6.6 ふたごの母整体に通う


 

「はい、フーッと息を吐いてぇ。そう、こっちの足は伸ばしてぇ……。」

この言葉の後に、私の背骨はこう音を立てた。なんとも文字で表現するのが難しいのだが、強いて書けば、「ピキッ!バキバキ!ミシミシ!ボキボキボキッ!」だ。

当の私は、自分の耳に入ってくる自分の背骨が立てる音と、自分の身体の内部から反響して耳に届いたきしんだ響きと、頭蓋骨まで及ぶ振動を、一度に受け止め、 「ヒャーググー、ウウウウウウゥ」と口から発したきり、5秒ほど息が止まった。

「エーッ!行っとき(行っておいた方がいいよ)!気持ちええし、こんな時ちゃうと行けへんやーん!」

と、すでに結婚していた友人に勧められた"結婚前全身美容エステ"なるものも行かずじまいだったし、温泉に行っても、"マッサージ"してもらったことがない私だったので、"エステ"と"マッサージ"は、どこがどうちがうのかわからない。

他にも"あんま"や"指圧"と呼ばれるものもあるが、それも未経験。無知な私は全部をひとくくりにしてしまっているので、それぞれの専門家の方にははなはだ申し訳ない。

その私が、言葉だけは聞いたことがあった「整体」を初体験した。

「整体」が始まったばかりの、ほんの10分前は、"結婚後エステコース"に行ったみたいで「ちょーっと、ええやん」と軽い感動を覚えていた。

白い清潔なベッドはうつぶせになっても鼻はひしゃげず、息もちゃんとできるように、顔のところに穴があいている。その穴をふさぐように、よだれをたれてもいいよ!と言わんばかりの薄いタオルが敷かれていた。

待ち時間の間に、パジャマに着替えている本格的な人もいたが、私は、上半身は長袖のババシャツの上にブラウスをはおり、下半身は普通のズボンの下にタイツをはいていた。そのまま戸外に出ても恥ずかしくない格好だ。

ベッドに横たわる前に、いつもつけている産後用ウエストニッパーと骨盤ベルトをはずして、スボンのファスナーを下げるように、ちょっと厳しい顔つきの白髪の先生に言われてので、その通りにしていた。

背骨にそって力強く、掌が往復する。温かいというより、発熱しているような手だった。撫でているように見えるが、掌ですべりながら押しているのであり、それが筋肉をほぐしている。骨の具合も同時に診られているようだ。

肩のあたり、首の後ろ、太もも、ふくらはぎ、足の裏……が順にほぐれていく。気持ちいいというより痛いくらいの感覚だ。

冬になると血液の流れが悪くなり、末端冷え性で、身体全体が寒さに縮み上がる体質の私は、掌で力強くさすられて、血行が良くなっていくのを感じていた。

「整体って、こういうのか……こりゃ結構ええわ。もうちょっとやさしくしてくれたら寝られるのになぁ」と、思っていた矢先に冒頭の、

「はい、息を吐いてぇ。そう、こっちの足は伸ばしてぇ……」で、目から星が飛び出ることになった。

かくして、背骨を構成する腰椎の一番下の骨がズレている、と診断された私は、1回15分4,300円の整体に通うことになった。

「整体」は医師の行う医療でもなく、法で認められた医業類似行為(針、灸など)でもない、一般にいう法に基づかない医業類似行為に属するので、保険は効かない。

はっきり言わしてもらおう。「儲けすぎやん!」

とんだ出費だが、今治しておかないと、将来腰がもっと悪くなり、そうなると、膝まで悪くなるだろう、と言われてその気になった。

産後に整体や整骨、整形外科などに通う人はめずらしくない。

経膣分娩であかちゃんを産んだ場合、あかちゃんを通すために、骨盤はゆるむ。あかちゃんが尾底骨を変形させたり、出産の際、恥骨の靭帯が広がってしまい、そのまま産後も痛みが残ることは多いらしい。それらを元どおりにするために、ウエストニッパーや骨盤ベルトをつけるわけだが、間違ってズレて骨盤が閉まってしまったり、元どおりに戻りきらなかったりする場合だってあるのだ。

"ふたご"の場合は、お腹にあかちゃんをもっている段階から骨盤に負担がかかる。何よりも普段と姿勢が著しく変わるので、背骨は身体全体を支えるために多少形を変えざるを得ない。背骨の周りの筋肉もゆるむので、これまた背骨に影響を及ぼす。

