"ミルク置き飲ませ"
この言葉を聞いたことは、"ふたご"を産むまでなかった。しかし、この言葉の意味を理解しはじめると、私の中でフツフツとふたご育児をやる気が湧いてきた。
「オクサン!楽でっせ、やってみなはれ!ふたご育児に一番必要なんは、オクサン!あんたの体力や。なーんにもうしろめたい思いをすることはないんやでぇ!」
悪魔のささやきが呼応する。
マサミツへの授乳は、ピューピュー出ないおっぱいを飲ませ、吸い疲れて寝てしまわないように即刻粉ミルクを補充してやる、という情けないものだった。
不慣れな育児全般で疲れ、食べても食べてもエネルギーは母体の体力回復にまわり、おっぱいを作るまでには至らなかった。それを続けているうちに、おっぱいもポタポタになり、ついに粉ミルクのみの授乳になった。彼が6ケ月になった頃だった。
リョウとタイが生まれても、自分のおっぱいがピューピュー出るように変身するとはとうてい考えられなかった。ひとりぶんも満足に出なかったのに、ふたりぶんのおっぱいが出るわけがない、と初めから半ばあきらめていた。
断っておくが、努力しなかったわけではない。産院にいる間も、食事はもちろん残したことがなかったし、夜中に起きてケーキも食べた。それでも疲れが勝ち、とてもふたりぶんのおっぱいの源にはならなかった。
粉ミルクに全面的にお世話になることになったのは、リョウとタイが1ケ月半で入院したことがきっかけだった(「第6章第5節 まさかの入院おかあさんからの免疫はどこへ行った?」参照)。24時間体制で付き添い・泊り込みが必要だわ、付き添い人に出される病院の食事は少ないわ、点滴で水分を摂っているのでミルクの量を制限されるわ、のトリプルパンチでおっぱいは止まった。
そのお陰と言ってはなんだが、産院を退院する前日に看護婦さんより教えてもらった"ミルク置き飲ませ"を極めることができた。
文字どおり、ミルクを「置いて、飲ませる」この方法は、ひとりのあかちゃんを育てている人には縁のないものだろう。現に私はやっと名前がついたばかりのリョウを実験台に、看護婦さんがやって見せて下さった光景を見て目が点になった。
- あかちゃんを上向きに寝かせ、首から上だけを横に向ける
- タオルをくるくるっと巻いて、哺乳ビンの支えを作る
- ミルクの入ったビンの中ほどをタオルに乗せて、乳首をあかちゃんの口につっこむ
- あかちゃんがむせたり、乳首がはずれたりしないかジッと見守る
- ミルクが少なくなったらビンを傾けて最後まで飲ませる
注意点は、生まれたてのあかちゃんは、ミルクを飲むのに一生懸命なばかりに呼吸を忘れてしまうことがあるので、あくまでもジッと観察し、苦しそうであればすぐに乳首を口から外し、抱きかかえて背中をトントンとたたいて泣かせることだ。
まだミルク飲みの達人にはなっていないくせに、あまりに勢いよく飲みすぎて、口からミルクがたれることがあるが、寝ながらの姿勢なので、たれたミルクが耳に入らないようにしてやるのも忘れてはいけない。私はガーゼハンカチを薄く折って、ほっぺたの下に入れてやることで、これを解消した。
月齢が3ケ月になると、哺乳ビンの支えであるタオルは丸めても、ミルクの量が増えてビン自体が重くなるためにタオルはひしゃげてしまう。そうなると、あかちゃんの口と乳首の高さが合わなくなるために、支えとなるタオルを薄手のバスタオルに代えて高さを調節することが必要となる。
手をバタバタ動かせるようになると、動かした手がバスタオルに当たり、丸めた形が崩れて高さが保てなくなることがあるが、ちょうどいい高さであることを確認して輪ゴムで止めてしまうといい。ゴムが滑り止めの役目も果たし、バスタオルの形もあまり変わらないのでイケる。
初めて"ミルク置き飲ませ"を見た時、私は最初に軽いショックを受け、次に嵐のような不安に襲われ、そして拍手と感動で締めくくった。
軽いショック……
「あかちゃんにミルクをあげる時は、おっぱいをあげる時と同じように、優しく抱っこして、目を見て、語りかけるように……とちゃうの!?」
嵐のような不安……
「抱きもせんとミルクをあげて、ただでさえもおっぱいが出えへんしスキンシップが足りひんのに、"置き飲ませ"をして愛情は伝わるんか!?」
すべての気持ちを口に出した時、看護婦さんはこう言って下さった。
「愛情?ちゃーんとあかちゃんはわかるんよ。抱っこしてミルクあげんでも愛情は減らへん。絶対。ふたり同時にお腹減ったら、ひとりは抱っこしてあげて、もうひとりは手の届くとこに寝かして"置き飲ませ"したらええの。ギャーギャー泣かせたままやったらかわいそうやろ?抱っこするのを代わりばんこにしたらええの。」
「ああ……。」私は感動して拍手した。そして大きく安心した。
"ふたご"といえば、おっぱいはふたつあるから、ふたりを片手ずつに抱いておっぱいを同時にあげる光景を想像していたが、こんな方法もあるんだ!
