内村語録

<キリストの再来>

再来は再顕の意なり。

ギリシャ語の「アポカリプシス」も英語の「レベレーション」も共にこの意を示す。

キリスト今は天の高きにいまして、

後の日に天の万軍を率いて再びわれらの間に下り来たりたもうにあらず。

キリストは今すでにわれらと共に在(あ)りたまいて、

後の日に至り、その体を現わしたもうのみ。

われは世の終わりまで常になんじらと共に在るなりと彼は言いたまえり。

キリストの再臨は世の終局の出来事なり。

しかして万事万物はすべてことごとく、

この喜ぶべき
最終の出来事に向かって進みつつあるなり。

われらが日々キリストの再顕を待ち望むは、

その時々刻々とわれらに迫り来たりつつあるを知ればなり。

われら、すでにキリストのものとなりて、

全世界の出来事はこぞってわれらを希望の城に向け進めつつあるなり。

われら、キリストの再来を望んで日々天上を望むを要せず。

正当に人生を解して、日々の新聞紙はわれらにこの快事を告ぐるものなり。

主、言いたまわく、「耳あるものは聞くべし」と。

(1905年6月 『聖書之研究』)(信7/62-)