まだマサミツが生まれていなかった頃、派遣社員として働く他はヒマだった私は、夫の通うフィットネスセンターに一緒に入会し、「絶対あんなんできひんわ!」というエアロビクスのステップをガラス越しにながめながら、バイクをこぎ、その後プールで泳ぐという生活を週に2日の割で送っていた。
さしてハードな内容でもないのに、運動不足の私にはたいそうこたえて、帰り道を残すところ半分の距離で、いつもお腹が減って、通りから流れてくるお好み焼きのにおいや、ショーケースの寿司のろう細工を見てよだれをたらしていた。
帰ったらすぐにごはんが食べられるように、炊飯器をタイマーセットして出掛けていたのだが、ある日、ドアを開けた途端に、「キーッ!!!」という今にもバクハツそうな音を立てる物体があり、ビビッたが、その正体が炊飯器であったことで、再度ビビッた。
私は、ごはんが炊き上がると同時に「ボン!」と破裂したり、玄関までごはんつぶが飛び散っていたりする場面に遭遇したらどうしよう、と真剣に悩んだ。
夫は、留守中に炊飯器から発火して火災を起こすといけない、と、まともな悩みを告白し、新品がやってきた。
今、使っている炊飯器は、その時に買い替えたものだ。「5合炊き」の大きさである。それが、今回ふたごが我が家にやってきたことで、近い将来、また買い替えなければならなくなりそうなのだ。
その理由は、この方程式に由来する。
「1+1+1+1>5」
これは、以前住んでいた近所のクリーニング屋のおばちゃん宅での話だ。おばちゃん宅は、ご夫婦と息子さんふたりの4人家族。
「朝、息子が1合ずつ食べるやん。ほんで、お弁当に1合ずつ入れるやん。そしたら、私ら夫婦で朝お茶碗に1杯ずつ食べたら、私のお昼ご飯の分がちょうど残るくらい。そやし、朝は5合炊く。」
これを聞いた時には驚いた。驚いたけれど、「私には関係のないことっ」と涼しい心におおげさなジェスチャーで「へぇぇぇー。たーいへんやね」なんて言ったものだ。
しかし、現実問題として、マサミツ、リョウ、タイが中学生くらいになったと仮定してすると、
「朝、息子が1合ずつ食べるやん。ほんで、お弁当に1合ずつ入れるやん。そしたら、私らが朝パン食べても7合要って、私のお昼の分はないやん!」
「朝ごはん(1合×3人)+お弁当{1合×(3人+おとうさん1人)}=7合」
カレーやシチューは、たくさん作った方がおいしい。おでんだってたくさん炊いたほうがおいしい。ごはんだってたくさん炊いた方がおいしい。けど、私は1升だきの炊飯器を買うのだけは抵抗がある。
そんな思いに沈んでいる時、ふと、小学校時代の友人を思い出した。彼女は、ひとりお兄ちゃんがいたが、あと弟妹が7人いる9人きょうだいの長女だった。特に仲良しでもなかったが、彼女の言った言葉に、よく覚えているものがある。
「おかあさんは、全員の誕生日を覚えてへんねん。紙に書いて貼ってある。」
「おかずは大きいお皿に乗せてあって、自分の分を勝手に取るねん。ボヤボヤしてたら食べる分がなくなるねん。コロッケなんか山盛りあってもすぐなくなる。」
彼女のおかあさんに比べれば、私の境遇は恵まれているではないか!と自分を慰めようとするのだが、例が、例にならない例では話にならない。
例になる例はないか?
食卓に上る食料の多さを考える時、38キロで私を生んだばばちゃんを母に、その年代の人の中では細身で長身のじじちゃんを父に持ち、あーちゃんとふたり姉妹だった私には、未知の世界が目の前に広がる。付け加えておくと、いとこはオール女。まさに男の子3人の3食の繰り返しは、ミステリーワールド。
"育ち盛り"とか"食べ盛り"に達した男の子が3人いる家庭の食卓……。
周囲をそっと見渡してみよう。核家族化が進んでいる都会で、家族の総人数のうち、男が4人を占めている家庭って、どれくらいあるだろうか。
だいたい、ひとりの女の人が産むこどもの数が1.38人などという少子化の時代に、こどもが3人いるだけで、"こどもが多い"方に含まれるご時世。平均して、1家族にはこどもが"ひとり"か"ふたり"ってことだ。
食料の問題を考える時、そのこどもが、食の細い女の子か、ガンガン食べる男の子かでえらく違ってきそうだ。
コロッケを作る時には、はりきって一度にたくさん作るが、一度にできる数にも限度がある。こどもたちが食べ盛りになったら、1人3個では足りないだろうか?5個くらい食べるのだろうか?次の日のお弁当にも入れようと思ったら、25個作っても足りないか?(うっ!まさかコロッケだけでおかずは済むまい。)
仮にスーパーでその数のコロッケを買うとしたら、1個70円としても1,750円もかかるのか?(うっ!コロッケだけでか?)
