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’00の旅飛騨ニ大名桜 臥龍桜と荘川桜
旅行日 ’00年04月30日(日)
ス ケ ジ ュ ー ル 食事 1 4/30
(日)岐阜(8:00)---関---美濃太田---飛騨金山ドライブイン(9:50〜10:10)---下呂温泉---★宮村・臥龍桜観賞(11:25〜12:05)---★飛騨の里・親子大名椀料理(12:25〜1:20)---★荘川村・荘川桜観賞(2:20〜2:40)---★ひるがの高原(3:20〜3:50)---白鳥IC---関---岐阜(18:20) /
昼食
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■主催 岐阜バス(岐阜乗合自動車株式会社)ながら会ツアー п@058-264-1515
■旅行代金(1人) 税込み 4800円

国指定天然記念物 樹齢1千年の臥龍(がりゅう)桜 (57KB)
今回は飛騨の二大名桜見物日帰りバスツアー。二大名桜とは臥龍(がりゅう)桜と荘川(しょうかわ)桜のことである。
同じ岐阜県でも美濃地方平野部では、もうすっかり桜の花も散り若葉が生い茂ってきた。一方、飛騨の春は遅い。飛騨の宮村にある臥龍桜は、ようやく2日前の28日に満開、そして白川郷へ行く白川街道・御母衣ダム湖畔の荘川桜はまだ残念ながら蕾のとの新聞情報である。わずかな期待を胸に朝8時、先ずは若葉色に染まった美しい山あいを飛騨川とJR高山線と平行して走る国道41号線を一路高山市の南玄関といわれる宮盆地にある臥龍桜を目指してスタートした。
約3時間後宮峠を下ると目的の臥龍桜に到着する。樹齢1千年を超える国の天然記念物・臥龍桜は正に満開、咲き誇るかのように堂々たる姿で私達を迎えてくれた。数年前、この桜周辺の土を調べたところ、粘土質で根が呼吸できず、養分も吸い取る事が出来なくなり、根腐れを起こしている事が分った。根の周りの土を3年かけて少しずつ手で掘り起こし、地元の協同組合が開発したセラミック炭を土中に埋めるなどして大治療を行った結果、年々花芽が増えて若返り、見事に甦ったのだそうだ。この臥龍桜はJR高山線飛騨一の宮駅のすぐ近くにあるので高山へ行く時には車中からでも是非眺めてほしいものである。
臥龍桜を後に途中高山市内で昼食をして国道158号を通り荘川村へと向かう。御母衣湖畔の二本の巨桜、これが荘川桜だ。樹齢450年といわれ、いずれもアズマヒガンザクラである。関東や関西の観光バスも沢山来ていたが、残念無念、やはりまだ完全に蕾だった。今年の気候でこの寒い所であれば無理からぬ事だろ。湖底に沈む運命にあったこの桜には、実に大掛かりな移植であったそうだ。例え開花していなかったとはいえ、今年も後2週間も経てば必ず満開になる、そんな荘川桜に会えたことだけで満足だった。
帰り途中、ひるがの高原では「長良川紀行」の取材以来、久しぶりに長良川の源・大日ケ岳と、桜の蕾が未だ堅いのに可憐で白いミズバショウの花をも見ることもできた。(M)
ひるがの高原のミズバショウ (12KB)
「さくらネーチャズラン」。映画「さくら」のモデル・運命の荘川桜を見て思い立った国鉄路線バス車掌故佐藤良二さん(岐阜県郡上郡白鳥町)が植樹した桜の道をたどり、名古屋から岐阜県内を縦断、ゴール金沢まで走る「2000年さくら道270キロウルトラマラソン」が丁度今朝名古屋市をスタートし、私達がひるがの高原を出た頃の午後4時頃にはランナーは既に郡上八幡まで来ていたのではないでしょうか。このマラソンを静かに見つめているゆかりの桜たちは走る人達をどんなことを思って声援していたのでしょうか。また参加した人々は沿道の桜達にどんな事を話し掛けながら走ったのでしょうか。桜よ!とわに!マラソンよとわに!そんな気持ちを抱き荘川より岐阜への途につきました。(T)
臥龍桜(がりゅうざくら)・・・・・龍が臥す姿に見立てた国指定天然記念物の桜
JR高山本線の飛騨一之宮駅から直ぐの曹洞宗大幢寺(だいどうじ)境内にある推定樹齢1000年以上の江戸彼岸桜の巨木で国指定天然記念物。樹高20m、幹囲7.3m、南北に伸びた枝張りは31mに及ぶ。その主幹と枝々が作り出す樹姿が、龍が臥した姿に似ているとろこから当時第20世道仙和尚によって「臥龍桜」と名づけられたといわれている。見頃は4月中旬〜下旬で淡いピンクの花が全ての枝を包み込むように咲き乱れます。(写真 11KB)
■交通 高山本線飛騨一宮駅から徒歩ですぐ
■クルマ 名神高速道路小牧IC―R22・24・41―現地(約150km)
■お問い合わせ 岐阜県大野郡宮村役場企画観光課 電話 0577―53―2211
