★ 病気関連★
「氷枕」
こども用の面積の狭い氷枕もあるが、私は大人用の大きいのをこどもにも流用している。単に、大は小を兼ねる、と思って買ったのだが、実際には、面積が狭いと、寝返りをしたらすぐに枕から頭がはみ出てしまうので、もったいないのだ。
冷凍庫に冷やしても柔らかいままの、保冷剤入りの枕もある。冷たすぎないように気を配ってあげよう。
おでこにペタッと貼れる、冷んやりして少しいい匂いのするシートもある。我が家のあかちゃんは、この手軽な一品をものすごく嫌う。頭を横に振ってもへばりついているのが気持ち悪いのだろうか。高熱を出してぐったりしているので、少しでも楽になるように貼ろうものなら、すぐに起きてギャーギャーわめき、取ってくれと叫ぶ。
マサミツも同様にこれがとても嫌いだった。しかし、言葉で説明し、理解できる年齢になると、ちゃんと貼らせてくれる。氷枕も「冷とうて、ええ気持ち」とお気に入りの様子。
要するに、こどもが嫌がるならやめたほうがいい。言葉が話せないあかちゃんでも、ちゃんと意思表示はするので、尊重してやろう。
「おちょこ」
日本酒を飲まない人には不必要で、これがないお宅もあるだろうが、薬を取り分けるのにちょうどいい大きさである。小さ目のリキュールグラスでもいいだろう。
ふたごってのは、病気をうつし合う。同じ日の同じ時間に発病することは少なくても、5〜6時間差とか、1日〜2日遅れて同じような症状で具合が悪くなることが多い。よって、何日かは、必ずふたりともお薬を飲まなければならなくなる。
当然同じ小児科に通い、同じ先生に診てもらうことになるのだが、小児科で出される薬は、まったく同じ症状でも、あかちゃんの体重によって薬の濃さや量が違ってくる。発病が遅れたら、当然、病気のすすみ具合や治り具合も違うので、これまた薬の種類が違ってくる。
同じ袋に入った粉薬や同じ容器に入った水薬が、表面に名前を書いて渡される。大変ややこしい。家に帰ったら、粉薬のひとつひとつにイニシャルを書く。水薬に容器には、大きく油性のマジックでイニシャルを書いておく。こればっかりは間違えられない。
薬は水薬に粉薬を溶いて飲ませる、とか、粉薬だけの時はアイスクリームに混ぜると飲ませやすいとか、とにかく口に入れるための必殺技を教えてもらう。
そこで登場するのが、おちょこだ。何かに何かを混ぜるとか、水薬の容器のメモリとにらめっこしながら1回分の量だけ取り分ける時に使う。おちょこは、できれば同じ物ではなく、ちょっと形が違うとか、色が付いているとか、見て区別できるものがいいだろう。
薬用におちょこを登場させる時には、「マイおちょこ」として、リョウにはこれ、タイにはこれ、と、いつも同じ物を使うようにしている。
おちょこはおちょこ。なるべくお酒のため以外の出番が少ないといいね。
「スポイド」
これも、薬を飲ませる時にあれば便利。離乳食がスタートしていないあかちゃんに、水薬や、水で溶いた粉薬を飲ませる時に役に立つ。
水薬だけなら、親が手で乳首を逆さまに持って、乳首のへこみに水薬を入れ、口につっこめば、飲んでくれる。それに粉が混ざると、乳首の穴に詰まってしまう可能性がある。そんな時にスポイドが活躍するのだ。お腹の減っている時なら、上手に飲んでくれる。
この薬の飲ませかたは、小児科の看護婦さんに教えてもらった。スポイドも分けてもらった。
こどもが病気だ!お医者さんに行かねば!薬を飲ませるのか!いったいどうやって!?クニャクニャのあかちゃんがふたりとも具合が悪くなったら、親も混乱するのは当然だ。まずは薬をちゃんと飲ませることからケアははじまる。
「鼻水吸器」
6−5「まさかの入院おかあさんからの免疫はどこへ行った?」で紹介している。風邪の流行る時期になると、品切れになることが多いそうだ。
「マルツエキス」
便秘薬。水飴状で甘い。色は、みつ豆についてくる黒蜜の色。
ミルクに混ぜて飲ませたり、水で薄めてジュース代わりに飲ませる。腸にたまった便に水分を与えて、便が出やすくなる薬だ。
リョウとタイの場合は、1日に1回の排便がなかったり、鹿のフンのようなコロコロが4個、5個しか出なかったときには、"便秘"だと判断して与える。
