100センチ。1メートル。1000ミリ。この未知なる数字がお腹周りにやって来た。
長さで100センチというと、1メートルのものさし、もしくは30センチのものさし3本分とチョイ、畳の短い辺プラスちょっとなどと、わりあい想像がつきやすいが、円周100センチというと、ピンとこない。巻尺を100センチ伸ばして、輪にしてみる。結構な丸だ。
夫のスボンを取り出してウエストを輪にしてみる。夫はこんなに太かったのかとガクゼンとする。夫がデブをとおりこしたおすもうさんであるとか、競輪選手で太ももの周りが60センチとかいう得意な職業の人はモンダイ外。
私の胴周りは、その100センチを超えた。夫のズボンより太いのがくやしい。
出産の2日前、妊娠38週で101センチを記録した。
「オバケ?かいじゅう?エイリアン?」周囲の目はそう語っている。いまだかつてそんな目でお腹を注視されたことがあっただろうか?しかし、鏡に映る私はまぎれもなく「オバケ!かいじゅう!エイリアン!」だった。
独身時代は26インチのジーンズがブカブカで、少し太った新婚時代でも7号のスカートはクルクル回るのでカギホックの位置を付け替えていた。
それが、1回目の妊娠で「たしかになんかはいっている!」ウエストになった。妊娠したらお腹が大きくなることは当然知っていたが、おへそがなくなることは聞いてなかった。私は、ちょっとひきつった。
おへそは縦にグイーンと引っ張られ、横にもドベーと広がり、こどもの頃に「とってはいけない」といわれた"おへそのごま"はとり放題になる。こんなことでイイ気になっている場合ではないが、優越感にひたった。おへそは底までキレイキレイになった。夫に自慢もした。
その裏で、「こんなになって元にもどれる?」と昔おへそだった部分の皮に問いかける。そこだけ周りに比べてやわらかい皮で、つきたての羽二重もちを両端から引っ張ったように、こころなしか透きとおっている。
マサミツを産んだあと、おへそは元の形に戻ったが、ウエストは元の細さを忘れ、元に戻そうとする努力も怠り腹筋運動もしなかったため、9号のズボンがピチピチになって、赤面した。お気に入りのスカートは軒並みクローゼットのこやしとなった。
今回の妊娠は、さらにグレードアップしたウエストだ。
14週の69センチから始まり、30週(8ケ月半)で90.5センチまで大きくなったウエストを見て、「もしや!」とただならぬ恐怖感におそわれた。マサミツを産む直前の記録は86センチだ。しかも、41週まで彼はお腹にいた。
"ふたご"のお腹は、検診ごとに91.5、93、97、99と巨大化しつづけて、101センチに至ったのだ。胴だ!(どうだ!)
通常、すこしずつ大きくなるものとか、小さくなるものは、必ず、最後にはびっくりする動作がつきものだ。
テレビを見ながら袋入りのポテトチップスを食べていたら「あれー!もうなくなった」。ドライアイスはケーキを食べている間、ずっと睨んでいても減り方がわからないのに、最後にはなくなる。節分のときに食べる豆の数は知らない間に36個になっていた。ちまちま編んでいた毛糸のセーターが、はい、できあがり。夜店で買った風船がどこかへ行ったと思ったらしぼんで床に落ちていた。
時間の経過や進む速度は違うとしても、「あれまあ」という驚きが伴う。
かくして"ふたご"のあかちゃんをもつ妊婦のお腹は度をわきまえることなく、驚きとともに"泣き"が入った。
8ケ月の頃からゲッ!と思う大きさになった私のお腹は、普段自分では上から眺めることしかできなかった。骨盤の形やふたりのあかちゃんの位置によって、外から見たときにどんな形のお腹になるかは個人差があるが、私のお腹はただただ前に向けて出っ張った。とても骨盤の中におさまっている状態ではなかった。
マタニティドレスもお腹のところだけ余裕がなくなる。胸は期待を大きくはずれ、変化のないままなので、どんな服もスカートの前があがり、胴はピチピチ、胸はブカブカのヘンな格好だ。
おなかにひとりのあかちゃんが入っている"単胎"の妊婦さんも、不格好といえば不格好だ。数ある妊娠中に読む雑誌は、妊婦さんのモデルで表紙が飾られているが、妊娠中期、あるいは妊娠後期の妊婦の姿は、どんなに顔が美しくてもお腹の迫力に負けている。
それが、"ふたご"の妊婦になると、迫力は倍増。顔はついていないも同然だ。(これは言い過ぎか?)
