3.5 やっぱり大っきいと思てたんや


 

7月の京都は、祇園祭一色。一年を通して一番にぎやかな時だ。そして、毎年この頃が一番暑い。私がこどもの頃は、祇園祭のクライマックスである山鉾巡行の前に、梅雨は明けていて、本格的な夏を迎えたのだが、最近は気候の変化で、いつまでもダラダラと雨が降り、よけいに蒸して、暑い京都の夏を演出してくれる。本当にたまらなく暑い。

あしたは七夕。私は妊娠25週で7ケ月に入っていた。まだ、あかちゃんが女の子か男の子か、わからなかった(性別判定に関しては、第2章第5節「のぞみはマナ・カナ」参照)が、お腹だけはもう、充分に大きかった。。

この頃のあかちゃんの大きさは、ふたりぶんを合計すると1959グラムと推定された。マサミツがお腹にいたときの母子手帳には30週で約1500グラムと記録してある。つまり、"ひとり"がお腹にはいっているとすれば、ゆうに1ケ月以上はサバを読んでいる勘定になる。

「吐け!吐くんだ!吐いて楽になれ!さあ!」ふた昔前の刑事ドラマがよく夢に出てきた。カッと白熱電灯を顔に向けられる。

「あの……。」言葉が続かない私。

「どうなんだ!本当は何ヶ月なんだ?!本当のことを言ってみろ!」バァン!(机をたたく音)

「すみません。でも、7ケ月は本当なんです(涙、涙)。ふたごなんです!だから、嘘をついているわけではないんです。」

「何?ふたごぉ!!!」夢はそこで終わる。

そして、現実にはこう始まった。気候の良い時には、一日おきにでも行っていた公園だが、お腹が重くなり、こう暑いときてはなかなか出かける気になれなかったが、久しぶりにトロトロ歩きでマサミツを遊びに連れていってやった時のことだ。

マサミツは、やれブランコだ、すべり台だ、シーソーだ、と場所をかえるごとに私についてきて欲しがるので、私は早くも疲れてしまった。砂だらけのベンチにフゥーとすわって休憩していた時のことだ。

「いつやった?」と、おもむろにすずちゃんのママにきかれる。すずちゃんのママは私と同じくらいの年齢で、小学生、幼稚園の男の子とすずちゃんの3人こどもを産んだママだ。

ことわっておくが、最近こどもを産んだ人というのは、「最大サイズのお腹」というものを覚えている。「あれは、6ケ月くらい」とか、「もう臨月やな」と、予想ができる特殊な能力を持ち合わせている。こどもを産んで何年も経つと、「これくらいだったっけ?」と記憶も薄れるらしいが、妊娠した回数が多いほど予想は的中する。

すずちゃんのママは百発百中のぬかりのない、腕利きのデカだ。その視線は私のお腹に集中していた。

「うん、秋。」ここで、はっきり予定日を言わなかったのが、運命の分かれ道だった(おーげさな!)。

「秋て、いつ?」尋問は続く。

確かに。秋といえども長い。私は"9月"とごまかした。しかし、ふたごの場合、予定日より1ケ月ほど早く生まれてくるあかちゃんはたくさんいるのだ。まんざら"嘘"とも言い切れない。

「ほんなら、今何ヶ月なん?」来た!来た!来た!

「7ケ月。」

「へぇー。それにしては大っきいなぁ。」この一言と疑り深いまなざしで私は落ちた。3回妊娠して、3回臨月を迎え、3人のあかちゃんを産んだすずちゃんのママに、もう嘘はつけない。

「はい、やりました。」違う!違う!

「うーん。実は、ふたごなん。ほんまの予定日は10月18日なん。まあ、それより早く産まれるやろうって。」

「へぇー!!!!」その声は公園中に響きわたった。すべてのお母さんが振り向いた。

「やっぱり大っきいと思てたんや!」目をまん丸にして腕利きのデカが叫ぶ。

「なになに!どうしたん?」遠くにいたお母さんが、次々と何かあったかとベンチの周りに集まってきた。私の自白が始まった。

3ケ月のはじめには、ふたごであることはわかっていたこと。ひとりがしぼんで消えてしまう可能性があったので言えなかったこと。今はふたりとも元気で順調に育っていること。そして、黙っていたり、うやむやにしていてごめんね。がんばるから応援してね、とつけ加えた。

みんな目が点になっていた。そして、口々に「がんばってな!」と言ってくれた。

「公園デビュー」という不可解な言葉もできたくらい、公園へはじめて自分のこどもを連れて行くときに、お母さんは大変なプレッシャーを感じたり、また、最近ではお母さん同士のコミュニケーションがうまく取れなかったばっかりに、こどもを殺してしまう事件まで起こってしまったが、ここでは、そんなことはつゆほどもない。