便秘かどうかは、その子のリズムがあるので、必ずしも1日1回排便がなければいけない、とは言えない。たくさん食べて、食べる度に出す子もいる。
缶に入っていて、スプーンがついているタイプのものと、スティック状のものがある。個人的には、量の調節がしやすい缶タイプが好き。
「浣腸」
"かんちょー"この嫌〜な響き。でも、あかちゃんが、よく飲み、よく食べ、よく出す子でなければ、常備しておいてソンはない、と勝手に考えている。というのも、我が家のこどもたちは、皆、浣腸経験者だからだ。
マサミツはもともと食べる量が少なく、よって、カスになるものが少ないので、便秘気味だ。マルツエキスを飲ませても、3日目突入と同時に出なければ、食事を摂らせて腸を動かした後に"浣腸の刑"にうつる。
リョウとタイは、普段は快食快便だが、食事内容に繊維が足りなかったり、真夏で水分の殆どが汗となって出てしまったりするような場合は、コロコロの鹿のウンチが数えるほどしか出ずに2日目になろうかという時には、まず前述の"マルツエキスの刑"を行い、翌日に期待をし、それでもダメな場合は、浣腸となる。
綿棒浣腸(綿棒にベビーオイルを塗って肛門を刺激する)という手もあるが、それでもダメな場合に浣腸薬を使う。
新聞紙の上に寝かされ、浣腸の気配を察知したら、大泣きをしてなんとか逃れようとし、足をバタバタ、お尻を動かして抵抗する。お腹がスッキリした後も、浣腸をされた恨みにお腹の痛みや肛門の痛みが手伝って泣き続ける。
「ごめんな。ごめんな」と、言い続け、とりあえず出たウンチをトイレに流しに行き(そのまま放っておくと、もうひとりがさわりに来るのでとっても危険!)、後はひたすらギューと抱っこし続ける。
"浣腸の刑"でおかあさんは、水分をもっと摂らせるべきだった、とか、メニューが悪かったか、と反省することしきり。心の"刑"をいつも受けてしまう。
★ 移動手段★
「自家用車」
うちには車はない。私も夫もペーパードライバーだ。自家用車があればどんなに便利か、と思ったこともある。しかし、夫婦共々車に酔いやすい体質なので、車を買いたいと痛切に思っても、1日寝たらすっかり忘れる。
「おむつを1パック積んどいたら、どこへ行くのも楽よ〜」「オートキャンプに行ってきたん」などと聞くと、正直うらやましい。何よりも、急病になったときに、とりあえずこどもたちを車に放りこんで病院に向かえるじゃないか!これができないのが痛い。
しかし、チャイルドシートってのはつけはずしが面倒らしいし、うちは3つも付けなきゃならないし、成長すれば買い替えないといけないし……。というトリプルパンチが後押しをし、やっぱり車を買おうという気にならないでいる。
「タクシー登録」
自家用車がない代わりに、タクシー会社の無線登録会員になった。私たちが住む辺りは、タクシーはビュンビュン走っているので、空車を見つけるのも簡単だ。でも、会員になっておくと、名前を告げるだけで、迎えに来てもらう時の住所や建物の目印を、電話で言わなくてもいいので楽だ。
実はね、会員登録してから1回しかタクシーを呼んでないんだ。リョウとタイが同時に熱を出してしまった時には、じじちゃんが車で迎えに来て、病院まで運んでくれた。じじちゃんの車にはマサミツ用のチャイルドシートしか付いていない。そう、つまりリョウとタイは大人が抱っこする。ハイ、違反。勝手な解釈をしているかもしれないが、チャイルドシートを付けるのが物理的に不可能な場合は、取り付けを免除されるとか。
そのうち、タクシーにもチャイルドシートを搭載しているワゴン車なんかが登場して、指定した数だけシートを付けて迎えに来てくれるサービスも始まってくれればいいな。法律もどうせやるならそこまで徹底してやらなきゃ。そうなると、うちなんかタクシー会社のお得意様だよ〜ん。
「ツインベビーカー」
ふたり乗り用のベビーカー。これははずせない。年子の場合もこれがあると便利だそうな。聞くところによると、どうにかこうにか、ふたごたちが一人前にまっすぐ、ヨロヨロせず、よそ見せず、誰かに手をつないでもらったら一応歩けるようになるまで使い倒すので、これがボロボロになるそうだ。わけがわかるような年頃になると、前の席を取り合いしたり、後ろに座らせた子が前の子の髪を引っ張って離さなかったり……。戦いはベビーカーから始まるそうだ。
