3.4 ぼくは反抗期(2)


 

ぼくはマサミツです。もうすぐお兄ちゃんになるそうです。

しらないおばさんはみんな、「もうすぐお兄ちゃんやねぇ」と、ぼくにいいます。お兄ちゃんってなにか、あんまりわかりませんが、いちおう「うん」といっています。

おかあさんはお腹がおもたい、おもたい、といつもいっています。あまりお外へあそびにつれていってもらえません。でも、おかあさんといっしょにおうちであそべるのなら、がまんするのですが、おうちでもおかあさんは、ときどきねころんだり、ふーとばかりいっています。でんしゃのきょうそうや、くるまのじこごっこはしてくれません。

100ぽ、ゆずって、だっこさえしてくれたらいいのに、だっこは「おかあさんのお腹にもたれたらあかん」とばっかりいわれるし、なんかいもしてくれないし、もう、ぼくはげんかいです。 

かなしくて、ぐずぐずいったら、げんかんからほうりだされました。びっくりしました。ぼくは、もう、おしっこもいえるのに、わるいこなのでしょうか。ものすごく、よっきゅうふまんです。

このままだと、ぐれるのはじかんのもんだいです。

「抱っこ禁止令」は"ふたご"を妊娠したことがわかったすぐ後、不意の出血をした時(妊娠9週。第1章第6節「行けなかったハーフマラソンの応援」参照)に発令した。

産院の先生からは"ふたご"が発覚したときに、上の子を「抱っこしてもいい」と聞いていた。当時は"ふたご"といえども、まだまだ普通の"単胎"の妊婦さんと同じなので、抱っこをしても子宮が下がるだけで圧迫されるわけではない、と説明を受けていたが、出血をしたらやはり話は違ってくる。

結局「抱っこ禁止令」はその後約1年にわたって出されたままだった。出産まではもちろん、あかちゃんが生まれてからも私の体力回復と、何よりも足腰が元どおりにならなかったために、マサミツはずっとお母さんの「正統派抱っこ」はしてもらえなかった。

今から思えばよく我慢したと思う。マサミツがしてもらったのは「おいすの抱っこ」と「おすわりの抱っこ」だけ。

いすはパソコン用の5つ足の事務椅子があるので、まずそれの背もたれにクッションを置き、私が座り、もたれたところでマサミツがよじ登ってくる(私が抱いて引き上げるのではないところがポイント)。だが、ここで彼に問題が発生する。お母さんの太ももにすわって、ベチャーとしたいのだけれど、お母さんのお腹があまりにも出っ張っているので、ひざのあたりにお尻を乗せるのが精いっぱいなのだ。しかも、そのひざは、お腹が大きいために下品に左右に開いているので、すわったとたんにお尻がズリズリ落ちてしまう。

「おかあさん、足ぴちっとして!」と行儀の先生のようなことを、そのたびに言われるので、「あんたにそんなこと言われとうない!」と反発するのだが、いかんせん、膝頭をくっつけることが妊婦にはむずかしい。

かくして、マサミツは、抱っこしてもらっているのか、ただお母さんにつかまっているのか、どちらかわからない「おいすの抱っこ」に何度もトライすることになる。

「おすわりの抱っこ」は、例の座椅子(第2章第3節「いすと座椅子」参照)に私が座っているところに、無理矢理またがってくるのだ。これは、お尻が落ちることはないのだが、案の定、お母さんのお腹が出っ張っているために、伸ばした足のちょうどひざの当たりにすわることになる。そうすると、痛いのは私の方だ。伸ばした足のひざの所に11キロの物体が乗っかっていれば、本来曲がるべき方向と反対の方向に力がかかり、すぐにギブアップすることになる。

「のいて!」冷たい私の言葉でマサミツは「おすわりの抱っこ」もそうそうにあきらめることになるのだ。

反抗期の真っ只中で「アレ嫌!」「コレ嫌!」の連発だが、この頃のこどもはまだまだ甘えん坊だ。

寝るときには必ず右手の親指をチューチュー吸って眠る。お母さんと一緒のお布団にもぐりこみたい。トイレだって手をつないでついてきてほしい。朝、目覚めたときにお母さんが隣にいないと「ワー」と泣く。お菓子の袋を開けるのさえ、お母さんでないとダメな時がある。だから、抱っこの催促なんて当然だ。

