂井腺257号を古屋を目指し南進。途中、見通しが悪いところや対向車を待つ必要がある狭い箇所もあるので運転要注意。古屋バス停手前から右(西)に折れて狭い道を進むと間もなくさざれ石公園前の空き地(駐車場)に到着。途中、ところどころにさざれ石公園の道路案内板が立っているので、それにしたがって行けば大丈夫でしょう。距離は市場から川合までが約8km、川合からさざれ石公園まで約8km。 | |||
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| さざれ石公園と書いてある空き地に車をとめ、坂道を歩くこと約200m、そこには広場があり右横には催しもできる休憩所・木造平屋建ての”さざれ石の家”、正面には大きな堰堤になっていて、岐阜市出身のアーティスト・日比野克彦がその壁面いっぱいに描いた絵があった。横の石段を登りきるとそこも広場になっていて見事な2つの巨大なさざれ石が眼前に現れた。 | |
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| 「岐阜県天然記念物 笹又の石灰質角礫巨岩」と書いた標柱があり、並ぶようにして注連縄が掛けられた大きなさざれ石の岩が二つ。岩の上には神棚が飾られ日の丸の国旗が掲揚され、岩と岩との間に「さざれ石 国歌 君が代発祥の地 内閣総理大臣 中曽根康弘」と書かれた大きな碑が建っていた。 さざれ石公園 岐阜県揖斐郡揖斐川町春日地区古屋笹又 |
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| 「君が代」の基となった歌詞は、 木地師の石位左衛門が、この春日の地でさざれ石を見て詠んだものでした。 |
平安朝時代、文徳天皇(在位850〜858)の皇子惟喬親王(これたかしんのう)に仕えたひとりの木地師が、江州小椋郷(現在の滋賀県東近江市)の君ケ畑から木地椀の良材を求め春日村に移り住み、江州の君ケ畑へ通う途中、自然に凝固、苔むして巨巌となっている珍しい石の状態を見て、ありのまま、「わが君は、千代に八千代にさざれ石の巌(いわお)となりて苔のむすまで」(天皇の御代が千年も八千年もいついつまでも、さざれ石が大きな岩になってそれがさらに苔が生えるほどにまでに、長く長くずっと続きますように)と詠みました。都では見かけぬ珍しい石であり、秀ぐれた歌であるとして『古今和歌集』に採録されました。しかし、その男は身分が低かったので、「読み人知らず」の歌と扱われましたが、その後、朝廷から歌の上手さを認められ、石にちなんで藤原朝臣石位左衛門(ふじわらあそんいしいざえもん)という名前を授けられました。 この歌が、上一句を替えて国家の原歌となりました。 一口メモ・・・・・ 春日村と木地師 奈良時代の春日村は木地師である森林民族が住み、隆盛を極めた粕川一族とその一族の栄華は元慶2年(878年)まで続きました。現在この村にある長者平の地名は栄華の時代の呼称。 木地師とは木地屋ともいわれ、遠い昔から山中で栃やナラやブナなどの良材を求め、ろくろという道具を使い木材を回転させ、様々な刃物を使って、お椀・杓子・お盆などの木工製品を製作してきた工人あるいはその集団のことです。かって日本の各地の山の中には多くの木地屋が住み、長い間日本の食文化を支えてきた木製食器の生産の一端を担っていました。 |
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・・・旅を終えて・・・
1999年3月、南九州へ2泊3日の旅をしたとき、一日目の最後は霧島神宮でしたが、ここに国歌「君が代」に出てくるさざれ石があったのです。このとき初めてさざれ石なるものを見たのでしだが、なんと私たち岐阜県の春日村(今は合併し揖斐川町春日)で採掘されたものだっと知って驚きました。でも、いつしか、そのことも忘れていましたが、なぜか、また、最近になってその記憶が甦ってきました。二女の婿の勤め先が丁度、揖斐川町の会社ということもあり、今年の正月に彼に会ったとき話をしていましたら、「暖かくなったら一緒に行きましょう」と言ってくれましたので、やっと、実現の運びと相成りました。
折角だから、孫たちにも君が代に出てくるさざれ石を見せてやりたいと私が提案、結果、私たち夫婦と二女家族全員(娘夫婦と孫3人)が一台のワゴン車に乗って出かけることになりました。目指すさざれ石公園は、思ったよりひっそりとした山奥にあり岐阜市内から1時間半もかかりました。
さざれ石はお世辞にも美しいとは言えるものではありませんでしたが、どっしりと腰をすえた2つの巨岩には威厳を感じました。岩の前で君が代とさざれ石について、小2の女の子にはまだ分らないと思いましたので、中2の双子の坊主にとりあえず私の知る限りのことを話しました。さらに、興味があったらネットでも調べるようにと付け加えました。彼らは一応うなずいて聞いていたが、どの程度、理解してくれたかは定かではありませんでした。私としては、「そういえば、あの時、おじいちゃんとさざれ石を見に行ったなぁ」といつの日か思い出してくれたらそれでいいと思ったのでした。
帰り道、揖斐川町の施設「かずがモリモリ村リフレッシュ館」(岐阜県揖斐郡揖斐川町春日六合)に行きの薬草風呂に入りました。伊吹山の麓の揖斐川町春日は春日茶とともに薬草の里としても有名なところなのです。二人の男の孫も今ではもう中学生、腰にタオルを巻いて脱衣場から浴室へ入っていきました。それを見ていた私は彼たちの幼かったころのことを思い出し思わず顔がほころびました。薬草風呂は自然の香りがいっぱいで、肌やカラダに心地よく、気持ちよくリフレッシュすることができました。ここには健康によい薬膳料理もありましたが、子供が好む食事ではないと考え少し遅くなりましたがモレラ岐阜まで行き、にぎやかなバイキングで今日の締めくくりとしました。(あらじい)
孫達と一緒に出かけるのは本当に楽しい。二女の家族は皆が和気藹々としていて仲がいいし、私たちとも気安く付き合ってくれるので私としても嬉しく思っています。
ただ、今回は見通しの悪い狭い山道を車で走るので少し心配でした。自分もですが、一番下の小2の女の子が車酔いはしないかと気になっていました。しかし、おかげさまで目的地に何事もなく到着、やれやれでした。
さざれ石公園入口で車から降りてから、更に200mほど急な坂道を上がらなければならなかったのですが、みんなと一緒だったせいか脈拍も血圧も上がらず、途中で湧き出ている美味しい伊吹の冷たい水を飲んだりしてゆっくり行きましたので、無事にさざれ石のあるところまで登ることができました。
国歌の君が代のルーツが私たちとそれほど遠くない春日の地にあったこと、しかもその昔、さざれ石を見た男の詠った歌が古今集に載り、やがて国の原歌になったのかと思うと不思議な感じがしました。
昼食は正午をかなり回っていましたが、岐阜市街手前約10km、都築紡績糸貫工場の跡地に建設され、2006年4月にオープンした日本最大級モール・モレラ岐阜(岐阜県本巣市三橋)にしました。成長盛り子供たちは本当によく食べます。頼もしい限りです。帰宅したのは午後4時、天気もよく楽しい一日でした。(あらばあ)
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| ス ケ ジ ュ ー ル | 食事 | |||
| 1 | 5/18 (日) |
自宅10:00出発---さざれ石公園11:30〜12:00---かすがモリモリ村リフレッシュ館・薬草風呂12:30〜13:00---日本最大級モール・モレラ岐阜(昼食・ショッピング)13:45〜15:00---自宅16:00 | / / / |
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