早産の危機にはいくつもの種類がある。
私の場合は子宮口が開いてしまって、陣痛もこないのに、あかちゃんが出てきてしまうかもしれない危機だ。つまり、出てきてはいけないのに出口が開いてしまう。それを止めるのにはこれ以上出口を広げないようにすることしかない。万事休す!
アホな私は、先生に「もういっかい子宮口を閉めることはできないんですか?」と聞いた。「そんなんできひん。」と、あっさり返事。あんなところが、そんな簡単に開け閉めできたら、出産の痛みも辛さも激減するから、世の女性はあかちゃんを産みまくる。
一般に早産の危機には、まだ予定日まで間があるのに、出血してしまったり、規則的なお腹の張りがあり陣痛を起こしてしまうことが多いので、自分で「!」と気づくものだ。原因は不明だが、とりあえず陣痛が進んでしまわないように、点滴を打って出産を止める措置をとられることもあるらしい。そんなのに比べれば私のケースは、自覚症状がなく、早産の序の口といえよう。
多胎と呼ばれる"ふたご"や"みつご"の場合は、早産であかちゃんを産んでしまう(22週以降37週未満)人が多いので、"早産防止"は最初からリスクの項目に入っている。頭ではわかっていたが、身体はわかっていなかった最たるものだ。
この頃の身体の状態は、他にひどい貧血症状があり、鉄剤を10日間服用することになった。心配していた妊娠中毒症にはならず、むくみもなかった。破水の危険を考えれば入院して安静を保ち、出産の兆候(陣痛)を待ってもよかった。
実際、ふたごを産んだ人の話を聞いたり、読んだりすると、驚くほど多数の人が、早産防止のために入院している。しかも、"入院したから早産しない"とは限らない。
期間は人それぞれだが、出産までの1〜2ケ月間、点滴につながれていた、とか、トイレにも立てなかった、などといった話は、ボロボロ出てくる。早産の兆候はなくても、「管理入院」という名目で9ケ月に入ると同時にベッドの生活を強いられた人もいる。妊娠中毒症のために、塩気のない食事が毎度毎度出てきて、隣の人のおでんが食べたかっただの、スパゲッティをじっと見ていただの哀れな食生活をしていた話も聞いた。
基本的に初産婦(はじめての出産控えた妊婦)の子宮口は、経産婦(出産経験がある妊婦)のそれに比べて硬い。それでも、多胎の妊婦は早産を防止するために、早産の兆候もないのに管理入院させられる人が多いそうだ。
私のような、経産婦でかつ"ふたご"のケースはもっと早い時期から入院して、引力に逆らってあかちゃんが出てきてしまわないように、ベッドにくくりつけられてもいいようなもんだが、「実家で安静」を希望した。
出産のために入院することをマサミツに説明すれば、彼はたぶん理解できるであろうと思われた。何しろこーんなに大きなお腹がへっこんで、代わりにあかちゃんがふたり来るのだから、3歳のこどもでも"おかあさんの入院"を理解してガマンできるだろう。
しかし、生まれるまでの1ケ月をおかあさんと離れ離れに生活することは、毎日病院に来ておかあさんの顔を見られるとしても、彼には耐えられないだろうと心配した。今、大事なのはマサミツと一緒にいてやり、できるだけ"ふたご"の満期産である38週に近づくことだ、と自分に言い聞かせた。
その38週はとてつもなく遠かった。
マサミツの面倒は全部ばばちゃん、じじちゃん、あーちゃんが見てくれた。文字どおりなにからなにまで任せた。夫は私を案じつつも独身生活を楽しんだ(?)。一週間に一度は掃除をし、朝食も夕食も自炊し、翌日の弁当まで作る徹底ぶり。これで"ふたご"を家に連れてかえっても、家事についてはおおいに手伝ってもらえる、とほくそえんだ。
実家でのマサミツは、ときどき私の寝ているリクライニング布団の横にやってきて、おかあさんと一緒に遊びたがったが、おかあさんは横になったままなので、おもしろくなかったらしい。
そんな中、ばばちゃんは本当に根気良く相手をしてくれた。
