「結婚」に淡い期待を抱いていた頃。こんな妄想を描いていた。あえて「妄想」というのは、今考えると確かに「妄想」でしかなかったからだ。
うふっ!車の免許を取って、ガレージ付きの郊外の一戸建てに住み、キッチンには業務用とまではいかないが、相当大きな冷蔵庫があり、週末に黄色のナンバープレートのかわいい"軽"の車に乗ってダンナさまと1週間分の買い出しに出かける。
ダンナさまは5歳くらい年上で、日曜の夜はときどきレストランでワインを飲みながらディナーなんだ。「うふっ(ハートマーク乱れ翔ぶ)。」
現実は、淡い期待を抱く年齢をとうに過ぎたので、厳しくもなく甘くもなく、淡々と着実に始まった。
自家用車はない。どうしても車が必要な時はタクシーにお世話になる。集合住宅の3階に住み、キッチンには普通の大きさの冷蔵庫。その日に食べたいものを市場やスーパーで物色するために、毎日買い出しに出かける。
夫は1歳年下で、日曜の夜も家で湯豆腐を肴に冷酒をグイッと一杯。「も、一杯(ハートマークひとつ)。」
長らく世話になった実家を後に、"ふたご"を本来の家に連れて帰るには、この「現実」をじっくりと分析し、考察することが必要だ。それは"ふたご"を迎えるのになるべく都合がいい「理想」に近づける努力の第一段階である。この作業をしなければ「妄想」と「現実」とのギャップに悩み、「現実」は「理想」に近づくことなく、やがて"ふたご"育児は不戦敗となり、親の体力は余すところなくしぼり取られた上、自滅する。
"ふたご"を家族で育てるには何が必要か。絶対に譲れないものは何か。育児のために何かを犠牲にしなければならないのなら、何を一番にあきらめるのか。生活上のルール改正は必要か。住環境、食生活、人間関係までも視野にいれなければならない。今後の経済的予測を見直すことも必要であろう。
難しく言い過ぎただろうか?
しかし、あかちゃんを育てるのには多かれ少なかれ、上記のようなことを知らぬ間に考え、それぞれをクリアして毎日が過ぎるのだ。あかちゃんが"ひとり"だと「とりあえず」「一応」「なんとか」「まがりなりにも」できたことが、"ふたり"だと、すべて「無理だった!」の一言で済まさなければならなくなる。それはあんまりだ。
夫婦どちらかの両親と同居や二世帯住宅だったり、スープの冷めない距離に夜中でも飛んで来てくれる人材がいるような場合は、「折り合いが悪い」とか、新たに「介護」なんて問題も生じて来たりして、それはそれでまた別の苦労もあるだろうが、「人手」という意味だけで言えば、少し楽かもしれない。私たち夫婦のような核家族で"ふたご+やんちゃ3歳坊主"を育てる場合は、知恵や体力を総動員してかからねばならない。
「そーんな、おおげさな!!!」と思うアナタはあまーい!
おおげさかどうか、この節では"ふたご"がこれから暮らす家を、どう整備したらいいかを考えてみよう。結構、知恵も体力も必要ですぞ。
冒頭で述べた、私の個人的な結婚生活に関する「現実」の「夫は1歳年下で……」のくだりを思い出してほしい。
世の中の夫婦の年齢は、男性が女性を上回っている夫婦、その反対、同い年、のどれかであるが、実際の体力年齢は生年月日や見かけだけでは絶対に判断できない。"ふたご"が暮らす家にいてほしいのは、まさに「体力年齢の若いおとうさん」だ。
- 不眠の日々が続いても、元気に仕事をする(家事・育児もする)。
- 育児疲れの妻にやつあたりされても受け止める(家事・育児を手伝う)。
- 夜中にあかちゃんが起きても文句を言わずミルクを作ってあげる(夜中くらいは……と妻を寝かせてあげる)。
- 休日は掃除洗濯をひきうける(やった!といばらない。育児も忘れない)。
「夫は家政婦か?」という声も聞こえてきそうだ。その声には「NO!」と大声で言いたい。あくまでも「ふたりのこども」だから「ふたりで育てる」のだ。上の子がもののわかる年齢になっていれば、その子も育児に参加する。"ふたご"の場合は、夫婦共々、家政婦さん以上に時間を費やしてちょうどなのだ。
