毎朝10時になるのをマサミツは楽しみに待つ。
「マサミツちゃーん、お・は・よ。」とその人はやってくる。おふろのおばちゃんだ。
あかちゃんをお風呂に入れるプロだ。自分で助産院を開いている助産婦さんなので、あかちゃんを扱うのが仕事の人である。
あかちゃんは、生まれてから約1ケ月を過ぎるまで、おとなと一緒のお風呂には入れない。昔はたらい、今はベビーバスにお湯を入れてあかちゃんをきれいにする。それは特別に沐浴(もくよく)と呼ばれる。
あかちゃんがお湯の中で気持ちよくて、おしっこやうんちをすることもあるので、その時は当然なのだが、"ふたごちゃん"の場合でもひとりのお風呂が終わったら一旦お湯を捨て、ベビーバスの壁面についている産毛や石鹸カスをぬぐいさってから、次の子のために新しいお湯をいれる。これが結構ひと仕事だ。
産院であまりにヘロヘロな私を見て、これは家にかえってきてもあかちゃんのおっぱいとおむつの世話をするだけで精いっぱいだろう、と考えたばばちゃんが手をうって、おふろのおばちゃんが2週間通ってくれることになった。
さすがプロ。11月であっても半袖を着、その上にかっぽうぎをはおり、シャンと背中をのばして、左手でしっかりとあかちゃんの頭を支え、
「さあ、おふろですよー。いいきもちですよー。」と声をかけてサササーッツと手早くきれいにしてくれる。産院で沐浴実習のときに見たのと同じだ。そばで見ていて、あまりの手際よさに感心するばかり。
マサミツはおとうさんが私の実家に満1ケ月通い、毎日沐浴させてもらっていた。男の人の大きな手で支えていたにもかかわらず、夫は頭を洗いながら耳にお湯を入れたり、背中を洗うのに集中しすぎて顔をお湯につけたりすることが何度となくあり、私は一種拷問のような沐浴タイムを見張る係だった。
今回、リョウとタイは満足そうだ。毎日ホエーとした顔でお湯に浮かんでいる。
こっちは新しい服やおむつやバスタオルをふたりぶん用意して、かわいい顔をみていればいいから楽チーン!なはずなのだが、これまた結構疲れる。
考えてみれば、なんでもふたりぶんとなると大変なのだ。
生まれたばかりのあかちゃんは、おっぱいやミルクを飲んだすぐ後や、お腹がすいているのをガマンさせてお風呂に入れるといけないし、一日のリズムをつけるために、毎日ほぼ同じ時間にいれてあげるのがいいとされている。
おばちゃんが10時に来るのがわかっているから、時間を合わせやすいようなもんだが、あかちゃんの方も都合がある。すこしずつおっぱいの時間がずれて、なんともタイミングの悪い状況になるのはとても簡単だ。
「ボク、お腹いーっぱいなので、寝る!」「お腹へったー。へったへったーギャー!」のどちらかに陥ることも多い。自分でお風呂に入れるのなら、その点融通も利くのだが、何せ、他人様に来ていただくのだから、気も使う。金も使う。
そう、お金!気になるお値段は、あかちゃんひとり分で4000円。ふたご割引で7000円。沐浴にかかる時間は正味ひとり5分ずつだから、ものすごい儲けだ。おまけとして私の足腰と、母乳をよく出すためのおっぱいマッサージがついてくるのだが、それでも高い。この就職難のご時世に高級バイトだ。
"ふたごちゃん"を沐浴させるのに失う労力に比べて高額な支払い金額だと思うかどうかは個人の判断によるが、足腰がしっかりしないし、まだ、出産の疲労が抜けきっていない場合は、プロにお願いするとまではいかなくても、自分以外の人にあかちゃんのお風呂を担当してもらうのは一策だろう。
そりゃ、生まれたてのかわいい我が子をチャプチャプお風呂に入れるのは至福の時だ。マサミツは、未だにベビーバスでお風呂に入るのに憧れているが、足をたたんでもおへそまでしかつかれない。全身ベビーバスにすっぽり入るこのかわいらしさといったらないのだ。だから、そのとっておきの時間を自分以外の人に譲るなんて、もったいない!でも、ふたりがお風呂に入っている時間だけでも横になってグーと眠りこけたい欲望もあるのが"ふたごちゃん"のおかあさんだ。
おふろのおばちゃんなる人を探すには、産院で紹介してもらうとか、電話帳で助産婦さんを探すとか、お手伝いさん派遣業をあたってみたり、介護専門の会社に問い合わせてみるといい。いろいろあたって、相場を比べてみてもいいだろう。
うちの場合は、1年前にふたごちゃんを産んだ私の友人に紹介してもらった。その時の様子や金額もあらかじめ聞いて、どうせなら同じ人に来てもらおう、とばばちゃんが手配したのだ。こういう場合はたいてい交通費も請求されるので、近距離の人を選ぶというのも手である。
うちに来てくれたおばちゃんは、「なぜかわかりませんけど、ふたごちゃんのお風呂入れさせてもらうのが多いんですよ」と言っていた。だが、"ふたごちゃん"であってもふたり同時にお風呂に入れるわけではないので、とにかくあかちゃんをお風呂に入れるのに慣れている人ならいい。
ベビーバスは案外安価で売っている。たいていはプラスチック製で台所の流しにすっぽり入る大きさのものだ。大人が立った状態であかちゃんを入れられて、底の栓を抜けばすぐにお湯が捨てられる場所は台所のシンクか洗面所の2ケ所が考えられる。行水なら、真夏であれば庭やベランダですることもできるが、沐浴は家の中がいい。そうなると、蛇口から遠いところで沐浴するとお湯を運ばねばならず、消去法で台所と洗面所が残るのだ。
