名鉄岐阜線

なつかしの岐阜チンチン電車

NO.1


2005年3月31日、ついに長い歴史に幕


一世紀近くにわたり地域住民を運び続けた名鉄の岐阜市内線3.7キロ、揖斐線12.8キロ、田神線1.4キロ、美濃町線18.8キロの4線、総延長36.6キロが2005年(平成17年)3月31日を以って、長い歴史に幕を閉じた。
1911(明治44)年、第一号路線の岐阜駅前から今小町が開通して以来、都市の発展とともに路線網は拡大したが、モーターリゼーションの流れが始まると、利用者は年々減少。93年度の約1014万8千人だったのに比べ、02年度は約5百83万人と半分近くに減った。
名鉄が撤退を表明した後、岐阜市など沿線自治体は公費投入による存続を模索したが最終的には断念、94年間、街のシンボルとして存続してきた路面電車はついに姿を消した。


新岐阜駅前のチンチン電車




[岐阜市内線] 新岐阜駅前-----忠節    [揖 斐 線]  忠節-----黒野
[田 神 線]  田神----競輪場前    [美濃町線]  徹明町-----関



ライン



名鉄4線 94年の歩み

1909年11月 美濃電気軌道設立
1911年02月 岐阜駅前(岐阜市)から今小町(岐阜市)1.4`と神田町(岐阜市)から上有知(関市)25.1`が開通。以後、北は長良橋まで、南は羽島郡笠松町まで積極的に路線延長
1913年 長良軽便鉄道が長良(岐阜市)から高富(山県市)5.1`を開業
1914年 岐北軽便鉄道が忠節(岐阜市)から北方(本巣郡北方町)6.6`を開業
1920年 美濃電気軌道が長良軽便を合併
1921年 同じく岐北軽便を合併。その後、美濃北方(北方町)から黒野(揖斐郡大野町)6.4`を開通、さらに本揖斐まで延伸
1930年04月 名鉄と美濃電軌が合併、神田町から美濃を美濃町線、忠節から本揖斐を揖斐線、岐阜駅前から長良北町・徹明町から忠節橋を岐阜市内線とそれぞれ呼ぶ
1960年04月 高富線(長良北町から高富)が廃止
1964年10月 鏡島線(千手堂から西鏡島)が廃止
1970年06月 田神線の田神から競輪場1.4`開通
1988年06月 市内線の徹明町から長良北町が廃止
1999年04月 美濃町線新関から美濃が廃止、新関から関が開通
2001年09月 谷汲線(黒野〜谷汲)が廃止
2001年10月 揖斐線の黒野から本揖斐が廃止
2002年11月 名鉄が4線(岐阜市内線、揖斐線、田神線、美濃町線)からの撤退を表明
2003年02月 沿線自治体が協議会を結成し、存続方法を検討開始
2003年12月 岐阜市内線の岐阜駅前から新岐阜駅前の区間は県道54号の改良工事に伴い運航を中止、始発は新岐阜駅前となる
2004年05月 細江茂光岐阜市長が岡山電気軌道(岡山市)に運行協力を要請、公設民営方式で存続を模索
2004年07月 細江茂光岐阜市長が存続断念表明
2004年11月 国土交通省が廃止許可
2005年03月 4線が廃止、全ての路面電車が姿を消した

ライン


up 役目を終えたなつかしい車両は現在3カ所に保存されています。


旧名鉄谷汲駅(揖斐郡揖斐川町谷汲)
旧谷汲駅 モ510形 モ750形
旧名鉄谷汲駅にはモ510形とモ750形が展示してあります。


金公園(岐阜市金町)
モ510形 モ510形
モ510形 


旧名鉄美濃駅(岐阜県美濃市広岡)
旧名鉄美濃駅 旧名鉄美濃駅案内板 3両の路面電車
明治44年の美濃電気軌道開通以来90年間にわたり親しまれてきた旧名鉄美濃駅舎には、
モ512形、モ601形、モ593形の3両及び電車に関するパネルが展示してあります。




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