夫に何を望むかは、挙げればきりがないが、簡単に外出できない身の妻をどこまでフォローアップできるかという点に限っては、夫の体力にかかるところが大きい。
妻が仕事を持っている場合でも、専業主婦でも、家で商売をしていても、妻が産休の期間中も、すべての場合にあてはまる、"ふたごの父親として"備えてほしいのが「体力」である。体力に自信のない人には、せめて「心意気」は持ってほしい。
手始めに、私は、マンションに帰る1週間程前に、夫に言った。
「大掃除しといてな。エアコンのフィルターもきれいにしといて。ベランダも掃いといて。網戸も拭いといて。障子のサンも結構ほこりたまってるしな。お風呂もな。」
「な。」がついているが、これは命令だった。
あかちゃんがいる部屋は、清潔を保たなければいけない。床に敷かれた布団の周囲はホコリの海だ。ベビーベッドになると少しはマシだが、舞い上がるホコリの元を断たねば話にならない。
ところが、1日1回掃除機がかけられるかどうか危ういのが"ふたご"のいる暮らしだ。だから、気持ちの上で、せめて最初は1週間くらい掃除しなくても"きれい"を保てるくらいのレベルで大掃除をしてほしいものだ。ダスキンを呼んだことはないが、ダスキンくらいにきれいにしてほしいのが妻の望むところだ。
本当は、あと1ケ月先にやってくる年末の大掃除を、夫ひとりに押し付けるかのように、他の場所も掃除してほしかった。換気扇、ガス台、流し台の排水口、鴨居、額の背中までも。
大掃除の基本は、「すみずみまできれいに」であったり「普段掃除しないところもきれいにしよう」であるが、あかちゃんが暮らす家の大掃除は趣旨が違う。「床やすき間も徹底的に」と「手の届く範囲には危険物は置かないでおこう」が加わる。彼らは、寝返りが上手にできるようになると、その小さい細い指で、大人の絶対に取れないホコリや紙くずをかき出して、食べる。汚くてもまずくても「ベエー」とすることがない。なんとなく口がモグモグ動いている時は、必ず何かが入っている。ゴックンすると危険なものは絶対に手の届くところにあってはいけないのだ。発見した時は、どんな太い指でも、どんなに泣いて抵抗されても口の中をこじ開けてかき出す。
やがて、つかまり立ちができるようになると、あらゆるものに手を伸ばして、また味を確かめる。ちょっと置いたつもりのモップ(これ、おいしい?)。テレビのリモコンは、万人のあかちゃんにとって魅力的だ(それ、噛みごたえはどう?)。
念入り掃除の箇所は、畳と畳のすき間、フローリングの溝、じゅうたんから一本出た糸、たんすの裏、押し入れの中なども対象だ。
床に近いところに置いてあったビデオが動かなくなったので、修理に出したらボールペンが出てきた友人宅。熱心に遊んでいると思ったら、ふすまの溝にたまるホコリを集めていたマサミツ。CDラックから手の届く範囲のCDをすべて出して、ケースとCDと歌詞カードをバラバラにした、これまたマサミツ(3年経っても戻せていない、涙)。ビデオテープも同じく。押し入れが開くと、「開いた!それっ行け!」とばかりに突進するリョウとタイ。
「ティッシュを1箱分出した」「ちぎった新聞の海になっている」のようないたずらですんでいるうちはいいが、電気のコードをカミカミ、とかコンセントにものをつっこむことをし始めると危険である。
コンセントには「コンセントキャップ」という差込口をふさぐ役目をするプラスチックキャップや、コンセントごとカバーできる「コンセントガード」なども売られている。引き出しや開き戸、冷蔵庫を開けられなくする「戸ロック」も市販されているので使ってみるのもいい。
しかし、友人宅のあかちゃんは、思いもよらぬ、上の子の貼った粘着力が低下したシール(こどもはシール貼りが大好き)を口の中の天井にへばりつかせていたそうだ。普段ではなんでもないものも、簡単に危険なものにしてしまうのがベビーマジックだ。
"ひとり"の場合だと、「アブナイ!」と思った瞬間にすぐ助けに行けば危険は免れるかもしれないが、"ふたり"の場合はたいてい一緒に悪さをするので、大人がひとりだと手が足りない確率が高い。
