仕事と子育て

以下の文章は、子供が六歳の頃、大学の教職員組合の会報誌「あしなみ」に、育児と仕事の両立について何か書くように言われて、寄稿したものである。

 仕事と子育ての両立について、何か感想を書くようにという依頼をいただいた。正直なところ、両立などという立派な内容はなにも語れず、「あっちが立てば、こっちが立たず」の状況で、六年間があっという間にすぎたような気がする。

 「子供ができたら、どこへ行ってもゴメンナサイ、ゴメンナサイと謝ってばかり」という話を聞いたことがあるが、生まれてみると実際その通りだった。子供は虚弱な体質で、七ヵ月で保育園に預けたが、最初の一年は半分も通えなかった。夜中に発熱すると、朝一番で電話をかけまくり、預ける算段をして、なんとか休講だけは免れたこともしばしばである。すでに大学教員にも育児休業の道がひらかれていたが、諸事情で半年間だけの部分休業しか取らなかった。今にして思えば、せめて一年間は育児休業をとって、子供とじっくり向きあってあげられたら、どんなに良かったかと思う。

 子供が生まれたら、三年間は投稿論文も正式な学会発表も諦めて、とは思っていたが、いまだにその状況は変わっていないような気がする。子供を育てることが、自分の置かれた状況下で、こんなにも贅沢で無謀なこととは、生まれる前には予想もしていなかった。それでも今まで何とかやって来れたのは、ひとえに周りの寛大なスタッフのお蔭である。

 原稿を書くにしても、それまでは下書きを書いて、二週間くらいは手直して、というペースだったのが、下書きのまま出版社に渡して、なんら痛痒を感じなくなってしまった。研究にも、研究者であることにも悩まなくなった、というより悩む時間など無くなってしまったのである。

 いつか大学のキャンパスを歩いていたら、どこかの研究会の帰りなのか、教員風の女性の二人連れが、「教え子たちは順調に育っているのに、自分の子だけはうまく育たないのよねぇ」と話し合いながら歩いていた。「同感、同感」と内心相槌をうちながら、いずこも同じなのかしらと、ちょっと安心したりもした。

 というわけで、研究も教育も育児も中途半端で、自己嫌悪に陥ることもしばしばだが、もとより子供をもってみて良かったと思うことも沢山ある。ひとつは、日常の生活が規則正しくなったことである。夜の十時ともなれば寝てしまう朝型の生活になり、その分、朝食も沢山食べられるようになった。クラス合宿で学生たちと話してみると、みな夜中の二時、三時まで起きているようで、私の睡眠時間が長いことが妙に感心されたりもする。テレビを見るのも幼児向けの番組ばかりで、ポケモンのキャラクターや恐竜の名前に精通するという特技もできた。

 そして何よりの収穫は、教師として「教える」と「育てる」との違いを学んだことである。「教える」テクニックを身につけることは比較的易しいが、人を「育てる」ことは、とても難しい。子育てでその極意をつかんだとは、まだ到底ひと様に言えるような状況ではないけれど、性急に結果を出そうとはせずに、「育つ」ことを待つという姿勢だけは、少しは出来てきたようにも思う。

 私の子育ては、マラソンに喩えれば、まだ5キロ地点を通過したばかりだが、今しばらくは息切れしないことと楽しむことを目標に、タイムは問わないで、と思っている。

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