どうしても母乳で育てたいとこだわる人には、不謹慎だろうが、私はおっぱいだけにこだわることはないという考えだ。おっぱいの出が悪いと、イライラしたり、落ち込んだり、こんなのであかちゃんはちゃんと育つのだろうかと不安になったり、これまたピューピュー出る人からは想像もできない心の葛藤がある。
"ふたご"だから手を抜くわけではないが、"ふたご"だから工夫をして時間や体力を有効に使うすべを研究開発していく姿勢が大切なのだ。
看護婦さんからの"置き飲ませ"の勧めを裏付けるように、リョウとタイを取り上げて下さった産院の先生も「そうしたらええ」と言って下さった。
「何よりも育児をするおかあさんの体力を維持するのが大事や。愛情は減らへん。自分はこのおかあさんから生まれたんや!って、ちゃーんとわかってるで。」
この言葉を信じ夫婦共々"ミルク置き飲ませ"を信仰するようになった次第だ。その信仰はあまりに厚かったために、ひとりを抱っこしてミルクを飲ませ、もうひとりを"仕方なく"置き飲ませをするはずだったにもかかわらず、私たち夫婦は"ふたりミルク置き飲ませ"までやってしまった。
われらがふたごのあかちゃんズは、お風呂上がりにたっぷりミルクを飲んでくれる。たぷり飲んでもやっぱり夜中にお腹が減って起きてしまうのだが、とりあえず、寝付くのにはミルクは必要。
お風呂にクニャクニャのあかちゃんを入れるおとうさんも大変だが、ひとりを受け取ってもうひとりを運び、少しさましておむつをすると、もうひとりを早くも受け取りに行かねばならないおかあさんも大変。その大変さを尻目に、マサミツは自分だけタオルの抱っこで迎えに来てもらえないのに文句を言い出す始末。
そんな一分一秒を争う事態の時に、悪魔がささやくのだ。
「ちょーっと!オクサン。ふたりとも置き飲ませしたらエエやおまへんかぁ。楽でっせ。ホイホイと乳首を口に突っ込んだらしまいでっしゃろ?その間に文句言うてる兄貴の面倒をみてやりなはれ。」
かくして、とりあえず"ふたりミルク置き飲ませ"をしてしまい、その甘美な誘惑に、スキンシップも目を見て授乳も吹っ飛び、別にてんてこまいをしているわけでもない時にもやってしまう"置き飲ませ"であった。
しかし、これも長く続かない。上向きに寝たまま頭を右左にブンブン振ることができるようになればピンチのまえぶれだ。最初にくわえさせた乳首の位置が微妙にズレてくる。少し首が動くと、バスタオルを丸めて作った哺乳ビンの支えからビンがずれて、口から乳首が外れるのだ。
そして、やがて本当のピンチに襲われる。足で敷布団を蹴って身体を動かすようになれば、ミルク置き飲ませはアウトだ。
「お腹は減っているが、動いてもみたい、右も見たいし左も見たい」わがままなあかちゃんズは、思う通りに動く。それに負けずにミルクを飲ませようとすると、もはやビンの支えとなるタオル類は用なしになり、親は両手に哺乳ビンを持ち、やつらの口から乳首がはずれないように移動する口にビンをついていかせて飲ませなければならない。時にふたりぶんの頭を股ではさみ、時に右足と左足をおもいっきり伸ばして90°の開脚をし、行く手をさえぎりながらの、それはもう絶対にお嫁に行けない、はしたない格好での授乳だ。
ああ、お嫁にはもう行ってるんだった。失礼。
まあ、お嫁に行く前のお嬢さんに、モゾモゾ動けるようになったふたごのミルク置き飲ませを教えるのは、やめたほうが無難だろうということだ。しかし、おかあさんが、動き出す前のふたご育児に"ミルク置き飲ませ"を活用するのは効果的であると言っておこう。
