9.7 夫から妻へ・妻から夫へ


 

妻、神無月七夜へ。

普通、こういう時の「夫から妻へ」のメッセージは、感謝の意を込め、 「あー、3人もこどもを産んでくれてありがとう」なんて、お涙ちょうだい風に書くもんなんだろうけど、まったく、この子たちが、こんなにかわいくていい子に生まれたのは、ボクがかわいくていい子だからに他ならないのをよく覚えておくように。

加えて、世には、育児に参加せず、残業やつきあい酒に明け暮れるおとうさんがいたり、育児に参加しているつもりのおとうさんが多いというのに、ここまで実を伴った育児をし、だまって洗い物や土日の掃除をしているボクが夫だったからこそ、アンタは髪を振り乱し、腰が痛いとなげくにとどまっているのだぞ。

そりゃ、カーテンレールをとりつけるのはアンタがやったし、新聞やダンボールを古紙回収に出すためにヒモでくくるのはアンタはプロ級にうまい。破れた本の修理や、ちょいとしたミニカーの修理はセメダインとドライバーがあれば、新品同様に直すのもアンタだ。

しかし、近視だからといって、お椀に洗剤のアワが残っていてもおかまいなしだし、芸術的なつながり方をしている切ったつもりの短冊人参を食べさせられているのに、文句ひとつ言わないボクの寛大さ、やさしさを理解しないのはアンタの悪いところだ。

だいたい、「ふたごちゃん!いらっしゃい」をホームページで公開するっていうから、htmlでも勉強するのかと思いきや、アンタはただ、ワープロするのみではないか。

「今日、ホームページ更新の日やし!」と、意気込まれるから、貴重な金曜の夜を割いてボクがアップデートしているのだ。友達からのメールも、ボクがチェックしてやっている。パソコンインストラクターをやっていたのなら、メールの読み書きくらいマスターすりゃどうだ?ん!

まあ、それを差し引いて、100歩ゆずって、片目でなく両目をつぶって、今の生活は幸福に属すると思っている。欲を言えば、もうひとり女の子がいたらいいなと思ってさえいる。

新幹線なら個室を借りて、寝台車でも1つのコンパートメントを占領して旅をしよう。

こどものいる生活は想像がつかなかった。ふたごがいる生活はもっと想像がつかなかった。でも、結構楽しい。今は5人家族であることが一番だと思っている。

とりあえず、毎日が過ごせていることに感謝しよう。

そして、妻よ、夫に感謝すべし!

夫、神無月七夫へ。

普通、こういう時の「妻から夫へ」のメッセージは、感謝の意を込め、 「あれもこれもできたのは、あなたのおかげです。どーもありがとう」というお涙ちょうだい風に書かれる。

私も、まあ、ここはそうまとめておいたほうが無難かと、21世紀の最初の食事となるおせち料理作りをしながら考えていた。

明けまして年頭の挨拶に実家へ行った(夫の父母は他界しているために、挨拶に行く先はそこ1ケ所しかない)時に、黒豆をばばちゃんからもらった礼を述べるつもりで、「今年は、黒豆はもうたし、煮豚と昆布巻きはふたご育児でパスしたし、割合(おせち作りは)楽やったわー」と、私が言ったのを受けて、堂々と夫が言った言葉でキレた。

「そやなー。今年は煮しめしか作ってへんもんな!」

なんでアンタにそんなこと言われなくちゃいけないのだ!私はものすごく憤慨した。

我が家の連中はおせち料理が好きだ。私がおせち料理作りをストライキしようものなら、必ずやン万円もするおせちセットを、それも2種類くらいデパートで買ってきてまでも、お正月にはおせち料理が食べたい輩なのだ。だから、どんなに忙しくてもふたごがいようとも、おせち料理は作らねばならない。この忙しいのに夫の弟まで年越しで泊りに来るときた。まったく、脅迫的状態で過ごした年の暮れだ。

甘えん坊のタイをおんぶひもで背中にくくりつけ、お煮しめ、栗きんとん、たたきごぼう、酢れんこん、なます……を作り続けた。その前日から、数の子が塩水につかってキッチンカウンターに置かれていたのをアンタは知らんのか?カイロを腰に貼り付けて、ベランダや玄関を掃き浄め、窓ガラスを拭いていたのを見ていないとは言わせない。

断っておく。夫は見ていた。こどもの面倒を。

年末の掃除としては、お風呂の掃除だけをしてくれた。エアコンのフィルターを替え、ていねいに掃除することを約束していたくせに、今世紀最後の営業日だからという理由でフィットネスクラブへ泳ぎに行った。私はエアコンの掃除もした。

ものすごく腹が立つ。

もちろん、こどもの面倒をみる、ということは、ウンチ替えもおしっこ替えもついてくる。私はこどもの面倒を見るのを泣く泣く放棄して年末年始の準備に追われていたのに、

「煮しめしか作らへんかった」はないだろ?

この際だから言っておく。下手くそなチャップリン歩きしかできず、足にまとわりつくふたごがいるのに、これだけのおせち料理を作る妻は探してもそうそういないぞ。

しかしまあ、お正月という特例日が過ぎ去り、日常が戻ってきて改めて"妻から夫へ"を考えてみると、夫はとりあえずよくやっている。これで泊りがけの出張はともかく、丸一日かけて歌舞伎を観に行くのがなければ、"ものすごく""めちゃ"という形容詞を"よくやっている"に堂々とつけてあげよう。

冷静に考えてみると、こうしてふたごが無事に生まれ育っているのは、奇跡としか考えられず、神様の力が働いていることをフツフツと感じる。そして、どう考えても、神様は夫と私のペアだから、ふたごを含む男の子3人を運んで下さったのだとしか思えなくなった。

つまり、別の人とのペアであれば、ふたごは来てくれなかったようにはっきり思える。夫、神無月七夫と結婚することになったのもしかり。

結論として、

「やっぱり、神無月七夫と結婚してよかったんかな」と納得するところへ落ち着く。"よかったんかな"の後に"?"が付かないところがポイントだ。

それと同時に、夫は、私と結婚してむっちゃよかった!と大きく納得する(注:夫がよかった!と発言するのではなく、私が夫にそう思うようになかば押し付けている)。

こ〜んなに部屋は荒れ放題だし、歌舞伎を観に行く度に鬼のようににらまれて、いつも「眠たい、しんどい、疲れた」を聞かされても、夫よ、アンタは私と結婚して3人の男の子の父親になって幸せなんだよ!

夫よ、妻に感謝すべし!





                 

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