手
その騒ぎがはじまったのは、夕食の最中だった。
夕食の時間は見張りやら祈祷やら出張やらがある為、若干のずれがある。
ちょっとした騒ぎが、外からやってきて。
遅れて食堂に入ったものたちからザワザワと騒がしくなった。
マルチェロは食事を黙々と続けながら、喧騒に耐えるふりで耳を澄ます。
やっと、自分の席に近くまで渡ってきた話からするとこうだ。
ちょうどその前日、マルチェロの同期のハンスが、さる貴族の邸宅に祈祷のため招かれていた。
どういう経緯かきいてはいないが、そこにククールも同行するようになっていた。ククールは見栄えもよかったし、どこで目をつけたか指名のかかることも多かった。
あんな呪われた子供にも使い道があるとはな、とその度に思ってきたものだ。
その2人が帰ってきたはずが、どうやらマルチェロの同期の姿がないらしい。
送り返してきたのはたしかに貴族の馬車だったが、ククールはシーツにくるまれた状態で、みたもののの話では「まさか殺されたのでは?」というものまであった。
マルチェロは、既に聖堂騎士団の中でも重い位置を占めている。23という年齢が邪魔をしているだけで、団長もことあるごとにマルチェロの顔色をうかがう、そんな場所までマルチェロはきていた。
どうやらククールはそのまま、離れにあるオディロの部屋に連れていかれたようだった。
「静粛に!」
おおまかな情報をつかむと、マルチェロはよく響くバリトンで一同を黙らせた。
ククールの身になにが起ころうが、異母兄弟であるという理由でマルチェロが関心をしめすはずもなく。
なにかヘマでもしたのかと思う程度だったが。
これだけの立場になると、ククールのせいでなにか不快な思いをしたかもしれない貴族の顔色も、帰ってこなかった修道士のことも、院内の動揺や根も葉もない風聞が風紀を乱すことも気にかけねばならない。
この日聖堂騎士団長は不在だった。副団長は能吏にすぎない、となれば副団長補佐という立場の彼が動くしかない。
まずはオディロのもとに、確認に向かった。
「失礼致します、聖堂騎士団副団長補佐のマルチェロです」
階段の下で挨拶をしたが、声がかえってこない。
不在と知りつつ階段をあがった理由は、自分でねじ伏せた。
別に、気になったわけではない。
いっそ死んでくれてもかまわないとさえ思っている。
「う・・・・」
苦しげなうめきがきこえてきた。
マルチェロが階段をあがりきると、そこにはベッドに横たわるククールと、その手をにぎるオディロがいた。
「失礼致しました、お返事も待たずに・・」
膝をついて礼をすると、オディロは「かまわんよ」と小さく言った。
「助けて・・・助けて・・」
うなされているのか、ククールが苦しそうに声をしぼる。
生きていたのか、とマルチェロは無感動に事実を認識した。
「オディロ様、これは一体・・・」
「ちょうどよい。マルチェロ、かわってくれ」
「は?」
「ククールがうなされて手を離してくれんのじゃ。たのんだぞ」
「え?わ、私がですか・・・」
振り向いたオディロの顔が、今までみた彼の表情の中でももっとも険しいことに気づいたマルチェロは、黙ってオディロを場所をかわった。
熱い。
強く握っている手がひどく熱い。
発熱しているらしい。
その熱がすがってくる。
助けて、と。
それにしても細い指だ。
きめの細かい白い手。
視界にいれないようにしているせいか、気づけば子供というより少年のすらりとした肢体に育ちつつある。たしか剣の腕はたつはずだが、この細い指で・・・・・
「助けて・・・・お兄ちゃん・・・」
ふと物思いに沈みそうになっていたとき、突然現に引き戻された。
お兄ちゃん?
誰のことだ。
これが俺の弟だと?