平均的なおばあちゃんはどんな人なのか知らないが、うちのばばちゃんはすごい。なんてったって「スーパーばばパワー」の持ち主なのだ。
ある日、下で新聞を読んでいると(食事のついでに新聞を読むくらいは安静を言い渡された"ふたご"の妊婦でもできる)、二階で急に「ドーン!バタバタ!」と音がしてピタッと止まる。また「ドーン!バタバタ!」と音がしてピタッと止まる、が繰り返された。おまけに、「キャーキャー」とカン高い黄色い声がする。それも2名分。
マサミツが暴れているのだろう、とノソノソ階段を上がり、見に行くと……。
ばばちゃんがでんぐり返りをし、マサミツが面白がってその周りを走り回り叫んでいる光景が目に入った。ばばちゃんは60歳を過ぎている。私は思わず「やめとき!」と怒鳴った。それでも平気な顔をして「えー運動になったわー」と言ってのけるばばちゃんだった。
また、ある日の「バタバタ!ドーン!」は、カーテンを閉めきって暗くした部屋の天井や隅を懐中電灯で照らし、「どこや!どこや!」とマサミツが探し、見つけたら「あったー!!」と光をつかまえるために、ふたりしてタックルしていた。おそるべしばばちゃん。
ことわっておくが、ばばちゃんは孫と遊んでばかりいるのではない。せっせと3度の食事を作り、毎日掃除と洗濯をし、筆耕(毛筆で宛名書きや結婚式の席札を書く)の仕事をする。その仕事も忙しい時は、夜中の2時くらいまでしている。昼寝はしない。
たいていの人には、孫が生まれたとたんに"ばばパワー"や"じじパワー"が備わる(らしい)。孫とデパートに行くと必ず屋上の乗り物に乗せてやる、とか、おもちゃをしこたま買い込んでいるなどだ。これは"ふつう"のグレード。
ちなみに、じじちゃんは、電車が好きなマサミツを自転車に乗せて、京都駅近くの高架が見える場所に連れていってくれる。入場券を買って京都駅構内に入るのではないところがミソだ。動かなくなったぜんまい仕掛けの車などはチョチョイノチョイで直してくれる。
うちのじじちゃんのパワーはふつうのおじいちゃんに比べると少し異質なので、私は"ふつうの上"のグレードを与えた。
むずかしい反抗期の中でも、マサミツがやさしい心を失わずにいてくれたのは、ただただ、ばばちゃん、じじちゃん、あーちゃんのお陰だ。(おとうさんパワーは毎日会わないと効力を失う。あーかわいそ。)わがままを上手に受け止めてもらえたからこそ、「げんきにうまれておいでー」と何度もお腹に向かって語りかけてくれたのだ。
38週をめざした実家での私の1ケ月は、本当に本当にほんとーに……長い長い長い月日だ。「やっと6月!」「やっと7月!」を越えてきた。9ケ月に入ってからは、「ああ、今日も産まれなかった。」の繰り返しだ。
それは、「産まれなくて残念だった(=まだ、この重いお腹でいなければならない)」であり、「産まれずによかった(=まだ、早産せずにお腹の中で育ってくれている)」でもあった。いずれにしろ神さまの決めること。私は「いまだ!」という瞬間を先生のおっしゃる38週に定めるよりほかはなかった。
カレンダーには36週のところにマルがしてあって、かたわらにこうメモしてある。
"×36週以下""×2000グラム以下"
これは、「36週未満の早産や推定体重2000グラム以下の場合は大病院へ搬送される」という意味だ。つまり、「自分で育つ力を持って生まれるには36週以上経過しており、体重は2000グラムを越えていなければならない」という先生よりのお達し、兼、私が「もう重たい。耐えられへん。しんどい。早よう産まれて!」と思ったときのいましめのバッテン「×」なのだ。
周囲はともかく、私の生活はタイヘンを極めた。
夜中にときどきお腹がキューッと張り、「来たか!これは陣痛か?」と思いながら時計とにらめっこ。「うっ!まだ出たらアカン!」と、お腹をなでながら張りがおさまるのを待つことがしばしばあった。冷や汗が出ることもあった。
