「おっさん」「おじいちゃん」「ちびる」「あぼ」「かんちゃん」「だっちょ」これらは何かおわかり?
そう、答えは愛称。
私は女子校に通っていたので周囲は女性で満ち溢れていた。「子」や「美」で終わる名前、全部ひらがなの名前、古風なの、一風かわったの……名前の見本市のようだった。だから、"ふたご"が女の子なら、ほとんど即答で名前は決まっていただろう。
ところが、私が産んだ"ふたご"は男の子だ。ひとつも名前は浮かばなかった。
今の日本で、夫婦別姓を実践しているのはまだ少数派だ。生まれたばかりのこの子たちが結婚するときには、どんな世の中になっているかわからない。海外のある国のように、ミドルネームの制度ができているかもしれないが、男の子であるこの子たちの名前は、一生もんだと考えてつけてやるのが、とりあえずはいいだろう。
だって、最初に挙げたように、100%愛敬の愛称に変化するやもしれぬ。
「おっさん」は「おさがわ」という名字の子、「おじいちゃん」は「つじい」という名字の子、というのは姓だからまあ、許そう。だが、「ちびる」は「ちづる」、「あぼ」は「みほ」からの悲惨変化形だ。もちろん「かんちゃん」は「間寛平に似ているから」とか、「だっちょ」は「脱腸で入院したから」というのは例外だ。注意しておく。これらは女の子の名前だ。
"ふたご"の男の子の名前をつけるにあたって、"共通の文字をつける""対となる漢字を使う"等を想定して一生懸命漢和辞典を読んだ。未だかつて、こんなに漢和辞典に執着したことがあったか?というくらいに。
この小難しい辞典の最初から最後までに目くじらをたてていたわけではない。この子たちの姓にマッチする名前を構成する画数のページだけだった。3文字の名前も1文字の名前もカッコイイのだが、長男マサミツとつりあいをとるために、2文字がいいかな、と漠然と思い描き、マサミツと同じ名前の総画が15画の漢字を想定していた。
マサミツの名前は、私が10年近く前から知ってる「仙人」のところに行って決めた。「仙人」は四柱推命のできるおじいちゃんである。今、そんな人のところであかちゃんの名前をみてもらうなんて、古くさいだろうか?でも、皆けっこうやっている。
おじいちゃんはいつも和服を着ている背の小さい人だ。その風貌に杖をもたせたら、だれもが仙人だというだろう。年齢は不祥だ。はじめてあったときから見た目が「仙人」なので、いつ「仙人」から「神様」に昇格しているかわからない。いざ、名づけを相談しようとした際には、電話をして「仙人」はご健在か、おそるおそる確認したくらいだ。
あかちゃんに名前をつけるという、れっきとした目的があり、真剣に辞典を読んでいるのだが、お腹の中にいる"ふたご"には、ウーチャンとサーチャンという呼び名がついていたし、生まれてからの名前をつけるには、気持ちの上で整理がつかなかった。
出産は済んでみないとわからない。ましてや"ふたご"。ひとりが無事に生まれる確率よりも、ふたりとも無事に生まれる確率の方が低いとは誰も言わないが、考えたくない"万が一"もあるかもしれない。"ふたご"出産はリスクが高いというオキテが心をしばる。
もし、もし、もし、……と、「もし」を何度も繰り返して、心は堂々めぐりになる。そのせいで、生まれる前に、ふたりの名前を喜び勇んで決めておくことはできなかった。
それでも、あたりまえながら名前は決めなければならない。赤ちゃんの名前は生まれてから2週間以内に決めて、役所へ「出生届」を出さねばならない。それも、決めたら簡単には変えられないのはご承知の通り。
「出生届」は生まれた日時や場所、あかちゃんの体重や身長まで記入されて、産院より受け取った。これにはハンコを押した「出生証明書」がついている。届け出は"ひとり"につき1枚の用紙が必要なため、"ふたご"の場合は用紙も2枚である。それを役所へ母子手帳と併せて持っていくのだ。2週間の期限内では、おおかたのおかあさんはあかちゃんにおっぱいを拘束されたり、まだ出歩く体力に不安があったりなので、おかあさん以外の人が役所に出向くことが多い。我が家では夫が2度目の出生届提出係になった。
「出生証明書」には、「単胎・多胎の別」という欄があり、多胎の場合は「多胎○子中第○子」と記入するようになっている。ここには、サーチャンの用紙に「多胎2子中第1子」と書き、ウーチャンの方には「多胎2子中第2子」と書く。
「この母の出産した子の数」という欄もあり、ここには出生子の数を書くようになっている。「出生子」とは、「この出生子及び出生後死亡した子を含む」とただし書きがあり、私はマサミツをすでに産んでいるので、サーチャンの用紙には「2人」、ウーチャンの用紙には「3人」と書くのだ。
仙人のおじいちゃんのところへ到着して、
「『マサミツ』という名前を決めたときは、我が家の姓には15画の名前がいいっておっしゃったので、一生懸命漢和辞典を読んで来たんですけど……」と、話を切り出したら、仙人は、
「あれー、ふたごの男の子ぉ、よかったねぇー。いい顔しとる。」と夫が差し出した写真を見て一言いい、
「あのねぇ、長男さんが15画やったら、次男さんと三男さんは画数を下げなあかんの」と見覚えのあるファイルを取り出して続けた。
ありゃー。私が「カモメのジョナサン」や「エデンの東」を読み終わって、必死ににらめっこした「11画+4画=15画」の名前候補は一気にくずれた。
仙人の名前決めはこうはじまる。
