4.2 お地蔵さまヘルプミー


 

「来年度、地蔵盆の役してくれはる?」と打診されたのは2月1日だった。「妊娠しているかもしれんけどなー」とは思っていたがハズレかも知れない、と、まだまだ他人様にいえる段階ではなかった。

内心、私のところに白羽の矢を立てなくても、他に適任者もいるだろうに、と思って聞いてみると、もうすぐ二番目の子が生まれるとか、ただいま妊娠5ケ月とかいう人、1歳にも満たない乳飲み子をかかえた人を除くと私しかいない勘定だ。「なーんだ、消去法か……」と思いつつも、誰かがやらねばならないし、私以外の人はもっと条件が悪そうだ、と快く引き受けた。

京都には地蔵盆の風習がある。普通のお盆は8月13〜15日で、一般に「盆休み」と呼ばれ、里帰りやお墓参りに行く人が多く、帰省ラッシュが各地で繰り広げられる。その普通のお盆の後、8月23・24日の地蔵菩薩の縁日に行われるのが地蔵盆だ。最近はこどもの数が減少したのでやめているところもあるそうだが、町内のお地蔵さまをお祭りし、町内の無事をお願いしたり、子どもの加護をお祈りしたりする古くからの行事だ。

地蔵盆の行われている町内を歩く機会があるなら、探してみるといい。必ずどこかに、模造紙に二日間の日程が達筆で書いて貼り出してある。「10時 百万遍数珠回し」「3時 こどもおやつ」「4時 お楽しみゲーム」「6時 こども用・家庭用福引き」などなど。

地蔵盆のない地域にお住まいの方のために、もう少し地蔵盆のなんであるかをお教えしよう。つまり、地蔵盆はこどものためのお祭りである。

京都でも幹線道路以外は、車はギリギリ2台しか通れないくらいの道が多い。その狭い道の両側にある家々の集合で町(ちょう)の単位が構成されている。1町内は多世帯が居住するマンションやアパートがないと、50世帯もないくらいだろうか。そんな面積の狭い、キュウキュウ詰めの地域にも、だいたい1体のお地蔵さまがまつられている。

行ったことはないが、長野県の安曇野では、そこここでお地蔵さまがたたずんでいるそうな。ほこらに入っているものもあれば、道ばたでほほえんでいるのもあるらしい。その数は計り知れないが、京都にあるお地蔵さま約5000体の数には及ばないだろう。

前に住んでいた町(ちょう)では、十字路の角にお地蔵さまのほこらがあり、車がひっきりなしに通るのに、そこでは一度も事故が起こったことがないのは、お地蔵さまが護って下さっているからだ、とおばあちゃんが言っていた。町内で順番に毎日お地蔵さまのお掃除をしたり、誰かれともなくお花を供えたり、通るごとに手を合わせたり……まさに、町内全体を護っているかのごとくにお地蔵さまは存在する。そのお地蔵さまは、こどもが大好きだといわれているのだ。だから、地蔵盆ではこどもがお地蔵さまの前でいつも遊んでいる。

「数珠廻し」は直径5メートルほどの数珠を、お経にあわせてこどもらが輪になって廻し、ひときわ大きい白いフサフサが自分の前に廻ってきたら「アン!」と頭を下げて「賢くなりますように」とか「病気をしませんように」とお願いする。ものすごく小さい子は親が無理やり頭を下げさせる。

「こどもおやつ」は文字どおり「こども」が「おやつ」をもらえる時間だ。地蔵盆の間はこどもの天下なので、行くだけで「おやつセット」がもらえる。冷やしてあるジュースも飲み放題だ。

「お楽しみゲーム」はうちの町内ではもっぱらビンゴゲームのこと。たいてい小学生低学年の男の子が、数字の玉がでる機械を触りたがってケンカになる。ビンゴ!になると、文房具やおやつがもらえる。付き添いの親も参加できるので商品をゲットするのに興奮の嵐がうずまく。

「こども用・家庭用福引き」はこどもの好きそうなおもちゃ類と、おとなの好きそうなビールや洗剤(好きか?)があたるくじ引きだ。大当たりの賞品は、高額の商品券だったり、こしひかり10キロだったりする。町内によってさまざまだ。

ざっとみても"こども万歳"のお祭りだ。地蔵盆の役員になると、こどもが喜んでくれれば、お地蔵さまも喜んでくださるという原理から、駄菓子を用意したり、風船つりの風船をふくらましたりして、コツコツと準備をするのである。

