メヂアミックス時代の源氏文化

-デジタル情報化への流れ-  河添房江

「源氏研究」第5号特集 源氏文化の視界(翰林書房、2000.4.25)より、出版元の許可を得て、論文の一部を転載いたします。転載にあたり、若干の補訂を施しました。

I.ミレニアムの源氏ブーム

1999年10月5日夜に、小渕前総理は、ミレニアム・プロジェクトの柱として、図柄の表を沖縄サミットにちなんだ「守礼門」、裏を「源氏物語絵巻」とする二千円札を2000年7月に発行する意向を明らかにした。裏に「源氏物語絵巻」の一場面を採用する理由について、前総理は、「源氏物語は一千年前(ミレニアム)に紫式部が書いた。女性の作家が作られた源氏物語をぜひ図柄にしたい」と話していた(1)。

また、経済四団体の賀詞交換会で、「西暦1000年に政権にあったのは藤原道長、2000年は小渕恵三です」とみずからを歴史的に位置づけるジョーク(?)により、会場に初笑いの渦を広げたという(2)。前総理のミレニアム・プロジェクトではないが、昨年末から巷ではミレニアム(千年紀)という言葉がにわかに流行し、またそれゆえか今年に入っても、千年という単位で歴史を見直そうとするマスメディアの企画も多い。例えば、毎日新聞の日曜版は、元日から「にっぽん一千年紀の物語」という連載を開始したが、最初に取り上げた人物は、藤原道長や紫式部であった。それに対抗するかのように、朝日新聞の日曜版も、1月9日から「名画日本史イメージの1000年王国をゆく」の連載を始め、やはり初回に取り上げたのが、「源氏物語絵巻」であった。また読売新聞夕刊の関西版では、1月から文化欄で「源氏ミレニアム物語」を開始して、「絵巻」「男と女」「美と醜」といったテーマについて、毎月3回ずつ連載している。

たしかに西暦1000年(長保二年)といえば、藤原道長の娘彰子が、一条天皇の女御から、中宮の位に昇った年である。彰子が一条天皇の皇子敦成(後一条天皇)を産むのは、さらに八年後(寛弘五年)のことであるが、西暦1000年は藤原道長の栄華もほぼ定まった時期といえるだろう。その中宮彰子に仕え、『源氏物語』を著したのが、紫式部であることはいうまでもない。紫式部は夫宣孝に西暦1001年(長保三年)に先立たれ、『源氏物語』の創作に入ったというのが通説になっている。

つまり、今年からの新ミレニアムの一つ前のミレニアムの到来を告げる文学が『源氏物語』という認識であり(3)、それが、二千円札の裏に『源氏物語絵巻』鈴虫と『紫式部絵巻』の紫式部の絵が刷られることへの強力な理由づけになったわけである。二千円札の図柄が正式に発表された10月29日、日本経済新聞の夕刊では、「守礼門は2000年の沖縄サミット、源氏物語は約千年前を代表する日本文化の象徴として選び、いずれも西暦で千年の区切りにちなんだ」とまで報じている。日本文化の伝統を沖縄サミットの参加国にもアピールするために、外国でもよく知られた『源氏物語』の権威を利用しようという政治的意図がよく伝わる、ある意味では皮肉な報じ方である。『源氏物語』を日本文化の象徴的権威と見なすことにも、鈴虫巻の光源氏と冷泉院の親子の対面を、「あたりさわりのない絵」とすることにも、源氏研究者には少なからぬ異和感があるだろう。その二重の欺瞞性については、すでに三田村雅子氏が批判しているので(4)、そちらに譲りたいが、この二千円札の発行が、不況にあえぐ日本経済を多少なりとも活性化にみちびくのか、その効果の程ももとより不透明というほかない。

ところで、二千円札の図柄については、旧ミレニアムを代表する文学として『源氏物語』が再認識されたことばかりでなく、ここ数年続いている異様ともいうべき源氏ブームが、もう一つの背景としてあることは否めないだろう。この空前の源氏ブームの火付け役ともなったのは、いうまでもなく瀬戸内寂聴氏の現代語訳『源氏物語』全十巻(講談社)であった。1996年12月に第一巻の刊行がはじまり、十巻が完成したのが、1998年4月である。現代人の国語力の低下に合わせて、中学生でも読みこなせる「です・ます」調の訳の分かり易さに加えて、瀬戸内氏の作家としての知名度もあり、現代語訳は現在210万部を越えるミリオンセーラーになっている。

