2.6 いちばんおいしいものは


 

私は京都生まれ京都育ちの生粋の京おんなである。京都以外の土地に住んだことがない。井の中の蛙でもあるが、ひじょうに京都びいきなのは間違いない。

祇園の舞妓さんのような生活をしているわけではないが、テレビドラマの下手くそな京ことばを聞いていると腹が立ってくる。ちょっといけずな私は、「あんた、べっぴんさんやけど、その言葉はあんまりえ!」といいたくなるイントネーションを耳にすると、そっくりそのまま正しい発音で復唱してあげる(誰も聞いてくれへんけどね)。

その京都にはおいしいものがあふれている。幼い頃は、京の台所「錦市場」での買い物が日課だった。最近ほのかなブームの京野菜は、あたりまえのように食卓に並んだ。壬生菜、聖護院大根、京にんじん、賀茂なす、九条ねぎ……。(鹿ケ谷かぼちゃと堀川ごぼうはあまり食べた記憶がない。)錦市場には、野菜以外のおいしいものも、もちろんそろっている。あっちからもこっちからも、「食べてぇ」「買うてぇ(こうてぇ)」「おいしいぇ」と、うなぎや漬物や魚に声をかけられる。

今住んでいるところも、錦市場に歩いて行ける距離の所なので、気に入っている。毎日、新鮮でおいしいものを、家族揃って食べることが幸せの基本だ、と常々思っているので、この場所は私にとっては一等地だろう。

そんな誘惑の多い街で、"ふたご"の妊婦になったからといって、つわりで食べたものをゲーゲー吐いたり、何も食べられずにげっそりやせたりするのは、とてももったいない。

周りの人のつわりの経験は悲惨だ。聞くも涙、語るも涙、とはこのことだ。個人差はあるが、だいたい「妊娠かな」と思う5〜6週頃から「安定期に入る前」の14〜16週くらいまでの2ケ月半ほどがつわりの時期だそうだ。

マスクメロンしか食べられない。レモンシャーベットとサイダーしか受けつけない。うどんやさんから匂ってくるかつおだしのにおいで吐いた。イカの刺し身が突然食べたい。家では匂いがするからと夫の食事はすべて外食。炊飯器をベランダに出してご飯を炊いた。歯磨きができない。フラフラなので点滴で栄養補給をした。などなどなど。

まったく、かわいそうとしか言いようがない。かわいそうを通り越している。世につわりの時期と言われる頃に、私が「今日の晩ごはんはトンカツ揚げるわ」と言おうものなら、「トンカツ食べられるの?嘘〜!」「家で揚げんの?信じられへん!」と、まるで超人のように言われる始末だ。

言い忘れたが、私はつわりには無縁だ。

夫は「ただ、食い意地がはっているだけ」というので、いつも「ちゃう(違う)」と応酬するがあまり効力はない。いつもなら、夫はここぞ!とばかり、しつこく私の食い意地歴をならべるのだが、妻につわりがないおかげで毎日家でごはんが食べられることに、一応感謝しているようだ。

マサミツがお腹にいたときは、テレビでよく見る、「洗面所で吐く、鏡を見つめる、もしや!という顔をする」のに、少しあこがれたせいか、多少食べ物の好みは変わった。それまで、朝食にはパンとチーズとカフェオーレが定番だったのだが、リンゴとヨーグルトが大好きになった。はっさくみかんもたくさん食べたし、おやつに梅干し入り昆布茶をよく飲んだ。でも、まったく食べられないというものは皆無だった。なべ物のふたを開けたときのフワーッというあの湯気がちょっと嫌だったくらいだ。たった一度、食欲を無くし、何か食べなければとピーチジュースを飲んだとたんにゲーと吐いたが、これは前日に食べたものの軽い食中毒だった(残念!)。

つわりがある人と、つわりのない人は、どこがどうちがうのかはわからないが、友人たちの話を総合すると、

  1. はじめての妊娠のときにつわりがあれば、それ以降の妊娠のときもつわりがあることが多い。
  2. 実の母親のつわりの様子に似る。
  3. 気の持ちようで多少だが、つわりが軽くなることもある。
という結果になる。

"ふたご"がお腹にいる私はといえば、マサミツがお腹にいたときと同様、さほど食の好みは変化しなかった。それまでとても好きだった納豆はちょっと遠慮したい、と思う程度だが敬遠した。それ以外は文字どおり「つわりなし」。天ぷら、フライなどの揚げものから、お寿司、刺し身のなま物までなんでもOK。炊きたてのご飯のにおいも大丈夫だ。

量に関しては、つわりのある人でも、妊娠中期になるとゲーゲー吐いた分を取り戻すかのように食欲がわいてくるらしいので、体重計とにらめっこ(だいたい出産時に元の体重プラス10キロがめやす。もともと太っている人は例外)することになる。ただし、妊娠後期に入り、お腹が大きくなってくると子宮が胃を圧迫するので、食欲をなくす人も多い。

"ふたご"の場合、食事量の変化は明らかにマサミツを妊娠しているときとは違った。子宮がぐんぐん胃を圧迫するので、普通の人の食欲が戻るといわれている妊娠中期から、早くも食欲がわかなくなってくる。ひとりずつは小さくてもふたりが子宮に入っているわけだから、お腹も相当なスピード(普通の1.5倍速)で大きくなる。したがって、いつも胃がつっかえているような感じになるのだ。つわりがなくても"ふたご"の場合は思ったより早い時期から、それも出産間際まで胃を圧迫されるので、食べかたを工夫する必要がある。