それがなくても、おしっこが近いわ、寝返りをうつたびによっこらしょ!とお腹を持ち上げなくてはならないので起きるわ……で熟睡できず、結局、日中もトロトロとまどろんだ。
仕事、家事、育児に忙殺されて自分の時間がない!となげく身からすれば、天国のように、時間はゆっくりと流れ、一日中横たわっていた。
食事は文句なくおいしい。今日のおかずの材料を買いだしすることもなく、油まみれになることもなく、まさに食べすぎないように食べるだけ食べて、後片付けもせずに寝る。これだけは"しあわせ"の部類に入った。
しかし、食事のたび、マサミツが甘えて「おかあさん、食べさしてー」と言う。一種のあかちゃん返りだ。彼なりに、おかあさんが起きている間だけでも甘えようとしていたのだろう。しかたなしにマサミツの口にごはんやみそ汁を運んだ。ばばちゃんは私の作った「マサミツの大好物表」を見ていろんなものを用意してくれた。
ここで、食事に関して"ふたご"の妊婦に問題が生じる。スプーンのいるような食べ物や、熱い熱いものがヒジョーに食べにくいのだ。お腹が大きすぎて。
テーブルマナーに行くと、"自分とテーブルとの間はこぶしひとつ分くらいあける"と習わなかっただろうか。"ふたご"のあかちゃんがお腹にいる妊婦は、その大きすぎるお腹の先をテーブルにピタッとくっつけても、一番近いお皿と口は60センチほど離れてしまう。テーブルの真ん中に置いてある"おしょうゆ"はものすごく遠い。
カレーを食べるときには、誰もがカレーの皿をテーブルにおいてちょっと前かがみになり、スプーンでカレーを口に運ぶはずだ。だが、スプーンで運ぶのに60センチは遠い。かといって、前かがみには絶対なれない。手のひらに乗せるには皿は熱い。だから、ミニタオルを敷いて皿をお腹の上に乗せてカレーを食べる。ウーチャンとサーチャンの足は熱かったかも知れないが、GOOD!
熱いものは、少しさましてから、決まったようにお腹の上に乗せる。そうすれば、お皿やお椀をテーブルと口の間を往復させて、うっかりお腹にこぼしてしまうこともない。
2日に1回のシャワーはまさに、ヒヤヒヤものだ。ただでさえもすべりやすいお風呂場になんの防御もないまま入るのだから、用心用心。ヒマそうな誰かにシャンプー・リンス・石鹸をすべて湯船のフタの上に乗せておいてもらい、立ったままでも手がかろうじて届くようにして、とりあえず髪と膝から上は洗えた。
そうして、9月7日。34週の検診の日だ。ウーチャンとサーチャンは2521グラムと2046グラムに育っていた。
「やったー!どうだ!2000グラムを超えた!もう生まれてもいいね!」と顔がそう語っていたのだろう。それを見てニンマリ顔で先生がおっしゃる。
「誤差があるから、まだ油断したらあかん。2週間後(36週)の検診で2800と2300くらいなら、ええわ。」
もう、本当に泣きそうだった。そこまで耐えられる自信は、体力的にも精神的にもまったくないのだ。2週間先が何年も先に思える。38週はさらに先だ。気が遠くなる。
さいわい産道にあったB溶連菌は抗生物質を服用していたお陰で消えていた。貧血は相変わらず続いていたが、じっと寝ているだけなのでフラフラすることもなく、お薬を追加でもらった。子宮口は2センチ開大のままだ。
「ウーチャン、サーチャン。もうおかあさん、あかんかもしれん。」弱気だった。ばばちゃんだけが、「まだいける!」と強気だった。スーパーばばパワーは、すでに噴火の気配を見せていた。ばばちゃんは八坂神社の御旅所(おたびしょ)に日参して、"ふたご"のあかちゃんが無事に産まれますように、と願掛けしていてくれている。ときどきマサミツもついて行って10円を賽銭箱に投げているようだ。
「頑張らなければならないのか……。」思えども、誓えども、すぐに萎えてしまう。
いちおう、とりあえず、泣きながら、しかたなく、38週をめざしている妊婦だった。
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