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岐阜市散策

川端康成が歩いた岐阜の街をたどる


若き川端康成は大正10年に三回にわたり岐阜を訪れています。そのときのことを「篝火」「非常」「南方の火」などの短編小説に描いています。
これらの初期の作品をもとに、岐阜市での川端の足跡をたどってみると、わたしたちの普段見慣れた町が、大正時代にタイムスリップ、そして名作の舞台に。岐阜の魅力を再発見です。


川端康成の記念碑
岐阜市長良川河畔”ポケットパーク名水”に建つ川端康成の文学碑
康成の来岐85年目にあたる2006.9.16に建立された。



小ボタン 短編小説「篝火」

全編岐阜を舞台にしているこの小説は、大正10(1921)年に実際にあった出来事を描いた小説で、「新小説」大正13(1924)年3月号に発表されました。それは、有名な「伊豆の踊り子」を発表する約二年前のことでした。
東京帝国大学二年生で23歳の川端が、16歳の少女・みち子(実際の名前は伊藤初代さん)に結婚を申し込むために友人と共に岐阜市の寺を訪れます。
調べによりますと、川端が伊豆に旅行して踊り子と出会ったのは大正7年のことですから、伊豆からは三年を経過しています。どちらが初恋だったかは私には定かではありませんが、結婚を意識したのは間違いなく岐阜の初代さんだったのです。
その後、長良川畔の旅館に行き、友人が風呂に入っている間に結婚の約束をし、二人は幸せをかみしめながら宿の二階から、暗闇の中を静かにたいまつを燃やしながら下ってくる鵜舟を見るのです。
雨傘の町 西方寺
みち子(伊藤初代さん)の住む岐阜の町
「篝火」は、”岐阜名産の雨傘と提灯を作る家の多い田舎町(稲葉郡加納町六・現在の岐阜市加納新本町一)の澄願寺(西方寺)には、門がなかった。”ではじまる。
澄願寺(西方寺)
私(川端康成)は、友人朝倉(三明永無氏)と共に、みち子(伊藤初代さん)が養女となっている澄願寺(西方寺)を訪ねた。
大正8年に本堂の再建が開始され、初代さんのいたときは普請の最中で、同15年に完成しました。その本堂は昭和20年戦災で消失し、今の本堂は昭和30年に建てられたものです。
中仙道 加納天満宮
中仙道
澄願寺(西方寺)を出た三人は、国鉄(現在のJR)岐阜駅前へ行くために中山道(岐阜市加納本町)を歩く。
加納天満宮
暫くしてみち子は、近路だと、小さい天満宮の境内へ折れていった。
文化14(1817)年に造られた本殿は、昭和20年の戦災で消失し、現在の本殿は昭和22年に造営されたものです。

東陸橋跡 市内電車
東陸橋跡
三人は、加納天満宮の境内を抜けて、東陸橋を渡る。
東陸橋はこの道の上に鉄道をまたぐように架かっていましたが、平成8年にJRの全線高架化によりなくなりました。

市内電車
三人は岐阜駅前から「港館」に行くために、長良橋行きの電車に乗った。
この市内電車は、昭和63年に「ぎふ中部未来博」を機に徹明町から長良北町までが、平成17年3月には市内全線が廃線になりました。

港館 長良橋
港館(南岸の宿)
電車を降り、三人は前回訪れた「港館」へ行く。ところが、9月25・26日の台風で被害を受けて営業を休んでいた。
現在の「潟zテルパーク」です。
「南方の火」には1ヶ月ほど前「港館」へ入った時のことが書かれています。川端は時雄三明氏は水澤、初代さんは弓子として登場しています。
長良橋
「港館」が台風の被害を受けて休んでいるため、三人は長良橋を歩いて渡り、川向こうの「鍾秀館(しょうしゅうかん)」へ行く。
当時の長良橋は、幅8mの鉄製アーチ型、現在の幅18mの橋は昭和32年に建設されたものです。

鍾秀館跡 岐阜城
鍾秀館跡(川向こうの宿屋)
三人は長良橋を歩いて、「鍾秀館(しょうしゅうかん)」へ来た。
ここが川端と初代さんが結婚の約束をした宿である。鍾秀館は昭和50年に廃業。現在は地元の銀行「じゅうろく長良川保養所」となっています。

岐阜城
「鍾秀館(しょうしゅうかん)」の二階の廊下から長良川の向こうに雨に煙る金華山と岐阜城の天守閣が見えた。
当時の城は明治の末に建てられた三層樓の模擬城で昭和18年に不審火で消失、現在の城は昭和31年再建されたものです。

長良川の鵜飼
「あ、あの篝火は鵜飼船だ!」私は叫んだ。
「あら、鵜飼ですわ。」
「ここに流れて来るんだろう。」
「ええ、ええ、この下を通りますわ。」
金華山の麓の闇に篝火が小さく点々と浮かんでいる。(中略) 
松明の燃えさかる音が聞える。舟は瀬に従って私達の宿の川岸に流れ寄って来る。船足の早いこと。私達は篝火の中に立っている。(中略)
舳先の篝火は水を焼いて、宿の二階から鮎が見えるかと思はせる。
そして、私は篝火をあかあかと抱いている。焔の映ったみち子の顔をちらちら見ている。こんなに美しい顔はみち子の一生に二度とあるまい。



小ボタン 短編小説「篝火」以外の作品に登場する岐阜市
岐阜駅 名和昆虫博物館
国鉄岐阜駅(JR岐阜駅)
東京にいる川端のもとにへ初代さんから婚約破棄する内容の手紙が届き、川端は急いで岐阜へやってくる。この様子は「非常」に描かれています。
名和昆虫博物館
初めて岐阜へ来た時、川端は一人で名和昆虫博物館を見学したことが「新晴」に描かれている。俊夫は川端である。大正8年に開館された名和昆虫博物館は、現在も岐阜公園内にあります。

瀬古写真館 鵜飼観覧船のりば
瀬古写真館
結婚の約束をした次の日、瀬古写真館で写真を撮った。
「南方の火」より。時雄は川端、弓子は初代さんである。瀬古写真館は市役所(当時はここに裁判所があった)の直ぐ前にあります。
鵜飼観覧船のりば
「港館」から河原に出ると、長良橋付近に鵜飼観覧船が見える。
この様子は「南方の火」に描かれています。
柳ケ瀬
柳ケ瀬本通り
柳ケ瀬
「南方の火」より。

瀬古写真館で写真を撮った後、三人は柳ケ瀬で食事をした。

美川憲一の演歌「柳ケ瀬プルース」で知られている柳ケ瀬は、今も岐阜市を代表する繁華街です。

鉛筆その後の作品、「伊豆の踊り子」「雪国」「古都」のヒロインたちには、初代さんの姿が投影されているともいわれています。


参考図書:川端康成全集第二巻(新潮社)、篝火に誓った恋 三木秀生著(岐阜新聞社)


                                                         2006.9.30


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