熱い手を振り解きそうになったとき、オディロの声がした。
「むごい話じゃ」
「ときにオディロ様、ククールはハンスの同行だったはずですが・・・」
「うむ、明日チェリス家より正式に謝罪の使いがくることになっておる。話はそれからじゃ。マルチェロ、おぬしも同席するように」
「は」
「兄であるおぬしにこんなことを告げるのもまたむごいことじゃが・・・ククールは男に暴行をうけたようだ」
「・・・・・」
マルチェロはハッとククールの青ざめた顔をみた。
脂汗を流している。
「ろくな始末もされなかったのじゃろう。あたら美しい姿なばかりに・・・むごいことじゃ」
発熱もその所為か。
「院内に動揺が走っております。私はこれにて」
マルチェロはサッとたちあがると、ククールの手を振り払い出ていってしまった。
その夜のうちに、ククールは突然の病気であったこと。
事前の申し合わせがあり、同行していたハンスは郷にかえったということが、マルチェロによって通達された。
貴族の屋敷からの使いは確かに来たが、当方もよくわからないが・・・と言葉を濁し、大層な額の包みを置いて、さっさと帰っていってしまった。
「オディロ様」
なにもいわなかったオディロを追って、マルチェロは普段の彼らしからぬ声音でつめよった。
「何故、あのままお返しになられたのです!」
オディロは足を止めた。
マルチェロは己の声音を恥じて、すぐさま膝をおった。
「失礼致しました・・・僭越な真似を致しまして、申し訳ございません」
「マルチェロ」
「は」
「これをもって、チェリス家へ行きなさい」
オディロが渡したのは、マイエラの由緒正しき印の刻された書状。
「は」
「二度と、このようなことがあってはならぬ。二度と、な」
「は」
マルチェロは、その足で馬をだし、駈けた。
己が凄まじい形相をしていると気づいたのは、屋敷のメイドが「ヒッ!」と短く叫んだからだ。
鏡をみると、たしかに鬼のような顔になっている。こんな聖職者もおるまいと、ひとつ深呼吸をした。
部屋にとおされしばらくすると、男爵が自らでてきた。
「使いの者が参りませんでしたかな」
チェリス男爵は、40代の優男だ。
男色家だという話はきかなかったが。しかし慣れた男色家はあんな真似はしないだろう。それともサディストだというだけか?
「申し遅れました、男爵。私は聖堂騎士団副団長補佐のマルチェロと申します。先ほどは丁寧にお使いをいただきまして恐縮です」
マルチェロが丁寧に一礼すると、あきらかに男爵にも動揺が走った。よほど恐ろしい眼光だったのだろう。
「実は、院長の命で事実関係の調査に参りまして。何分この地方は流行り病の多い土地、皆の心を静めるためにもとの仰せで」
「な、なるほど、そうですな、10年ほど前にも大きな流行り病がありましたな」
「そこで、我が修道院のククールという者が大層な高熱を発しまして、瀕死の状態でございまして。なにかの病にでも・・・と失礼ながら、お屋敷の皆様の昨夜の状態などおひとりずつ伺いたいと思いまして・・・・また、同行しておりました当院の修道士ハンスも行方が知れず、こちらにもどうぞご協力いただければと思いまして」
マルチェロの言葉ひとつひとつごとに男爵の顔が青ざめていく。
「こちらが、オディロ院長からの令状です。町は大変な騒ぎ。これだけの大事件でございますから、ことと次第によっては・・・・」
封書をちらつかせると、男爵は手を叩いて、屋敷中の人間を集めるよう支持をした。
「皆、マルチェロ殿の質問に答えるように」
「ご協力感謝致します」
優雅に一礼をして。
マルチェロは剣呑な表情を一度おさめた。
ことの次第が明らかになってみれば、簡単なことだった。
ハンスは、男爵の長男に大金をつかまされてククールを売ったのだ。
そしてそのまま雲隠れ。
暴行された方もする方もはじめてのことだったらしく、そのまま朝まで可愛がったあと、父親になんとかしろと押し付けて自分は部屋にこもってしまったという次第。
そこまで赤裸々に語ったのは、ひとえに破門さえちらつかせたマルチェロの書状とその鬼のような形相だったわけだが。
集められた一同の中でひとり震えている、男爵の長男に、
「おや、震えておられる・・・・・私も聖堂騎士団の一員として多少は医学の心得もございます。別室で脈をとらせていただいてもよろしいですかな?」
もう、誰もその場に否やを申し立てられる者はなかった。
「僕はなにもしらないよ・・・」
と、最初の一言だけは抗ってみたものの、貴族のお坊ちゃんが、世間の酸いも甘いもかみわけて、これから世界までも掌握してしまいかねないカリスマを磨きつづけている男に適うはずは無かった。
「とてもキレイな子だったから・・・」
20になるならずの、みればまだ少年だ。震える声で告白をはじめた。
「前にミサにいったとき、みかけたんだ、銀の髪をしていて女の子みたいで・・・とってもキレイで天使みたいだったから・・・」
めそめそと、男爵の息子は泣き出した。
「絵師を頼んで、マイエラに通わせて、肖像画を描いてもらったりしたんだけど・・・・それじゃ足りなくて」
