「ヌレギヌだ!」
今となっては申し訳ないし、そんなことを言う人にこどもを育てる資格はない、とお叱りを受けるだろうが、実際に口
に出さなかったものの、本心はこの言葉がうずまいていた。私35歳、夫34歳、長男2歳の冬、“もうひとり”家族が
増えることになった。喜びの気持ちを胸に雨の降る3月9日、2度目の検診(8週)を受けている最中に、お腹のあかち
ゃんが“ふたご”だと知らされたのである。
ふたごを妊娠するなんてことは想像だにしなかった。いままで生きてきて最大のピーンチだ。
クリスマスだけキリスト教会の礼拝に出席する隠れキリシタンの私だが、一応「神様のお恵み」ということは理解して
いるつもりだった。失恋したときも、流産したときも「あぁ、これは私に与えられた修行の道なんだわ」などど、謙虚に
受け止めたものだ。
しかし、なんだ。“ふたご”っていうのは!聞いてないぞ!そんなこと。私の運命の中にふたごを産んで育てることが
プログラミングされているとは思わなかった。
「神様、誰かとまちごうてんのとちゃう?ふたごのお母さんになるのは、私と違うって!」という気持ちイコール「ヌ
レギヌだ!」なのだ。
でも、内診室のカーテンが半分開いた目の前にある画面は、まぎれもなく二つの白い物体がピコピコしている画像を写
している。
「ほんまですか?嘘でしょう?」「ほんまや。」私と先生との間で何度この会話が繰り返されただろう。家に帰った私
は深呼吸をして夫に話を切り出した。
私 「あのな、この人とこの人、別の人やし……。」先生にもらった超音波画像の写真を差し出し説明する。写真には
左と右にひとつずつ白いピコピコが写っている。長男のときは、ひとりぶんのピコピコが角度を変えて写っていた。
夫 「はあ。あかちゃんは元気なん?」
私 「うん。元気。ほんでな、この人とこの人、別の人やし……。」やはり夫にわかるわけがないか、と同じ言葉を繰り返す。
夫 「……(長い沈黙)へ?へ?もしかして……ふ、たご?」
私 「そ。」
夫 「へぇえええええええ。」
いつも丸い夫の目はもっと丸くなった。ついでにひっくりかえった。
夫 「えらいこっちゃ!!!いきなり5人か!!?」
そうや!5人や!家族がふたり増えると5人家族になる当たり前のことに、夫の言葉で気が付いた。この部屋では狭い
とか、このテーブルではお皿が並べられないな、などと妙に現実に迫ってくるものがある。そうだ、これは現実なんだ。
えらいこっちゃはわたしなのである。
夫 「マサミツ!お母さんのお腹に赤ちゃんふたりいるんやて!」
長男「へぇー。」数がいまひとつ理解できていない彼だけが平穏だった。
ただひとつ、思い返してみても不思議なことがある。ふたごの宣言を受けたとき、“産めない”とか、まして“堕ろそ
う”とは一瞬たりとも思わなかったことである。私はこの衝撃の事実を知らぬ間に受け止めていたのである。母としての
肝がすわったというべきか、あるいはまな板の鯉の状態だったのだろうか。
かくして、ふたごのお母さん業ははじまった。まずは出産予定日の10月18日に向けて発進だ!
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