まず、姓の画数を分解。それに見合った名の画数を割り出し、ファイルを机の上の置いて合致する画数のページを開く。画数ごとに名前につかえる漢字が羅列してあるのだ。それにはもちろん、ひらがなもカタカナも人名漢字も含まれている。私たちはその中から好きな文字や組み合わせを考えて、意味を確かめるのだ。
仙人のファイルには、どのページにも"赤く塗りつぶした字"と"ただの赤丸がついた字"と"なにも飾りのない字"が並んでいる。
- "赤く塗りつぶした字"=意味も形も音もいいオススメの字
- "ただの赤丸がついた字"=できれば使わないほうがいい字
- "なにも飾りのない字"=そのどっちでもない字
という意味なのだ。
こういうちょっとした約束事があると、わりあい名前も決まりやすいし、いい名前だと確信してつけることができるので気に入っている。それに、仙人はあかちゃんの四柱推命をみて、「この子にはこの字は優しすぎるから、もっと角張った字にした方がいい」とか「これは姓とのバランスがいい」などと具体的にアドバイスしてくれるのがありがたい。かといって、決して無理強いしないのがまたいいんだ。
「リョウとタイ」という名前でいこう!と、夫と意見が合ったのだが、さてはて、どっちを「リョウ」にして、どっちを「タイ」にすべきか迷った。そんなときも、仙人は、写真を虫めがねでじっと見、先に生まれたのはこの子か?と聞いてから、次男を「リョウ」、三男を「タイ」にしたらいい、と言ってくれた。なんとなくそうしたらいいような気がしていた私たちはニッコリして仙人に別れを告げた。
こういう具合に"ふたご"に名前をつけ、期限ギリギリで夫は役所に出生届を提出した。
その日から、産院の看護婦さんにも「リョーチャン」「ターイチャン」と呼ばれることになった。
「あれ?」とお思いのアナタはスルドイ!
そう、私は出生届を出す期限ギリギリの、あかちゃんの出生から2週間経過しよういう日になってもまだ、退院しないでいた。先生に外出許可をもらって、仙人のところへ出掛けたのだ。まだサッサと歩けない病人なので、タクシーをドア・ツゥ・ドアで利用して、1時間半の外出だ。
「あかちゃんの名前をつけるために外出させてほしい」なんて、わがままもはなはだしいと思ったが、あかちゃんにとっては一生の問題だ。できることなら、マサミツと同じ条件で名前をつけてやりたかった。私は階段を昇降できるまで回復したので、先生にたずねてみた結果、「行ってき!ええ名前つけてやりや!」と、外出OKをもらったのだ。
わがままを言ってみる気になったのは、3年前のある日の会話を思い出したからだ。この産院では産婦さん同士の交流と、出産のお祝いもかねて、入院している間にお食事会に1回出席できる。毎火曜日がお食事会の曜日で、フランス料理と和懐石料理が隔週で企画されている。退院すれば、こんなにゆっくりとごちそうを口にすることはなくなることを肝に命じつつ、ありがたく頂戴する全員ねまきを着た女性ばかりの「最後の晩餐」だ。
この晩餐には、男性をさそっても絶対に途中退席するだろう話が山盛りだ。体験したばかりの出産劇の口頭リプレイがはじまる。陣痛がどうの、子宮口が全開だの、普段ならとても食事のときにする話ではないことで盛り上がる。正気に戻ったら恥ずかしいことしきりだ。
3年前のその日、隣にすわったふたり目のあかちゃんを産んだおかあさんが、私に言ったのをまざまざと思い出した。
「きのうね、上の子の運動会やったから、お弁当作りに帰らしてもろたの。」
その時は、「ふたり目って、産んでもお弁当作りに帰れるくらい余裕なんやー」と、いたく感動したのと同時に「そんな理由でも外出させてもらえるんやー」と、感心したのだ。
だから、今回私の「名づけ外出」もわがままとして受け入れてもらえるかも……と、言ってみる気になった。これは、検診から分娩、その後の経過観察を、すべてひとりの先生が診てくださり、一日一日の回復状況も把握してくださっているこの産院だからこそ、実現したことだと感謝した。
あかちゃんの名前をつけるのに漢和辞典を穴のあくほど読んだのだが、それは出産するまでの話。出産後は読書は禁止だ。この産院にもテレビが置かれていが、昔はテレビは厳禁、新聞も読んではいけないといわれたらしい。
出産での疲労を回復するために目を酷使することも避けるためだ。目が疲れると身体全体の疲労もさそうことになるから、一応、現代のあかちゃん産みたてのおかあさんも用心にこしたことはない。私はニュースの時間だけテレビを聞いていた。(ゴメン、ちょっとドラマも見た。)
名づけの5日後、リョウとタイを引き連れて、無事に私は退院した。
早産の危機におちいり、実家に世話になり放しだったため、これ以上世話を重ねるのも気がひけたが、また、実家に舞い戻った。これ以上マンションに帰らなければ、
「神無月さんとこ、離婚しはったんとちゃう?」とウワサが立たないか心配したが、いまいち腰が安定せず、リョウとタイは同時に泣くとは協定していないので、とりあえず、人手の多い方に身を置くことにした。
さあ、"ふたご"のリョウとタイは念願どおり無事に生まれてくれた。あとは、この子たちの生命力を信じて、おかあさんとしてできるだけのことをしてやろう。
「リョウリョウリョウリョウ!タイタイタイタイ!」
結構言いやすい、いい名前だ。これから、何回も何回も呼ぶね。あー、帰ったらマサミツが待っているゾ!こんなの連れて帰ったら、どんな反応をするだろうか。
嵐の前の静けさ……の眠れない忙しいクタクタの育児戦争が火ぶたを切った。
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