5.1 兄弟はみな同じ誕生日


 

私はピンクの産院のねまきに着替え、"分娩監視装置"をつけて、お昼ご飯を食べながら「笑っていいとも!」を見ていた。

すでに、経口陣痛誘発剤を1錠のんでいた。

次第に陣痛をつけていくために、薬を1時間に1錠ずつのむと説明を受けていた。最初は不安だったが、おいしくご飯は食べられるし、テレビも見ていられるし、"ふたご"だとはいえ、2回目の出産だし……と、余裕たっぷりに変わっていった。

ただ、分娩監視装置のコードがごちゃごちゃしすぎていた。"分娩監視装置"は、ベルトに聴診器がついたような形をしていて、おかあさんのお腹の張りやあかちゃんの心拍数をモニターできる機械だ。大きなお腹におかあさん用とあかちゃん用の2本のベルトだけでも、ごちゃごちゃしているのに、"ふたご"なので、両方のあかちゃんの心臓の音が元気にドキドキしているかどうかを診なければならないので、ベルトは3本になり、それらが全部バッテリーにつながれているので、何がなんだかわからない。

のほほんと「まだ、陣痛きいひんなー」と思いながらコマーシャルを見ていると、看護婦さんが、「神無月さん、右の子のベルトずれてますー」と直しに来られる。ベッドの横には、絶えず「ドクドクドク」とあかちゃんの心臓の音が刻まれているモニターが横付けされている。「ドクドクドク」はふたりぶんなので、うるさい。音が混じって、正常な音なのかどうか私にはわからなかった。

「あぁ、もうすぐ生まれてくるんやなー。」

わりと落ち着いていた。産むのは私なのだが、「ウーッ!!!」という例の陣痛がこないので、実感がないのだ。

ボーッとしながら、この大きすぎるお腹をなでていた。もうすぐこれともお別れで、代わりにあかちゃんがふたり出てくるのかと思うと、少し淋しかった。

どんな顔をしているのだろうか。マサミツに似ているだろうか。何よりも、無事に元気に生まれてくれるのだろうか。考えても、願っても、つきることががない。

さまざまな思いと同時に"ふたご"だとわかったときの衝撃や、出血騒動や、ふたりとも男の子だと知った瞬間のこと、旅行のエピソードや、ヒイヒイ言いながら過ごしていた、ここ何日かの日々を思い出していた。

そして、2日前のことも……。

10月5日。あこがれの38週。夢にまで見た38週。まぼろしの38週。とにかく遠かった目標の検診の日だ。

子宮口は4〜5センチ開いているらしい。ウーチャンは3291グラム、サーチャンは2544グラムという推定体重だった。もう誰にも文句は言わせない!エッヘン!といばっていた。

先生の診断によると、羊水が下に降りてきているそうだ。陣痛がつけばすぐに生まれるだろうとのこと。子宮口が開いて早1ケ月。もしかすると、まだ生まれずに、どんどん10月18日の予定日に近づいていくかも知れない。先生は、ウーチャンはほおっておくと、まだ大きくなりつづけるが、サーチャンはさほど皮下脂肪は増えないだろう、と言われた。

「ウーチャンは厚かましいってことか?大きくなっても隣のお皿から、コロッケをかっぱらっていく子になるかもしれない。」

そんなことを思っていた矢先、先生は大切なことを切り出された。

つまり、もう充分ふたりは育ったので、いつ生まれてもいい。生まれるのを待ってもよいが、もう母親である私の肉体的限界を越えているので、薬と人工破水で出産させましょう、ということだ。

「あさって入院な。」

「へっ?あさって、ですか?上の子の誕生日なんですけど……」

先生は私のカルテをのぞきこんだ。マサミツは予定日を2週間も過ぎて生まれてきた。ウーチャンとサーチャンは、いつ早産するかとヒヤヒヤしながらも、38週までたどりついた。それが偶然同じ日に重なるとは。

「3人同じ誕生日か……。ええやんか。」先生はニッコリされた。

待て待て、なにもあさって入院するからって、あさって生まれるとは限らない。薬を使っても、人工破水させても、帝王切開でない限り産むのは私である。そして、この世に出てくる瞬間を決めるのは、ほかならぬウーチャン、サーチャン自身なのだ。

はて、さて、ウーチャンとサーチャンはマサミツ兄ちゃんと同じ誕生日に生まれたいと思っているのだろうか?

私は、まだ生まれてもいないのに、来年のウーチャンとサーチャンの1歳の誕生日を思い浮かべた。

マサミツ4歳。ウーチャン1歳。サーチャン1歳。大っきなケーキ。合計6本のろうそくは色どりどり。

「フーッ!」と灯を消して、自分はここを食べると何度も宣言するマサミツ。なんだかわからないが、楽しそうなのでケーキに手をつっこむふたり。ふたりの手を押さえながら、自分の分はあるのかと心配そうな夫。切る人に権限があるのだとナイフを離さない私。

想像するだけでしあわせだった。

「絶対3人同じ誕生日にしてやるうっ!」私は意気込んだ。

サーチャンが出口に近い位置に頭を押しつけて、先に出てくる準備をしている。ウーチャンはサーチャンを送り出す間も子宮の収縮に耐えるべく、体力を備えて大きく育っている。ひとりひとつずつの袋に入っているので手足はからまっていない。お腹の中の状況は申し分がなかった。

