最初に経口誘発剤をのんでから、もうすぐ4時間になろうとしていた。時刻は午後3時。4分くらいの長い痛みがあり、少し休んでまた長い痛みがやってくる。痛みは右脇を下にしている姿勢のときにだけおこり、上向きに寝るとなぜか弱まった。陣痛がおさまる、ということは、あかちゃんは生まれないということなので、サーチャンの方を破水してしまった以上、お産は進めなければならない。
なのに、サーチャンは今いる位置からもっと下にはおりてこなかった。子宮口も全部開かず、苦しくて汗がタラタラ流れた。ずっと、同じ姿勢でいるので、右の太ももや腰がしびれた。看護婦さんが、痛みをのがすのに、呼吸のお手本をし続けている。
「フーッ、フーッ」
分娩室の壁には、私がつけている分娩監視装置から送られているデータが映し出されている。私の心拍数、あかちゃんの心拍数、お腹の張りの波がグラフになって刻々と出ている。看護婦さんはそのグラフと私とを交互に見つめる。グラフで、次の子宮の収縮がやってくるのがわかるのだ。キューッとお腹の痛みがはじまると、力をいれて、けれどやさしく手のひらで腰をさすって痛みをやわらげてくれる。
今、私は"出産"をしているのだ。それも"ふたご"の出産だ。こんなことはもう、一生ない(たぶん)。最初で最後だ(絶対!)!ええーいっ集中してがんばるんだ!
「ドクドクドク」横に置かれた機械から、サーチャンの心臓の音がする。とりあえず、今は出るのを控えているウーチャンの心臓の音は、混ざるとややこしいので、ボリュームが落とされている。決して無視されているのではない。
「ドクドクドク」この音がやかましく、せわしなく聞こえている方が、サーチャンが元気な証拠である。
「ドクドクドク」私の心臓の音も高らかに響いている。が、高らかすぎる。どうやら陣痛が強すぎるようだ。久しぶりに高校生の頃の1キロ持久走を思い出す。冬の体育の時間に文科系の私が急に1キロ走らされてバテている心臓だ。息も荒くなってくる。フーッ、フーッどころではない。ハアハアハアだ。酸素が足りない。
やはり、自然に陣痛がくるのを待った分娩でないということは、リスクが大きいな、と思った。あかちゃんが自分で出たいというサインを待ってやれず、誘発分娩として、薬で陣痛を起こしたことを少し悔やんだが、悲鳴をあげている私の子宮の、ギリギリの限界をみはからって、先生がくだされた判断だったので、ある意味ではこれが最良の道である。
「センセー。もう産まれますかハァ?」半分泣きそうになりながら聞いてみた。
「まだやな、下りて来いひんな。まあ、5時には生まれる予定やー。」
なにが、5時だ。冗談を言っている場合ではない。すぐ生まれるって言うたやん!すぐって、やっぱりウソやったんやー!あと2時間もあるやないかー!そんな、簡単に言わんといてー、と恨みつらみがタラタラ。また痛みがウウーッツ!!
強い痛みが長く続くので、危険な状態になってしまった。"ふたご"のおかげで子宮はめいっぱい大きくなっている。あかちゃんが下りてきていないのに、これ以上きつい収縮が長く続くと、私もあかちゃんも危険なのだ。
ためしに、上向きになるとやはり痛みが遠のくので、しばらくポーズを変えて休憩することになった。軽い痛みは来るのだが、「フーッ」という例の呼吸でのがすことができる。
「ちょっと、疲れて眠たくなってきました。」と言うと。
「トロトロ寝ていいよ。休んで体力ためとき。」と助産婦さん。口にウーロン茶のパックを運んでくれる。
その間に点滴で陣痛を少し弱める薬を入れた。
マサミツを産むときは「これか?」と思った痛みがきてから17時間も痛みが続いたが、途中は微弱陣痛となってしまった。直前の晩ごはんは食べる気が起こらず、いい加減にすませてしまったので、エネルギー不足から疲れてしまい、点滴で一番ゆるい陣痛促進剤を入れて出産にこぎつけた。
陣痛促進剤に関しては賛否があり、どちらかといえば、反対の人が多い。そりゃ、自分の力だけで産めるのならば、それが一番いいのはわかっている。しかし、信頼している先生が必要と判断されたものであるし、薬で多少のコントロールができて、あかちゃんが子宮の中で疲れきってしまったり、おかあさんが産む前にダウンしてしまうのを防ぐことができるのなら、と、反対はしなかった。
この産院はラマーズ法の呼吸を勉強させてくれる。腹式呼吸は昔、合唱をやっていたので、お手のものだ。だが、勉強も経験も役には立たなかった。"ふたご"が入っているお腹は筋肉がすっかり伸びきってしまったので、とうの昔に腹筋力はゼロ。お腹に力を入れるとか、下腹のこのあたりに向けて出そうと思う、とかいうことがうまくできない。お腹がいうことを聞かないのだ。
そうこうしているうちに、約束の5時が来た。
心では半分泣いていた。「えーん。痛いよう!」
右脇を下にした体勢に戻してフーッ、フーッと時間を過ごした。ありふれた言い方だが、時計の針は止まったように見える。のろい。壊れているのかと思うくらいだ。
「今日生まれなかったらどうしよう。」3人同じ誕生日がボツになる。それよりも、サーチャンとウーチャンの誕生日が違ったらどうしよう。ケーキを2日続けて買わなければならない。
体は疲れ、頭がボーッとしているので、ヘンなことも考え出した。ふたり生まれるということは、当然時間差があるわけだ。夜中の12時をはさんでふたりが生まれたら"ふたご"なのに、誕生日が違うことになってしまう。それってめちゃマヌケじゃあないか!心配になってついてくれている助産婦さんに恐る恐る聞いてみる。
「あのー。(フーッ、ハア、ハア)今日中にウーッまれます(フーッ)よね?」すると、
「生まれる生まれる。お兄ちゃんと一緒の誕生日にしてあげよな。」
少し安心したが、今日中といってもあと6時間以上も"今日"が残っている。よからぬ胸騒ぎ。
そうこうしているうちに、日勤と夜勤の看護婦さんの交代もあったようで、腰をさすり続けてくれている看護婦さんや、血圧を測ったり汗をふいてくれる看護婦さんが代わった。助産婦さんだけは、「私はついててあげるしな、がんばり」と、ずっと励ましてくださった。
「すいませーんっフーッ。残業してもらってぇーエエッ。」この助産婦さんは、私の午前中の入院手続きもしてくれたのだ。
「そんなこと、ええて。だいぶん、おりてきてるしなー。あかちゃんもがんばってるでぇー。」
そして、午後8時。グーッと押される強い痛みが来た。痛みにあわせてウーンといきむ。これか?サーチャン、もう出るのか?