今は旅先でもあかちゃんをお風呂に入れられる、洗面所にシートを張る形式のものも売っているが、特にその必要のない場合はかさばるがベビーバスが便利だと思う。
少し大きくなれば、プリンカップやペットボトルなど、おもちゃになるものを一緒に入れておすわりをさせたあかちゃんを、大人のお風呂の洗い場に置いておかあさんと一緒にバスタイムを過ごすこともできるし、1歳を過ぎた夏にはベランダで日向水(ひなたみず=お陽さまの力であたたかくした水)を作っておき、簡易プールにもできる。もっと大きくなれば「お船ギッチラコ!してー!」とせがまれるようになるし、さかさにして中に隠れ、「カメ!」もできる。「お客様だ!それっ!かたづけろー!」という時にはおもちゃ箱に変身だ。
使わなくなったベビーバスをもてあましている家も多いだろうが、うちでは結構活用している。
私には"ふたごちゃん"がお風呂からあがる前に、頭のところに敷いていたタオルを換えたり、あがってきたら、おっぱいをあげたりお茶を飲ませたり、とやることがまた増える。この時の最大の仕事は、寝る場所の交代である。
ひとり用のベビー布団を横にしてふたりを隣同士に寝かしているのだが、いつも右側にリョウ、左側にタイだと不公平が生じると思ったのだ。
窓に近い方、電灯に近い方、おかあさんに近い方……。「いつも左に誰か寝ている、いつも右に誰か寝ている」ようにすると、そっちしか向かなくなったらいけないと思ったのがきっかけだ。
実は、もうひとつ大きな問題があった。リョウは私のお腹の中で頭を下にして左側にいたので、骨盤に左側をおしつけていたために、絶対に左を下にして寝るのだ。どうやってもコロン、と左を向く。タイは右にいたが、頭を上にしたり下にしたりしていたので、どちらかといえば右向きが好き、程度だ。
タイはともかく、リョウには右向きを覚えさせなければならない。そうじゃなきゃ首は左向きに固定され、頭は左だけがぺったんこになってしまう。だから、お風呂をきっかけに「今日はリョウは右向き、タイは左向き」「今日は昨日の反対」と寝かす場所を変えた。左右の場所を入れ替えて「必ずふたりが内側に向き合っているように寝かせる」ことにしたのだ。ふたりがいつも向き合って寝ているなんて、とってもかわいい!我ながらものすごい発明だといばった。
ところが、これがまたややこしい。もともと2卵性の"ふたご"なので顔つきが違うし、生まれた時に体重に差があるので、見た目にも肉付きが違うのだが、やっぱり"ふたご"。ぐっすり眠っていて、両方同じ方向を向いていたりすると、
「ちょっとー!うんちしはった、左の人!」「ゲロゲロッってしはった右の人!」となり、私がトイレに行っているすきに起こったできごとは、すべて寝ている場所で報告されてしまう。
仕事から帰って来たあーちゃんは、自分の部屋に戻る前に一番にリョウとタイのところへ顔を見に行って、「右がリョーチャンやんな?」と確かめる。毎日場所を変えるもんだから、私も聞かれると「?」一瞬考えてから「Yes/No」を答えることになる。
土日にやってくる夫にいたっては「???」で、「抱っこしたあとは、必ず元の場所に戻すことが原則」であることを教えるのが一苦労だ。ひとりを抱っこしている間に、もうひとりが泣き出したりすると、両方が布団からいなくなり、戻す時にいいかげんになる。かくして、リョウは右向きの練習をしているのに、ずーっと大好きな左向きばかりしていたりする。
ある時夫がポツンと言った。
「この子ら、『昨日右に寝てた奴嫌いやねん、左に寝てる君は好きやで!』って言うてるかも知れんで。」
あー。そうかも知れない。
そういえば、一体いつからこの子たちは自分たちがお腹の中でも一緒にいた"ふたご"なんだって認識するのだろう。「アイツ嫌いや!」なんて言い出したらどうしよう。いつもワンセットと見られるのはかわいそうだし。でも、"ふたご"であることをいいことだとも思ってほしい。
生まれたばかりのこの子たちは、当面の環境は一緒なのであまり変わらない性格に育っていくのだろうか?これから2卵性の正体が明らかにされていく。楽しみだ。
「右に寝てた子どこ行ったんやろう?君知ってる?早く一緒に遊びたいなぁ」って言うてるよきっと。
そのうちベビーバスのお船に乗って、お兄ちゃんがひっぱってやって一緒に遊ぶ日が来るんだろう。お願いだ!その時には畳の部屋ではしないでね。すでに畳はガリガリだから、これ以上は勘弁して。
「マサミツちゃーん、お・は・よ。」ほら、おふろのおばちゃんがやって来た。
さあ、おふろですよー。めずらしくまだ寝ているふたり。もうそろそろ起きんかい!
おーっと、バスタオル、着替え、おむつ、おしりふき、ガーゼ、おへその消毒薬、綿棒。じじちゃーん、ベビーバスのお湯入れて!ばばちゃーん、洗濯おねがい。
マサミツは走っておばちゃんを玄関に迎えに行った。
早よ起きた方からお風呂にするよ!どっちが起きる?