12.7 ふたごの言葉(2歳4ヶ月頃)


 

言葉の発達は、ふたごであろうが、ひとりで生まれた子であろうが親の気がかりのひとつである。

言葉の出始めが遅いのではないかという不安は、同年齢同月齢の子と自分の子を比べた時に感じたり、検診の際に医師や保健婦から指摘されたりして明らかになることが多いそうだ。 リョウとタイの言葉の出始めは、マサミツと比べれば明らかに遅かった。

マサミツは2歳を過ぎたら途端にいろんな言葉を言い出した。我が家の場合は、3人の誕生日が同じなので、○歳○ケ月という勘定下の比較がいとも簡単にできる。ちょうど3年前にマサミツはこんな事を言っていたな……ということを思い出せば、現在のふたごたちとの比較になるのだ。

ただし、同じお腹から生まれ出でた人間だとはいえ、あまり几帳面に比較をすることがないように気をつけている。特にふたごだからといって何事も競争させたり比較して優劣をつけないようにはしているつもりだ。

だから、マサミツに比べて少し言葉が遅いと感じてもあまり気に留めなかった。ペンギンもカラスもクマもブタも皆「ワンワン」と言っていたのにはさすがに「???」と思っていたが……。

ふたりが1歳半検診の際に「○○はどれ?」という質問に対して、犬しか指差せなかったときには、ほんの少し「もしかして?」と思った。同じ発達テストでマサミツは、犬・はさみ・車・電話など6つのものを正確に指差せた記憶があったので、「ふたごで産んだし栄養が足りんかったか!?」を非科学的なことも頭をちらついたものだった。

保健婦の話によると、ふたごの場合、ふたりで意志疎通ができているので、少々言葉の遅れがあっても心配が無いとのことだった。

そういえば、幼稚園に入ってもしばらく言葉が出なかった男の子が、仲間と一緒に遊び出してどんどんしゃべれるようになったとか、ずっと黙ったままの女の子が、ある時せきを切ったように話し、歌い出したという例が近所にあったことを思い出した。

そんなこんなで2歳4ケ月のこの頃、リョウとタイの言葉の発達状況がとても面白い。新聞に掲載されている「うちの子のおもしろ発言」に負けず劣らずの毎日である。

「でんでんぼー」

これ、何の事かおわかり?正しくは4拍子で机をたたきながら唱えるらしい。

実は私も意味不明。突如タイが何度も繰り返して言い出した。その時だけかと思っていたら2〜3日おいてまた繰り返して言っている。音の感じが気に入っているのだろうか?そういえば、マサミツも何度も繰り返す意味不明の言葉があった。

「びやんこん」

何か、絵を見て言っているのかと思い、あれやこれや指差してみたが、どれも違うらしかった。5歳4ケ月の現在「びやんこん」とは何だったのかを聞いてみても、答えはわからないままだ。

こんなふうに子どもは自分の耳で聞こえた音を発音してみたり、唇の感触を楽しんだりして他人と意志疎通ができなくても満足することができるようだ。

最近リョウとタイはふたごならではの言葉の遊びをしている。それはまったく唐突に始まり、1分間ほどで終了するのだが、満面の笑みで、時におどけたり、手振りが付いたりの即興で見ている方も楽しい。

ひとりがなんとなく気に入った言葉を言ってみる「レロレロレェ」それを受けて同じ言葉を繰り返す「レロレロレェ」。「ビャンビャンピー」「ビャンビャンピー」。何周かしておしまい。

そうかと思えば相手が言った言葉とは違う言葉でつなげていく遊び方もある。誰が教えたのでもない。そしてそれには決して誰も介入できない。周囲に父母兄がいてもふたりの世界を楽しんでいる。長く続くと、自分の理解できないラテン語とかギリシャ語とかで会話をしているようにも思え、ふたりに疎外感を覚えるような錯覚に陥る。でも、ふたごがふたごを存分に楽しんでいることがわかる至福の時だ。

マサミツは父母を「おとうさん、おかあさん」と呼ぶし、リョウとタイに対しても「おとうさん、おかあさん」と話しかけている。(例:おとうさんもうすぐ帰って来はるよ おかあさんのところへおいで)

