ふたごの母、つまり私は階段から落ちた。
「なーんや、階段から落ちたくらいのこと!」とお思い?「100段くらい落ちた話でないと、面白くないわ!」とは言わないで。
落ちたのは5段分。体勢は後ろ向き。問題は、ばばちゃんが上から降ってきたこと!
カレンダーを6月にめくるのと同時に、夫は、アメリカへ学会出席のためにでかけた。1週間の予定だった。1週間なら、昼間にばばちゃんに少し手伝いに来てもらうとして、24時間体制で家事育児を頑張ろうか、と思っていたのだが、アメリカの後、4日間京都に滞在して、すぐにドイツへ行くという。人が聞けば「ええやん!(いいなぁ)」という話だが、本人は時差ぼけと缶詰状態で仕事に追われる毎日らしいし、残される私は、お風呂4人入りを計3週間程つづけなればならないし、普段は夫の役目であるマサミツの幼稚園送りも担当しなければならないし、梅雨に突入し、自転車に乗れないのはとても不便になることが予想されるので、文字どおり大変なのである。
そんな予定をいうと、ばばちゃんは、実家に帰ってこいと誘ってくれた。マンションへ日参するのも疲れるもんだ。チビさんの相手もして家のことも自分のこともでき、そして、娘の私が少し楽をできるのなら、それが一番いいと考えてのことだ。
「そうやな。そうさしてもらうわ。」
ふたつ返事というのはこういうことだ。
雨が降ってお外に出られないとなったら、このごろリョウとタイはベランダに出ることを覚え、玄関より勝手に靴を持ってきて履き(履くマネだけして失敗したらサッサとあきらめて裸足で出る)狭いベランダを歩き回る。
洗濯物のかかっていない物干し竿に手を伸ばし、ゴミ袋をさわり、ポトスの葉をちぎる。先日、端に置いてあった空の一升瓶を割った。割ったビンを新聞紙に包む作業でさえ見学したくってたまらないふたご。
網戸を内側からも外側からもロックしておけるグッズはないもんか?と川端ニックに探しに出掛けたが、なかった。
「網戸は閉めたまま固定できないんですよねぇ。毎年おられるんです、そういうお客様。ネコが勝手に開けるそうで……。」ロン毛の茶髪をなびかせたハンサムな兄チャンはそういった。
「ネコじゃないんです。ふたごの男の子が勝手にベランダに出るもんで……。」
……という訳で、夫の留守中は、ものめずらしいばばちゃん家に行ったら、家の中を探検することで結構楽しんで遊んでくれるだろうことを期待して、家出同然のような大荷物で実家へ移動した。
おもわくは的中し、雨の降る毎日をふたごたちは楽しく暮らした。
お客様用の座布団を積み重ねた上でジャンプする。向かいのガレージに出入りする車を飽かずながめる。あーちゃんの化粧道具をひっくりかえす。障子をやぶる。アイロン台に置いてある霧吹きがめずらしい。ベッドの下に電車を走らせる。
あれもこれも面白いことだらけ。
そして、一番面白いのが階段の昇り降り。
出ました!階段!
その事件(事故?)は、実家に戻って7日目の午後8時半に起こった。
もう、彼らの階段を昇る速さといったら、マジで追いかけないと追いつけない位までスピードアップしていた。かといって、降りる時には、大胆にも階段の下方に向いて、大人と同じように降りる。手すりを持っている場合もあるが、手すりさえ持たず、片手にミニカーを携えたりして、自分の能力を超えた階段の降り方に挑戦するヤツらだった。
見ている方は当然あぶなっかしくてしょうがない。彼らが階段を昇る時には、後ろからいつでもお尻を支えられるような体制でついて上がる。問題は、降りる時である。大人が階段を降りるから「ボクもついて降りる!」というときはまだいいのだ。「お尻からおりなさい!」と諭しながら先に階段の下方で、自分はあとずさりする形で降りつつ、もしや!の時にはヤツらを受け止められる体制でそろそろと歩みを進める。
その事故が発生する直前の状況はこうだ。
私は晩ごはんを食べ終わって、ホッとしてまだ食卓にいた。あーちゃんは食卓のある隣の部屋で新聞を読んでいた。じじちゃんは洗い物をしようとしていた。ばばちゃんとマサミツ、リョウ、タイの4人は、2階で遊んでいた。
「あかんて!リョーチャン!タイチャン!後ろ向いて降りなさい!」と、ばばちゃんの声。また、ふたりで勝手に階段を降りようとしている!危ないなぁ、と私はゆっくり食卓を離れ、階段を普通の速度で5段上がった。すると、手すりを持って前向きに降りようとしていたリョウが、私につかまえられまいとしたのか、階段の上から2段目あたりで方向転換をした。
その時だ。降りようとしているタイと降りるのをやめて昇ることにしたリョウが「ごっつんこ!」しそうになった。実は、ごっつんこ!しそうになった、と見たのは、階段の一番上で「後ろ向いて降りなさい!」と言っていたばばちゃんだけで、私はあまりはっきり覚えていない。
ばばちゃんは、そのとき、階段の下方に顔をむけて、左手で2階への上がり口の戸を持っていただろうか、右手ではリョウの手を落ちないようにつかまえていた……らしい。
「らしい」というのは、もう今となっては何が何かわからないのだ。
「あああぁぁぁぁー……」永遠に続くかと思われるほどのばばちゃんの叫び。
「キャー……」きっと、すごい顔をしていた叫んでいただろう私の声と共に、不気味に響くズルズルズルズルという音。
最後にドシーン!!!
