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関宿散策と結城神社のしだれ梅
2007(平成19)年3月3日(土)
亀山市にある関宿(せきじゅく)は東海道の宿場町として栄えたところ。一方、津市の結城神社(ゆうきじんしゃ)は華麗なしだれ梅の名所でいずれも三重県。私たちの隣県でありながら今まで行ったことのない穴場的存在。今回は格安の日帰りバスツアーで、いざ出発!!
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| 関宿は鈴鹿山脈の東麓に位置し、古代から交通の要衡であり三関のひとつ「伊勢鈴鹿の関」が置かれていたところです。 中世には行基の創建という名刹・地蔵院の門前町として栄え、江戸時代になると東海道53次の江戸から数えて47番目の東海道屈指の宿場町として、参勤交代の大名や伊勢参りをする旅人たちの往来で賑わいました。 関宿の範囲は西追分から東追分までの約1.8キロにおよび、西の追分は鈴鹿峠越えの東海道と加太越えの大和街道・伊賀街道が、東の追分は東海道と伊勢別街道がそれぞれ分岐していました。 関宿は今も往時の面影を色濃く残し歴史的建造物が軒を連ね、昭和59年には国の重要伝統的建造物保存地区に指定されました。 三重県亀山市関町。 |
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観光駐車場から南へ徒歩約5分で関地蔵院です。ここから散策が始まります。西へ向かうと新所の町並みがあり西追分方面へ、北へ行くと北裏、東へ向かうと宿場の中心地の中町通り、さらに木崎の町並みを通り東追分方面へと向かいます。私達は中町を中心に70分間の散策を楽しみました。
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新所の町並み 新所は関宿の西側に位置し、小規模ですが落ち着きのある町並みです。江戸時代にはここで、鉄砲に用いる火縄を作る火縄屋が数十軒あり、旅人はこの火縄を煙草等に使うため購入したそうです。 |
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関地蔵院 天平13年(741)行基の創建。本堂、鐘楼、愛染堂の建物は国の重要文化財に指定されています。江戸時代には東海道を旅する人々たちの信仰を集め賑わいました。 |
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地蔵院門前の町並み 「山田屋(後の会津屋)」という旅籠や、伝統ある鍛冶屋など特徴のある町屋が並んでいます。 |
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旧脇本陣の門(福蔵寺) 福蔵寺裏門は萩屋本陣から移築したもの。山田屋で育った孝女の仇討ちで知られる小万の墓が、この福蔵寺境内にあります。市指定史跡。 |
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高礼場跡(関郵便局) 関宿のほぼ中心にある現在の郵便局は、江戸時代には高札場があったところ。 |
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関宿旅籠玉屋歴史資料館 宝珠の玉をかたどった虫籠窓のある江戸時代に建てられた関宿を代表する大旅館の一つ。当時、玉屋で使われていた道具類や歴史資料、浮世絵を展示しています。開館時間9:00〜16:30 休館日 月曜日。市指定文化財。 |
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伊藤本陣跡 関宿にあった二つの本陣のうちの一つ。参勤交代の大名などが利用した格式高い宿泊施設。 |
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橋爪家 この珍しい三角形の屋根の建物は、江戸時代に両替商を営んでいた豪商の家。 |
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百六里庭・眺関亭 江戸から百六里あることから名づけらた小さな公園。通りに面した建物眺関亭からは、関宿の家並みが一望でき、正面奥には関地蔵院の大きな屋根が見えます。 |
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山車倉 「関の山」という言葉の語源にもなった関宿の山車。狭い関宿を練ったことから生まれた言葉で、現在は4台の山車が残っています。 |
