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トルコ

エルズルムを抜けたアジアハイウェイ:トルコの国土は面積のほとんどが山間部、そして寒い
陸路国境越えもパキスタン、イランと重ねて3度目になると余裕がでてくる。毎度思うことだが、国境を越えるたびに様相が一変するのには驚く。まるで一線を画したようにそれまでの国とは違った言語、異なった人種があらわれ風景も一変してくる。匂いまでも違って感じてしまうのは不思議だ。トルコはイスラム国家ではあるが戒律の制限も緩く、アルコールや服装の制限はない。そのぶん国民はのびのびしているように感じられる。トルコのモスクは尖搭型の屋根?が特徴である。言語はトルコ語が主体、英語を話す人はイランよりさらに少ない。地方それも山間部の小さな街にいくと英語がまったく通じないところがある。
トルコはアジアとヨーロッパの接点である。事実、ボスポラス海峡によってイスタンブール市内がヨーロッパ側とアジア側とに分かれている。このことによってイスタンブールの街がアジア文化とヨーロッパ文化のまさに接点であるという解釈、解説が多い。しかしこのことについて、あえて反論を覚悟で私の印象からいえば、それはイスタンブールではなくて西部の大都市エルズルムではないかとの感が強い。いっぽう、少し離れた田舎町はアジアの香りが色濃く残っている。つまり国自体がモザイクのようにアジアとヨーロッパの文化が入り乱れているといったほうがわかりやすい。
通りすぎた街の印象
ドゥバヤッジ
イランと国境を接する街ドゥバヤッジは他のトルコの都市とは様相が異なる。ここはトルコであってトルコではないのだ。その理由はクルド族の問題である。トルコ国境で見たトルコ人の役人の顔とは違った顔がここドウバヤッジにある。褐色の肌、短く少し縮れた堅い黒髪、そして左右の眉がつながった独特のクルド顔貌である。クルド族はトルコ、イラン、イラク、シリアの国々に跨って住んでいるがクルド民族は国家を持たない(持てなかった)民族である。ドゥバヤッジの住民は公務員以外はクルド人である。トルコ政府(トルコ以外もそうだと思うが)はクルド問題にはかなり神経質である。ひっきりなしに街中を軍・警察の車がパトロールしていた。泊まったホテルのオーナーはクルド人。ここいらの事情とクルド問題を説明してくれた。彼らの主張は十分すぎるほど解るし理解もできる。しかし、民族問題は大変にむずかしい。民族とは何ぞや?という問いとその答自体が難解なのである。

イラン側からトルコに入国して100mの看板 後方はノアの箱舟が辿りついたと聖書の記述にあるアララト山
民族問題を突き詰めて対処しようとするなら、「寝た子を起こす」「パンドラの箱を開ける」ことにもなる。ユーゴ紛争がその典型である。世界には無数の民族が存在しているし、ましてその民族ごとに国家を持ったらどうなんだろうという疑問が湧いてくる。さらに彼らの言うように仮にクルドの国家ができたとしてもどうやって国を運営していくのかという疑問さえ湧いてくるのだ。下手をすると現状より悲惨な生活になってしまう可能性だって考えられるのである。 しかしこんな疑問はここドウバヤッジでクルド人にぶつけること自体危険なのかもしれない。街のあちこちに騒動の痕跡があり、泊まったホテルの玄関にもでっかい弾痕があった。

ドゥバヤッジはトルコであってトルコではない。住民のほとんどがクルド人。後方はアララト山。ドゥバヤッジ郊外
エルズルム
エルズルムはトルコ西部に位置する大都市である。2千m以上の高地にあるために夏は過ごしやすいらしいが年平均気温は低い。目の前の残雪とその寒さに震えると 数日前までイランの暑さに苦しんだことが嘘のようである。ほかのトルコの街の人にエルズルムのことを話すと あそこは寒いところだと身をすくめる仕草をする。エルズルムはオスマントルコの時代から隆盛をきわめた歴史を持つだけに街のあちこちにその名残をとどめている。エルズルムの街並みは中心部には石畳が敷き詰められ、モスクがなければ東欧の街並みと見間違う。それほどヨーロッパの香りを感じさせる。
エルズルムを過ぎていくつかの峠を過ぎたところ、前輪をパンクしてしまった。2度目のパンクである。今度は走行中に鋭利な石を踏んでしまった。余談だがパンクの原因のほとんどは釘踏みである。そしてパンクするのは大方の場合後輪である。同じ路面を前後のタイヤがトレースする訳だが前輪が釘を跳ね上げたあと、後輪にタイミング悪く刺さってしまうらしい
。幸い空気の全部抜けた場所がトルコ軍隊の詰所の前だった。場所を借りて修理しようとしたら、修理は任せろという。お前は見ているだけでいいから、と昼飯までご馳走になってしまった。

パンクした場所が軍隊詰め所の前だった。 ほんとは写真撮影はだめなんだけど撮ってくれというから…・
トラブゾン、ジレスン、サムスン
トルコの内陸部は高地が多く、4月の末でも気温は低い。黒海沿岸は温暖と聞いたのでそちらへ向かうことにした。黒海沿岸はどの街もリゾート地の様相である。トラブゾン、ジレスン、サムスンは古くから黒海を介したヨーロッパ諸国との交易地であった様子が偲ばれる。中心部の街並みの雰囲気はもう完全にヨーロッパスタイルである。