瀬戸内訳のもう一つの特徴として、石踊達哉による、国宝『源氏物語絵巻』の意匠を現代に華麗に蘇らせた装幀画も挙げることができるだろう。現代語訳十巻の完成とともに、石踊達哉の装幀画も『源氏物語絵詞』(講談社)という一冊の本にまとめられた。その絵は、国宝『源氏物語絵巻』や土佐派の源氏絵のコラージュをも含みながら、ビジュアル時代にふさわしい色彩華やかな筆致で、「いま源氏物語絵巻」ともいうべき体裁になっている。

これまでの『源氏物語』の現代語訳の発行部数は、与謝野晶子訳(角川文庫)172万部、谷崎潤一郎訳(中公文庫)83万部、円地文子訳(新潮文庫)103万部、田辺聖子訳(新潮文庫)250万部といわれる(5)。しかし、単行本がさらに文庫となって部数を伸ばすといった従来の現代語訳がたどった道筋と、瀬戸内訳の場合は明らかに違っている。なぜなら瀬戸内寂聴氏がテレビ・新聞・雑誌とあらゆるメディアに機会を捉えて登場することで、その宣伝に拍車をかけたからである。特に精力的に開かれる講演会や展覧会や朗読会により、直接販売する機会を作るという、まさにメディア・ミックス戦略により達成された210万部の金字塔なのであった。

1998年4月の瀬戸内訳の完成を記念して、全国のデパートで開催された「瀬戸内寂聴と源氏物語展」は、その皮切りの高島屋日本橋店で、4月2−14日の二週間足らずの開催期間に8万人以上の観客を動員した(6)。また瀬戸内氏が名誉館長となり同じ年の11月に宇治市にオープンした「源氏物語ミュージアム」も、開館わずか一週間で1万人以上が訪れ、その後半年間でも、来館者は10万人を超えたという(7)。

今年に入っても、2月・3月の博品館劇場での有名女優による朗読会(8)や、3月の国立能楽堂での新作能「夢浮橋」(瀬戸内作)の上演、市川新之助主演による5月の歌舞伎座の上演予定など、瀬戸内訳にまつわる話題には事欠かない。

さて、こうした仕掛けられた瀬戸内訳の源氏ブームにあやかるかのように、1997年あたりから今日まで、『源氏物語』についての沢山の入門書や啓蒙書、事典類が書店に出まわっている。この源氏ブームは、学界を包み込んだ『源氏物語』の大衆化現象と批判的にいわれているが(9)、次にその中から、今日的なメディア戦略によりベストセーラーになった幾つかの本に焦点を当ててみたい。

II.一九九八年の源氏ブーム(省略)挿絵

『週刊光源氏 総集編』(なあぷる、1998.11)と、大和和紀『あさきゆめみし』(講談社)のメディア・ミックス戦略に注目した章。

III.一九九九年の源氏ブーム(省略)

渡辺淳一『源氏に愛された女たち』(集英社、1999.4)と、河合隼雄「紫マンダラ試案」(「創造の世界」109、1999.1)と、『週刊朝日百科 世界の文学24 源氏物語』(1999.11)に言及した章。

IV.ニューメディアのなかの源氏研究パソコン

「週刊朝日百科」の例は、専門の研究者によってもベストセーラーが生まれる可能性を示唆したといえなくもないが、少なくとも源氏研究者にとっては、九九年後半の大きな話題といえば、相次いで『源氏物語』本文の二つのCD−ROMが発売されたことの方かもしれない。7月に『古典コレクション 源氏物語(絵入)CD−ROM』(岩波書店)、10月には『CD−ROM角川古典大観 源氏物語』(角川書店、販売は紀伊国屋書店)が発売された。これまでは瀬戸内訳を発端とする源氏ブームの過熱を、メディア・ミック戦略によりベストセラーとなった啓蒙書を中心に追ってきたが、ここからは、源氏研究の側で進みつつあるニューメディア革命について触れておくことにしたい。従来のメディアとニューメディアとの競合ともいうべき状況が、源氏ブームをさらに加速する一方で、源氏研究にも新たな領野を拓きつつあるのである。