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旧鶴屋脇本陣 玉屋、会津屋とともに関を代表する旅籠の一つ。江戸時代末には脇本陣もつとめました。 |
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関まちなみ資料館 江戸時代建てられた関宿を代表する町屋建築の一つ。町屋で使われていた道具類、資料など展示しています。開館時間9:00〜16:30 休館日 月曜日。 |
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百五銀行 町並みに配慮した造りの百五銀行。三重県さわやかまちづくり賞受賞。 |
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御馳走場 関宿に出入りする大名行列の一行を、宿役人が出迎え、または、見送りにをした所。関宿には、ほかにも3か所の御馳走場がありました。 |

| 関宿の町屋 関宿には江戸時代から明治時代にかけて建てられた古い町屋が今も200軒あまり残っています。関宿の町屋は平入(ひらいり)で低い二階建てが一般的です。一部には平屋のものや妻入(つまいり)のものも見られます。この建物は、塗籠(ぬりごめ)の中二階、幕板、連子格子、みせ棚、馬つなぎの環金具など、江戸時代の面影を残す建物の一つです。 |
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![]() ▲虫籠窓(むしこまど) |
![]() ▲出格子と幕板 |
![]() ▲ばったり(揚げ店・店棚) |
![]() ▲馬つなぎの環金具 |
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関宿の町屋の建物には、細部に工夫を凝らした面白いものがあります。 饅頭屋の小屋根に上がったうだつのような看板の文字は京都側が漢字、江戸側はひらがなになっています。旅人が自分が向かう方向を間違えないための工夫だそうです。他にはその家の子孫繁栄や家運長久を願って作られた漆喰彫刻の虎や、虎を描いた細工瓦や桶屋を営む屋根には器という文字が入った細工瓦などがありました。 |
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←関宿 三重県亀山市関町中町

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結城神社は南北朝時代の武将、結城宗広[ゆうきむねひろ]を祀る神社です。 結城神社の梅は、樹齢250〜300年のものもあり、シーズンともなると、しだれ梅250本余り、白梅、紅梅約50本が咲き乱れ、多くの人で賑わいます。 「しだれ梅まつり」は、毎年2月中旬〜3月中旬で拝観料は500円です。 三重県津市藤方2341 пD059-228-4806 |
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←結城神社 三重県津市藤方2341
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| 旅 程 (西濃華陽観光バス メルシーふれ愛ツアー) | 食事 | ||||||
| 1 | 3/3 (土) |
7:40JR岐阜駅北口ぱるる前7:50---羽島---桑名IC---亀山IC---★関宿(フリー散策 約70分)---名阪関(昼食・買い物:関ドライブイン 特選牛しゃぶとちらし寿司御膳 11:45〜12:45)---★結城神社しだれ梅(各自にて見学 13:25〜14:35 約70分)---津IC----亀山あんぜん文化村(地ビール試飲、買い物)---桑名IC---羽島---17:40岐阜 |
/ 昼 / |
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私たちが買ったお土産
■関ドライブイン(亀山市):名物夢あん巻きかすたぁど巻き(伊勢夢あん巻き本舗 亀山市)、磯揚げまる天(まる天 伊勢市)、ししゃもキクラゲ(アクア 亀山市) ■亀山宿あんぜん文化村(亀山市):山くらげ(第一物産 岐阜県養老町)
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・・・旅を終えて・・・
