いわゆる適齢期を過ぎて結婚した私は、独身の間に、友人や先輩、後輩の結婚式に何度かおよばれし、引き出物なるも
のをため込んでいた。
新婚旅行のおみやげや出産祝いのお返しもたくさんもらった。
コーヒーカップセット、もちろん紅茶カップセット、ランチョンマットセット、紅茶の葉を入れてお湯を注ぎ上からプ
シューっと押すあの道具、キッチンミトンと食器ふきんセット、ちいさな額、漆塗りのお盆、小鉢、銀の一輪挿し……
等々。
おおまかに見ても9対1で洋モノの勝ちである。別に舶来品というわけではなく、和室よりもフローリング、障子より
もカーテン、菊よりもバラ、といったところだろうか。ここで問題になるのは「おぜんよりもテーブル」である。
私は私の適齢期を迎え結婚し、夫が一人暮らしをしていた1DKのマンションでふたりの生活をはじめることになっ
た。でも、飾りようがないのだ。パソコンはデン!と場所を取っている。マンガは山積み状態。1DKなので、ものすご
く迷惑な量だ。それなのに、大きなスピーカーがついたステレオデッキはあるわ、レーザーディスクまである。ビデオデ
ッキにいたっては、2台もある始末。これでも私が来るというので大変な思いをして整理整頓したというのだからあきれ
る。私としては、これもこれもこれも捨てよう思ったが、なにせこの家にとって一番の新入りは私なので遠慮した。その
時点で、部屋をおしゃれに飾ることはあきらめた。実家に置きっぱなしのもらいものを永遠にお蔵入りにするまい、と引
越し計画を立てることにした。
すぐに新しい住まいを見つけ、引越しまでの間、何をどこに置くか、どんな新しいものを買い揃えるか、と図面とにら
めっこしながら楽しい日々を過ごした。もちろん、頭の中で「家を新しくするんだから、あのコーヒーカップも使おう」
「おしゃれにランチョンマットでお食事!」と計画していた。その頃には私たちふたりへの結婚祝いとして、またいただ
きものが増えていたので、考える材料はたっぷりあった。
ところが、だ。夫は「和」の人である。ビールよりも日本酒、フランス料理よりも懐石料理なのである。ビールは絶対
に口にしないとか、和食しか食べないとかいう極端な人ではなく、もちろん家に帰ったら着物に着替えるなどという人で
はない。「和」を徹底はしているわけではないのだが、仕事は机でパソコンを相手になんかしているらしいので、
「家に帰ったら絶対座ってごはん食べて、ゴロンとなってテレビ」がしたい人であった。
新しい家にはあこがれのフローリングの部屋があるので、食事はテーブルでしようと思っていたら、やはり「おぜ
ん!」だそうだ。
「おぜん」だとランチョンマットは似合わないではないか!ナイフとフォークもなんか変だ。もろくも崩れ去る私の計
画。心やさしい妻は夫の「おぜん」信仰を大きな心で受け止め「ま、いいっか」とフローリングに小さなマットをひいて
「おぜん」に付き合った。
マサミツが生まれた後も、「おぜん」は部屋の真ん中にあり、マサミツは小さな座ると「ぷー」と鳴るいすで離乳食を
食べはじめた。幸いおぜんの上に乗っているものを両手でグチャグチャーとされることはなく、敷いてあった小さなマッ
トがパネルカーペットに変わっただけで「おぜん」は健在だった。
ところが、“ふたご”を妊娠して、もうじき安定期かという頃、私は左側のビテイコツが痛くて、床に座るということ
ができなくなったのである。つまり、「おぜん」で食事をするのがツライのである。
一度妊娠したことのある人なら覚えがあるだろうが、妊婦はお腹が大きくなってくると正座するのが苦しくなる。なぜ
なら、お腹が重くて足がしびれるし、妊娠後期になるとソックリカエル姿勢になるので、ちゃんと座ろうと思ってもお腹
が圧迫されてできなくなるのである。お尻のしたにぶ厚いクッションを敷くとか、あぐらをかく、などで対処するのだ
が、いすに座って背もたれのところにクッションを当てる(つまりものすごくエラソウな格好)のが一番楽な姿勢になる
のである。
私の場合はビテイコツ(ウエストの少し下あたり)の左側だけが、立ったり座ったりするたびにピシッと痛い。腰が痛
いとか足が痛いとかではなく、昔そこにシッポがあったところがいたいというまったく他人に説明できないのが悔しい。
まだお腹は大きく目立つこともないのに、すでに姿勢はソックリカエってしまっている。ああ、いまからこんなんで、
これから先お腹が本当に大きくなってきたら、どうやって座ったらいいのだ!もしかして,これは妊娠とは関係ないほか
の病気だったらどうしよう!