なお、ここでいうニューメディアとは、デジタル情報を基盤としたマルチメディアのなかでも、双方的なコミュニケーションシステムをもつハイパーメディアのことである。さらにニューメディアは、CD−ROMやフロッピー、DVD−ROMなどパッケージ系のものと、インターネット、パソコン通信、CATV(ケーブルテレビ)やその他の携帯端末など、通信回線を使って配信されるものと、二形統がある(15)。ニューメディアが従来のマスメディアと決定的に違うのは、相互のコミュニケーションが可能であるという、いわゆるインタラクティブ(双方性)にその特徴があるところである。

さて『源氏物語』のCD−ROMは、岩波版や角川版が始めてではなく、すでに九六年に富士通ソーシャルサイエンスラボラトリから、一般向けに物語の内容やその背景を説明する『源氏物語CD−ROM 上下』が発売されていた。たとえば「平安貴族の生活」の雅楽のコーナーでは音声や動画のデータなども含んでおり、まさにマルチメディアとしてのCD−ROMの強みを発揮していたのである(16)。

これに対して、岩波版や角川版は、一般向けのCD−ROMとは違い、研究用のコンテンツとして開発された専門性の高いものである(17)。岩波版は、ニューメディアのまさにインタラクティブ機能を活かして、既存のデータベースに研究者がそれぞれ自分の都合の良いデータを加えることができるところに、その特徴がある。また、文字・数字・画像など統合して扱えるマルチメディアであることを活かして、『絵入源氏物語』の全挿絵を画像データとして、挿絵じたいから読みとれる情報を研究対象にできるように配慮されている。

一方の角川版は、大島本の画像データを200枚入れ、また語彙の分類検索にも力を入れ、百科事典的な事項検索ができる便利な機能を付けている。『週刊朝日百科』でもそうだが、現在では『源氏物語』の背景にある文化環境への研究アプローチが盛んであり、そうしたニーズにも十分応えるものといえよう。

またインターネット上の『源氏物語』関係のホームページも激増する傾向にある。99年5月には、読売新聞が「光の君ブレーク 源氏ホームページ続々」と報じて、アマチュア愛読者のホームページをいくつか紹介している(18)。そこから、源氏ブームのなかで大衆化した『源氏物語』が、老若男女にさまざまなホームペーシを開かせて、そのリンク化も進みつつある様子もうかがわれる。いまLYCOS Japanで『源氏物語』を検索すると、11277件という驚くべき数字が出る。もとより、この数字は、インターネット上での『源氏物語』への言及であり、『源氏物語』に終始したホームページの実数を表すものではないが、それにしても数年前に比べると、百倍近い伸びを示しているだろう。

その一方で、インターネットが単なるコミュニケーション・ツールから、研究情報の知の源としてようやく整い始めたという感も強い。研究用のコンテンツを流すものとしては、第一に、国立機関の電子図書館など、画像データべースの存在を見逃すことができない。電子図書館は、もともと93年、米国の情報スーパーハイウェイ構想のなかで提唱され、日本では通産省の主導で、国立機関の電子図書館プロジェクトが進んだ。『源氏物語』関係では、京都大学の電子図書館(19)で、古写本の『源氏物語』(中院文庫)をはじめ、『仙源抄』『紫明抄』『源氏小鑑』などの注釈書や梗概書を画像データベースで見ることができ、その豊富さで一歩先を行く。また、九州大学附属図書館のホームヘージでも、この四月から『古活字版 源氏物語』の画像データベースの公開が予定されているという(20)。

