あかちゃんの成長ほどスピーディなものはない。もちろん、そのスピードはお腹の中にいる時に最高速度を記録するのだが、この世に生まれてからも、こっちが寝ているわずかな間でさえも、背が伸びたり体重が増えたりしているのではないかと思える。
あまりにスヤスヤ寝ている時には「死んでるんちゃうか?」と、本当に心配になり、つついてみたり、鼻の穴に耳を近づけて息をしているかどうか確認したりする。鼻にピロピロの鼻クソがついていて、そのおかげで「スピョー、スピョー」と規則正しい呼吸音が聞こえる時は、近づかなくても単に寝ているだけというのがわかるので便利だ。
寝ている他は、"飲んでいる"または"出している"の生まれたてを過ぎて、少し覚醒している時間が長くなり、寝たまま首を左右に動かせるようになり……。もう寝返りをするのか!と身構えていたら、掛け布団を蹴り上げる練習をはじめる。何度掛けてやってもことごとく蹴り上げて、しまいには自分のお尻も少し持ち上げて掛布団から脱出し、やがて敷布団から落ちる。
こんなことをするのは、我が子だけかと思っていたら、どうやら全あかちゃんが布団蹴り、布団落ちの練習をするらしい。ベビーベッドに寝ているあかちゃんは、ベッドの柵に頭を打ち付けるということだろう。
私たちにとってはじめてのあかちゃんであったマサミツが、敷布団から落ちた時には、その5センチほどの高さが彼の頭に悪影響を与えないかと、えらく心配したものだ。
布団の頭上に座布団を敷いて少しでも段差を解消し、ミッキーマウスの起き上がりこぼしを布団の端に置いて、マサミツがミッキーに触れて「コロン」という音を立てるのを聞き逃さずに走って行き、マサミツを布団の中央に戻してやる、誠に手のかかるケアを熱心にしていた。
マサミツがだんだん布団の上部に上がってくるのを見張り番する役目のミッキーマウスは、特別に「番ミッキー」と呼ばれた。
私にとって、この「番ミッキー」を出動させなかったことが、ふたご育児の手抜きの始まりだった。
「お、お、落ちるぞ!」と夫が心配そうに駆け寄る。案の定、タイが布団から落ち「ゴン!」リョウも続けて落ち「ゴン!」
「どうすんにゃ、また番ミッキーするか?でも、これひとつしかないしな。」
夫はよだれかけをしたミッキーマウスを見つめて悩んでいる。
「しいひん。もうええ。落ちるだけ落ちたらええ。まあ、頭割れることはないやろ。」
夫は私の言葉に目を向いた。
「こやつ、ふたごを産んで一段と偉そうになったな!」とは口にしなかったが、正直なところは、こどもたちの母親の手抜き育児を責めるより、自分の妻の変わり果てた育児態度にビビッテいたに違いない。
ふたごたちは、自分で布団から抜け出した後、どんどん道が開けるのがわかったらしい。膝を曲げて床を蹴り、お尻を少し上げて畳の上をいけるところまで行く。つまり、ふすまや壁に「ゴン!」となるまで移動し続けるのだ。
なおも心配そうにみている夫に私は言い放った。
「放っとき!」
別に怒っていたわけではない。一日に何十回と懲りることなく布団から落ちそうになるふたごたちを、毎回落ちる前に布団の中央に戻してやれるのならいいのだ。ところが、それができるのは大人が2人以上いなくては無理。夫が昼間家におらず、マサミツの相手をしながら家事をする身では、はっきり言ってそこまで手が回らない。
すわってあかちゃんを抱きかかえ、布団まで運び、もうひとりを抱きかかえ、布団まで運び、さっき布団に運んだのにまた脱出され、追いかけ……。立ち座りばかりで、膝がカクカクしてくる。ジーンズは擦り切れる。
