3.2 夏を乗り切るワザ(2)


 

私は冬がきらいだ。とにかく自分の身体に合わない。

下着はもちろんおへそまで隠れるものを愛用し、バルキータイツをはき、アンゴラの靴下をはき、もう一枚カバーをはく。その上にもちろん、ズボン。冬にスカートをはくことは、めったにない。上半身はぬくぬくのババシャツの上にタートルネックのセーターを着る。その上にこれまた毛糸のカーディガンをはおり、できあがり。実は、見えないようにスカーフを首に巻いており、使い捨てカイロを腰の下(お尻の上と言った方がいいか……ここは交感神経と副交感神経が交差するところなので、ここを温めると下半身全体があったかい。冷え性の人は覚えておくと便利だヨ!)に貼る。これで完璧。

反対に夏は大好きだ。生まれた季節が好きなだけかもしれないが、いくら暑くてもへばらない。夏バテには縁がなく、食欲不振にもおちいらない。エアコンはなるべくかけず、扇風機をブンブン回すだけで結構涼しい。誰も来ないと見計らった真夏の昼間は、家の中で一番涼しい部屋で、ぬれタオルを肩にかけ、窓を開け放って本を読むのが好きだ。

夏にはめっぽう強いこの私が、"ふたご"をお腹に持って、降参した。1999年の夏は、本当に暑い夏だった。

普通、どんな妊婦でも、妊娠期間中は体温が上がる。普段よりも体重が増え、脂肪が増えるので当然といえよう。太っている人はいつも汗をかいている……つまり、急にデブになるのと同じだ。だから、妊婦が夏を過ごすと、いつもの夏よりも汗かきになり、オラヨッと、脂肪を降ろすことはできないので、参ってしまう。

この、普通の妊婦でもちょっとツライ夏に、私は"ふたご"のあかちゃんをお腹に持ち、スーパーデブになり、加えて「貧血」になったので、夏バテ知らずは返上せざるを得なくなった。

妊娠中期から、お風呂あがりの動悸が激しくなった。しばらくバスタオルを巻いたまま、ドクドクドクドクハアハアハア(心臓と息切れの音)……。冷えたお茶を2杯一気飲みし、10分ほど休まねば動けない。6月初旬だったので、もう汗ばむ季節だし、長湯はしなくてもよかったのだが、マサミツと一緒にお風呂に入ると、ついつい遊んでしまうので、のぼせがちだ。それよりも、湯船につかると、浮力でお腹の重さを感じなくなり楽チンなので、ついつい長湯になってしまっていたにほかならない。

真夏に妊娠後期へ突入してから、長湯はヤメたのに、3日に1度の割合で扇風機の風を最強にして横になって休まねばならなくなった。

起きたばかりなのに、また寝るはめになることもあった。

東向きのマンションに住んでいるために、朝の日差しがあるうちに洗濯物を干すと、とっても気持ちがいい。日光を浴びてパシパシになったタオルが好きな私は、「おっはよー!」と元気に洗濯物を干しはじめるのだが、半分くらいのところで心臓のドキドキがはじまる。「もう少しで終わるし干してしまおう」と、欲張ると立ちくらみの一歩手前までいく。お腹にあかちゃんがいる身で、バッタリ倒れるわけにはいかないので、窓枠や本棚を手すりがわりにしてソロソロと和室にたどりつき、扇風機を足で"強"にセットして、しばらく目を閉じて横たわる。

夫がいるときには「冷たいお茶!」とアゴで命令し、持ってきてもらう。気のきく夫(すっかり妻の奴隷と化している?いえいえ、うちの夫は優しいんですのよ。ホホホー。)は、いつも氷の入ったお茶を用意してくれるし、時に布団を敷いたほうがいいかどうかたずねてくれる。

物干し竿は腰より低い位置にある。マンションの景観のために、ベランダの手すりより低い位置にしか干せないのだ。背伸びをしないと洗濯物を干せないような物干し台だったら、確実に倒れていただろう。