「お腹が前に出てるし男の子や、横に広がったら女の子」という、何の医学的根拠もないが見事に当たるお豆腐屋のおばあちゃんの"お腹診断"も的中した。「実はね、ふたごなん」と打ち明けたとき、「前に出すぎてると思た」と言われたので、やはり、どうみても大きかったのだろう。
「大きい」とか「大きすぎる」という表現は比較するものがあるからできるわけで、漠然としているが、昔の私を知っている人に、どれくらい大きいかを伝えるのに「ウエスト100センチ」を持ち出すと、かなりの衝撃を与えた。そのものを見なくても、"ヒャク"という数字は卒倒の気配をよぶ。
当の本人の心境は、「無事に産まれますように」と、ひたすら産んだ後にぺしゃんこのお腹に戻るのかどうかの二点にしぼられた。これ以上大きくなるつもり?どこまでアンタたちは育つの?お腹を見つめて話てもガンガン中から蹴られるばかり。もちろん、これ以上大きくならなければいけないし、熟すまで育ってもらわねばならない。しかし、できることなら今以上にお腹の皮を伸ばすのはやめてもらいたかった。
ビキニは着たことがないし、着るつもりもないが、「ビキニは着られへんな」と思い始めたのは8ケ月半(30週)くらいからだ。
その時に、ピキピキと音がしたのではないかと疑うほどの赤紫に光る短い線が、何本も横に走った。"妊娠線"だ。2センチくらいのミミズが群れをなしてギザギザ行進しているように見える。サイアク!サイテー!あまりにかわいそうなお腹。自分で自分に同情してしまう。
もしかしてこうなるかも、という危惧は、ふたりのあかちゃんの合計推定体重が3000グラムを超えた30週の頃から芽生えていた。つまり、ひとりのあかちゃんであれば、もう生まれてもいい臨月のお腹である。ということは、お腹の皮が伸びる限界はここまでで、これから先は妊娠線が出る禁区だった、ってぇことだ。
妊娠線は、"単胎"の妊婦さんでも出ることがあるし、ひどい人になると、急速にむくむ足にも妊娠線が出ることがあるそうだ。だから、"ふたご"を妊娠した時点で、妊娠線がお腹に出ることくらいは覚悟しておいた方がよい、ということだ。
妊娠線を抑えるクリームだとかいうものもあるらしいが、クリームをぬるマッサージ行為が早産の危機を招くので危険だし、私はそういう系統のものは信じないタイプの人間だ。
光るピキピキの線はその後も次第にお腹全体に広がった。おまけにピキピキはかゆい。お腹を縦に走っている皮の下にある真皮(しんぴ)をひび割ってでも大きくならねばならない緊急事態なのだ。それにしても、その下にある子宮はよく伸びるもんだ!
感心している場合ではなかった。おへそが今回はモーレツにえらいことになっている。
妊婦が臨月を迎える頃にはたいてい「スイカが入っているみたいやねー」とか、「風船みたい。針でプチッとやると破裂しそうやねー」と言われる。(言われなくても他人はたいてい心の中でそう思っている。……と思う。)
私の場合は、"特大の"と"元の色がわからないほど大きくふくらました"という形容詞がついた。
こどもの頃に一生懸命ふくらませたゴム風船を思い浮かべてほしい。不良品か、はたまた何度もふくらませてはしぼませたからか、一ヶ所「割れるなら絶対ここから割れる!」というたよりない場所のある風船を見たことはないだろうか?その「割れるなら絶対ここから割れる」場所が「おへそ」だ。もともと、大事に大事に隠れていた場所であるのに、いつの日からか、すこしずつ日の目を見、うす〜く引き伸ばされて、今ではピンピンに引っ張られている。
「もう、アタシだめです。ここから裂けてもいいですか?」いつもそう聞かれているようだった。昔おへそだったところの皮にピシッと切れ目が入ったらもうアウト!そこから、縦に横にビリビリと裂けてしまう光景がまざまざと予想できるのが100センチのウエストだ。並みのおそろしさではない。
「ようがんばってるなぁ。えらいなぁ。」
私は、「お腹」が、自分のからだの一部であるにもかかわらず、意志を持って大きくなっているように思え、いとおしく、尊敬するまでになっていた。
限界を知っているのか知らぬのか、今まで妊婦のお腹が破れたという話は聞いたことがないが、本当に本当に破れないのか。お腹には聞いてみたいことが山積みだ。
100センチ、1メートル、1000ミリ。とりあえず、今のところは大丈夫みたい。でも、明日はわからんゾー。
どうか、「お腹が裂けた妊婦」第1号になりませんように!この頃の切なる願いだった。