これからは源氏研究はもとより、他の分野でも画像データベースを利用した研究が盛んになることが予想される。画像データベースの利点は、いうまでもなく時間と空間の制約を飛びこえて閲覧できる点と、所有者にいちいち許可を得る必要がない点である。従来の本文研究では、多くの本(含む複製)を所有したり閲覧できる研究者が有利になる状況も、おのずと変容を迫られることになるのではないか。現在の画像データベースは、分析に必ずしも十分な精度を確立しているとはいいがたいが、今後さらに画像の鮮明化が進むことによって、本文研究や校異を作る際に資するところ大となるであろう。私立大学でも、青山学院大学や国学院大学、早稲田大学など、電子図書館で国文学関係の画像データベースの公開を始めたところもあり、今後ますます充実するものと期待される。画像データベースにより、新しいツールばかりか、これまで手にしえなかった研究のコンテンツまで入手しうる状況になったのである。

また、大学の個人の研究室のホームページや研究所等のホームページの存在も見落とすことができない。『源氏』関係では、渋谷栄一氏「源氏物語の世界」、伊藤鉄也氏「源氏物語電子資料館」(21)、伊井春樹氏の主宰する「日本文学データベース研究会」、研究エッセイを多く載せる「風俗博物館」、また『源氏物語』の複合語彙検索ができる上田英代氏「古典総合研究所」や波平八郎氏「日本文学テキスト検索」などが、代表的なサイトである。国文学研究資料館でも岩波の旧版『日本古典文学大系』全般のデータベースが、<日本古典文学本文データベース(実験版)>として、『源氏物語』をふくめて試験的に提供されている。

こうしたホームページは、『源氏物語』のデータベースや共有するべき情報を提供するというコンテンツであるが、もう少し若い世代の研究者個人のホームページでは、研究者個人のショーウインドゥ的な色彩のものも多い(22)。そして研究者のホームページと愛好者のホームページが相互にリンクを張るようになってきたのも、注目できる現象である。現在、Eメールアドレスを持つ人は増加しているが、今後は大学のホームページに研究室の案内を載せる形や、無料ホームページ・サービスを利用して、研究者のホームページがさらに増加するものと予測される。

地球

インターネットやCD−ROMなどニューメディアによる研究環境の整備は、ミレニアムの源氏研究をどこに向かわせていくのか。予見的に述べれば、画像データベースを使った本文研究、データベースを駆使しての語彙に執着した研究(23)や、『源氏物語』を取り巻く文化環境の研究、さらには海外の学者と結んだ共同研究(コラボレーション)の促進なども期待されるところではある。

ニューメディア、特にインターネットの利用は様々な便益性があるが、もとよりそこに落とし穴がないわけではない。詳しくは別稿(24)に譲りたいが、インターネット全般についてよく言われるのが、著作権の問題や、セキュリティやコストの問題、人権問題などである。また、ようやく10%を超えたといわれるオンラインの人々とオフラインの人々との情報格差をどうするか、という問題も大きい。研究に限っても、ホームページに発表された論文を業績としてどう評価するか、ホームページ上の論文と活字化された論文ではどちらにプライオリティーがあるのか、といった問題や、ニューメディアを使っても、効率性はともあれ、研究の質がとれだけ変化するのか、という疑問もあるだろう。

さらに、ニューメディアによって、研究の量が質を駆逐する傾向が出て来たり、我々の研究や教育環境への縛りの強化をもたらすといった要素も見逃すことができない。少子化による大学間の競争の激化という状況にあって、どれだけ研究をしているのか、あるいは教育をしているのか、その量的蓄積をホームページで公開しなくてはならない体制を我々は徐々に迫られていくのではないか。研究業績や授業内容・シラバスのデータベースによる公開はさけられない趨勢になるだろう。

このようにインターネット社会の未来は、研究者としても必ずしも楽観視できないが、国文学科の縮小や再編の嵐のなかで、解体に瀕した文学研究と教育の活路を求める際には、ニューメディアとの連携を考えていく必要性がやはりあるだろう。日本近代文学会では、既に学会誌のレベルで、そうした提言がなされている状況があり(25)、羨ましくも思う。