なんでも自分でしたがるくせに、ミョーにまとわりつく。矛盾しているのだが一度に全部自分ひとりでできるわけもなく、やはり「おかあさん!」と連呼してしまうのだ。

お腹が出っ張ってくるのと正比例して、こういうマサミツの細かい欲求に、いちいち不機嫌な顔をしてしまう、劣等生のお母さんの見本が私だった。

「へぇーまたぁ?」「あとでな」「もうちょっと待ってて(と、待たせるのだが、結局しない)」「(充分いい子でも)いい子にしてたらな」

少し、身体も心も余裕のある時には、産院の助産婦さんに言われた言葉を思い出す。マサミツが生まれたときに聞いた言葉だ。

「男の子は特に、小さい間に、かわいいかわいい!ってベタベタにかわいがってあげないとダメ。お母さんが思う存分かわいがってあげないと、大きくなってからもお母さんにベタベタしてくる。ハタチをこえてからベタベタ甘えてきたらあかんでしょ。」

そうなんだ。わかってはいる。だが、お腹が普通の人の臨月くらいに大きくなってもまだ、先があるのが"ふたご"の妊婦だ。産院で臨月の妊婦さんのお腹をジーッと見てしまう。「あなた、それで産むの?私、6ケ月のときそれくらいのお腹してた!」と、口には出さないものの、何度も自分のお腹と周りの人のお腹を見比べた。

産むと決めた以上、簡単にギブアップできないのだ。それに、"ふたご"をお腹で育て続けることは、大変なエネルギー消耗である。身体のエネルギーだけではない。強靭な精神力が必要だ。7ケ月、8ケ月になると毎日カレンダーをみつめる時間が長くなる。

目で今日の日付に赤で○をつける。ああ、今日も一日が終わった。明日またがんばろう。予定日まであと○○日!

オリンピックまであと○○日なんて、この頃の"ふたご"の妊婦のカウントダウンに比べればどーでもよい。出産予定日までのカウントダウンは切実である。「できる限りお腹で育てる。早産は絶対にしない。」と堅く誓う。それも誓いつづけていなければ、泣いてしまいそうになる時もある。

上の子の甘えを全部聞き入れる余裕はなくなる。自分の体調の維持と精神力の保持でギリギリの状態におかれるのが"ふたご"の妊婦だ。"ふたご"が生まれたらどんな生活になるのだろう、とか、大変だけど楽しい毎日!などと思い描けるのは、一日のうちのほんの何分かに過ぎない。

そんな中でマサミツはわがままになった。夫が8月上旬にスウェーデンへ行ったときに一週間、また実家にお泊まりに行ったとき(妻がこんななのに、また海外へ出張に行った!自分だけ涼しいところへ行った。日本の暑い夏に北欧に行くことの素晴らしさを何度も語っていた夫は、またもや妻の恨みを買うことになる。これもずっと前から決まっていたらしい。心から代わってほしい!許せない。)には、ばばちゃんには階段での抱っこをねだり、じじちゃんには毎日ジュース(なっちゃんオレンジのファン)を自動販売機で買ってもらわねば気が済まなくなった。あーちゃんがどんなに疲れて仕事から帰ってきてもブロックで遊んで欲しいとねだり、お父さんとは毎日電話で話したがった。

本当に周りの人には迷惑をかけた。私が受け止めてやれなかった分、周りの人に甘え、わがままを受け入れてもらった。

そうして、おもちゃは増えた。でも、ひとりで遊ぶことも覚えたし、ひらがなに興味を示し、自分の名前を読めるようにもなった。重いお腹で、猛暑を乗り切ろうとしている、お母さんもがんばっていることをわかっていたのかもしれない。

自分だけではなく周りのこともわかりはじめるのが反抗期かもしれない。そして、一番がんばっているのはマサミツなのかもしれない。

ぼくはマサミツです。もうすぐお兄ちゃんになります。あかちゃんがうまれたら、このくるまも、このでんしゃもかしてあげます。なみだふきのタオルも、サランラップのしんもかしてあげます。たいせつなかまぼこのいたもかしてあげます。おかあさんとは、ねるときに手をつないでもらうので、ほんとうはちょっとたりませんが、まんぞくです。してほしいことはたくさんありますが、ばばちゃんもじじちゃんも、あーちゃんもおとうさんもあそんでくれるのでたいじょーぶです。

あかちゃんがぶじにうまれたら、おかあさんはたっちのだっこをしてくれるそうです。やくそくはまもってくれるそうです。 だから、ぐれるのはやめておきます。おしまい。





                 

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