検診時に先生に痛みを訴えると、前のお産の後、今痛い場所が痛かったか?とのこと。マサミツを産んだ後、ココが痛
かったかどうかなんて覚えていない。先生によると、“ふたご”なので、急速に子宮が大きくなり、圧迫されているのだ
ろうとのこと。そのうちに慣れるだろうが、
「まあ、ソファーに横になってるとか、いすに座って楽な姿勢でいることやな。」
「そ、ふぁぁぁ?ですかぁ?」気のぬけた返事しかできない。「うち、ソファーはありませんし、ごはんはおぜんで食
べてるんです。」……と答えて内心「チャーンス!!」と思った。これを機会にテーブルを買おうではないか。
夫が帰ったら、「もう、おぜんでは苦しくて痛くてご飯が食べられへんし、(涙、涙)デーブル買おうな。」って言う
んだ!よーし。ランチョンマットだ、銀の一輪挿しに赤いバラだ、キャンドルなんかもつけちゃおう!鍋はヤメだ。こう
なったらチーズフォンデュだあ!(注:私はつわりというものを知らない。食べ物の好みは少々変わるものの普通どおり
に、普通の量を食べられる妊婦だ)
で、夫帰る。
「あんなぁ、先生がソファーで横になっときって。ほんで、いすに座っときって。」
そこで、すぐにいすとテーブルを買おう、ということに頭が回転しないのが不思議なくらいだ。
「まあ、いっときのことやし、もたれるのやったら座椅子にしといたら?」
「ザ・いす?」
座椅子だ。あの、温泉旅館なんかにある肘置きが両側についていて、カキカキと背もたれの角度が変えられるアレだ。
アレを買うのか?テーブルといすの代わりに?ダサい、ダサダサだ。そこで思い出したのが、義母が使っていたちょっと
オシャレな座椅子だ。あれは持ち運びにも軽かったし、二つ折りにもできた。よく考えれば、ビテイコツが痛いのに、家
具屋に出向いてこのテーブルがいいだの、あれがいいだの、は言ってられない。とりあえずは座椅子か。落ち着けばいす
とテーブルも買おう。
早速、マサミツの公園友達のお母さんに電話をする。家具屋さんなのだ。安くしてもらえるし、カタログからでも選べ
るとのこと。
そして、座椅子が我が家にやってきた。(私の分だけだと、夫がひがむといけないので、色柄違いで2つ買った。)こ
れがまた、なかなかいいのである。温泉旅館にあるアレではなくて、肘置きはないし、外側のカバーは取りはずして洗え
るし、背もたれはカキカキと何段階にもリクライニングできる。片手で軽々持てるし、足を伸ばすとビテイコツも楽で座
りごこちもいい。……気に入ってしまった。
何といってもいいのは、食事中に「ビテイコツが痛い」とか「この位置が一番楽やし」ということを理由に、簡単に立
たないことだ。
「いやー、おしょうゆ忘れたわー。とって来て。ついでに七味も。」
「マサミツ、またこぼしたん。お父さんに拭いてもらいなさい。」
「立ったついでに、お風呂入れてきて!」
使いホーダイ、いいホーダイ。かくして、ランチョンマットの出番はなくなった。心やさしい妻は夫の好きな「おぜ
ん」にまだ付き合っている。
妊婦に座椅子。あなたもいかが?オススメです。