視線の先には、金色の額にかざられた両手におさまる程度の肖像画。たしかに、よく似ている。
しかし、こんなに「天使のような」笑顔などみせるタマか、アイツが。と思わず毒づかずにはいられない出来である。
「やっと、きてくれたから、もう一人の男に金を握らせて・・・・そしたら、いいっていったんだ。だから・・・傷つけるつもりはなかったんだ」
か細いとはいえククールもそうおとなしい男ではない。薬を使ったところでいいようにはされなかったろう。殴られたような跡はそのせいだったか。
「とてもキレイだった。夢のようで・・でも、何回かしてると動かなくなって・・・それで怖くて・・」
マルチェロはツカツカと肖像画の前にたつと、なんの遠慮も無く絵を引き出した。
「ああ!やめて!やめて!それだけは!」
そうしてランプの中に放り込んだ。
パッと一瞬部屋が明るくなった。
足元にすがってきた男爵の息子には、そのいっそう濃くなったマルチェロの蔭はまさに鬼のようにみえた。
マルチェロはスラリとレイピアを抜くと、ひたりと頬に近づけた。
「ひぃっ!」
真っ青になった少年の顔に、マルチェロは凍てつくような視線を送りこう言った。
「あの少年は私の弟だ。次があると思うな。口外もするな。父親にもだ。このことが漏れたときはこの私が御前の細首刺し貫いてやる」
「大事なかったようです。まことに、ご協力を感謝致します」
でてきたマルチェロは、男爵に柔らかな物腰で一礼した。
そうして、最初に持ち込まれた額の数倍の現金を片手に悠々とマイエラへ凱旋することとなった。
途中、オディロの書いた書状を開けてみたが、「重大な警告」というような文面であった。
「こんなものでは人は屈しない」
敬愛はするが、オディロのやり方では結局なにもかわらない。
マルチェロは彼らしい几帳面さで細かく書状を破ると、川の中に散らした。
「ただいま戻りました、オディロ院長」
返事がない。
またククールにつきっきりなのだろうか。
しかたなく、都合よく書いておいた報告書だけでもと思い上へあがると、そこにはククールしかいなかった。
寝息は規則正しい。
額に触れると、まだ微熱程度は感じられた。
「天使のようか・・・」
そっと、その銀の髪に触れる。柔らかく絹のような髪。
確かに、天使のようにもみえたのだろう。年齢の割に腰も細いし、背だけは若干高いもののまだまだ性別のわかり憎い無垢な身体をしている。
・・・・悪魔の子が。
呪われた子が、天使のような容姿とは皮肉な話だ。
なにかをさがすような手を握ってやると、ふと安心したような笑みをもらした。
それこそ天使のような。
もしこの少年が生まれなければ・・・
どれだけ呪った存在だったか。
真相をしってから、おずおずと「おにいちゃん」とよばれたときはゾッとした。
だが。
はじめて会ったあの日。
まだ彼が「ククール」であると知らなかったとき。
自分もまた、その幼い顔に天使をみなかっただろうか。
「おお、マルチェロ、戻ったか」
弾かれたように、マルチェロはベッドから離れた。
「失礼を致しました!ご不在中に・・・」
「いやいや、いいんじゃよ。身内の病じゃ、心配にもなろう」
「いえ!違います!私は聖堂騎士団の一員として、見習に名前のあがった候補生の様子を・・・」
言えばいうだけ、墓穴をほっているように思い、マルチェロは黙った。
「先方はずいぶんと金をよこしてきたが・・・」
「はい・・・」
マルチェロは起きた事実のみを伝えた。
「そうか・・・・まこと、むごいことを。ククールには悪いことをしたの」
「これからは、あまり若い者だけで祈祷にゆかせるのはいかがなものかと・・・・・いえ、これはあくまでも、我が修道院の品性と道徳を守るためです。私情ではございません」
「わかっておる、わかっておる」
「・・・・・」
継ぐ言葉もなく、マルチェロが立ち去ろうとしたとき、
「ちょうどよい、ククールをそろそろ自分の部屋に戻そうと思っておったところじゃ。連れて行ってくれ」
「は?私がですか?」
「不満かね?見習候補生の面倒をみるのは」
「いえ・・・」
結局。
マルチェロはまだ眠ったままのククールを抱きかかえて、オディロの部屋からククールのいる大部屋まで運んだいく派目になった。
「・・・・・・・」
軽い。
熱い身体は背丈の割には軽い。こんなだから男などに・・・。
もっと鍛えさせねば、周りの騎士どももどんな目でみるやらわからぬ。
いや、もうククールを好色な目であがめたり、うっとり見つめている者もあることをこの私が知らないとでも思っているのか!
頭の中でブツブツといいながら、その度「いや、関係のないことだ。こんな出来そこないが弟などであってたまるか」と心配のひとつひとつを打ち消して。
大部屋へいくと、まだ他の連中は修業中。
がらんとした部屋のベッドのひとつに、そっとククールをおろした。
その手がまた、マルチェロの腕をつかもうとするものだから。
今度こそ跳ね除けて。
「つけいる隙など作る方が悪いのだ」
そう言ったあとは振り返りもせず。
部屋をでていった。
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