これは、予想していたとおり「貧血」のなせる業だった。

「貧血」にもいろいろ種類があるが、妊婦の場合は、「鉄が足ない貧血(鉄欠乏性貧血)」であることが多い。私もそうだった。

妊娠していると、自分の他に「血」を取って(盗って?)いく奴がいるから、「貧しい血」になっていく。"ふたご"の場合は"奴"はふたりなので、とられる分も2倍。当然「貧血」になりやすい。

妊娠すると血液検査を何回かしなければならない。血液型、梅毒、B型肝炎、風疹、病院によってはエイズ抗体や肝機能について調べることも含まれるが、その目的としてかかせないのは、「貧血」かどうかを判定することである。

私のように自覚症状が出ると、自分でも「貧血」ではないかと疑うことができる。だが、一般的に、妊娠していなくても、女性の場合は生理があるので、貧血に関して鈍感であるため、ちょっとずつ血が足りなくなって、結果的に「貧血」になっていた、というパターンの人が多く、そんな人は、「最近、なんか疲れやすいわー」とか「身体がだるいなー」くらいですんでいる「貧血予備軍」にあてはまる。妊娠していないときにはそれでもすまされるが、妊娠していると軽い貧血でも見逃すわけにはいかないので、血を注射器で抜かれて検査される。

私の場合、血液検査は8週、32週、36週の3回行われた。3回も調べなければいけないほど、妊娠中の「貧血」ってタイヘンなことだと思っていればよい。

どういうふうにタイヘン?

大変も大変!あかちゃんが充分に発育しないのだ。

あかちゃんに送らねばならないものは、酸素と血液だと考えていればよい。酸素は血液の中に含まれている"ヘモグロビン"という車に乗って全身に運ばれるしくみになっている。だから、血が足りなくなると、"ヘモグロビン"車がなくなり、身体の"あちこち"で酸欠状態がおこるわけだ。"あちこち"の中に当然"あかちゃん"も含まれる。ホラ!大変でしょ?

大切な"ヘモグロビン"車を作るときに鉄分がたくさん必要なので、材料の鉄分が足りないと、まわりまわって身体のあらゆる細胞で窒息寸前!どう考えてもお腹の中のあかちゃんはピーンチ!というわけだ。これが、「鉄の足りない貧血」のしくみだ。あ〜ら大変。

"ふたご"だと、自分の他にふたりぶんの血液が必要なわけで、もとから体に蓄積されている鉄分まで取られて、貧血になりやすい。つまり、需要と供給のバランスが崩れてしまうのだ。

妊娠後期には血液量がグンと増えるのだが、その血液は子宮に集中し、おかあさんの脳にまわる血液が少なくなるので、自覚症状として、立ちくらみが起こりやすいし、心臓は、普段にもまして一生懸命働いてくれるのだが、血液を全身にゆきわたらせるために、負担が大きくなるので息も苦しくなる。

私は、お風呂上がりと洗濯物干しの時の困った様子を検診時に先生に訴えた。

先生はまず、私の顔色が"白い"ことを指摘された。「まあ、私って色白美人?」と喜んだ私はちょっとアホだ。「血色が悪い」ということなのだ。おきまりの"あっかんべぇ!"をすると「真っ白やんか!」

そして、具体的なアドバイスをしてくださった。

お風呂上がりの動悸については、お風呂の入り方から……

「まず、長湯はしない。肩までどっぷりつからない。足に水をかけて冷やしてから湯船につかるとまし。水分を充分に採ってから入る。」

"心臓にできるだけ負担をかけず、かつ、頭へ血液を送る"ことが最大のポイント。

洗濯物干しの立ちくらみについては……

「直射日光を避ける。長時間立ったままでいない。あとは、食事で鉄分摂ることやな。」

洗濯物を日光に当てたい私のジレンマは続いた。

はっきり「貧血」の診断をされたのは8月28日(妊娠32週)だった(4日前の採血の結果による診断)。「貧血」は、れっきとした病気だ。

検査結果用紙を見て先生はうなった。「うーん。」

いや、うなっただけではない。私にその用紙を下さった。

"白血球数63、赤血球数307、ヘモグロビン量7.8、ヘマトクリット値26.5、血小板数19.1"

「その、"ヘモグロビン7.8"いうのがあかん。それに、全体に質の悪い血ィやな。薬、飲んどき。」(成人女性の場合、ヘモグロビンの正常置は12以上)