ちょっとしたすきにマサミツの後をおいかけて、ハイハイで玄関近くまでたどりついた我が家のふたご。「リョウがサンダルを食べている、タイが運動靴をかじっている。さあ!どっちを先に止めさせるか!?」というような究極の選択をしょっちゅう迫られる。
「ここから先は行ったらアカン!」場所に設置する「ベビーフェンス」なるものもある。大人がラクラクまたげる高さの"とおせんぼ"なのだが、その多くはつっぱり式で固定するものだ。階段の上がり口や、キッチンへの入り口などにつけると効果的らしいが、"ふたご"の場合は、ふたりしてこのフェンスに力をかけて寄り掛かるので、フェンスごとバタン!と向こう側に倒れて、かえって危険だ、と3歳のふたごのおかあさんに聞いた。
「なにも、寝返りをしたり(5―6ケ月頃)、立ったりできる(8―9ケ月頃)先のことまで考えて掃除をしたり、対策を立てなくたって、それはその時に……」と、思っているアナタ!その頃、バタバタするのなら、今しておくんだ。第一その頃、体力は育児に盗られて残っていないぞ。
ブラシ付きの掃除機と段ボールは捨て難い。掃除する時にはサッシの溝もきれいにするように心がけている。勝手にスイッチを入れて、井上陽水を聴いてしまうリョウのために、ステレオの前面には段ボールで囲いがしてある。
季節が寒くなる方向であれば、フローリングにはパネルカーペットを敷いておくのはどうだろう。我が家では、マサミツがおすわりできるようになり、積み木を放り投げるようになってすぐに、階下のお姉さんから苦情をいただき、購入に至った。裏面がゴムになっているので、床に敷いてもカーペットごとすべることはないし、階下への音も吸収する。何か(お茶、ジュース、ゲロ、おしっこ、うんち)をこぼしても、その面だけをはずして洗えばよい。
色や柄もたくさんある中から選べばよいが、なるべく毛足の短いもの、目のチカチカしない物を勧める。ただし、アトピーやアレルギーを持っているあかちゃんの場合は、医師にご相談を。
第三者から見れば、夫の"ふたご"と暮らす家の整備に取り組む態度は、100点満点であることを記しておこう。これは、夫は学生時代に一人暮らしを経験していたことと、結婚してからも私が甘やかさなかったことに起因する。
夫の、あれこれの努力の後、早産の危機に見舞われて、そそくさと実家にやっかいになりに帰ってから3ケ月ぶりに、私は身を3つにしてマンションに帰ってきた。そのとたんに、本格的育児戦争になだれ込んだ。
マサミツは久しぶりに会えた恋人のように、マンションに置き去りのおもちゃを次々と手にとり、その全部を愛でながら、私と一緒に遊びたがった。味方に足を引っ張る奴が出現したのだ。こうなることは予測されていたとはいえ、先が思いやられた。
"ふたごの理想の父親"として上がった株も、毎日の家事の効率化を図っている妻の心が理解できなければ、株価は下落する一方だ。"ふたご"の父親でなくても、ややこしい年頃のこどもがいる家庭では、妻がどんな立場にいようとも、協力できることには逆らわずに、すぐ手助けをしてもらいたい。
いつまでも協力しないでいると、日曜の昼食を作るとか、自分の部屋は自分で掃除するということを、どれだけ夫がやっても報われない結果となり、妻は育児にしばられているストレスを理解してもらえない!と、夫にくってかかることになる。
一般論だが、体力の面で男性は女性より優位にたつことが多い。夫が健康ならば、妻より優れている体力の分だけ育児関係にまわして、暮らしを整えよう。
最愛の家族で暮らす家があるだけで幸せなこと。第一歩を踏み出すのは大変かも知れないが、やがて楽しい毎日につながる。あかちゃんが住み良い家は、大人が住みたいと考える家とは違うことが明白になるだろう。でも、そのうち、あかちゃんの住み良い家が、自分にも住み良い家に変わってくる。
「現実」が「理想」に近づくのか?「理想」が「現実」に歩み寄るのか?どちらなのかただいま検証中だ。