私は、最初からバサバサの髪で、ズタズタのズボンをはいて公園に出かけた。マサミツだって友人の、しかも女の子のお古のTシャツや、洗いすぎて色のハゲた半ズボンをはいていた。でも、誰も、なにも言わない。ここは、特におしゃれして来ている親子はいない公園である。

「ベビーベッド貸したげるわ!」「早よ(早く)公園連れておいで。面倒みてあげる。」「ベビーシッターしてあげる。」「かわいいやろうなー。がんばってな。」みんな、いい人ばかりだ。こんなことなら、早く自首していればよかった(だから…違うってば!)。

その日を境に、「ミッチャン(マサミッチャンの省略形)のお母さん、ふたごやて!」の情報は一気に広まった。

それからは、3、4日ぶりに会う人、この間公園で会わなかったマサミツの友達のお母さん、いろんな人に「ふたごやったんやてねー」と言われた。びっくりだ。すごい伝達力だった。そして、その言葉の後には必ず「やっぱり大っきいと思てたんや」が付け加わった。ついでに私のお腹をなでていく人も多かった。

七夕を過ぎて、私は"ふたご"がお腹にいることを笑顔で言える妊婦になった。お腹のあかちゃんたちは、公表するのが遅れたばかりにひとりだと思われていて、怒っていたかもしれない。でも、タイミングというのも大切なのだ。公表することで、自分がプレッシャーを受けるだろうと思う時期に、それは実行できない。私は他の人から"ふたごちゃんのお母さん"として励ましてもらう準備をしていただけなのだ。

暑さが増すのと同じように、加速して、今までの反動でお腹の中に"ふたごのあかちゃん"がいることを言いまくった。いつも行く和菓子屋の若奥さん、ケーキやのおばさん。お豆腐屋のおばあちゃんに、花を売りに来るおばあちゃんにまで。

"ふたご"と聞いたときの相手の反応が、ちょっとした楽しみになった。ほとんどの人が、私の細い体(後ろ姿はただの細身のおばさんにしか見えなかったらしい)を見て、そこにふたりも入っているのか?という顔をする。

スーパーで、買ったものを袋に詰めていると、隣にいたおばさんが、

「もうすぐですの?暑いのに大変ですね。来月くらいですか?」(来た!来た!)

「いいえ、10月半ばなんです。ふたごなんですよ。」(どうだ!)

「いやー。あらー。まあー。」と、言いながら、牛乳を私の袋に入れてくれたりする人までいる。そして、「ちょっとさわらして」とお腹をなでなでするのだ。

一応言っておくが、私はその人を知らない。

「長男のとこに(あかちゃんが)できひんのよー。ふたごでもええし、あやからして。」と、お腹をなでながら言うおばさんもいた。私のお腹を触って、あなたの息子のお嫁さんが妊娠するとは思えないのだが……と、ブツクサ言いながらも、心の中で「お嫁さんのところにもふたごちゃんが来てくれますよーに」なーんて思ったりしたもんだ。

なんだ。簡単だった。お腹のあかちゃんが"ふたご"だと公表することって。

でもね、これは、ふたりとも順調に育ってくれているから言えること。もしかして、ふたりのうちのどちらかが、しぼんでいなくなっていたかもしれないのだ。それに、これからは、ひたすら早産にならないように気を配らなければならない。いくら、未熟児を救うための設備が整っていたとしても、お腹の中で、産まれてから自分で生きていける力がつくまで育てることが、一番に決まっているのだ。

だけど、早産は絶対にしない、という自信はなかった。まだ、7ケ月なのにこんなに重いお腹である。「来週くらいですか?」と言う人までいるのだ。どれくらい大きくなったら「最大サイズ」なのか、見本がない。先が見えない。10月18日どころか、9月も遠い。

そして、何よりも臨月までの間に何がおこるか、その時には想像がつかなかった。

祇園祭のお囃子が聞こえる。来年の祇園祭の頃には5人家族になっているのだろうか。どうか無事に生まれてきてくれますように。神様、仏様、八坂神社(祇園祭は八坂神社のお祭り)様。誰でも、何でもいいですから、このふたりが無事に生まれてくれるように、力をかしてください。

見知らぬ人からお腹をなでてもらうことさえ、パワーをもらうようで嬉しかった。みんなどうもありがとう。うまく"ふたご"だって公表するチャンスをくれた、すずちゃんのママありがとう。あー吐いて楽になった!





                  

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