ひとり乗り用のベビーカーにはA型とB型があり、乗せられるあかちゃんの月齢が決まっていたり、車輪の大きさが違ったり、リクライニングの角度に差があったりする。なんだかいろいろと付属品があったり、じっくりパンフレットや説明書を読まないとわからなかったりすることが多い。なんてったって、あかちゃんがすわるところの布の色柄が豊富で、かわいいのからカッコイイのまで揃っているので選ぶのに目移りする。
それに比べて、ふたり乗り用のベビーカーといったら、1社につき1型しか作られていないのはなんだ!A社のは対面式(あかちゃん同士が向かいあってすわれる)ができるがC社のはそれができない、ということしか差がない。つまり選びようがないのだ。欲しかったら、ほとんど2台の内から1台を選択しなければならない。
私は、対面式にこだわらず、少しでも軽い方がよかったので、C社のツインベビーカーを購入した。これにふたりを乗せると相当重い。満1歳で体重が9キロくらいだと想定すれば、ベビーカー9キロ+あかちゃん9キロ×2人=27キロとなる。
マサミツの幼稚園の迎えに、ふたごたちを連れていく時、隣のクラスのおかあさんが言った。
「いやぁー、大きならはったなぁ。ちょっと、これ押さして。」
彼女は「よぉいしょ!」といいながらツインベビーカーを押し、2メートル程進み、方向転換して元の場所に帰ってきた。
「なにこれ!むちゃ重たいなぁ。回すのも大変や。よう頑張ってるなあ。すごい!」
おっしゃる通り。ものすごく重い。真平らに舗装されている歩道は、押しやすいが、路肩に向けてゆるいカーブのついている道や、ガタガタ道は、さらなる力が必要で、気を抜くと、コントロールできず電柱にぶつかったりもする。
90度のカーブならまだしも、180度方向転換しようものなら、道幅や障害物に最大の注意を払わなければならない。わかりやすくいうと、ひとり乗りのベビーカーとふたり乗りのベビーカーは、普通の車とリムジンくらい差があるのだ。
少しの段差を超えるべく前輪を5cm程上げるために、私は飛び上がり、宙に浮き、全体重をハンドルにかけてベビーカーを浮かせなければならないほど、やっかいだけど愛すべき車。だって、これなくしては、お出掛けは不可能なんだから。
我が家には、マサミツが使っていたひとり乗り用のB型ベビーカーもある。ふたごたちが使わなければ無駄になってしまう、と一度は嘆きながらしまいかけたのだが、そこは転んでもタダでは起きない神無月七夜!ひとり乗り用ベビーカーは、車輪をきれいに拭き、シートも洗濯してから家の中で使っている。ちゃんとおすわりができるようになってからの食事時間に、リョウかタイのどちらかを座らせるのだ。
ひとりが寝てしまって、もうひとりが起きており、抱っこしたままでは家事ができない時に座らせてお皿洗いを見学させるとごきげんさんだ。ひとりを抱っこヒモで自分の身体にくくりつけ、もうひとりをお下がりベビーカーに座らせて用事をする離れ業もできる。
ツインベビーカーは、どれくらいボロボロになるか、只今実験中。
「犬の散歩ひも」
ふたごたちがお腹にいる時に、マサミツが三輪車に乗りたい!と言った時、彼の愛車の後ろに"ひも"をつけた"犬の散歩三輪車"の話は3−1「夏を乗り切るワザ(1)」でしたが、ふたごたちが生まれてから、これの姉妹バージョンである"犬の散歩ベビーカー"を発案した。
前述のツインベビーカーの両側にこれまた"ヒモ"をつけるのである。右側と左側のヒモの色を違えるのがミソである。
ふたごたちをツインベビーカーの前後に乗せて、さらにマサミツを歩かせる時に使う。しばらく考えないと右と左の区別がつかない年齢なので、
「次、白いヒモ持って。次、青いヒモ持って」と、道を歩きながら指示をする。ただし、本人が疲れている時には、ヒモを持っても、さらにベビーカーが重くなるように進行方向とは逆に引っ張ることもあるし、歩くのをストライキしてベビーカーの一番前についている足を乗せる出っ張りに自分が乗ってしまう(つまり、マサミツは前に座っているリョウの視界をさえぎり、私と対面しながら楽チン)こともある。これをやられると総重量40キロを超える。
