ロッキングチェアーにすわって、優雅に編み物をしているお腹の大きな女性が、鳥の声が聞こえたのをきっかけに窓の外の景色に目をやる。
「あ、もう秋なのね、落ち葉が舞っているわ……。」彼女はそう思い、編み物を続けようとしたまさにその時、「ウッ!」。続いて「あなた、産まれそうよ!」。で、病院になぜかストレッチャーに乗って運ばれて「ウーッ、う・ま・れ・る!」
……というテレビドラマの出産シーンは"大嘘"だとつねづね思う。ドラマ制作側に、出産経験者がいないのがバレバレだ。自分が一度出産したもんだから、このシーンが出てくると興ざめして、急にドラマの続きが面白くなくなる。
それとは反対に、これは"大本当"だった。
目の前の白い霧のようなもやが、次第に晴れてゆく。そこには2、3人の顔がアップになり、水中から水面を見上げるようにゆらめいている。背景はボヤーッと白い。人は口々になにか叫んでいるようだ。最初は声が聞こえないけれど、だんだんと鮮明に聞き取れるようになる。自分の名前だ!私はどうしたのだ?あれっ?あの白いのは天井か?もしかして私、気絶したん?
……と、まさにその通りのことを、ふたごを出産した翌朝に経験してしまった。分娩時に1500ミリリットルもの出血があったことが原因の脳貧血だ。
「1500」の出血だ。ハンパではない。一番大きいペットボトルの4分の3の血を、一度にドバッー!と流した。献血していれば、ヤクルト8本とバンドエイドセットが8個も!もらえた量だ。もったいない。
産んだ当夜、出産の興奮を静めてゆっくり休むために、睡眠導入剤を服用して、いざ寝ようと思った。しかし、さっきの、あまりに過激な出産劇がフラッシュバックするのと、背中から腰にかけての、板がはりついたような痛みのために、ぐっすり眠れないまま迎えた朝に気絶した。
ベッドの脇に置かれたポータブルトイレにすわって、「恥ずかしいなぁ、これじゃあ病人やん」と思いながらおしっこをしようとしていたことまでは覚えていたのだ。そして、記憶はいきなり、
「神無月さんっ!神無月さんっ!大丈夫?神無月さーん!」パシパシ!(頬っぺたをたたく音)である。
"ひと粒で2度おいしい(ちょーとちがうか?)"ふたごの出産を無事終えたが、私のからだは大きなダメージを受けていたのだ。1500ミリリットルの出血を甘くみてはいけなかった。
"単胎"の場合は、あかちゃんを送り出すと、子宮口は自然に閉じてゆき、胎盤などが排出されて出産は終わりになるのだが、"ふたご"の場合は"ひとり"を送り出したあと、"もうひとり"も送り出さなければならない。私の場合、その差は16分。まだウーチャンが残っているのに、出口が閉じようとしたから、ちょーっと待った!
これは、私に限ったことではなく、経膣分娩で"ふたご"を産むひとには総じて起こることのようだ。気絶した原因である分娩時の失血多量は、この時に起こった。子宮口が閉じようとしたときに、ドバッと出血したのだ。
「子宮口が閉じてくる前に"もうひとり"を取り出さなければいけなかったので、やむなく吸引・鉗子分娩をおこない、産道が少し傷ついた」と、出産直後に説明を受けていた。それでも、"もうひとり"を産むために途中から帝王切開へ切り替えるよりはずいぶんマシだ。その場合には輸血はまぬがれなかっただろう。
こうして、"ふたご"の出産は"ひと粒で2度おいしい"ばかりではなかったことが判明した。"ひと粒でやっかいな出血多量というオマケもついてきた"のだ。
出産そのものは、太古の昔から女たちが繰り返してきたことがらである。医療技術の進歩が顕著であるために、あかちゃんを産み落とすと当時に息を引き取るおかあさんは、以前に比べたら激減しただろう。
新しい生命を目の当たりにして、畏敬の気持ちでひれふさんばかりになることは、よくあることだ。しかし、「よくぞ、私も無事だった。」と胸をなで下ろす人は、今の世の中の出産事情のもとで多くはないだろう。
すなわち、元気なあかちゃんを産み、自分も元気であることは、妊娠しているときには、常々願っていることなのだが、ひとたび出産劇が終わると、それは約束されていたもののように思ったりするものだ。
もちろん、何かが原因で元気でないあかちゃんが生まれたり、おかあさんが亡くなってしまったりする悲劇が、現在もどこかで必ず起こっていることは承知している。
そういった意味で振り返ると、今回の出産は「命をかけて産んだ」という状態に近かった。だから、あかちゃんがふたりとも無事に生まれた、というある種の奇跡と同じくらいに、自分の命も無事だったことに感謝をして、「病院のベッドで寝ているから、私は病人!」と割り切って、「ポータブルトイレでおしっこくらいできるわ!」なんて、挑発的な態度はつつしめばよかった。……と今ごろ反省することしきり。