私は退院してからも、脚の付け根や骨盤がカクカクしていた。産院に入院している間も、階段は昇り降りができなかったくらいだ。じっとしていれば少しずつマシになってゆくだろうけれど、3キロのあかちゃんを上げ下げするときに、つい中腰になってしまうし、いけないとはわかっていても、あかちゃんを抱いたまま膝で歩いたりすることも多い。"ふたご"だから身体に良くないことも2倍なのだ。これじゃあ治るものも治らない。

今後の育児のためにも、まずは私の身体をしっかりと治しておかなければ、と思うようになって、半信半疑で整体に行くことにしたのだ。

はじめは1週間後、その後は10日後、2週間後、3週間後と間をあけて通うことになり、合計12回で終了に至った。

急激に治してもらったので、整体に行った日は入浴禁止。身体が少しダルく感じるのが翌日まで残る時もあった。それでも、回を重ねるにしたがって、足腰が楽になってゆく。

時間が経てば自然に治るものもある、何か治療行為を受けることによって、その時間が短縮されることもある。それにも増して、不具合に原因があるのなら、元を断つのが正しい選択だ。

実は、私の背骨は、"ふたご"を産んだから悪くなったわけではなく、いつとは限定できないが、こどもを産む前から悪かったらしい。椅子に座ったままの仕事をしていたとか、立ち仕事を続けている人に出やすい症状らしい。パソコンのオペレータやインストラクタをしていたので、ぴったしカンカンだ。

俗にいう"お姉さん座り"は左に足を出す方のは苦手だった。それは、指摘された背骨の箇所が悪いから、自然に身体がそうさせた、ということだ。本当は、背骨の悪いところを治してから妊娠すべきだった、と言われる始末。

「そんなこと知るかぁー」と言うばかりだ。妊娠しようとする前に、背骨の悪いところを自主的に見つけ出そうとする人がどれくらいいる?

自転車に乗れるようになったのは、産後5ケ月目だった。身体や骨への振動を少なくするために、「タイヤにいっぱい空気を入れて乗りなさい」と言われた。

「自転車の前と後ろにこどもを乗せて、おんぶでもうひとり背負っているおかあさんを見たことがあるけれど、アレはやめたほうがいい」と、私のこどもが合計3人であることを聞いてアドバイスもいただいた。

そうや!歩かせるには少し遠い距離に、3人を同時に運ぶにはどうしたらいいやろう?自家用車のないペーパードライバーの私は、リヤカーを引っ張るしかないのだろうか……と、足の裏をモミモミしてもらいながら考えたりした。

通ううちに、自分の番がまわってくるまでの待ち時間は、私のひとときの息抜き時間になった。そのうち、整体の先生とも仲良くなって、風邪の時にはこういう漢方薬がいい、とか腹筋体操はこういうのをすればいい、など整体とは直接関係ないことも教えてもらった。結構得ることも多かった整体タイムだ(高いお金を払っているのだ。口は休めずにいろいろと質問してみた。私ってセコい?)。

「ふたごを産めたということは、育てられるっていうことやから、がんばりなさい」と、励ましてもらったりもした。思わぬところで育児を応援してもらって嬉しい思いもした。

「同じ箇所が3日続けて痛かったら、また来なさい」との言葉でしめくくりとなり、めでたく整体は卒業した。やったぁー。

身体の他の場所はいったいどうなったか。ついでに語っておこう。

前に、お腹がどんどん大きくなって"妊娠線"が出た、と書いた。"ふたご"であったから当然のように"妊娠線"が出て、それはミミズの行進のようだ、とも書いた。

お腹がしぼんだら、それはどうなったか?知りたい?知りたい?じゃー、教えましょ!

「妊娠線は消えないのだぁー!」(悲しみが混ざった叫び)

色は薄くなった。でも消えない。本当にしぼんだ風船のように横線のシワシワが残る。腹筋はまだ戻っていない。今後どうなるかは今のところわからない。ビキニは絶対に着られない。ビキニもどきの水着も絶望。

おへそは定位置を覚えていたが、大きさは忘れたようで、細長くシュッとした私のおへそは姿を消した。お腹の脂肪をとって、たるみをなくしたら、もしかして前の形を思い出してくれるかも知れない。ちょっと期待。でも、期日指定はない。

お腹にいたのが"ひとり"で、経膣分娩であかちゃんを産んだ場合、産後体操と呼ばれる腹筋体操を含む足腰の体操は、足首をまげのばしするというような軽いものであれば、産院にいる間から始められる。私は、ヨボヨボのお腹の皮を見て、すぐにでも腹筋体操をしようと思ったが、お腹の筋肉はただの脂肪に変わり、身体の支柱である骨はカクカクしていたので、とうていできないでいた。