さて、ヒモのもうひとつのバージョンを手に入れたので書いておこう。これは、ふたご育児の情報誌に掲載されていた。ふたごたち自身につけるヒモ、まさに"人間の散歩ヒモ"だ。こどもの手首に巻き付ける方式のもの、リュックのようにヒモを背負わせる形のもの、さらに、背中に天使のように羽がはえているもの、などがあるらしい。実物をみて買ったわけではなく、「こういうものがあるから買ってほしい」と、リクエストしてふたごたちの1歳の誕生日祝いとしてじじちゃんばばちゃんにねだった。これの効果は、ふたごたちがまだ歩けないので計り知れない。
★ おもちゃ★
「上の子の新しいおもちゃ」
「ふたごだと、なんでもふたつ要る」それは本当。というか、ひとつあったら、ひとつを取り合いする。ふたつあっても、自分で自分の分を探すことができない間は、ひとつを取り合いする。
で、お兄ちゃんがいると、3つ要る。例えばミニカー。お兄ちゃんにはカッコイイ「F1」を、弟たちにはずんぐりむっくりの「ワーゲン」を与えると、お兄ちゃんはどっちも欲しい。弟たちも両方欲しい。だから、正解は、同じ物を3つにしておいた方がいいってこと。
そんな中で、例外もある。お兄ちゃんとあまり年の離れていないふたごが生まれた場合、おもちゃで"つる"ことも必要となってくる。ことあるごとにおもちゃを与えるのはいけないが、予防接種の注射を、泣かないで頑張ったごほうびに電車を1台、とか、ふたごたちが病気だから、お兄ちゃんまで家の中に缶詰になってしまう時には、おとなしく遊べるように新しいパズルをひとつだとか……。
おかあさんだけで買い物にでかけるチャンスがあれば、気に入りそうなおもちゃを2つ3つ買いだめしておくのも手だろう。ただし、隠しておいても見つかりそうな大きな物体はやめた方がいい。見つけてしまうと、理由もないのに新しいおもちゃを与えなければならなくなる。それだけは避けたい。
実は今、南海電鉄ラピートαとトワイライトエクスプレスを持ち駒として隠している。そう、ポケットに入るくらいのものがいいよね。
「リモコン」
テレビのチャンネル争いといえば、いち早く画面の前に出て「ガチャガチャ」と音を立てて丸いつまみを回すのが主流だった、私の小さい頃。
最初に家電製品でリモコンを搭載したのは、何だったのだろうか?またたく間にリモコンは家の中に、小さいけれど威張って存在するようになった。
テレビ、ビデオ、ステレオ、エアコン、扇風機……おっと、忘れていた無用の長物となるのは確実のレーザーディスク。我が家によらず、それらについてくるリモコンは、皆同じくらいの大きさをしており、かつ必需品となっている。
その中でも特別功労者はテレビのリモコンだろう。それをめがけてあかちゃんはやってくる。「なに?あの不思議な物体は?おいしそう!楽しそう。みんな、かわるがわるに触ってるヨ!ぼくたちも触りたいー!」と、きっと言っているのだろう。よだれをたらして彼らは突進する。
そんな時、あーちゃんが会社でいらなくなったビデオのリモコンをもらってきてくれた。これには感謝感激。赤や緑のボタンは付いているし、三角や四角のボタンもある。おまけに、よだれつけ放題、食べ放題、落としたっていいんだ、汚くなれば洗う。
しばらーくすると、「コレはどうやらホンモノではない、おかあさんの持っているソレを貸してくれ!」と言わんばかりに、親が必死に操作する方に興味を示すのだが、遊び道具としては限りなく本物に近くて大変よろしい。
どこかにいらなくなったリモコンはころがっていないか、あたってみるのもいい。
「かまぼこの板」
板も省資源化で、ついていない"かまぼこ"も見られるが、かまぼこの板に描く絵のコンクールもあるくらいで、板を不要とする人、必要とする人それぞれ意見が分かれるところだろうが、私はかまぼこの板が好きだ。
夫はお弁当に焼きかまぼこが入っていると嬉しいらしいが、その割にかまぼこをいつも買っているわけでもない私は、ときどき家にやってくるかまぼこを食べきると、ほとんどの場合きれいに洗って残しておく。
絵を描いて積み木を増やしてやる。鉛筆や油性ペンやマーカーを使って、本に出ている動物をまねてみる。失敗したらポイ!