観光バスの集合時間である朝の7時40分に間に合うためには、逆算すると遅くとも6時10分には起きなくてはなりません。お恥ずかしい話ですが、朝寝坊の私にとってはこれがいつも辛いのです。にもかかわらず、今回はなぜか目覚まし時計のベルがなる30分も前に目が覚めてしまいました。風もなく暖かで、薄雲が空を覆ってはいましたが天気はまずまず、やれやれです。
乗客46人を乗せた満員の観光バスは、JR岐阜駅前を予定通り午前7時50分に出発しました。新幹線の岐阜羽島駅前を通り、長良川を渡ると、今度は右岸堤防を南に進みます。進行方向西側、すなわち、右手には延々と養老山地が大きく横たわり、その手前は輪中地帯、広大な田園風景が広がります。間もなくチューリップのシーズンを迎える国営木曾三川公園まで来ると、車は右折し揖斐川の長い橋を通過、しばらくして左折し、一路、桑名インターへと向かいます。その辺りから、朝、早かったせいか少しうとうとしたようですが、気がついたときはもう亀山インターを下りていました。でも、時刻はまだ10時前でした。
待望の関宿の散策は70分間。最近、ネットでお付き合いのあるHP「古い町並みを歩く」の管理人・七ちょめさんから教えてもらった通り、中町の町並み界隈をガイドマップを片手に散策することにしました。岐阜県の美濃地方は中山道が走っていていくつかの宿場町が存在していますが、これほど規模が大きく昔の面影を残す宿場町はなく、歩いているといつの間にか江戸時代にタイムスリップしたかのようでした。時間があればもう少しじっくりあちこちを見たかったのですが、ツアーですのでやむを得ません。
明治に入るまでの長い間、賑わった宿場町がどうして静かな町へと変化してしまったのでしょうか。それは明治2年に関西鉄道(現在のJR関西本線)が開通したのがきっかけだったように思いました。いつの時代でも新しい文明が良いにつけ悪しきにつけ、知らず知らずのうちに私達の生活環境を変えていくようです。
一方、津市にある結城神社のしだれ梅は、暖冬だったこともあり、一部の木は散りはじめていましたが、樹齢300年という大きな古木もあり、高い天から垂れ下がるが如き細長い枝には、こぼれんばかりにつけた花が、華麗に咲き誇っていました。それを見て私はすっかり酔いしれてしまいました。(あらじい)
新聞の折り込み広告の中に、バスツアーのチラシが入っていました。そのチラシにはいくつかの行き先が載っていましたが、私は結城神社のしだれ梅を観に行くツアーが目に留まりました。しだれ梅が同じ場所に250本以上もある梅園は岐阜にはないこともあり、夫のあらじいと相談の結果、早速、参加の申し込みをすることにしました。
このツアーの募集元は西濃華陽観光バスといって、初めて利用するバス会社でした。岐阜市内でバスツアーを行っている会社は、数年前までは一社の独占状態が続いていましたが最近はそうでもあません。このバス会社の場合、市内の中心地には営業所はなく、申し込みは電話で、代金は郵便局からの送金でした。
競争激化時代を迎えたとはいえ、今回の旅行代金は昼食付きで一人当たりなんと3900円、安いとは思いませんか。もし、自家用車で行くとしても自動車道の通行料金にもならない金額なのです。それにバスは新車だし、ガイドさんも若かったし(最近はおばさんガイドが多い)、申し分なしでした。ただ、昼食のお肉は三重県ですから松阪牛かと期待していましたが、そうではありませんでした。(笑)
亀山市といえば、思い出すのが伝統産業の”美術ろうそく”ではないでしょうか。その亀山市は江戸時代には東海道五十三次の内、三つも宿場がある町として栄えました。その中でも今回訪れた関宿は、家の造りは全体的にそれほど大きくはありませんが、今も狭い街道に古い町屋が延々と立ち並んでいるのを見て驚きました。それから、「一週間に一冊読めば関の山」などと、一生懸命やってできる可能な限度のことを”関の山”と言いますよね。この”関の山”という言葉はここ関宿が発祥地と聞いてビックリでした。
もう一方の結城神社のしだれ梅は行ってみると想像以上の美しさでした。あらじいの写真は正直言ってたいしたことはありませんので疑われるかも知れませんが、周囲からはほのかな香りが漂い、紅・白・一重咲き・八重咲きがこれでもかと言わんばかりに咲き乱れ、それは見事でした。それほど広い神苑ではありませんでしたが、凄い人にも驚きました。
今回はあらじいも私も体調がよく楽しい旅ができました。特に関宿ではあらじいの歩くスピードの速いこと、私はとてもついていくことができませんでした。昨年暮れから今年の一月にかけて、リウマチの痛みが激しかったときとは比較にならないほど回復していて、先を行く後姿を見てとても嬉しく感じました。帰りの車中は観光バス定番となった綾小路きみまろのライブビデオ、大笑いをしながら帰ってきました。(あらばあ)