インターネットを利用して、大学の教育や研究を広く公開しようとする動きも相次いで報じられている。99年10月に関西の帝塚山学院大、甲南大、関西学院大、関東の成蹊大と武蔵大の計五大学は、2000年9月から共同でインターネットを利用した教育サービスを展開すると発表した(26)。5大学が教育コンテンツを共有し、講義を一般に無料公開するという。こうした動きは、私立大学では少子化による競争の激化、国立大学では独立行政法人化と絡む問題であろうが、他の大学にも影響を与えて、徐々に広がってきている。今年の1月26日には、三重大と三重県立看護大、岩手県立大、東京大学社会情報研究所、米ノースカロライナ大が共同で、ネットを使った遠隔授業や公開討論会による交流を2月から始めると発表した(27)。さらに、早稲田大学と横河電機も、提携により新会社を設立して、4月から社会人向けに、文学や歴史の教養講座をインターネットにより配信するサービスを開始するという(28)。

現在の国文学の状況は、解釈共同体というべき学会や研究会、学閥により、研究の方法や解釈の仕方にしても、それぞれの共通理解の上に成り立っている。しかも、それぞれの解釈共同体の交流は必ずしも盛んとはいえず、むしろ相互に孤立しているかのような印象さえも受ける。しかし、国文学がますますマイノリティの学問となるであろう時代に、それぞれの解釈共同体が互いにコミュニケーシュンを欠いたまま存続しつづけてよいのか、という根源的な疑問もある。今後のデジタル・コミュニケーションの普及は、そうした解釈共同体の枠を少しずつ壊しながら、情報共同体ともいうべき時代をもたらすのではないか。インターネットをはじめ、さまざまなニューメディアを通して、ある種の解釈共同体をこえた別の情報共同体が花開く可能性があるのである。

もとより、それは良くも悪くも、の意味でもあり、解釈共同体の枠組みが崩れたからといって、もっと始末の悪い情報共同体の時代が到来するかもしれない。あるいは今までの解釈共同体の限界をこえた情報共同体が生成される可能性もあるということだろう。その為には、我々がどのように先の時代を見通し、しかるべき思想なりコンセンサスなりガイドラインを構築しうるのか、ひとえにその成否にかかっているともいえよう。

急速に進むニューメディア革命は、源氏研究者や源氏愛好者の思考や感性の枠組みにもおのずと組み替えをもたらしていくはずである。そんなデジタル情報化時代に、21世紀の源氏研究がいかなる展開をみせるのか、大衆化した源氏ブームがどこへ行き着くのか、その行方から当分目が放せないのである。

(1)読売新聞1999年10月6日朝刊。

(2)日本経済新聞2000年1月19日夕刊。

(3)最近の高橋亨・小嶋菜温子・土方洋一の鼎談集も、『物語の千年『源氏物語』と日本文化』(森話社、1999)と、ミレニアムを意識した書名となっている。

(4)「紙幣になった源氏物語」(「小説トリッパー 1999年冬季号」、1999・12)。

(5)朝日新聞2000年1月9日日曜版。

(6)その後、99年8月まで、徳島そごう百貨店、大阪なんば高島屋、横浜高島屋、京都高島屋、名古屋の松坂屋美術館、福岡の三越美術館を巡った。

(7)読売新聞1999年5月29日夕刊。松井健児氏の御教示による。

(8)昨年に続き、銀座の博品館劇場で開かれた朗読会の顔ぶれは、有馬稲子「葵」、や水谷八重子「夕顔」、平野啓子「若菜下」、羽野晶紀「若紫」、藤村志保「藤壺」、池田理代子「末摘花」であった。

(9)(7)の記事での秋山虔氏のコメント。秋山氏は「大衆化された源氏は、現代社会の鏡ではあっても、本当の源氏とは別」と結んでいる。

(10)ただし「あさきゆめみし」への息長い支持は、古典の授業の副読本というばかりでなく、女子中高生にとって、一昔前の「風と共に去りぬ」や「赤毛のアン」シリーズのように、少女のイニシューエションの物語として愛読できる要素を兼ね備えているからだと私は考えている。

(11)河添「光源氏のたゆたうセクシュアリティ」(『AERA Mook 恋愛学がわかる。』朝日新聞社、1999・6)では、恋愛の要素を誇張する雑誌の戦略について批判的に言及した。