しかし、リョウとタイは「とーちゃん、かーちゃん」と呼んでくれる。はっきり認識して発音し、呼べるようになったのは2歳1ケ月を過ぎた頃からだ。

母「兄ちゃんはどこ行ったはるの?」

合唱「にーちゃん、よーちえん(幼稚園)」

母「おとうさんはどこ行ったはるの?」

合唱「とーちゃん、がっこ(学校)」(夫は某大学教員です)の定番会話も同時期に習得した。

定番会話を教えるとふたりで合唱して答えてくれるので、とてもカワイイ。それに、ウケる。お揃いの服を着ている時に言わせるともっといい。ふたごならでは!である。

ふたごたちの方もふたごたちなりに言葉に興味を持ち始め、周囲の人間から発せられる音をマネするようになり語彙を増やす。

そんな中で、ふたごだったからこんなに早く理解し、自分でも発音できる言葉がある。

「ひとつずつ!はんぶんずつ!じゅんばん!」

間違いなく、私が一日に一番よく使う言葉だ。

スプーンを渡す、お菓子を分ける、母の片膝ずつにすわる、手を洗う……。様々な場面でくりかえしくりかえし呪文のように唱えた結果、リョウとタイは完璧に意味を理解し発音することができるようになった。

ただ、意味を理解していても行動が伴わなかったり、ひとつひとつの単語を割合キツイ口調で命令的に言うので、私もため息まじりだったり反省したりの毎日である。

2歳2ケ月頃から「自分でできる」という意思表示がふたり同時にはっきりしてきた。それまでも親が手出しをすると突然不機嫌になる「自分でする!」そぶりはあったが、この頃から言葉で「できる!」を連発して親の手助けを止めさせ、自分でやってみたい気持ちをぶつけるようになった。

「できるっ!できるっ!できるっ!……」

ひとりでできるわけがないのに、何度も主張され、付き合いきれなくなり、それじゃぁひとりでしなさいとばかりに私が自分の用事をしようとその場を離れると、泣き出す始末。親としても乗り越えなければいけない時期である。

我が家のふたごたちもこの時期に入っている。そこで困ったことが起こった。ふたりとも「できる!」と連呼していたまでは良いのだ。マサミツのこの時期を経験しているので、親としては「始まったな!」程度の気構えで済んでいた。

しばらくすると、タイが「できる」の前に自分の名前をつけて「タイできる!」と言い出した。

2歳3ケ月頃からタイはタイ、リョウはリョウであることが自分で認識できるようになってきた。それまではタイはタイ、リョウもタイであったり、リョウはタイ、タイはリョウであったり本当にややこしそうであった。

一応言っておくが、この子たちは同性であるが2卵性のふたごで、背丈や肉付きはパッと見ではあまりかわらないが、私も夫も間違えて呼ぶことはほとんどなかった(まったく"ナイ"と言い切れないのが少しむなしい)。1日のうち2〜3時間程子守りに来てくれるばばちゃんもまず間違えなかったし、マサミツもふたりを見分けることができる。

今となっては、タイはタイでリョウはリョウである当たり前の状況にどうやってたどりついたかはわからない。ふたりがいつも一緒にいて、呼びかける時にその子の方を向いて言っているのだが、当事者としてはいつも自分が呼ばれている気分だったのだろう。「リョウ、タイ」あるいは「タイ、リョウ」とワンセットで発音する場面があまりにも多く、自分の名前である自覚が芽生えるまでに時間がかかったということだろう。

さて、2歳4ケ月のまさに現在「タイできる」問題が生じている。

リョウが「できる」と主張するのに「タイできる」という言葉を発するのだ。はじめてその言葉を聞いた時、私は絶句した。これはまさにふたごの弊害。

考えれば難しい言葉だ。「タイできる」=「タイ(は)」+「できる」なのだが、リョウにとっては「できる」の進化した言葉らしい。相棒が発した言葉をマネして自分のものとするという意味では上出来であるが、まいった。

リョウが「タイできる、タイできる」と連呼するたび、私は「リョウ!できる」と強調して言い直す。そうすると、リョウは「リョウできる」と一応言い直す日々だ。この状態をいつ脱するのか……トンネルの向こうは見えない。

ふたごの弊害としてもう一つ。

つい最近。洗面所でタイと一緒に手を洗っていた時。タイが鏡を指差して言った。

「リョーチャン!」

あっちゃー!!!って感じだった。

マサミツが2歳くらいの頃読んだ文章に、鏡で子どもの発達がわかる話があった。どんなものだったかはっきりは覚えていないが、鏡に写る自分や母親の認識の仕方が変わってくるとかいう話だった。