荘川桜(しょうかわざくら)・・・・・毎年ふるさとを思い出すかのように咲く2本の古桜
御母衣ダム湖畔の国道156号線沿いの中野展望台に、どっしりと根をおろす2本の老桜。樹齢およそ450年。
この桜の巨木はもともとダムの底に沈んだ合掌集落の2つの寺にありましたが、昭和35年、初代電源開発公社総裁・高碕達之助氏の発案に共感し尽力した日本一の桜守・笹部新太郎氏は、独自に移植の研究を重ね、東海一の植木職人といわれた豊橋の丹羽政光さん(当時52歳)の助けを得て、高低差50メートル、距離にして600mもはなれた現在の場所に引き上げられ、移植され桜は奇跡的にも見事に甦りました。この移植は世界の植林史上においても稀有の業績と評価されています。
また、現在も丹羽政光さんのお孫さんは父の遺志を受け継ぎ、いまも荘川桜の管理しておられるそうです。
そして、この2本の桜は、毎年春になると湖底に沈んだふるさとを思い出すかのように咲き誇り、壮麗で、感動的な美しい景観をつくっています。
桜の種類はアズマヒガンザクラで、ともに樹高30m、幹囲6mという巨木。県指定天然記念物です。見頃5月上旬〜5月中旬。
ふるさとは水底となりうつし来しこの老桜咲けとこしへに 高碕達之助
なお、水上勉の小説「桜守」には、”荘川桜”はじめ”根尾谷の淡墨桜”も登場します。御母衣(みほろ)ダム建設で沈む運命だった山桜の巨木を、移植によって救った笹部新太郎をモデルにした作品で、人生と全財産桜に捧げた桜博士の生涯を「人間とは何か」という問いにまで深く掘り下げています。ぜひ、お読みいただきたいと思います。
感動の映画「さくら」の舞台になった荘川桜
愛知県名古屋市から岐阜県の西部を縦断する156号線を抜け、石川県金沢市までの全長260kmに及ぶ「名金線」。この旧国鉄長距離バスの車掌だった佐藤良二さん(岐阜県郡上郡白鳥町)は、「太平洋と日本海を桜で結ぼう」と壮大な夢を抱き、私費を費やし2000本の桜の木を名金線の各停留所に植えようと人生を賭けました。
この情熱をもったきっかけが「荘川桜」でした。昭和35年、白川村から荘川村にかけて巨大な「御母衣ダム」が完成。数多くの集落がダムの底に沈みましたが、樹齢400年以上の2本の巨大桜だけは、村民たちの熱い思いに支えられ、大規模な移植工事が行われました。
この様子を見ていた佐藤さんは人の心を動かす美しく強い桜の力に感動し、「太平洋と日本海を桜で結ぼう」と決心。最初の1本を旧国鉄バス名古屋営業所の入口に植えました。その後幾多の難関をくぐり抜け1500本目は金沢の兼六園に植えられ今も「佐藤桜」として残っています。そんな矢先、癌に侵された佐藤さんは47歳(昭和52年)で他界。しかし、その志は多くの人に受け継がれ、156号線沿いへの桜の植樹は続けられました。
現在の156号線は、途切れなく続く桜並木ではありませんが、春になると国道沿いの美並村から白川村付近の所々で桜並木を楽しむことができます。
この佐藤良二さんの話は、昭和59年(1984)5月17日に、NHK名古屋製作の「北陸東海」というローカル番組でも「桜紀行〜名金線・もう一つの旅」として放送されました。
■映画「さくら」のあらすじ 1994年(平成6年)製作
昭和41年。国鉄バス車掌・佐藤良二は、自分の勤務している名金線を桜の道にしてお客さんに喜んでほしいと考え植樹を始めます。妻・千加子の心配をよそに、幼なじみでもある運転手の浩太の協力もあって本格的に植樹は進みますが、彼はやがてガンに冒されます。医師の忠告にもかかわらず、良二は体を蝕まれながらも、車掌の仕事の合間に植樹に打ち込む日々が続きます。桜博士として知られる笹部新太郎から教えられた荘川桜も7年目にして遂に発芽し苗として成長。良二はその苗を「荘川七郎」と名づけ、意気投合した輪島の校長・中浦に託します。昭和52年1月、名古屋の鉄道病院に入院した良二は、爛漫と咲く荘川桜の道なりを走る幼い自分の姿を思い描くうち、息を引取ります。
監督:神山征二郎
出演:篠田三郎、鈴木ヒロミツ、樹木希林、田中好子他
■交通 長良川鉄道美濃白鳥駅からJRバス鳩ケ谷行きで1時間6分、飛騨中野下車すぐ。またはJR高山駅から濃飛バス牧戸行きで1時間20分終点下車、JRバス鳩ヶ谷行きで10分。飛騨中野下車すぐ。
■クルマ 東海北陸自動車道荘川IC―R158・156―現地(約6km)
■お問い合わせ 岐阜県大野郡荘川村観光協会 電話 05769―2―2211
満開の荘川桜とひるがの高原のミスバショウ 2002年4月22日(月)
私達が買ったお土産
高山・・・三嶋豆(豆菓子・打保屋)、まめ板(駄菓子・池田屋製菓)、黒胡麻こくせん(菓子・打保屋)
荘川・・・荘川桜せんべい(菓子・牧戸観光)
ひるがの高原・・・ひるがの牛乳(長良川ミルクパーク)