産院から退院してきた日、マサミツはハナを垂らして、少し咳をしていた。微熱もあった。あれだ。あれをもらったのだ。あっちゃー!!と思ったが時すでに遅し。
我が家のふたごちゃんがそろって入院してしまった。病名はなんと"肺炎"。生後36日目のことだ。
急に具合が悪くなったわけではない。リョウの右側の鼻の穴から鼻水がテロッと出始めたのは生後22日目のことだ。つまり退院して5日目である。
風邪か!?あかちゃんはおかあさんから免疫をもらって生まれてくる、っていうんじゃないのか?でも、風邪はひくのか!あかちゃんはスクスクと大きくなると信じていた私は軽いショックを受けた。
ハナを垂らしているマサミツを隔離しておけばよかったのだが、そうもいかなかった。止めるのも聞かず、彼は「リョーチャーン、ターイチャーン」とベタベタしたがった。おおいかぶさりそうになるのを必死に阻止し、チューしそうになるのを「あかーん!」と止めた。でも、おしっこもうんちも間近で見たがったし、ミルクのビンさえ持ちたがった。
はっきり言ってマサミツはむちゃくちゃ邪魔だった。しかし、彼にとって新しい泣いたり動いたりする人形が、ふたつもやってきたのを受け入れてくれたことが、私としては嬉しかったし、何よりもたたいたり、蹴ったりしなかったので「可愛がってくれてるんやー」と安心しすぎたのが悪かった。
リョウの熱を測ってみると、37.1℃ある。どの子にも当てはまるわけではないが、こどもの発熱は37.5℃を境に"ある"か"なし"かを判断するといいらしい。お気楽に「熱ないわ!」と言い切りたかったが、ハナは出ている。
あかちゃんのハナが出たら、綿棒を鼻の穴に入れて、ハナを取ってやるといいが、今回はそれではおさまらないようだった。
あかちゃんの鼻詰まりがひどいかどうかは、おっぱいやミルクを飲む時に、何度も乳首を口から離し、息継ぎをするかどうかで判断する。ダラダラ出てくるハナを取るには、あかちゃんの鼻吸器(チューブの端をあかちゃんの鼻の穴に当てて、もう片方の端を大人が加えて思いっきり吸うと、途中にある鼻溜ボトルにハナが溜まる。大人はものすごく疲れるし、あかちゃんはものすごく嫌がって泣き、またハナが出るけど……)で吸ったり、小児科で取ってもらう(鼻吸器の機械版がある。これは見ていて気持ちいいほどハナが溜まるが、あかちゃんは当然大泣きする)といい。
あかちゃんを簡単に小児科へ連れて行くと、他の病気をもらってきたりする恐れもあるので、二の足を踏んだが、リョウにはマサミツから風邪がうつっていることは、ほぼ間違いないので、考えた挙げ句、早すぎる小児科デビューをした。
はじめての子なら、どこのお医者さんへ連れて行くか悩むだろうが、2番目以降のこどもはこの点楽だ。マサミツのかかりつけの小児科へ行く。
はじめての子であっても、遅かれ早かれ予防接種などで通うことになるのだから、近所の小児科を選び、いざというときの大病院もついでに調べておくといい。近くに住んでいる人にこの辺りでいいお医者さんはないか聞いてみるのもいいだろう。幼稚園に行っているくらいのこどもを持つおかあさんに、どこへ通っているか聞いてみてもいい。
知り合いにお医者さんがいないか、同じマンションにお医者さんが住んでいるか、なんかも、実際にお世話になるかどうかは別問題としてチェックしておくと安心。
結果はやはり風邪だった。たぶんお兄ちゃんが原因だろう、とのこと。
- お兄ちゃんはできるだけ離す。別の部屋で隔離したほうがいい。あかちゃんを触らせない。
- 鼻水のついた手であかちゃんを触らない。こまめに流水で洗う。
- お兄ちゃんのタオル、ガーゼ、ティッシュなどと別々にする。
- 38.5℃以上の熱が出たら、夜中でも救急外来に連れて行く。
- ミルクの飲みが悪くて、機嫌もよくなければすぐ受診する。要観察。
薬をもらってハイおしまい、と思っていたのに、深刻だ。
リョウは、生まれたばかりで抵抗力はゼロに等しく、しかも38週でこの世に出てきた2312グラムの未熟児だったから、重ね重ねの用心が必要ならしい。先生は慎重だ。