子どもを抱っこして鏡の前に立ち、子どもに視線を合わせて「おかあさんはどこ?」とたずねると、子どもは鏡に写った母親を指差すのが初期の段階。

発達すると、抱っこしてもらっている実在の母親を指差す、というものだったと記憶している。

このことから、私は何度かひとりずつを抱いて鏡の前で同じ事をやっていた。鏡に向かって手を振ったり鏡をさわったりして遊ぶこともついでにしていたし、「おかあさんはどこ?」や「リョウはどこ?」と質問したりしていた。

ところが、ある日突然、タイが鏡の自分を見て「リョーチャン!」だ。

言葉をあやつれなかった頃、鏡の前で抱っこしてもらい、鏡の中では相棒が同じおかあさんに抱っこしてもらってると解釈していたのだろうか。なんとも幸せなふたごだ。

これからどんな言葉が飛び出すか興味津々である。

リョウに今流行しているのは、「あっ、○○やー!」という言い方。スーパーのちらしを見ては「あっ!にんじんやー」「あっ!おととやー」「あっ!はっさくやー(なぜか八朔みかんが大人気)」。(食い気に走っているので食べ物関連のみ)

この口調がタイに伝染するのは時間の問題。

夫が今聞き飽きているフレーズは「とーちゃん、アメチャンちょーだい!」。

夫は、私がマサミツを長い距離歩かせる時にアメで釣るのを見てアメチャンの威力を知ったので、散歩の時にやってみたら、朝出勤する前にアメチャン攻撃、ただいま!と帰っても即刻攻撃を受けている。私は虫歯が心配なだけ。

「かーちゃん」にもいろいろバリエーションが出てきた。「か、ちゃん!」から「か〜ちゃ〜ん!」まで幅広く使い分ける。

食事中に「おいしいねぇー」「おいしいねっ!」と会話してたり、「こぼしたよ(ドキッ!)」「ふきんちょーだい(自分で拭くんかい!)」とリクエストもできるようになった。

布団を膝までかけてふたり並んですわりニコニコしている。「かーちゃん!」と呼ばれたので「なに?」と視線を合わせると、「ブーブーいっぱい!」とミニカーを山ほど布団に隠しているのを私に見せた後「ねーっ!」ふたりで顔を見合わせている。

いつも押し入れの中にぬいぐるみやミニカーを連れ込んでふたりでゴソゴソしている。ふたりの間で言葉にならなかった思いがフツフツと言葉として湧き出ているのであろう。ケンカをしないでいられるのはいつも5分間くらいだが、その間にふたりだけで発してゆく言葉の数々は、保育園で遊ぶ同じ年の子どもたちとは違う意味を持った大切な宝物のような気がする。

ああ、また「かあちゃん、抱っこしてぇー」と言ってきた。最近は12キロ弱ほどの大きさに成長したので、ふたり抱っこはできない。昨年の秋から右膝が痛いのですわった姿勢で抱っこしてもそのまま立ち上がることができない。たたんだ布団に寄り掛かり、足を投げ出して「はい、半分ずつ」と言うと、嬉しそうにベチャーと貼り付いてくる。ひとりずつのときは思いっきりギューとしてほっぺたとほっぺたもすりあわせておく。もうニッコニコだ。

そうそう忘れてはならない。お兄ちゃんも3回に1回くらいはギュー。

「ガオレンジャー、ハッ!」「テックサンダー発進!」「変身!」その手の言葉は兄ちゃんに任せた。「アホ」「バカ」も教えたはいいが、言い返されている。フフフ。

ふたごの言葉の発達がこんなにおもしろいものだとは想像できなかった。タイの方がちょっと語彙が多いが、誤差のうち。いつも同じ程度でしゃべってくれる顔の区別がつきにくい同じサイズの兄弟がいてよかったね。

性格はどんどん個性を発揮してカラーがはっきりしてきたが、言葉の発達はどのように進んで行くのだろうか。

今後「かーちゃん」が「おかあさん」になる日はあっても、「おかん」や増してや「ババア」にはならないように願いながら楽しみのひとつとしよう。





                 

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