一枚ずつにリョウとタイの名前を書いて、哺乳ビン休憩所にする。たくさんミルクを作りすぎたかな、一度ゲップをさせてからもう一度トライしてみよう。ちょっとその間哺乳ビンを置いておく……。というのは何度となくあることだが、ふたり同時にミルクをあげているときに、こういう事態が起こり、その時に同じ柄の同じ容量の哺乳ビンを使っていたら、必ずといっていいほど、ここに置いたのは誰の飲みさしだったかわからなくなるのだ。だから、名前の書いてある板の上にビンを置く。これでOK。
マサミツはケータイが欲しくて仕方ない。友達の「あたし、キティよ!」と声の出るピンクの携帯電話にずーっとずーっと憧れていた。しまいには、CMが流れるたびに「ケータイほしいねん」という。もちろん、父のケータイは触らせてもらえない。新聞の広告にケータイがいくつも並んでいるのを見つけ、宝物のように紙をしまっている。
なんでもないときにおもちゃを買うのは嫌なので、どうしようか、と考えていたところ、妙案が思い浮かんだ。そう、かまぼこの板。ちょうど手の中におさまりそうな細めの板があったではないか!
私は新聞の広告の中から、「どれがほしいねん?」と、聞き出し、はさみでていねいに切り取り、板に貼り付けた。勢い余って裏にも別の機種を貼り付けた。もう、これで大喜びだ。なんてったって、マサミツのケータイは裏も表もケータイなのだ。
「もしもし、ばばちゃんですか?はい、はい、あのー、わかりました。」
かまぼこ板ケータイはリュックの中に入っている。まあ、そのうち本物に近いものが欲しい!ってまた、言い出すんだろうけどね。
「おしゃぶり」
おしゃぶりの善し悪しはわからないが、どうみても、もう2歳にもなろうかというこどもがおしゃぶりをくわえて抱かれているのを見るのは好きではなかった。
結果、マサミツにはおしゃぶりを買い与えることはしなかった。彼には魔法の右手の親指があり、寝る時にはチューチュー吸って安らかに寝息をたてる。幼稚園に入っても、しばらくは、眠りにつく時にはかかさず吸っていた。
ふたごのリョウとタイは、お腹の中が狭かったこともあり、指吸いの練習は皆無だったらしい。生後2ケ月くらいまでは、親指を口のあたりに持っていき、吸う練習をしてみるのだが、いつもうまく口にはまらず、あきらめて泣いていた。
私としては、眠いはずなのに寝ないのは、指吸いをしないからだと勝手に理由付けしていた。おしゃぶりを買い与えたのは、指吸いの代わりにするつもりではなかった。その効果を確信したからだ。
病院に入院していた時、いつもの半分の量のミルクしか飲ませてはいけないと言われ、空になってからも乳首をチューチューし、眠れずに泣いていたことがあった。困った私を見て、看護婦さんが、おしゃぶりを貸してくださったのだ。
口に入れてやってもチューチューするのが下手くそで、はずれたおしゃぶりを何度も口に戻してやらねばならないので、相当根気がいったが、お腹が減っているのにミルクや食べ物を制限されている時には効果があるのだと悟った。
一応、これも消毒せねばならないものに含まれるので、それが面倒くさいのと、ふたりが上手におしゃぶりを吸うようになるまで、特訓する気力が私になかったので、いつの間にかおしゃぶりは使わなくなった。
その代わりといってはなんだが、タイはタオルを噛むようになった。寝る時にはタオルの端を探して「ハム!」と噛み、「ポンポン」と音を立てながら唾液でベトベトにする。
起きた時には、いつの間にかはずれたタオルをまた噛んで、捕らえた獲物のように引きずって「起きた!」とズリズリ寄ってくる。
おしゃぶり、買って損したかな。でも、あかちゃんの象徴のような写真も撮れたので、満足している。
★ その他★
「ダンボール箱」
