夢は現実味があると、がぜん"夢"という感じがなくなる。
手が届かなかったり、メルヘンに満ちていたりで、「それは絶対ムリやろっ!」というツッコミが入るくらいでないと、"夢"っぽくない。少なくとも、関西ではそうだ。
それでも、こどもを持つと、親としての夢は、
「元気に大きくなればそれでいい」
のひとことに凝縮されるだろう。
もちろん、「賢くなりますように」であるとか「かわいくなりますように」が次々に加わり、「高校に受かりますように」とか「いいひとが見つかりますように」なんてのも遠慮なしに追加されるのは目にみえている。
しかし、成人してからならともかく、まだ小さい頃は、ひとたび病気をしたら、即座に
「元気に大きくなればそれでいい」
に超特急で戻る。
で、現在、うちのこどもたちは元気である。長引いた風邪も朝の咳だけは残っているが治った。いわゆる"元気"だ。
こうなると、小さな夢が頭をもたげる。
夫は一日中、小さい夢にうなされている。夫がどんな夢を持っているか、私にはちゃんとわかっている。だって夢は暴言となってこどもたちに降り注ぐんだもの。
「おーらおらおら、邪魔するなよー、いつもいつも!おとうさんがそこに布団を敷くのわかってて座ってるんか!こらー逃げるな!お前らが邪魔しに来るから全部敷き終わるのにどんだけ時間がかかると思ってんや!」
―――お布団を敷く家事は9割が夫の係。ササーッと敷けるはずなのに、リョウとタイは、今からそこに布団を降ろすという場所に先回りして、父が近づくと布団の下敷きにならないように逃げる。こんなことで10分も20分も時間をロスしたくないとボヤく夫。
「お前らぁー、おとうさんをおとうさんと思ってんのか?これまでのおとうさんの苦労はどうしてくれるんや!おかあさんに抱っこされた途端に泣き止むなぁぁぁー!!」
―――ふたごがふたりとも泣いている状況は、いとも簡単に作られる。ふたりとも眠たい、ふたりで頭をゴッツンこした、ごみ箱あさりで見つけた玉子パックは1つしかなかった……等など。ふたりとも泣いていても、母である私はひとりだし、泣いている原因がわかっているときには、とりあえず今のうちにお米を研いでおくとか、お風呂の水を抜いておかねば……と頭の中で、何を優先するかを天秤にかけ、ほおっておくこともある。そんなときに夫は「よしよしよし」と慰めたり、寝かしつけたりするのだが、用事の済んだ私を見ると、必ずといっていいほどリョウやタイは、余計に激しく泣き、より激しく泣けた方が私を占拠することに成功する。夫はプライドが打ち砕かれ、とても悲しく悔しい思いをする。
夫の小さい夢は、こどもたちが成長すると、必ずかなえられるであろう。誠に羨ましい。
私の夢といえば、とりあえず……
「買い物したい(100円均一ショップでもええ、ひとりで!)。食事に行きたい(マクドでもええ)。たまにはスカートはきたい(立ったり座ったりが多すぎて、ズボンばっかし)。字幕の映画が観たい(字幕があると、テレビに貼り付けにならないと、観られない)……。」
悲しいかな、夫の夢よりも小さく情けない。しかも、夫の夢よりかなうのは遅れるときた。まったく、こんな小さな夢の実現もストップさせる、こどもたちの威力ときたら、結婚前にはもちろん、結婚してからだって想像できなかった。
こんなしょーもないことを夢にかかげなくてはならなくなった原因は、偶然にもパートナーとなる人とめぐり逢い、偶然にもこどもに恵まれたからに他ならない。おっと、その前に偶然にも生を受けたことも忘れてはなるまい。もちろん、それらの偶然は喜ばしき、奇跡に近い偶然。
このくらい年齢を重ねると、当たり前のように生まれ、当たり前のように育ち、大きくなり、当たり前のように結婚し、当たり前のようにこどもを授かったとは、どうも思えなくなり、普段は豪語しているくせに、妙に謙虚になったりする瞬間があるものだ。
美人で聡明に生まれた友人は、ある日の手紙で私にこう言った。
「今までさしたる苦労もなくここまで生きてきた。受験で苦労することもなく、大きな失恋をすることなく夫と結婚し、幸せだった。でも、こどもができなくて本当に苦労して、辛い思いをいっぱいして、今まで順調すぎた人生のツケがまわってきたみたいやった。」
彼女は詳しくは語らなかったが、私には未知の不妊治療にも通っていたことを打ち明けてくれた。彼女は現在、ふたりの男の子の母となり、幸せを続けている。
さしたる美人でもなく聡明でもない私は、勉強で苦労し、大きな失恋も経験し、夫を伴侶に見つけ、1度の流産は経験したものの、"ふたご"という奇跡もさらに私に訪れ、合計3人のこどもに恵まれて、幸せを続けている。