それでもすぐに治るだろうと思った私はさらに甘かった。5日後にはタイの鼻水も出てきた。咳までコンコン。
"ふたご"が同時に病気になったら大変だろう、と想像はしていた。親は夜も眠れず、心労もたたりクタクタになる、とだけ思っていた。しかし、実際はちょっと違った。
病気のこどもが"ふたご"の場合は"勘"が狂うのだ。
同じ年齢のこどもが、少し時間差はあるとはいえ、同時に病気になったら、同時平行で看病しなければいけないのは当然なのだが、"ふたご"とはいえども個々の人間なので、同じ時間に同じ体温になるわけでも、同時に咳をするわけでもない。加えて看病する親も人間だから、つい症状の重い方に手厚くしてしまう。
咳の多い方、熱の高い方、鼻水のよく出る方……に、よしよしよし。
その時、リョウは熱もなく、咳も出ず、実によく寝た。ミルクを吐くこともなく、すやすやと寝ている。
「薬が効いているんだ。熱も下がったし、ミルクはあまり欲しがらないけど、眠たいから寝てるんだ、体力をためてるんやー」と、思ったのが大間違いだった。
- ミルクの飲みが悪い=ミルクを飲めないほど体力低下
- 咳は出ない=咳を出す力もないほど弱っている
- よく寝る=ぐったりしている
だったんだー!!おとなしくしていると喜んでいる場合ではなかったのだ。ああ、浅はかな母!!
夜中にヒューヒューいう咳をし出した。息を吸う時も吐く時もヒューと音をたて、あごを上下させている。その朝ミルクを飲まなくなったので慌てて小児科に連れていったら、すぐに大病院に行けと紹介状まで付いてきた。
こういう小さい子は短時間で容体が急変するので、24時間体制で診てもらえるところのほうがいい、ということだ。これを聞いて焦らない親がいるだろうか。
リョウの方が重症だった。タイはリョウに比べればマシだったが、べったり一緒にいる"ふたご"だということもあるので、同じ症状がでないとは限らない。即刻、個室にふたりで入院。私は24時間つきっきりになった。
雨のジャージャー降る情けない日だった。
あかちゃんを病院に入院させるにあたっては、哺乳ビンや好みのミルク、着替えやバスタオル、おむつ等を揃えなければならないが、それはすべて産院から退院する前にそろえてあるので、モレのないように持ってくるだけでよい。(まさか病院で暮らすことになるとは思わなかったけど。)
おむつは売店にあるとばかり思っていたが、そこには大人用のおむつはあるが、あかちゃんのおむつは置いておらず、補充には近所の薬局まで走った(まさか売店にないとは思わなんだ)。
おむつは思った以上にたくさん必要だ。薬の副作用でしょっちゅう下痢をしたので、一気になくなる。尿と便の量をおむつを換えるたびに量り、記録していくのも親の仕事だ(量った後、新品のおむつの分を差し引くんだよ)。
哺乳ビンの消毒は、ナースセンターからミルトン(つけ置き式消毒剤)をもらって親が消毒する。お湯もナースセンターにあるポットに入っているものを使う(家から持ってきた保温式の水筒に、あらかじめたくさんお湯をもらっておくといい。湯沸かしポットを持ち込むのは禁止。異物混入などの事件もあったので、ぶっそう。電気代を払うので持ち込み可にしてほしかった)。
付き添い者には"付き添い食"というのを、申し込めば1日3食実費で運んでもらえる。(想像通りおいしくないし、少量。こんなのでおっぱいは絶対出ない。)
あかちゃんの薬は点滴と経口で入れる。リョウとタイには処置室で太い点滴の針が刺され、腕に固定され、針を抜くことなく水分や栄養剤と薬が注入される。涙が出そうになる。
経口薬は、時間後とに看護婦さんが届けてくださり、針のない注射器で水薬に溶いた粉薬を口に入れてやる。水薬だけの時は、哺乳ビンの乳首に入れて、くわえさせて飲ませる。ミルクに混ぜてしまうと、ミルクを残した時に薬も残してしまうことになり、ダメなのだ(体重に差があるので、同じ症状でも薬の量が違う。間違わないようにもらったら袋に名前を書くといい)。