整体の先生に聞いてみたところ「腹筋体操は背骨や骨盤がほぼ治ってからでないと無理」とのこと。ためしに、体育の時間によくやらされた頭の後ろで両手を組んでやる腹筋体操にトライしてみたが、むなしい結果となった。絶対に両足は宙に浮くことがなかった。先生から腹筋体操の許可が出たのは産後5ケ月半まで待たねばならなかった。しかし、許可が出たからといってすぐに体操ができるほどヒマではないのが"ふたご"のおかあさんだ。「体操するぞー!」と意気込む体力さえなく、横たわれば全身にゆきわたる疲労という疲労が沈んで布団に染み込んでゆくように、ダラーンとしたままになる。

あらためて、"ふたご"を持っていたこの身体を尊敬し、いたわる気持ちがあふれる。それと同時に、失われた青春や若いパワーあふれる肢体まで(さかのぼりすぎだけど)思い出してしまう。

それにしても髪はよく抜ける。持っただけ抜ける、というと言い過ぎだが、近いものがある。洗面所に散らばる抜け毛を見たら絶句する。これは"ひとり"を産んだ時もそうだった。

「なんとか安産大百科」の本には、「髪は普段でも50本くらいは抜ける。女性がこどもを産むと、ホルモンの関係でそれが2〜3倍になる」と、書いてある。そう思って見ると、勘定すればそれくらいになるように思える。"ふたご"だと量が多くなるか"ひとり"を産んだ時と変わらないかは、勘定する根性がないのでわからないままだ。まったく、髪の薄い男性が聞いたら身の毛もよだつ話だ。

髪は、抜け続けると深刻だが「だいたい3〜6ヶ月くらいで抜け毛は減ってくる人がほとんどだ」と、例の本に書いてあったのでちょっと薄めの人もご安心を。

恥ずかしながら尿モレ(失禁)も経験した。これは、分娩時間の長短に関係すると思われる。マサミツひとりを産んだ時、17時間の陣痛に耐えたので、産んでからしばらくの間もくしゃみや咳と同時に尿モレが起こった。"ふたご"を産んだ今回は、8時間の陣痛だったので、尿意の麻痺は避けられたようだ。

尿モレは膀胱の括約筋が出産時にゆるんでしまうので、排尿のシステムが上手くいかなくなり起こるれっきとした病気。

個人差があるが、症状は訓練で多少改善される。産院にまだいるときに看護婦さんに教えてもらった体操をすると効果的だ。寝ている時でも起きている時でも、何かをしながらでも、「おしり、子宮口、おしっこ」と心の中で唱えながら順番に締める。毎日続けると治っていく。トイレでおしっこをしている時に途中で止めるのもいいらしい。

出産経験の有無にかかわらず、高齢になるとこんな症状が出やすいらしく、どうせなら出産を期に訓練の練習をしておくのもいいだろう。

妊娠後期に足首にソックスのゴムの跡がつくくらいのむくみがあったが、それは、すっかり消えた。もともと妊娠中毒症の症状もなかったし、むくみも心配するほどのものではなかったので、あの程度ならすっかり消えて当然といえよう。

客観的外観としては、"ふたご"という重い荷物を降ろすことができて軽くなったが、肉体的にエネルギーはいくら補給しても消耗する方が断然多く、よって、精神的にも追いつめられているような感じを持つことがある。

自分以外の人が楽しく遊んでいたり、趣味に没頭していたり、つまりはストレス解消行動をしているのを見たら、フツフツとイライラが沸いてくる。

でも、イライラは長く続くことはない。リョウとタイという現実が目の前にいて、刻々とエネルギーを吸い取っていくから、イライラをつのらせるには至らないのだ。ああ、無情。

もっとも、私に甘えてくるマサミツの相手をしていれば、ころがっているだけのリョウとタイもだんだんこれに近づいていくんだと思えて楽しいし、今はプヨプヨのあかちゃんの時期を存分に楽しもうと、一日に一瞬か二瞬思うだけでイライラが帳消しになる。

さあ、プヨプヨはやがて4キロになり、5キロになり、6、7、8キロに育っていくぞ。ダブル抱っこ(いや、トリプル抱っこか?ウッ、想像しただけでめまいが……)の日も近い。足腰きたえて、骨、筋肉もきたえて、それっ!体力が資本だ。

エンジン全開!ブルブルブルルルル……シューゥン。 ちょっと待った!ダウンしたらあかんでぇ!





                 

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