「よしよし、また布団から落ちるえ」と優しくしてやれることもあれば、ある時は「間に合わへんかった」になり、やがて「あれ、また落ちてたん」とケアの度合いが変わらざるを得ない平日。いつも抱っこしてもらい、布団に戻してもらえる土日。そのギャップに、ふたごたちはとまどうだろう。
「なんで、昨日は何回も抱っこしてもらえたのに、今日はダメなんだー」と、ビャービャー泣くだろう。あかちゃんでも理不尽はわかるのだ。
だから、1週間で対応が平均化するように「放っとき!の術」が生まれた。
おかげで、リョウとタイは自由自在に上向きのまま和室を動き回ることができた。そのかわり、後頭部は畳にすれてハゲる。ハゲたところに畳のイグサのカスがへばりつく。ああ、情けなや。
兄弟は平等に育てよう思っていたのに、このありさまだ。マサミツにはちょっと過保護、リョウとタイには放任主義。ふたごゆえに主義には徹底がはかられる。兄弟でも違うもんだ。
違うといったら、抱っこの回数は天と地ほどの差がある。マサミツは今でも抱っこが好きで、スキあらばよじ登ろうとするが、あかちゃんの頃から抱き癖がついていたわけではない。フニャフニャの頃には「寝た!」と思って布団に置いたら起きた、ということはあったが、一晩抱き続けて寝かせたという記憶もないので、一日中抱っこしていたわけではない。
それでも、ふたごたちの抱っこの回数といったら、涙を誘うあわれさだ。ふたりいるので、ひとりを抱っこしていると、もうひとりの目線が気になり「交代しよな」と言って、もうひとりを抱き、そこへ電話でも鳴ろうものなら、サッサと布団に逆戻りして、次回は「眠たいのに寝られない。抱っこせよ!抱っこだー!」と泣かないと抱いてもらえない。
「こどもが増えても親の愛情は減ることがない」なんていうが、抱っこに関しては違う。こどもの数で抱っこの回数を割ることになってしまう。
ふと、マサミツのあかちゃんの頃の抱っこの回数を思い出しながら、布団にころがしたままのリョウとタイを見ていると、大きくなってから「ぼくは抱っこしてもらってへん」と、文句を言われそうで気になる。それを理由に、意識して抱っこをするように心がけると、マサミツの恨めしい視線が痛い。
親としては、抱っこくらいちゃんとしてやろうという気になるのも当然だ。プヨプヨ時代のあかちゃんをもっと触っておこう、という単純な気持ちと、マサミツはたくさん抱っこしてあげたんだから!という言い訳で、たまに、
「こっちの部屋で静かに寝かせるしな。寝はったら一緒に遊ぼうな」と、言ってふすまを閉め、覆い被さってチュウをしたり、ギューッと抱っこしておく。回数の少ない分、密度を濃くしておこうという母心である。
そおーっとふすまを開けて様子を見に来るマサミツに、チュウの現場や寝かせつけずに遊んでいるところを目撃されると、
「あんたは、ずーっとずーっと抱っこしてあげてたんえ。チュウもいっぱいしてあげた。」と、言いながら、後で遊んでやるときにたっぷり膝に座らせたり、抱っこでベランダからの景色を見せてやることで穴埋めをする。
上の子は、下にふたりもライバルが現れたので、そうとう参っているはずだ。上の子のことを一番に考えてやれって言われても、限度がある。もうひとりで遊べるようになった上の子にしてみれば、ふたごたちへのスキンシップは相当多いと感じているだろう。なのに、その上抱っこもするのか!と泣きそうになり、それなら僕も!って話になるのも当然だ。
だから、ふたごたちを「放っとき!」とマサミツに聞こえるように言う。半分カムフラージュでもあるのだ。
「あかちゃんばっかりかまってませんよ。アンタもかまってるんだからね」と、計算高い母心。
ふたごたちが寝返りをし、ズリズリハイハイをし、グラグラのつかまり立ちをし、高速ハイハイをし、お膳の縁を頼りに伝い歩きをし……。目にみえる成長をし続けても「放っとき!」は続く。