子宮口全開。バタバタとお産の用意。足を固定される。その間、最大の痛みが何度も襲う。"ふたご"なので、サーチャンが無事に出たとしても、ウーチャンがどこかでつっかえるということもある。そうなると、帝王切開に切替えという事態も考えられるので、看護婦さんは4人ほどが私の出産にかかりきりだ。
夫がかっぽう着のような緑色の清潔服を着て入ってきた。マサミツは疲れてロビーのソファーで寝ているそうだ。
「ウー!ワー!キャー!ヒーッツ!」とかなんとか叫んでいたと思う。サーチャンの頭が出口に少しひっかかっていたらしく、吸引で引っ張られている。吸引器の"スッポン!"と音がする。
疲れているわりに、私の頭はさえている。状況をよく観察できている。冷静だった。
「ケッケッケッ、フンギャー!!!」サーチャンが生まれた。午後8時7分。
「ほれ、生まれたよー、元気や。あー元気や。」助産婦さんが嬉しそうに股の間からサーチャンを見せてくださる。
しかし、その間、先生はまだ、真剣な表情だ。
「それ、もうひとりっ!」と、先生はウーチャンの方を破水させる。「ザバーンッ!」また、バケツをひっくり返した音だ。
「やっぱりもうひとりいるんや。もうひとり出すのか?出るのか?」あらためて"ふたご"をお腹に持っていたことを思い知る。
ほんのすこしの間、陣痛がおさまっていただろうか。しかし、先生は着々とウーチャンを取り出す準備をされていた。ぐずぐずしていては、子宮口が閉じてしまい、ウーチャンが出てこなくなる。開いている間に、ウーチャンが自然にさがって出てきてくれたらいいのだが……。
「あかん、さがって来いひん。」分娩室は戦場のようだった。私の頭では「ズーンチャン!ズーンチャン!ズンチャ、ズンチャ!パララー」と映画ジョーズのテーマ曲が高らかに響いている。どうなるんだー!?
あかちゃんの心拍をとらえるモニター音はウーチャンの方に切り替えられていた。幸いウーチャンは元気だ。「ドクドクドク」がんばってくれている。
先生は私のお腹を上からグッと押さえて、ウーチャンが下におりてくるように圧力をかけた。わー、めちゃくちゃだ。それでもまだ、出口には届かないようだった。子宮口から、子宮の中へ手を突っ込んでウーチャンを引っ張っているのではないか、と思うくらい、ぐちゃぐちゃにされている気配がした。見えないが、かなり大変なことをされているのは間違いない。先生も必死だ。
陣痛より痛い。涙は出ないが泣き叫んでいた。
「ウーチャン!のんびりしている場合ではないーっ!出口が閉まったらどうするんや!おかあさん、この期におよんでお腹を切るのは嫌や!」怒るような、せかすような、祈るような気持ちがめちゃくちゃに飛び交っていた。
ひっぱられ(吸引分娩)、はさまれ(鉗子分娩)、たすえ、
「ギャーギャーギャー」めっちゃ元気のいい産声で、ウーチャンはサーチャンに遅れること16分の8時23分に生まれた。
「お・わ・っ・た・あ」
急に力が抜けた。足だけがガクガクしていた。
お腹はシワシワのぺっしゃんこになった。ようがんばったなあ。私のお腹。私の子宮。
サーチャンが産湯につかった後、あたたかい光の下でねかされている。ぼんやりとしか見えないが、小さい。ウーチャンは今、きれいになったばかりだろうか。私はしばらく目を閉じた。終わった。
「ほれ、よう、こんなんふたりも入ってたなぁー。がんばったなぁ、おかあさん。ふたりとも頭が大っきかったし、つかえてたんや。」助産婦さんが、ふたりを私の胸に置いてそう言った。夫のせいだ。夫は頭が大きい。
子宮に残っていた胎盤は排出されたものの、処置が残っているので、まだ、ベッドに横たわったまま動けない私は、ふたりを片手ずつにしっかり抱いて、泣いた。
「よう、生まれてきたなぁ。狭かったやろ。ごめんな。」それだけ言うのが精いっぱいだった。
マサミツの生まれたときにそっくりの次男サーチャン。2312グラム。
夫が生まれたときもこんなだったろうと思える三男ウーチャン。2970グラム。
小さくて小さくて、震えているように見えた。両手をギューッと握りしめている。
手も足もついている。おちんちんもやっぱりついている。もう、何もいうことはない。これまで重かったこと、しんどかったことは、すべて忘れた。
ウーチャン、サーチャン。0歳のお誕生日おめでとう!!!