スーパーでは、たいてい銀のトレーにコロッケは乗っかっている。
「今日のおかずはコロッケでも買っておこうかしらん」と、若い奥さんが銀のトレーに近づきつつあると、スタスタ歩いてきてササーッと横切るおばはん(私)がひとり。
「カレーコロッケにしようかしらん?それとも肉じゃがコロッケ?」と、若い奥さんは考えながらゆっくりトレーに近づく……と、トレーがない!あれーっ?さっきまで、ホカホカと湯気を立てて……へ?もしかしてあのおばはん!?おーっと!トレーごと持ってレジの方向へ歩いていくではないか!
レジでは、パックに詰めるのも面倒なので、そのままビニール袋にトレーからザザーッとコロッケを移し替えているおばはんの姿!あー、ざっと数えて30個はあっただろう。
かくして、時々トレーごとコロッケを買い占めるおばはんを何とかして!と、スーパーに苦情が入る。
湯豆腐をするときは、絶対にお向かいのお豆腐屋さんのもめん豆腐。むちゃくちゃおいしい。おいしすぎて、夫婦2人だけの時も2丁のお豆腐を用意していた。水のもれないタッパーを脇にはさみ、小銭を握り締めて「2丁くださーい」と、買いに行く。
あー、それが、この子たちが大きくなれば、いったい何丁のお豆腐がいるのか。最低6丁は要るだろう。うっ!向かいのお豆腐屋さんのはおいしいからな、食が進んで、7丁?まさか8丁?そうなると、タッパーではラチがあかない。バケツにするか。お豆腐専用のバケツを用意して、「すいませーん、8丁お願いしまーす」と豪快カーチャンに変身だ。想像しただけで恥ずかしい。
前に、「今日は湯豆腐!」と決めて買いに行ったら、ちょっと前に来ていた料亭の人が「20丁!」買って行ってしまって泣いたことがあったが、もしかして、私も誰かを泣かしてしまうかも知れない。今からあやまっておこう。ごめんね。
家計をとやかく心配しているのではなく、想像するたびに物理的体積が目の前に幻覚として現れ、圧倒される。
あー、どこでどうなって、こんなことで悩まなければならなくなったのか?振り返ってみればそれは、"人数"だ。もう、性別のことはとやかくいうまい。普通、こどもはお腹の中にひとりなのだ。神様の意図で恵みを受け、どこでどうなったかリョウとタイを授かり、4人を飛び越えて5人家族になったから、なんだか間違ったような感じがするのだ。本当は、間違ったのではなく、奇跡が起きただけなのだが、それに私が面食らっている。そうそう、思い出した!基本は、「5人家族になって嬉しい!」ということだ。1つ飛ばしに人数が増えるなんてとてもラッキーなことなのだ。ただ、勢いがつきすぎて見当がつかないことも多少出てくるってこと。
大学時代の男友達の会話を思い出す。
「アイツの家行って、すき焼きごちそうになったら、デザートにきつねうどんが出て、その後ぜんざいが出て……食えんかと思たわ!」(食うたんか!)
でも、今になって
「アイツのおかーはんのコロッケは最高やな!いつ行っても食べたい!」
20歳の頃の私は、この言葉をちょっとええ話として感動したのを、ほんのり思い出す。
料理上手な女性になろうとか、彼にはいつもおいしい料理を食べさせてあげたいなど、とはさらさら思ったことがなかった。こどもを持つ身になっても、忙しさにかまけて、特においしいものを作ろうと努力している毎日ではない。
料理を作るのは女性であるおかあさんだと決めつけるつもりはないが、今、おいしい料理を食べさせることのできるおかあさんになりたい、と心から思う。
タコさんウィンナーやうさぎりんご、ピカチューやアンパンマンのおにぎりは作ってやれないし、時には一面しょうゆ色のおかずだったりもするけれど、息抜きをしながら、君たちが大きくなれるように手伝うね。
よし。いっぱい食べてくれるのなら、一升だきの炊飯器も買いましょ。炊き込みごはんだって、ちらし寿司だって、ピラフだっておまかせあれ。
そうなったら、今使っている5合だきの炊飯器は、夫婦ふたりの生活に戻るまでしまっておくか。おーっと、買い替えるのは炊飯器だけで済むのか?洋服もどんどん増えている。写真さえもあふれかえっている。おもちゃ箱はもう、プリンカップや壊れたミニカーも混じった、ごみ箱のようなおもちゃ箱。
旅行へ行くのだって、いくらかかるんだろう。国民宿舎か民宿にしか泊まれないだろう。それよりも、部屋にあるものを壊さないか心配。手の届くところ全てに、たいそうなものが置いてある高級ホテルや高級旅館には当分近づかない決心。自家用車がないから、オートキャンプも無理とくりゃ、テントをかついで電車と自分の足で移動する純ハイキングしかないか。是非、足腰の丈夫な男の子に育ってもらいたい。
冬休みスキーキャンプのチラシを見て、
「4歳と1歳を2泊3日くらいでスキーに連れていってくれるのはないのかー!!」
高速ハイハイとつたい歩きで大人の食事を邪魔しにくるふたごたちに、業を煮やして夫が叫ぶ。それだって、"ン万円×3"だと結構するよ。
買い替え、買い増し、貯蓄にやりくり……。
目下、お米を買う間隔が少しずつ狭まっていることを体感しながら、10年後の他人は"にぎやかでええねぇ"という言葉でごまかす"うるさくてグチャグチャ"の生活に思いをはせる。
育児の体力も正比例で増えたらええのに。ブツブツブツ……。