これの利用法の例としては、7−5「放っときの術」でふたごたちを入れておくオリとしての使い道を述べた。その後、ふたごたちが1歳の誕生日を迎えた現在、ダンボールオリは、かろうじて元の形をとどめる無残な姿になりつつある。底はクッキーとおせんべいの食べカスが、マグマグのお茶によってさらに拍車をかけられ、こびりついている。ふたりしてオリの縁に手をかけてゆらし、立つ練習をするので、ヘナヘナのオリだ。ガムテープで何度か補強しているので、まあまあオリの役目は果たしている。
上記以外にどうやってダンボールを使っているかを紹介しよう。
ステレオ全体をいれて前面のボタン操作を阻止(おしりふきケース購入の箱)、電話の前面覆い(野菜ジュース24缶入りの箱)、新聞のストック(お中元のはっさくが入っていた箱。読み終わった新聞を袋に入れておくだけでは、袋を食べたり袋の上に乗ってぐちゃぐちゃにしたりするため)、おやついれ(缶ビールの入っていた箱。マサミツ用のおやつをストックして手の届かないところに置いておく)。
中でも"車"はこどもたちのお気に入りだ。これは、紙オムツ3パックを宅配で届けてもらった時の箱。車に見立てた形において、窓にするために、側面にふたつずつカッターで四角の穴を開けるとできあがり。
見向きもしない時もあるけれど、中に積み木を持ち込んで自分の城のように楽しんでいる光景を目にすると、私のダンボール使いもたいしたもんだと自画自賛。
「形状記憶シャツ」
7−2「ふたごとワイシャツとピンポン」でその効果は実証済み。
「せんたくばさみ」
海外土産でバイオリンのミニチュアがついたリースを時計の下にあしらっている私だが、実は、あまり室内のトータルコーディネートに真剣でない(センスがない?)。
こどもに外出先で急に食事をさせる時、手持ちのハンカチやミニタオルの端につけてエプロン状に早変わりできるような、首にまわせるヒモのついたかわいい形のクリップが売られている。私の場合、それはわざわざ買わない。手作りのクリップで間に合わせる。せんたくばさみの。
当然のように、カレンダーには予防接種のお知らせハガキや、シュークリームの安くなるチラシ、幼稚園からのお手紙などがせんたくばさみで止められている。
誠に、せんたくばさみは重宝。せんたくばさみにヒモをつけて、もう片方の端にはガラスやタイルにピタッとつく吸着盤にくくりつける。その吸着盤はベランダに出入りする戸の上部につけるのだ。これは"ベランダ締め出し防止"になる。洗濯物を干すためにベランダの一ヶ所だけを出入り口に使っているとしよう。エアコンをかけている、開けっ放しにしておくとハイハイであかちゃんが外まで出てきてしまう、など様々な理由で、自分だけベランダに出る機会があるだろう。そんなとき、きっちり戸を閉めてしまうと、いたずら好きなこどもは鍵をかけてしまう。そう、締め出し。それをひとつのせんたくばさみが防止してくれる。自分がベランダに出る時には、必ずせんたくばさみをサッシの戸がきっちりと閉まってしまわないように、窓枠の上側の出っ張りに止めるのだ。それだけでOK。
ちょっと目を離したスキに、こどもたちは思いもよらないとんでもないことをしでかしてくれる。ひとりがいい子で遊んでいたら、もうひとりも隣で一緒に遊んでいるとは限らない。見当たらない!と思ったら、必ず危険なことか悪さをしているものである。
ついつい、あれもこれも、と2節にわたってお送りした「家事便利グッズ」。新製品も買ってみたいやら、買って失敗するのが嫌やら……。
こどもが3人になって、おもちゃも洋服も増える一方だから、ゆくゆくいらないものになりそうなものは勢いだけで買うと、すべての収納をする家を買い替えなければならなくなるハメになるので、用心した結果、育児に必要なものを片っ端から買い揃えることに歯止めがかかっている。
何でもある便利な時代だけれど、こどもが小さい時にだけしか使わないものは、なんとか大きくなっても使えるようなもので代用できないか考えてしまう。つまり、貧乏性なんだ!