私のケースだと「お腹がすいた」「すごくおいしそう、いっぱい食べよう!」という気が失せはじめたのは20週頃からだった。ちょうど変な夏かぜをひいた時期(第2章第4節「妊婦かぜをひく」参照)と重なるのだが、食べはじめると、食べられるし、時にはおかわりもするが、一度にたくさんの量が入らない状態。これは何度かに分けて食事をするほかに栄養摂取する方法がないのである。

この方法でアブナイのがおやつ。主たる朝食・昼食・夕食でがきちんとした量を摂れないから、ちょこちょこ分けているのに、甘いものやカロリーの高いジュースを飲んでいては、それでお腹がいっぱいになってしまう。先にできているおかずを「ちょっとつまみぐい」というのを恒例にするといい。「ちょっとつまみぐい」が「えんえんとつまみぐい」になっても、妊婦なら許されるのだ。(揚げたての天ぷらを次々に食べる快感はたまらない。)それで栄養が摂れるのならゼ〜ンゼン問題なしである。

何を食べればいいか?すなわち、お腹の中で"ヒト"をつくるのだから、"ヒト"の素をバランスよく食べればいい。大きく分けると、

  1. たんぱく質(肉、魚、卵等)
  2. 炭水化物(米、小麦等)
  3. ビタミン・ミネラル(野菜、果物等)
である。それらがそろってこそお腹の中のあかちゃんは体を作り、骨を作りぐんぐん大きくなるのだ。

母体から栄養をとっていくものが、ふたりもお腹にいる"ふたご"の場合、妊婦のために、そしてあかちゃんのために"鉄分補給、カルシウムたっぷり、塩控えめ、高たんぱく低カロリー"はかかせない。忘れてならないのは、"リスキーママは妊娠中毒症になりやすい"ので減塩の気配りを重点的にする、ということもある。

だが、おやつというものは、あの手この手で私を惑わし、低カロリーを阻止しようとする。

マサミツが「プリン食べたい」というのであげるのだが、あと2口というところで残す。で私が食べる(どうせ残すならキャラメルのところも残してよ)。「アイスほしい」というので、暑い盛りでもあるので食べさせると、形のあるうちに全部食べきれずに「ドロドロやし、もうごちそうさま、しとく(しておく)」と残すので、私がすする(どうせ残すなら冷たいうちに残してよ)。でも、その2口や、食べ残しがちょっとしたシアワセ。おかげで甘いものをセーブするストレスはない。

つわりがないのも考えものである。もともと太る体質ではないので、割合気にせずに何でも口にした。普段から栄養バランスは考えるが、好きなものを好きなだけ食べると、とても幸せな私は、急に「あれだめ、これだめ」のつわりになりようがないのかもしれない。結果、ひとりをお腹で育てたときはプラス6.4キロ。ふたりを育てたときで10.9キロの体重増加だった。

好き嫌いのない私は、妊娠中でもテレビで「食わず嫌い」の番組(ふたりのゲストが、それぞれ大好物のメニューの中に大嫌いなものを1品加えて順に食する。その品にまつわるエピソードを話したり、嫌いなものを大好きなふりをしてパクパク食べて見せ、相手の嫌いな一品は何かを当てるゲーム)を見ると、私なら何をメニューに挙げようかとその度に迷っていた(誰が私をゲストに呼んでくれるのだ?)。

おいしいものが次々頭をよぎる。考えている最中によだれが出る。あぁ、しまった、嫌いなものが一品も出てこないじゃないか。(だから、誰も呼んでくれへんって!)これだもの。やはり、夫の言う「食い意地がはっている」だけかもしれない。

この食い意地のはったまま(この言い方は気に入らない。だって、四六時中よだれをダラダラたらしているようで、京おんなとしてのプライドがゆるしまへん。いや食い意地がはっていること自体でもう、あきまへんわー。)ずーっとお腹のふたりを育てた。食べたものは出るぶんは出て(スミマセン!)、後はあかちゃんの栄養になり、母体にはあまりたくさん残らなかった。

つわりもなく、食べたいものを食べ、出産後もあまり太らないで(注:下腹はかなり出る)ふたごを育て、産む方法をぜひとも伝授したいのだが、本当に申し訳ないながら、この身体がどういうしくみになっているのかさえわからないありさまなので、ご了承願いたい。

ただ、夏に"ふたご"をお腹で育てているお母さんにはいいことをひとつ。"ふたご"がお腹にいるととてつもなく暑いんだ、これが。冷夏の年はいいけれど、夕立もない真夏日のオンパレードにお腹がデン!と出る時期に入るときは、「氷」をどうぞ。はい、ただの「氷」。ちょっと立ったついでに1個。料理をしながら1個。コツは噛まないでなめること。氷をなめても汗になるので、トイレに行く回数は極端に増えたりしないのだ。勝手に氷を作ってくれる冷蔵庫もあるし、ない人は手間がかかるけれど、レモン汁をたらしてレモン氷もできるので、ためしてみて。「いちばんおいしいものは、氷」になるはず。

「そやけど、お腹を冷やさん程度におしやすや。」(=だけど、お腹を冷やさないようにしておいてくださいね。)





                 

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