"ふたご"の出産をやってみて、このお腹から"ふたつ"の生命が生まれ出たことは、驚愕の事実となって私を襲ったのだが、それよりも、人間は極限に追いやられていても、まだ力を持っているのだ、と見解をあらたにしたことのほうが優位を占めていた。はっきりいって、自分を誉めていた。"ふたご"を産んだことで酔っていたのだ。あー。なんたる浅はかさ。それで気絶を体験してしまうなんて、あまりに"ふたご"出産がもたらすダメージを知らなさすぎた。
オマケは出血多量だけではなかった。
腰だ。腰がなかった。文字どおり腰は「無かった」のだ。
両足をそろえて前に投げ出し、ベッドの上半身をギィーと起こして座るときには、だいぶんリクライニングして背をもたせかけるので、少しは腰も安定しているように思えていたが、それはまぎれもなく錯覚で、立とうとする動作で腰はくだけた。
"立つ"という行為がこんなに難しいものだとは、生まれてこのかた知る由もなかった。、マサミツひとりを産んだときには少々不安定だったものの、産んだ7時間後には歩いてトイレまで行くことができた。腰の痛さよりも、あかちゃんの出口がまだ熱を持って痛かったくらいだ。
この"腰くだけ現象"も"ふたご"だったことが原因だ。子宮が少しずつ大きくなるにつれ、立ち姿も変化し、姿勢にあわせて背骨にも負担がかかっていた。あかちゃんがゆっくり大きくなるのと同じように、ゆっくりと負担が増えていったのが、考えるよりも大きくて重い重圧だったらしい。骨盤はギリギリの限界まで広がる子宮を支え続けたあげく、最後にはふたりのあかちゃんを通すために開ききったのだ。
思いっきり開くと、元に戻るのが大変だ。当然、戻るのに時間がかかる。
一日中、幅7センチほどの骨盤ベルト(腰部固定帯)をキュッと締めて、骨盤を固定する努力をした。このベルトは産院で借りていた。ベロベロにたるんだ下腹をキュッと巻くと、少々動きにくいのだが、まるで"カクカク"と音をたてそうな腰が締められて少し楽になり、気持ちがいい。
だた、これは、マジックテープで付け外しできるようになっており、トイレではずすと、ベローンと長くなるので、必ず便座カバーにくっつき、毎回カバーをペリッと引っぱがしそうになるのが難点だ。しかし、結構いける。
産後には"ウエストニッパー"と呼ばれる産後の補正下着をつけるのが通例のようだが、"ふたご"を産んだ場合は、ウエストを補正するよりも骨盤(正確にいうと、腸骨と仙腸関節)に重点を置く方が賢明だといえよう。看護婦さんによると最低産後3ケ月はつけていた方がいい、とのことだ。
私は、この骨盤ベルトが気に入ったので、退院するときに産院で同じ物を買った。事前に何か用意する方がいいと思ってはいたのだが、マタニティ用品店に行ってもいろんな種類がありすぎて、どれがいいのかよくわからず、結局買わずにいたのだ。「どんなんがいいか、看護婦さんに相談してから買おう」と、決めた私は賢かった(ただのケチ?かもしれんけど)。出産による腰痛の軽減が目的なので、購入するときは保険が適用された。つまり、薬と同じ扱いだ。
そして、向こう6ケ月。骨盤ベルトは、かたときも離れられない恋人のような存在になった。
振り返ってみると、"ふたご"出産はやはり高リスクだった。
出産する病院や先生をどうやって選ぶか。病院や先生を信頼できるか。あかちゃんが未熟児だったときのケアは万全か。自分の精神的・肉体的ケアは大丈夫か。経済的時間的余裕や家族の応援も必要だ。すべてがそろっていても、ギリギリのところまで追いやられたときに、自分の身体を認識し、状況判断ができる状態でいなければならない。また、それだけの精神力も必須だ。
たとえば、サーチャンが生まれたあと、ウーチャンが半回転して逆子になってしまったら、帝王切開を迫られていたかもしれない(私はそこで帝王切開OKとすぐに承諾できるだろうか?)。サーチャンの体重がやはり少なすぎて、緊急に未熟児対応のできる大病院に搬送されることになったかもしれない(私とはなれ離れだ!ピーポーピーポー救急車だ)。あるいは、私の出血がもっと大量で、産んでいる最中に輸血や失神があったかもしれない(これもまた難儀やなぁ)。
そんなことを思えば、本当に気絶と腰カクカクの後遺症くらいですんだ、恵まれた"ふたご"出産だったといえよう。
なによりも、チョコレートでもキャラメルでも、オマケには必ず本体がついてくるのだ。本体のウーチャン、サーチャンは新生児室で寝ている。こどもの頃はそうは思えなかったが、主役はオマケではなく本体だ。
おっぱいの時間になると、交代で病室につれてこられるサーチャンとウーチャンに会えるのが楽しみだった。"ふたご"出産にオマケがついてくるのなら、甘んじて受け入れよう。だって、本体はおっぱいを飲みながらうんちもするし、ヒーヒー泣くし、寝てばっかりいるけれど、なんてったってこの子たちは私のベイビーズ。