「おかあさん、タオル食べたはるよ。」「放っとき!」
「おかあさん、マサミツの本カジカジしたはる。」「放っとき!すぐ行く!」
「おかあさん、もうすぐお膳の上から落ちはりそう!」「放っとき!ちゃう、きゃー大変!落ちはらへんように、守ってあげてぇ!」
ああ、放っとくのも楽じゃない。
考えてみれば、ふたごたちの行動を規制し、目の届く範囲に彼らを置けば、安心して放し飼いができるのだ。見えていても届かない場所であれば、ティッシュの切れ端、なぜか落ちているごはんつぶ、おかしの包み紙、床に置いたままのおしりふき等があっても、まだやつらは自分でその魅力的な物体に突進するできないので、こっちも都合がいい。
そこで登場するのがダンボール箱。この日のために解体せずにおいた、ふたり乗り用ベビーカーが入っていた大きなダンボールの一面をカッターで切り、ダンボール檻を作ってふたりを入れる。
このアイデアは、私自身が小さい時にダンボールにおもちゃと一緒に入れられていた写真からヒントを得た。
「ダンボールに入れられていてもこんなに賢く育ったやん。そやしええやんか」これは断じて児童虐待じゃあない。四六時中閉じ込めているわけではないんだもの。
床にマサミツがジュースをこぼした!ぞうきんの出動だ。でも、ぞうきんを取りに行くスキにやつらはこぼれたジュースに突進する。てな時に檻に入れる。
この檻に入るのはリョウとタイに限らない。マサミツは銀行ごっこやパズルをする時に、自ら檻に入って一心不乱に遊ぶ。ふたごたちはお兄ちゃんのしていることに寄りたくって仕方がないが、檻のふちにつかまって檻をゆらしながらいつか入ってやる!と意気込んでいる。
この檻、測ってみると95×55×40の大きさもある。置き場所はどうしているの?と思うでしょ。電話の横に立てて置くのがルールになっている。そうすれば、受話器に手をのばしても檻がガードするので一石二鳥。中に入れている時におせんべいを手に持たせたりすることもある。もう、ダンボールの床は、粉とカスだらけ。マグマグのお茶だってこぼれたりする。でも勇気を持って目をつぶる。毎日掃除の時に檻の床も吸い、濡れた時にはベランダで干す。
「神無月さんとこ、何やったはんの?あんな大っきいダンボール干したはる」と、不審に思われても気にしない。
新たにベビーゲートやふたりが寄り掛かったら倒れてしまう"とうせんぼ"を買わなくても、なんとかなる。ダンボール製の檻だもの、ふたりがかりで寄り掛かって倒して、近いうちに脱出するすべを編み出す。そのうち、しっかり歩けるようになって、行ってはいけない場所、触ってはいけないもの、食べてはいけないものの区別がつくようになるのだ。その頃までダンボールがとりあえず檻として機能していればいい。使えなくなったら古紙回収に出せばいいだけのこと。環境にも優しくて子育てもできる魔法の大きい箱。ダンボール大好き。
「おかあさん、タイとリョウがダンボールの紙、破ったはるよー!」おやおや、そんなことをしたら、底が抜けるじゃないか。
「放っとき!」
言ったものの、きっとそれを食べるだろうな、あと1分待って!破れたところをガムテープで修理するから!その前にトイレに行かして!なんてこった!こんなときにピ〜ンポ〜ンってお客さんや。
はあぁ〜。この「放っとき!」の術は効果があるのかないのか。親の気安めにすぎないかな。それにしても疲れる。
「放っとき!」って、誰かに言ってもらいたい。放っとかれて、ひとりでゆっくり過ごしたいな。ああ、これからまだまだ楽しく山あり谷ある育児の毎日が待ち受けているのに、そんなことは夢のまた夢。
そんな夢は「放っとこ!」