「はぁー。やっぱり薬かぁー。」と思ったのとほぼ同時に、真っ黒なウンチが脳裡をかすめた。アレだ。またアレだ。

真っ黒な"それ"は、体内に薬として入ったが、蓄積はされなかった鉄分が素直に出てくるので、鉄の色をしている。ねばりをおび、いつもの"それ"とはずいぶん違う。はっきりいって、イヤだ。(はっきりいわなくてもイヤ。)毎朝"それ"とご対面するかと思うと、ムッとする。

なぜ、そんなことを知っているかというと、そう。マサミツを産んだ後にも貧血になり、同じ薬を飲んだのだ。真っ黒な"それ"を出さねばならないだけでなく、その薬ときたら、必ず水で飲まなければならないし、飲む前後1時間はお茶やコーヒー・紅茶は含まれているタンニンのせいで控えなければならない。胃薬やビタミン剤も一緒に服用するので4つもの錠剤およびカプセル、粉薬がノルマである。

「貧血」と聞いたばばちゃんは、自分も私やあーちゃんを産んだときに、ひどい貧血になったらしく、鉄分摂取には、積極的で、毎回の食事に「鉄」関係を出してくれた。

「鉄」関係……もずく。

もずく100gあたり鉄分は4.0mg(ほうれん草は3.7mg)カルシウムも豊富でカロリーはほとんどない(2000年3月1日発行 一橋出版 新編食品成分表より)。ご立派。

もちろん、"もずく"以外にも鉄分の多く含まれている高野豆腐の炊き合わせや、ひじきの煮物、冷やっこ。おやつにプルーンヨーグルト。牛乳は鉄分強化のもの……といたれりつくせりだった。が、"もずく"。

朝は昔からパン食なので、ばばちゃんは、それにハムエッグとほうれん草のバターソテーなどをつけてくれた。だが、"もずく"攻撃は昼、夜と続く。冷蔵庫には"もずく"のパックがぎっしり。きゅうりやたこが混ざっていることもあるが、どうみても居酒屋で出てくる"もずく"の3人前はある量が、昼も夜も食卓に置かれている。一番前にデン!

いそうろうの身で、文句は言えた義理ではないが、いくらなんでも飽きてきたので、「また、"もーずーくぅ"?」と抗議したが、他に積極的に"もずく"を食べる家人はおらず、賞味期限の切れた"もずく"を仕方なしに食べるより、今、食べておいた方がいいか……と食べ続けた。

それ以降、現在まで、もずくは口にしていない。

"ふたご"でなくても「貧血」にはご用心。でも、"ふたご"であり、"夏"に妊娠後期を迎えるのであれば、3倍も4倍も用心が必要だ。「貧血」は簡単に増長する。母体やあかちゃんに与えるダメージは大きい。

"ふたご"の場合に「貧血」になってしまうのは、ある程度覚悟しなければならないだろう。だから、これは"とりあえず"と冠がついた夏を乗り切る「ワザ」である。

今となっては「貧血」と診断されるまでに「貧血」を理解し、予防に努め、用心に用心を重ねていれば、もしかすると、薬を飲むところまではいかなかったかもしれない、と反省することしきりだ。

私の場合、「貧血」がさらなるドラマを引き起こすことになる。産後まで「貧血」はついてやってくることを、この時知らなかっただけなのだ。

<鉄分まめ知識>

必要量:妊娠前期=15mg/日 妊娠後期=20mg/日(非妊娠時10〜12mg/日)

鉄分吸収のお手伝いをしてくれるもの:

   たんぱく質(肉や魚にはたんぱく質も鉄分も含まれているのでGOOD!)

   ビタミンA・C(野菜や果物)=ヘモグロビンを作るのを助ける

食べ物以外で鉄分補給:

   鉄のフライパンで調理。ミートソースや酢豚など酢や酸性の食品を作るときに鉄の調理器具を使うと、たくさんの鉄が溶け出す。

鉄分の多く含まれる食品:

   卵黄、牡蠣、レバー、切り干し大根、ほうれん草、あさり、大豆、高野豆腐、ごま、煮干し、干しひじき、焼き海苔、パセリ、きな粉、いんげん豆等





                 

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