さて、この粉ミルク。猛烈なスピードで減っていく。離乳食が軌道に乗り、食べたものをちゃんと消化できるようになり、毎離乳食後に補充するミルクの量が減ってくるまでは、速度を増してミルクの缶が空いてゆく。980グラム入りの大きな缶が次々にリサイクルに出されるのだ。我が家の場合は最高速度1週間に大きな缶が4個空いた。加えて、粉ミルクは高い。でもこの子たちの人生の、ほんの数ヶ月の主食+副食なのだ。母乳がたっぷり出ないおかあさんにとって、粉ミルクに頼るより他はない。
世のふたごのおかあさん、ケース単位で粉ミルクを手に入れて頑張ろうではないか。
その粉ミルクで楽しむ方法を紹介しよう。
まずは、懸賞応募。M治のミルクを例に挙げる。
缶の裏に貼ってある賞味期限の印刷されたシールはとっておこう。シールをためて応募できる懸賞がある。2000年9月現在、シールを貼って会員になると試供品の粉ミルクがタダでもらえたり、旅行やギフト券が当たったりする。ふたを開けた時に入っている小さな冊子も残しておこう。動物顔のマークを集めてMハウス製やFリア製の服が当たる。懸賞には同じ会社の製品である、おでかけに便利なスティックタイプのミルクの箱やジュース、おやつなどについているマークも対象となる場合があるので、ことごとくためておくといい。
なにせ、ふたごなもんで、少なくとも倍のスピードで消費され、購入しなければならないから懸賞に応募できるチャンスも倍ってことだ。当たる確率も2倍だ。"みつご"には負けるけどね。
次に、空いた缶の利用法。
ミルクの缶には「開けてから1ケ月以内に消費してください」と、記載されているが、ピチッとしまるこの缶は密封性に富んでいる。だから、湿気を嫌うものを保管するのに適しているのだ。
ちなみに私は、干し椎茸、味付のり、せんべい、だし昆布、コーンフレーク、クッキーを入れて保管している。缶は積み重ねができるので、スペースがないときには保管にも場所を取らない。
保管だけでおさまらないのが粉ミルクの空缶のすばらしいところだ。
こどもがしっかり歩き、ちょっと走れるようになったころから、突如「台」が必要となる。その頃から、少なくとも洗面所とトイレの電気を自分でつけたがるようになる。スイッチに届かないからといって、その都度親がつけてやったり、届くように抱っこしてやったりするときりがない。その結果、自分で「台」に乗ってつけさせることになる。その「台」をミルクの缶で作った時、夫は「ここまでやるか?」と、参っていた。
ミルクの缶は円柱形なので、偶数個であると並べた時に納まりが悪い。足を乗せる上部の面積を考えると5個の空缶はゲットしておきたいところだ。缶の側面をきっちりガムテープでくっつけるだけでOKだ。こどもがひとり乗るくらいは楽々耐えられる台に早変わり。ただし、2段重ねはいくらなんでも危険なのでやめてね。
どう?すごいでしょ?
ミルク!ミルク!……母乳が足りなくてごめんね。でも大きくなってね。アンタたちのおかあさんは、充分におっぱいも出ないおかあさんだけど、次の空缶は何に使おうかと思案しながら頑張ってるぞ。
そうそう、この間、黄色の小っちゃいクッションが当たったよ。あと、2個当てなければならないので、頑張ってミルク飲みや!
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