結果的に望んでいたこどもに恵まれた彼女も、ふたごというびっくり出産を経験した私も"夢"などを語るには資格のない幸福者に属するだろう。
小っちゃい夢を並べたり、大っきな夢をかかげたりするよりも、今の空気をいつまでも残しておきたい気分になる今の状態は、まぎれもなく、かなえられた夢なのだ。
「おっりゃー!なにしてんのや!ええかげんにしぃや!笑ろてる場合とちゃうやろ!」
こんな言葉が尽きない毎日が、現実化した夢としてころがっている。
"夢"を語るのに、こう丸く収めてしまうつもりはない。実は、かくしておいた、切実な大きな夢がある。
すべて、精神が正常でなかったとして片づけられるのではないかと危惧している、通り魔的犯罪が世にあふれ、知らない人にお菓子をもらうのさえ、はばかられる今日だ。
少なくとも、私がこども時代を過ごした1970年代には、こどもを連れて戸外に出る際、無意識に頭を過ぎる恐怖として挙げられる犯罪ではなかったはずだ。
当時からあった誘拐、交通事故、病気はなくならないまま、新たな死の理由が作り上げられている。
こどもを傷つけられたり、亡くすことは何にも代え難く、この身をはって阻止しなければならない。
"元気で大きく"育っているからこそ大切に、偶発では片づけられないあらゆる種類の事故から身を護り、心身ともにさらに育ってほしい、というのが大きな夢のひとつ。
そして、もうひとつの夢は、自分が早く死なないこと。
「なあ、死ぬの恐くなったことない?」
友人にそう言ったとき、彼女はちょっとびっくりした顔をして私の顔を見直し、はっきり言った。
「うん、恐なった。」
そうなのだ。こどもを持って、死ぬのが恐くなった。
こどもがいない間は、夫婦共々末永く元気で仲良く……などと、老いた時のことも考えつつ、平凡な人生を思い描いていた。
ところが、こどもが生まれて慌ただしいあかちゃんの時期を過ぎ、少し思考回路が落ち着くと、急に"死"について恐怖に襲われた。
若き青春の頃、"自殺"や"死"についても考える機会もあった。死に対する憧れはないものの、太宰治や三島由紀夫を読むと、考えざるを得なくなったりしたものだ。
毎日がしょうむないことだらけでも、楽しくて仕方がない青春へ移り変わってからは、そんな想いはすっかり消えていたのに……。
ただ、年齢を重ねたからとか、体力に自信がなくなったという理由ではなく、こどもが生まれたから死ぬのが恐くなった。
この想いはどうにも説明がしにくいが、女の子をひとり育て、お腹にあかちゃんがいる友人が間髪入れず同意してくれたことを思えば、どうやら、こどもを持つ母親には理解してもらえる気持ちのようだ。
あかちゃんを産みおとすと同時に亡くなってしまう母親や、事故に巻き込まれ、こどもをかばい息絶える親、病気で幼いこどもを残して逝ってしまわねばならない親……。
どれも、こどもを送るのに比べたら、背に腹は変えられないギリギリの線で苦渋の"仕方がない"になってしまうが、なんとも、どう考えても、考え直しても辛く悲しくやりきれない。
災害や事故に遭わなくても、いずれは、ベッドでの死も待ち受けている。
自分の努力ではどうにもならない、見えない力であかちゃんが誕生するのと同じように、同じ種類の力で"死"はやってくる。
「結婚するなら、家付き、カー(車)付き、ババア抜き」なんて言葉は完全なる死語にはなっていないはずだ。そうなると、少なくとも私は、早く抜かれてしまわねばならない勘定になるが、"いつか"はちゃんと受け入れると神様に約束をしつつ、元気でハツラツとせめて、こどもたちがすべて成人するまでは喝を入れ続けていたい。
"夢""ゆめ""ドリーム"
それは希望にすぎない。
こどもを望んでいても恵まれないご夫婦には、究極のわがままに映るだろう。夢はもう叶っているではないかとお叱りを受けることも承知。
こどもを望まない人には、別の夢が大きく広がってゆくだろう。
でも、夫と私の夢は「死なせない、死なない」。
不幸にもこどもを亡くされたご両親に、祈りを。
不幸にもこどもと別れなくてはならない誰かに、祈りを。
そして、この世から、大人から虐待を受けるこどもたちがなくなりますように。
特に、自分を産み、育ててくれた親からの虐待を受け、悲しい思いをするこどもたちが、ひとりもいなくなりますように、祈りを。
<お知らせ>
「ふたごちゃん!いらっしゃい」は、年末年始休暇に入ります。これまでのご愛読ありがとうございます。
第9章第7節は1月第2土曜にお届けする予定です。忘れずにアクセスしてください。