岐阜の梅林公園 (岐阜市)
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岐阜市散策
梅 林 公 園

頌徳碑
岐阜市の繁華街から東へ徒歩約10〜15分。この公園はもとと私有地でしたが、昭和23年、岐阜市に寄付され都市公園として整備され、街の中とは思えない静かなこの公園は市民の憩いの場所になっています。
2.9haの園内には50種類(早咲き7種110本、中咲き33種950本、遅咲き10種240本)、白梅700本、紅梅600本の梅の木1300本のほか、桜110本、紅葉100本、松50本、金木犀22本、けや木14本、つつじ100株、茶の木850株などがあります。梅は1月中旬から咲き始め、一番の見ごろは3月の上旬です。
「ぎふ梅まつり」は、例年3月の第1土、日曜日に公園一帯で開催されます。柳ケ瀬本通の東側に当たる美殿町から梅林公園までは人力車が走り、途中の栢森公園や商店街では売店が出店され、また、金寶山瑞龍寺(岐阜市寺町)も特別開放されます。公園内では市民茶会や投句大会、モデル写真撮影会など様々なイベントが催され多くの人で賑わいます。
梅林公園はもと上加納村((現・岐阜市元町南端))の素封家、篠田祐助氏(現在平成薬品経営篠田祐八郎氏の先祖)が私邸の庭園・篠ヶ谷園(さがたにえん)であったものを1948(昭和23)年に土地、庭園共に岐阜市へ寄贈。これに隣接の南側民地を買収、拡張し公園としたものです。
梅林公園奥の神社の横から水道山(標高156m)展望台までの登山道があり、ちょっとした山歩きが楽しめます。所要時間は約20分です。 水道山展望台からは岐阜の街を見下ろすことが出来、特に桜の咲く頃は絶景です。 ここからは橿森(かしもり)神社横の粕森公園へ下る道と鴬谷高校前鶯谷トンネル西側に下る道があります。いずれも約15分〜20分くらいです。 |
岐阜市梅林南町(JR岐阜駅または名鉄岐阜駅から岐阜バス・「せき東山」または「大洞緑団地(北一色経由)」行きなどのバスで10分、梅林公園前下車、徒歩3分。 なお、お車の方は、公園に駐車場はありませんので、柳ケ瀬近くの民間駐車場をご利用の上、美殿町から殿町を東に歩いてお越し下さい。 問合せは、岐阜市公園整備室(電話:058-265-4141) |

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ソシンロウバイ 岐阜市梅林南町の梅林公園には、光沢を帯びた淡い黄色い花が特徴のソシンロウバイがおよそ100本植えてあります。ロウバイは、江戸時代に中国から伝わったとされ、名前の由来は、花びらの色艶から、まるでロウ細工のように見えるからといわれています。 例年1月の下旬になると、ロウバイの甘い香りに誘われ、花を眺めながら公園を散策する市民らの姿が見られます。 |
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D51機関車 1974(昭和49)年設置。東海道線、常磐線、上越線、信越線を走り走行距離約170万km。 駅名は昔の地名をとって「篠ケ谷駅(ささがたにえき)」となっています。 |
| 平和記念像 1945(昭和20)年、豊川の旧海軍工場で働いていた2477人が爆死し、そのうち93人は岐阜県出身でした。 その人たちの霊を供養し、平和を祈るために1978(昭和53)年10月に建てられました。 |
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![]() 烏帽子岩(別名 琵琶石) |
![]() 馬頭観音 |
![]() 大雲山龍興庵 |
![]() 料理旅館 植東 |
![]() 篠ケ谷神社 |
![]() 毛髪碑 |
![]() 寿橋 |
![]() 太夫松 |
| 梅林公園の句碑 園内には県内ゆかりの先人たちの 残してくれた句碑がいくつもあります。 ひとつひとつを詠みながら ゆっくり散策してみてはいかがでしょうか。 |
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1 梅が香にのっと日の出る山路かな 松尾芭蕉(1644〜1694) 梅林公園で詠まれたものではないが、いかにもこの地にふさわしいとして、この碑は明治年間に棚橋碌翁(獅子門17世道統宗匠)によって建てられた。 |
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2 おぼろ夜の笛しつかなり烏帽子岩(えぼしいわ) 森 桂園 (1855〜1929) 岐阜市加納出身、 獅子門下28世道統宗匠 |
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3 松風や梅が香匂ふ篠ヶ谷 江 雨 (1855〜1931) 岐阜市加納出身、大正4年「松風会」を発足 |
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4 霜月や峰に残しヽまつの音 訥鶯(のうき)野夫 (1841〜1904) 岡本太右衛門の長男、茶道、俳諧を好み棚橋碌翁と共に活躍 |
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5 梅咲くや空はみどりの朝希し起(けしき) 百花坊(ひゃっかぼう) (1804〜1892) 獅子門有力者の一人 |
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6 梅が香の雨に静かな太夫松(たゆうまつ) 森 桂園 (1855〜1929) |
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7 名月やいづこを鬼のすみ所 芝 青 (1807〜1867) 現・大垣市の医師らしい |
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8 たらヽ丘梅白うして明けにけり 森 桂園 (1855〜1929) |
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9 雨寒し尾花かれ臥す狐塚(きつねづか) 森 桂園(1855〜1929) |
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10 たかくたかくわたり鳥何処へ遊(ゆ)くならむ 木下青嶂(せいしょう)(1898〜1971) 新聞社顧問、「青樹」主宰 |
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11 朝光のわずかにおよぶ水底に白き石ひとつゆれつヽ動かず 川出宇人 (1900〜) 1950年岐阜県歌人クラブ設立 |
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12 花の香のほのかに通ふ見合い橋 森 桂園(1855〜1929) |
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13 梅一輪一りん程のあたたかさ 嵐 雪(らんせつ) (1653〜1707) 蕉門十哲の一人、この碑は残念ながら破損して下部しかない、ただし、ここで詠まれたものではない |
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14 鴫(しぎ)たつや遊(ゆ)ふひ落こむ艸くさ)のたけ 松栄舎故楽 (1801〜1862) 安八郡輪之内町出身、庄屋、獅子門下21世西松吟風の父 |
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15 梅林はわが心のふる里 春にさきがけて花を見せる 梅はわが心を洗い 勇気をよびおこしてくれた 梅林はわが心のふる里 大沢碧水 (1911〜1989) 県下の書道会を発展させた書作家 |