誰が爆弾のスイッチを入れたのか、そして、爆発まであと○秒!のカチカチを止める手だてはあるのか。刻一刻と迫る身の危険。手に汗にぎる"ダイハード4"は、私の意識しないところではじまってしまっていた。ジャーン!危うしブルース・ウィルス。違った、アブナイのは私だぁ!
恐れていた早産の危機にみまわれた。
日付を正確にしておこう。うちの町内では地蔵盆は土日にあわせて行われるので、この年は8月21・22日。それをはさんで検診に行った。8月10日(妊娠30週)と24日(妊娠32週)。
30週の検診でウーチャンは1754グラム、サーチャンは1372グラムと推定された。合計3000グラムを超えている。単胎ならもうこれで生まれていいよ、となるのだが、"ふたご"なので、まだまだGOサインは出ない。今の倍近く大きくしてやらねばならない、と考えると倒れそうだ。
いつもの尿検査や血圧検査の他に、マサミツのときもそうであったように、内診の際に産道に菌がいないか調べるために粘液を採取された(頚管粘液検査)。検査結果は次の検診のときに教えてくださる。今のところ早産の気はないので、普通に生活していてよい、と指示を受けた。
そして地蔵盆。仕事熱心で事務処理が大好きな性格が頭をもたげた。仕事らしい仕事から離れ、専業主婦になって早、3年。いろいろな準備がちょっと楽しかったので、知らないうちにはりきっていたのかもしれない。「こどもおやつ」を調達するのにつきあったり、ビンゴゲームの景品を分けたり……。決して無理はしていない。結局、こどもたちの楽しそうな声をきくのが好きなだけなのだ。
これが災いしたかどうかは未だに不明だが……地蔵盆を終えた後の32週の検診でえらいことになった。
前回の検査結果でB群溶連菌(GBS)が出たのだ。細菌の一種で正式にはB群溶血性連鎖球菌という。新生児が生まれる時に通る産道にこの菌があると、あかちゃんが感染して、肺炎を起こしてしまうかもしれない。また、流産や早産、破水の原因にもなる。
先生は内診のときにいつも、「大丈夫、ようがんばってるな」とか「うん。元気にしとる」と言ってくださるのだが、この日は「んー」と一言で診察された。この「んー」のトーンといい、長さといい、何かイヤな予感がした。ニューヨーク市警の刑事のカンというものだろうか?違った、妊婦のカンだ。
後で診察室に入ると、案の定、菌が検出されたとのこと。早産マーカーというものを使って、早産の気配があるかどうかのチェックをされたが、陰性反応だった。しかし、すでに子宮口はもう直径2センチも開いていてフワフワしており、「早産の危険性が大」だと言われた。
正直言ってあせった。この時のあかちゃんの推定体重はウーチャンが2100グラム、サーチャンが1500グラムと、600グラムの差があった。今産まれてしまうと、サーチャンは2000グラムを越えていないので、この産院では出産できず、新生児集中治療室(NICU)の設備のある大病院を紹介してもらってそこで産まなければならない。私はマサミツを産んだ「ここで」このふたりを産むことにこだわった。
それには先生から条件を出されていた。ここでは帝王切開手術もしてもらえる。でも、あかちゃんの推定体重がふたりとも2000グラムを超えていること。そして妊娠36週を経過していること、の2点をクリアしないと、ここでの出産も手術もダメなのだ。いつになく先生も真剣な表情だ。
「ここで」産めなかったら、つまり、今、体重の少ないまま早産してしまったらどうなるのか、先生に聞いてみた。
破水(袋にあかちゃんと一緒に入っている羊水が出てしまうこと)してしまったら、それが引き金になって、一気に強い陣痛が来てしまう。そうしたら、一刻も早く(救急車は呼ばなくていいが、大急ぎで)まず、先生のところに来て、診てもらい、ネットワークで病院の空きを調べて、これまた大急ぎで搬送される。その時にどこの病院に空きがあるかはわからないので、今、大病院を指定することはできないそうだ。私は思わずうなってしまった。なんでこんなことになってしまったのかなどと、考えている余裕はない。今より先のことを考えるのが精いっぱいである。そう、後戻りはできない。前進あるのみだ。果敢な妊婦。爆弾のカチカチがひときわ大きく胸の中でひびく。
とりあえず、お腹の外からあかちゃんの心拍状況や胎動を調べ、母体に軽い陣痛がきているかどうかも見るテスト(NST=ノンストレステスト)をして、ふたりが元気であることを確認。心配していた妊娠中毒症もむくみも出ていないと診断してもらい、貧血検査のために血を少々抜かれた。そして、これから目標の36週(あと1ケ月)までどうやって早産を防ぐか先生と話し合った。
まず、菌に対しては抗生物質の薬を1週間内服。4日後にもう一度再検査をする。それまでは絶対に安静。トイレと食事以外は布団を斜め(第4章第3節「リクライニング布団の術」参照)にして寝ていること。お風呂はダメ、シャワーは2日に1回。とにかく今は現状を維持すること。子宮を休め、身体を横にしてあかちゃんが引力で下がり、出口を破いて、破水をしないようにするのだ。
そして、4日後の検査でまだ、保菌しており子宮口が今よりも開いていたら、あかちゃんが引力で下がって来ても簡単に出られないように、子宮口をくくってしまう手術をしよう、というところまで話は進んだ。
「子宮口をくくる」というのは、子宮口をひっぱってくくり、出口をふさいでしまおうというもの。手術自体は簡単なものだが、無理にくくるので3日間ほど痛みがあり、手術を含めた前後1週間は入院が必要。
もうドキドキものだ。マジで手に汗にぎる。なんといっても、その後に付け加えられた先生の言葉がすごい。
「くくってしまっても、早産で出てきてしまうときには、破ってでも出てくる。」
むちゃくちゃだ。あまりにもひどい。ベニヤ板を蹴破ってジャーン!と登場するんじゃあない。くくってある子宮の出口をビリビリっと破ってオギャーだ。レベルが違う。違いすぎる。本当に"ダイ・ハード4"をここでやってどうする?