こうなったら、あと2日。いつ生まれてもいい状態だが、同じ誕生日になるためには、この2日間はどうしても生まれてはいけない。破水ももちろん禁止だ。

あと、2日くらいなら「ガンバレ」もいい放題だ。なんてったって、この重たい、耐えられない、落ちそうな、苦しい荷物を降ろして、"ふたご"妊娠にピリオドを打てるのだ。"荷物を降ろすこと"イコール"出産"で、それはきっと、マサミツひとりを産んだときとは違うだろうし、その先にハードな育児が待ちうけていることは確約されているのだが、とりあえず、この状態から脱出できる切符を手に入れたことが、勝ったも同然のように思えた。

大好きなうつぶせ寝をしよう。足の爪をきれいに切ろう。かかとをごしごし洗おう。でんぐり返りもしてみようか。走ってみよう。ジャンプしよう。そして、マサミツをもうイヤと言うまで抱っこしてあげよう。

マサミツを産んだときには、産む2週間ほど前から、「これが陣痛か?」とまちがう痛みがときどきあり、そのたびに時計とにらめっこをしていたので、本当の陣痛が来たときに、「どうせこれも消えてしまうわー」とタカをくくってしまったから、あせった。

その時の痛みをまだ、覚えている。だが、その痛みは薬を2錠ものんでいる今、こない。この薬は何錠のめば陣痛がくる、と定義されたものではない。あくまでも個人差のだが、じわじわ効いてくるゆるい薬らしいので、「これかなー?」と思う軽いお腹の張りがあれば、「フーッ」というラマーズ法の呼吸で、簡単に痛さを逃すことができた。

用意されたベッドに横たわるほどではない。前にもたれかかって陣痛の痛みをのがせる椅子にもすわるほどではない。冗談だってまだ言える。

しかし、もう入院手続きをして早1時間半だ。看護婦さんは頻繁に様子を見に来てくださる。

そして、ついに、

「さあ、そろそろ破水させましょうか。もうすぐやしね。破水したら、キツイ痛みが来るしね。頑張りましょうね。」

歩いて分娩室に移動して、分娩台に寝る。血圧を測定。異常なし。

先生が、午前中の診察を終えて到着。

「さあ、破水しようか。ここまで、ようがんばったな。すぐ生まれるしな。」

マサミツを産むときも出だしはよかったのだが、中盤で陣痛が弱まってきて子宮口があと2センチというところで全部開かず、お産が進まないので、羊膜を破って破水させた。

ただ、違うのは、今回は"ふたご"なので破水にも順番がある。

先生は、先にサーチャンの方を破水させて、出産を進める手はずだ。ウーチャンは出口から遠い方に頭を下にして、サーチャンが出るのを待ってから出てくる予定だ。その間、子宮の収縮に耐えるのだ。

「パーン!」大きい音がした、とほぼ同時に「バシャッ!」とバケツの水を高いところから一気にこぼした音がした。破水だ。

「あーあ、先生かけられたね。」助産婦さんが笑いながら先生に言っている。破水した羊水が先生のズボンのすそをぬらしたようだ。

と、いきなりグーッと強い陣痛がきた。本当に突然だ。それも、強い痛みが長く続いて、痛みと痛みの間隔が短い。羊水が半分減ったので、お腹は少し軽くなったように思ったが、陣痛がキツイので、軽くなったことを喜べる冷静さはなくなっていた。

もう、動けない、腰が痛い。それでも、看護婦さんに付き添われて病室にかえってベッドに横たわった。しばらくは、産みの苦しみに耐えなければならない。

サーチャンが先に出やすいように、右脇を下にして横になり、抱きまくらを文字どおり抱きしめて陣痛に耐えた。「フーッ!フーッ!」と呼吸でいきみを逃す。痛くて息が乱れる。

夫は、午後からの勤務を休みにして、病室に到着していた。マサミツは背後のソファにすわって「おかあさん、がんばれ!」と声援してくれていたが、すぐに、大変なことがおかあさんに起きていることがわかったらしく、泣き出した。

夫は自分と一緒にマサミツも出産に立ち会わせるつもりだったが、私は、マサミツがおかあさんを思いやって取り乱している様子を見て、マサミツの立ち会いはやめてほしいと訴え、彼を病室から連れ出して欲しいと夫に頼んだ。だが、夫はマサミツの「ここにいるっ!」という叫び声に負けていた。

ばばちゃんが、 「マサミッちゃん、今日お誕生日やし、ケーキ買いに行こ!」と連れ出してくれた。

そうだ、今日はマサミツの3回目の誕生日だ。そして、ウーチャンとサーチャンは今、まさに、生まれる準備をしている。一緒に頑張らなくては……。

「お腹大きいしね。あんまり、ギリギリまでここで頑張って、動けへんようになるとあかんし、分娩室に行っとこか。」

看護婦さんに声をかけられたのは、破水してから、1時間ほど経過した頃だったろうか。

それから、ふたりのあかちゃんをこの手に抱くまで、まだ、6時間も間があった。

(第5章第2節「やっぱりふたり出てくるのね」につづく)





                 

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