こどものいる世帯で地蔵盆の役は持ち回りで、順番にしなければならない。小さい頃から地蔵盆には慣れ親しんでおり、お地蔵さまはこどもの守り神であると信じている私は、お腹にあかちゃんがいるとしても、予測される予定日までにはまだ間があるし、お地蔵さまにかかわるだけで、仮にあかちゃんがお腹にいたとしても、スクスクと育つように守ってもらえるだろう、と簡単に考えて役を引き受けたのだ。

何日か後、妊娠の予感はハズレなかったことが判明。律義な夫は、「一旦引き受けたもの、今から断るのは迷惑や、ぼくが準備するやん」というので、役を降りることはしなかった。どうせ、地蔵盆の日から予定日まで2ケ月くらいあるし、大きなお腹を抱えていても、動いた方がいいくらいの頃だから楽勝〜!!

と、タカをくくっていたら、3月9日に「まさかのふたご宣言」だ。にっちもさっちもいかない、むちゃくちゃに甘い見積もりだったのだ。なにが楽勝〜!だ。大変だ。多くのリスクをかかえたままで、この身がどうなっていくのか?はたして地蔵盆の頃、私は立って歩くことができるのか?

夫に、やはり役は他の方に代わってもらった方がいいのではないか、と相談したが、夫が役員交代の会で「地蔵盆の役します、ヨロシク」の挨拶も済ませた後の発覚だ。おいしい料理とビールを飲んでしまった後なので申し訳なく、準備やあとかたづけを含めても、たかだか5日間くらいのこと、お地蔵さまもきっとあかちゃんを守ってくださるだろうし、「全部ぼくが準備するっていうてんのに、なんで信用しいひんのや?」と夫婦喧嘩のきざしが見えたので「ほんなら、ほんまにヨロシク」と夫に任せることにした。

月日は流れ8月を迎えた。

見事なお腹になった。私はまだ立って歩くことができた。しかし、その足取りはノソノソと恐竜のようだった。1週間後が予定日の奥さんのお腹よりもダンゼン大きかった。

久しぶりに会う奥さん方やおばあちゃんに「あら〜お二人目?」と聞かれる。きまってその後に「もうすぐちゃうのん?」である。この頃には大々的に"ふたご"妊娠を公表していたので、すぐにそれを告げると、だいたいの人はおったまげた。

中学3年になる男の子のお母さんは、「ひとり育ててあげる!」と頼もしいお言葉。公園での友達の「ベビーベッド貸したげる」とか「一緒に遊んであげる」よりもお得だ。

例年通り「数珠廻し」も始まった。マサミツは夫のひざの上に座り、大きな数珠を一生懸命、右送りにして廻している。白いフサフサが自分の前にくるとかわいく「アン!」と頭を下げている。いったい何を願っているのだろうか。「ふたごのあかちゃんが無事に生まれてきますように」とお願いしてほしいな。ところがマサミツは笑いころげている。神妙にお経があげられている最中に声を出して「またきたねー!」と言いながら白いフサフサ(実はそうとう古いのでズズ黒い)を目で追って自分の前にくるのを待ち、うれしそうに「アン!」を繰り返す。

こんなこどもをお地蔵さまは、よろこんで見つめてくださっている。マサミツはたぶん無心だ。なにも考えてはいない。それが一番大切なことだ、とお地蔵さまは大人たちに教えているのだろうか。

この巨大なお腹の中のふたりのあかちゃんも、無心そのものだ。生まれた先に何が待っているかもわからず、静かに成長し続けている。"ふたご"の満期産である38週まであと1ケ月半。この最後のラストスパートとでもいうべき時期が一番大切なときなのだ。お地蔵さま、私のお腹のあかちゃんが見えますか?ちょっとはりきりすぎたかな?と思うくらい準備をして地蔵盆を迎えています。どうかどうか、まもってください。

ほんまにもー。暑いのに1週間がんばってお掃除当番もしたんだぞ。お賽銭だってはりこんで、100円も出したんだから。前を通るたびにオネガイって頼んでたでしょ。どーぞ、どーぞ、お助けください。私を支えてくださいね。

あ、忘れてた。私、隠れキリシタンだった。

そして、その2日後、妊娠32週の定期検診に出かけた私は、最大の危機を先生から知らされたのだった。

<第4章第3節「一触即発!早産の危機」へ つづく>





                 

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