黒海沿岸は気候も穏やかで リゾート地が多い

左:黒海沿岸ジレスンの街並 右:ジレスンのホテル 中級のこぎれいなホテル 朝食付きで1500円
バザール街を歩くと貴金属店の多さが目に付く。ショーウインドーは金製品が主であるから、貴金属店が連なっている一帯はそのきらびやかさ、ハデなことこの上ない。一種異様な世界である。考えてみるとヨーロッパ世界は紛争、それによる民族移動の歴史であったから財産は身につけるものが身上であった訳である。そのことを思い浮かべると納得がいく。また現在のトルコにしてもインフレの進行の激しいことがトルコ紙幣をみてもわかる。やたら0が多い。街道で昼飯を食べたら50万トルコリラ。日本円に換算したら100円足らずである。ドルからトルコリラの両替をすると山のようにトルコリラが返ってくるから、急に大金持ちになったような錯覚に陥ってしまう。インフレの激しい国は通貨の信用度が低いからモノ・貴金属・宝石類のほうが信用される理屈である。トルコでは辺鄙な山奥の集落でも貴金属店があった。
黒海沿岸の街サムスン クルスンルの人たち
クルスンル
黒海沿岸の街サムスンを出て、イスタンブールに向かう内陸部の道は、昨年のトルコ大地震の被害を受けた地域に沿って走っている。災害復旧はかなり進んでいるが、地震の大きさを物語る痕跡はまだ残っていた。山間の小さな集落クルスンルは観光客が訪れるような雰囲気はない。ここの街の人たちは純朴そのものであった。全然すれたところがないのだ。おまけに日本人は初めて見たといって物珍しそうに集まってきた。子供なんかは仲間を誘ってくる。英語は全然通じないが飯を食いたいという仕草をすればレストランに連れていってくれるし、タバコ屋はどこだと尋ねると一本差し出す。いいや、一箱買いたいのだ、と言うと今度は箱ごとくれようとする。向かいの銀行に両替をしようと行くと ここは率が悪いからダメだといって わざわざ少し離れた貴金属店まで連れていってくれた。万事がこの調子であった。この間の地震のことを聞くと物凄い揺れがあってこの街でも被害があったそうである。このくらいの程度の話はお互いに言葉がまったく通じなくても分り合えるから人とのコミュニケーションは面白い。
山の中の小さな村 クルスンル 実に素朴な人たちばかりであった。日本人は初めて見たとか…
イスタンブール
クルスンルからイスタンブールに向かうと告げると、3時間もあれば充分だと世話好きの長老格の人が教えてくれた。ここから400kmもあるのに・・と思ったが まもなくそれが事実であることがわかった。アウトバーン並の整備された高速道路である。しかも120km/h 制限であるから それ以上の速度で車が流れている。ただしトルコからはバイクもしっかり料金をとられる。バイクはヨーロッパ並に認知されているということである。イスタンブール市内で安宿の場所を聞こうとバイクを止めた場所が日本でいえば白バイ隊の本部であった。イスタンブールの「白バイ隊」の使用バイクは全部ドイツ製のBMWである。それも最新型が半分を占める。ホテルの場所よりもバイクの話になり、アフリカツインは見たことがないというから代わりばんこで乗せてあげた。

代わりばんこに試乗させてあげたら反応は上々。イスタンブール警察の「白バイ」隊員
イスタンブールはボスポラス海峡を挟んでアジア側とヨーロッパ側とに区画されている。市内がヨーロッパとアジアに分れているのは奇異な印象をうける。橋を渡れば今回のツーリングの目的はひとまず達成されることになる。ボスポラス海峡に架かる橋を渡った印象は鳴門大橋のそれに似ている。眼下の「流れる海」は鳴門海峡の様子にこれ又よく似ている。ボスポラス海峡の眺めは実に美しい。そしてここがアジア・ヨーロッパとの接点(実はそうでもないのだが)であること、そしてかつてこの地を巡って繰り返されたであろう血で血を洗う壮絶な争いを思い浮かべると、目に映るこの景観が特別なものにさえ見えてくる。いい絵を撮ろうと場所を物色してみても それがなかなか見つからない。日本によくあるような展望台が皆無であった。グッドポイントは全部私有地で金持ちの別荘風の建物が独占しているのだ。

アジア側からみたボスポラス海峡:イスタンブール
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交通事情
車両は右側通行。道路は良好。有料高速道路ではバイクも金が必要
ホテル
一流ホテルは大都市にのみにある(1万〜2万5千円)。中級は2000円〜3000円。安宿は1000円前後
お金
TC・米jの両替は特定の銀行しかやらない。クレジットカードの使えるところは少ない。
食事ほか
トルコはアルコール可。ただしビールはまずい。
生活習慣他
トルコはイスラム国家、ソフトムスリムといわれているがイスラム共通の習慣は覚えていて損はない
危険情報
トルコ東部のイラン、シリア国境域はクルド問題で立ち入り制限他の勧告が出されている