上からばばちゃんが落ちてくるのを、私はしっかりと手すりを握りしめ、下から5段目のその場所で受け止めた。何せ、はっきりとは見えないけれど、リョウとタイも一緒に階段を落ちていると思ったもんだから、必死だ。少しでも落ちる分を少なく、せめて、下から5段目のこの場所でみんなを止めたいと思った、が、しょせん無理な話。
階段には当然ながら傾斜がついており、坂道の上から重力のある物体が落ちると、それは加速を増して進み……つまり、50キロのばばちゃんは50キロ以上の重力をもって私にぶつかり、手すりはむなしく手すりの終点を迎え、私は手すりを離さざるを得なくなり、リビングの床に後ろ向けに落ちた。
「大丈夫か?大丈夫か?」と、右手でばばちゃんの背中をたたいたのは私だ。上から落ちてきたばばちゃんは、私の胸に左頬をあてて、肩はちょうど私の肋骨あたりに乗っていた。
「ハハハハハ……ダイジョウブダイジョウブ、リョウチャンがな、……」と、ばばちゃんはゆっくりひとりで起き上がれた。
「ワー!」「ワー!」一気にリョウとタイが泣き出した。階段の中ほどに突っ立っていたリョウとタイを、かけつけたあーちゃんが抱きかかえてリビングに降ろした。
私の目から涙がジワァーとあふれた。「痛いぃー。」頭は打っていないことは、はっきりしている。だが、背中をぶつけたから起き上がれなかった。あーちゃんが、ゆっくりゆっくり起こしてくれたが、いすにすわったままの姿勢で動けない。
そんな中、「リョーチャンがタイチャンとごっつんこしそうにならはったし、手、持っててん!」とばばちゃんは弁解とも状況説明ともつかない話をしている。どうやってこうなったかがあまりわかっていないのに、ズルズルと落ちたことが面白くて仕方がないらしく、しきりに笑っている。
笑いたくても笑えない私は、夜間救急の病院に行くことにした。背中の打撲がひどい。もしかして背骨に異常があれば大変だと、ソーロソロ歩いてじじちゃんの車に乗り込んだ。
「えぇーっと。おかあさんを受け止めはったんですか?おかあさんは何キロくらい?はあ、50キロくらいですか。それにしてもこどもさんが無事でよかったですね。」
救急の整形外科の先生はちょっと笑いをこらえるような感じに見えた。レントゲンを撮りに移動する時、車椅子に乗せられた私を見て、運転手のじじちゃんはびっくりしたらしい。ただ、サッサと歩けなかったから乗せられたまでなんだけどね。
肋骨から骨盤まで計6枚のレントゲン撮影をし、どこもヒビがいってないと診てもらって、湿布薬と痛み止めをもらって、午後11時に帰った。
玄関であーちゃんとばばちゃんは、パジャマを着て玄関で迎えてくれた。
「ウフフフフフゥー!」嬉しそうにふたりはそろって笑っている。なんで笑われるんだ?ばばちゃんが下になって落ちていたら、肩の骨が折れてたかも知れんってお医者さんにいわれたんやで!それを助けたのは私だぞ!
「ウフフフフフゥー。おねえちゃん、車椅子乗ってんて!だいじょーぶぅ?」明らかにバカにしている。じじちゃんがあまりに待ち時間が長いので、状況報告を電話でしていたらしいのだ。
かくして、「打撲」でカタがついた。
あーちゃんが言った。
「お風呂あがって、テレビ観てたんや。けどズルズルしてたんが面白ぅて何回も思い出し笑いしてしもた。後で、マサミッチャンが言うてたわ。『上から見ててん。ズルズルズルーって、なんかみんなかたまって落ちたはった。あーちゃんは、ばばちゃんとおかあさんの間にいたん?』やて。失礼やろ?あたしも落ちたって思われた。」
あぁ。薄情な息子よ妹よ。
そして、トドメのひとこと。
「いややわぁ、私50キロもないって、48キロ!」
ばばちゃん、あんたを助けたのはこの私やって!
ふたごが階段に挑む時。階段の上でそれを見守る人も、階段の下でそれを応援する人も、どうぞお気をつけて。