(12)小谷野敦『もてない男』(ちくま新書、1999)のヒットに象徴される。

(13)この本の刊行から一カ月後、月刊誌「文芸春秋」六月号は、渡辺淳一氏と瀬戸内寂聴氏の対談「『源氏物語』エロス曼陀羅」を載せている。この対談については、かなり年配の男性の平安文学研究者が、とある酒席で「『源氏物語』を情痴小説とするとは、渡辺淳一もけしからん。それに迎合する寂聴も寂聴だ」と憤っていたのが、印象に残っている。

(14)なお「紫マンダラ」の細部についての私見は、河合・河添「『源氏物語』の構図−「紫マンダラ試案」をめぐって」(「創造の世界」111号、1999・7)の対談に譲りたい。

(15)榎本正樹「マルチメディアと文学」(『文学するコンピュータ』彩流社、1998)、同『電子文学論』(彩流社、1993)も参照。

(16)富士通版のCD−ROMの内容については、『源氏研究 2』(翰林書房、1997)のインターセクションでの小山利彦氏の紹介を参照されたい。雅楽・舞楽の復元など、今後の音声や動画データベースの進展も期待されるところであるが、このCD−ROMは、それを先取りするものにもなっている。

(17)岩波版と角川版のCD−ROMの詳しい内容については、『源氏研究 4』(翰林書房、1999)のインターセクションや、中村康夫「原本テキストデータベース参加型データベースを目指して」(『第4回 シンポジウム コンピュータ国文学 講演集』国文学研究資料館、1999・11)、伊井春樹「情報発信としての源氏物語CD−ROM角川古典大観源氏物語(角川書店)によせて」(『第5回 シンポジウム コンピュータ国文学 講演集』国文学研究資料館、2000年秋刊行予定)などを参照されたい。

(18)(7)に同じ。

(19)京都大学電子図書館のホームページ・アドレスをはじめ、『源氏物語』に関するサイトは、アリアドネというホームページ(http://ariadne.ne.jp/ )の中の「日本語・日本文学」のサイト一覧を参照するのが便利である。このサイト一覧は、アリアドネ編『思考のためのインターネット』(ちくま新書、1999)でも見ることができる。

(20)今西祐一郎「データベースと文学研究」(「文学 隔月刊」第1巻・第1号、2000・1)。今西氏は、画像データベースは拡充が望まれる領域であるとして、単独刊行するには迫力を欠く二級以下の資料こそ、設備や場所を必要としないデータベース化やインターネット上での公開にふさわしいとする。

(21)「源氏物語電子資料館」については、『源氏研究 2』(翰林書房、一九九七)のインターセクションでの伊藤氏自身による紹介を参照されたい。

(22)例えば、上原作和氏( http://www.asahi-net.or.jp/ ̄TU3S-UEHR/index.html)、越野優子氏(http://member.nifty.ne.jp/computerature2/works.html )、宇都宮千郁氏(http://www2s.biglobe.ne.jp/  ̄yae-sou/index.html)、原豊二氏(http://www.geocities.co.jp/Berkeley/5649/ )など。

(23)和歌研究では既に、新編国歌大観のデータベースを駆使して、平安和歌における語彙のジェンダー差を炙り出す近藤みゆき「平安時代和歌資料における特殊語彙抽出についての計量的研究と利用ツールの公開」(特殊領域研究「人文科学とコンピュータ」一九九八年度研究成果報告書、1999・3)といった試みが出されている。

(24)「源氏物語とニューメディア接点と期待」(『第5回 シンポジウム コンピュータ国文学 講演集』国文学研究資料館、2000年秋刊行予定)。

(25)木村功・信時哲郎「近代文学研究に関するインターネットのインフラ整備を──」(「日本近代文学研究」第59集、1998・10)、八木惠子「インターネットと研究」(「日本近代文学研究」第61集、1999・10)。

(26)日本経済新聞1999年10月18日朝刊。

(27)日本経済新聞2000年1月26日夕刊。

(28)日本経済新聞2000年2月19日夕刊。

以 上