あとで読んだ本によると、手術はお腹にいるのがひとりのあかちゃんでも、早産しそうになったらする人もいるし、"ふたご"の場合は"ふたご"とわかった時点で行われることもあるそうだ。
手術をしたほうがいいかかどうか、先生はとても悩んだ顔をされている。私は先生にははじめて妊娠して流産したとき、マサミツを産んだとき、そして今回、とずっとお世話になっていて、他に産婦人科の先生は知らないので、"誰よりも"という言葉を使うのはおかしいのだが、誰よりも信頼していた。だから、先生の判断に任せようと心に決めていた。
とにかく、手術が必要かどうかの最終判断は4日後の土曜日に持ち越しだ。私は診察室を出て、支払いを済ませるまでの間に自宅に電話をかけた。夫は、今日は午後からの出勤にしてくれているので、マサミツの面倒を見るために自宅に待機していてくれている。
早産するかもしれないこと、安静が必要なので、家事全般を放棄して、マサミツとともにすぐに実家へ移動したいということ。そのために、じじちゃん宅へ電話をして頼んでおいてほしい。支払いが済んだらタクシーですぐに帰るので昼食の用意をしておいてほしい。
頭の中でしなければならないこと、話さなければならないことを整理した。ばばちゃんは、8月に入ってからあまりに身動きしづらそうな私を見て「もうしんどかったら、いつでも帰って来!」と言ってくれていたので、心置きなく甘えることにした。きっと夫が電話をしたら、すぐにお布団を敷いて、迎えに来る準備もしてくれているだろう。
帰宅した私は、早口でことのいきさつを夫に説明し、当分のマサミツと私の着替えをかばんに詰め、"ふたご"だとわかったすぐ後に出血してしまったときから、用意したままの入院の時に持っていくかばんの隣に置いた。マサミツには、ばばちゃんのお家に当分お泊りにいくので、ここにはしばらく帰ってこないことを説明し、絵本とおもちゃの中から好きなものをリュックに入れるように言った。母の状態をあまり理解できていないマサミツは、ばばちゃんのお家にいけることが楽しみで、ひとりルンルンしていた。夫は、お父さんと離れ離れになることを、つゆほども悲しまないマサミツを恨めしそうに見ながら、カニチャーハンを作ってくれた(夫の作るカニチャーハンはおいしい)。
約束の4日後、土曜日、マサミツを残し、夫と産院へ向かった。大事な決定をしなければならないのでついてきてもらったのだ。さいわい子宮口は4日前と同じ2センチ開大だった。一触即発で破水してしまいそうだとのこと。
問題の子宮口をくくる手術が必要かどうか、先生はもう一度考え、安静の状態を実家で続けられることを条件に、手術は見送ることを選択してくださった。私たちも、手術の痛みと入院期間を費やしても破って出てくるかもしれないのなら、このままでできるだけ安静を続ける方に賭けた。
36歳の高齢出産だわ、上の子がいてじっと寝ていることもできなかったわ、とリスクの波の中で、ここまで"ふたご"がお腹にしがみついていてくれたこと、暑い中でもなんとかがんばってこられた体力をもう少し信じてみようと思ったのだ。じじちゃん、ばばちゃんに迷惑をかけるだろうが、あと少し、ギリギリの状態だが、お腹の中のこの子たちは、お母さんの味方をしてくれる、とフッと思った。
"食っちゃ寝"を続けると太るだろうが、仕方がない。今度の検診9月7日(34週の予定)までガンバレ、と先生に励ましてもらった。
何が原因でこうなったかはわからない。菌自体は女性の泌尿器によくある菌で、保菌者の女性は多いそうだ。やはり地蔵盆ではりきりすぎて疲れたか?引力に逆らえなくなったのは立ちすぎたから?いや、もう限界が来ていたのかもしれない。子宮はもうパンク寸前なのだろうか。
そ
れから、夫と離れて実家での半病人生活がはじまった。9ケ月に入っていた。今、ふたりが生まれたとしても育つ体力はある。でもここでもうひとふんばりだ。一日でも予定日に近づくことが私に与えられた使命だ。家事は返上。上げ膳据膳。その代わりといっては苦しい条件だ。
神様、仏様、お地蔵様。お守りくださーい。
"ダイ・ハード"は、毎回ハッピーエンドだもん!私だって絶対ハッピーエンドにしてやる!!!