出産で入院したのが生まれてはじめての入院経験だった私にとって、病院の中のシステムは難しいことだらけだ。リョウは呼吸困難で酸素マスクまでつけられてしまった。マスクが大きすぎて酸素が行き渡っているのかもわからない。
「生まれたばかりなのに、このまま死んでしまったらどうしよう」って本当に思った。なんだか、こうなったのが自分のせいに思えて辛い。
入院している間には、生まれてから1ケ月間に起こる、"おっぱい・ミルク・おむつ攻撃"を上回る攻撃がある。
リョウに酸素が行き渡っているかどうかのセンサーが、ひっきりなしにピーピー鳴る。息が苦しそうだと、看護婦さんを呼んで、吸引(のどに細い管をつっこんで痰を取る)してもらわねばならない。点滴で薬と水分を体内に入れているので、ミルクは欲しがってもいつもの半分量しかあげられないので、お腹が減ってビービー泣くふたり。リョウはミルクを飲むと痰がからんで、吐いたり、吸引の回数が増えたりした。
そんなこんなで、眠ることができず、私の体力は限界を超え、昼間もリョウの添い寝をしてウトウトしかけた。個室だからトイレと流しがついており、用を足すのに病室を出なくてもいいのだが、食器を下げるとか、ちょっと電話とか、ウトウトの間に、どっちかのあかちゃんが誘拐されることはないか、と心配にもなった(ふたりいるし、ひとりくらいもらおう、という人がいそうな気が何故かした)。
タイも病名は肺炎なのだが、比較的元気でミルクを制限されているのだが「もっと欲しい!」とよく泣き、寝つきが悪くなった。ひもじい思いをさせている、と思うとこっちまで泣けてくる。なにもかもやりきれない思いでいっぱいだ。
入院の翌々日、担当の先生が少し安心した顔でおっしゃった。
「すごくよくなった。胸の音もまし。顔色もよくなったよ。」
それでも、点滴はとれない。ミルクの制限は解除されない。下痢は始まる。おっぱいは止まる。先が見えない入院生活だった。
"おかあさんからの免疫"それは、おかあさんがもっている"特定の病気に対する免疫"ということだ。ウイルス性の風邪なんて、一発でかかる。
乳幼児期には免疫力が不十分なので、他の人からうつるものはうつるのだ。咳をしている人、ハナをズルズルだしている人、熱のある人のそばには近づけてはいけない。
はじめての子は大人がしっかり守ってやる。人の出入りも厳重になる。しかし、2番目以降の子は上の子が外との接触をする限り、簡単にウイルスや菌を持って帰って来る。幼稚園や学校で流行の病気は、本人が発病しなくても下の子にうつしてしまうのだ。
幼稚園や保育園の送り迎えに下の子を連れていくのも、病原菌にさらすことになる。
かといって、あれもダメ、これもダメ。あそこには行けない、ここにも行けない、では身動きができなくなる。多少のリスクは必要かも知れない。リョウとタイは運が悪かった、ということで片づけるにはあんまりだが……。
あかちゃんの場合、まず6ケ月は風邪をひかさないようにすることだ。6ケ月を過ぎれば、おかあさんからの免疫も切れてきて、いろんな病気にかかりやすくなるが、抵抗力もそれなりについてくる。
上の子との接触は避けられないだろう。だって、可愛がってくれるのだもの「あかん!触るな!アンタは汚い!」なんて、まさか言えない。ときどき本当に汚いから言ってしまうことがあるけれど、本人はヒジョーに傷ついているらしい。半泣きだ。
どうして、手を洗ってからでないとあかちゃんを触ってはいけないか。咳がでたり、ハナが出たりするときは、どうしてチューしてはダメなのか。言い聞かせて理解できるには3歳ちょうどではまだ小さすぎる。
あれやこれや思いはつのる。病室で寝ている少し元気を取り戻したふたりを見つめて、妊娠中のできごとや願いを思い出していた。これからの5人家族の生活にも思いをはせた。3人のこどもが同時に病気になる可能性だってあるだろう。ゾッとする。
そうしているうち、入院生活にピリオドを打つことができた。二度と同じことは繰り返さない。こどもは絶対私が守ってみせる!
思いを新たにした11日間だった。