「奈良」が朝鮮語(=韓国語)だという説がある。現代朝鮮語で「ナラ」というと、「国」のことである。古代の渡来人たちが自分たちの国を作るんだという意気込みで、新しい都を「ナラ」と名づけたという。この説は、祭りの「ワッショイ」という掛け声が朝鮮語の「ワッソ(来た)」からきているという説とともに、在日韓国・朝鮮人の間では広く普及している。なぜ普及したかというと、感激がほしいからである。異国で不当な扱いを受けていればいるほど感激は大きい。その気持ちは分かるし、冷や水をかけることには申し訳ない気持ちもあるが、私はどちらも信じることはできない。「来た」という意味の「ワッソ」という表現ができたのは、やっと19世紀になってのことである。さらに、地名語源についての信憑性を高めるには、一般の語彙以上に、いろいろな手続きを必要とするのである。
「ナラ」という地名は、大和の奈良以外にもこの日本列島にたくさんある。「奈良田」とか「楢川」というように「ナラ」を含む地名まで含めるとさらに多数に上る。それらの土地に共通なのは、何らかの意味で平らな所、なだらかな地形の所だということである。「ナラ」と対照的な地名としては「サガ」がある。古語で「さがし」といえば、「けわしい」ということである。奈良時代の文化を築く上で、朝鮮からの渡来人が大きな役割を果たしたことは事実だが、それが「ナラ」朝鮮語説を裏付ける根拠になるわけではない。 作家の金達寿(キム・タルス)氏は、軍隊が踏みならしたから「なら」とついたという説話を持ち出してきて、それと対照させて朝鮮語説の信憑性を高めようとしているが、これはフェアではない。だいたい記紀や風土記の地名説話というのは、神話に合わせて地名を意味付けようとしたもので、もともと信用できないのである。私の信太(しだ)姓は今の茨城県の旧郡名(明治から河内郡と合併して稲敷郡)に由来するが、常陸国風土記逸文には、軍隊が帰ってきたとき風がなくて旗がしだれていたから「しだ」とついたなどと書いてある。こういうのを「語源俗解」という。「ねずみ」は屋根裏に住んでいるから「やねずみ」が縮まったものだとか、寝ないで見ていないと何をするか分からないから「寝ず見」だというのがその例である。奈良は別に軍隊が踏みならさなくても、もともと平らな盆地にある。「平城京」という別名にもその語源意識が残っているのかも知れない。奈良市の北にある奈良山という丘陵地帯は、万葉集では「平山」と表記されている。
「奈良田」は山梨県にあり、平家の落人村だとされるほどの山奥にある。「楢川」は信州の木曾谷にある。一方、福岡県に京都郡という郡がある。「みやこ」と読む。むかし、筑前国の国府が置かれたところである。岩手県には宮古という市があり、三陸沿岸の中心となっている。「ナラ」が都という意味ならば、それぞれの地方の中心地にありそうなものである。なお、地名を解釈する上で、漢字表記はあてにならない。徳島県に「十八女」という地名があるが、これで「さかり」と読む。しかし、実際には土地が「下がり」ぎみの所にあたるのでついた地名だと考えられている。漢字表記はしばしば語源俗解に基づくことが多い。また、のちに読み替えが起こることがある。私は横浜の「反町(たんまち)」という所で育ったが、この地名は焼畑を意味する「そりまち」を読み誤ったものと考えられている。和服が衰退し、ヘクタールという単位が普及し、俳優の反町隆史が売れている今日では逆に「そりまち」と読み「間違えられ」ることが多いそうだ。 朝鮮語の「ナラ(国)」については、訓民正音諺解などのハングル創製時の文献に、naraではなくnarahと表記されていたという問題もある。日本の室町時代にあたる15世紀にもなって末尾のH音が残っているということは、さらに古くはK音であり、古く朝鮮語を取り入れたのならば、「ナラカ」というような形になるはずだという指摘もある。この問題について確かなことは二つしかない。一つは、日本に「ナラ」という古都があること、もう一つは、現代朝鮮語で「国」のことを「ナラ」ということである。そして、二つの事実を確かに結びつける論拠は、実は何一つないと言ってよい。
地名については、アイヌ語での解釈もよく行われる。しかし、私はアイヌ語で解釈できるのは、東北地方の、それも北部の地名までだと思っている。北海道に「ナイ」や「ベツ」で終わる地名が多いことはよく知られている。いずれも川や沢をさすアイヌ語である。青森県には今別(いまべつ)とか苫米地(とまべち)、秋田県には毛馬内(けまない)とか生保内(おぼない)という地名があり、明らかにアイヌ語起源だと思われる。しかし、西日本の地名までアイヌ語で解釈するのはかなり強引な手法を用いないとできない。だいたい自然地名というものは、時代がたってもなかなか変わらないものである。北海道にあれほど多い「ナイ」「ベツ」地名が東北南部から急減することについて、納得できる説明は読んだことがない。地名をアイヌ語で解釈するのに熱心な人に限ってアイヌ語をちゃんと勉強していない、文法の初歩すら分かっていないと、痛烈に批判したのは、ほかならぬアイヌ民族出身の言語学者知里真志保(ちり・ましほ)である。 富士の語源をアイヌ語の「フチ(火)」だとする説が、いまだにかなり広まっている。しかし、アイヌ語の「フチ」には、「おばあさん」という意味はあっても、「火」などという意味はない。この説を唱えたのは、明治に北海道にいた宣教師バチェラーであるが、このバチェラーこそ、知里真志保が真っ先に槍玉に挙げている人物である。火を意味するアイヌ語は「アペ」であり、日高山脈南端の山アポイ岳(←アペ・オイ 火のある所)などの地名がある。「エカシ(おじいさん)」と並ぶ基本的なアイヌ語である「フチ」をなぜバチェラーは「火」の意味にとったのか? 「アペフチカムイ(火のおばあさんの神)という神名の解釈を誤ったのだろうとも言われている。さらに、古代の日本語にはH音がなかったのだから、huchiが日本語に入ったのなら、「クチ」になるはずだ、という批判を金田一京助が80年以上も前にしている。この批判は当然のことで、現に中国語を取り入れる際にも、上海のように「ハイ」と読む「海」を「カイ」として取り入れている。また、「富士」の旧仮名遣いが「ふじ」であって「藤」のように「ふぢ」でないのも私には引っかかる。
人が忘れがちなのは、地名の語源を確かめることが一般の語彙の場合よりはるかに難しいということである。ワンワンと鳴く動物を日本人が「イヌ」といい、モンゴル人が「ノホイ」といま呼んでいるなら、同じ対象に関わる語同士として比較を始めることができる。しかし、地名は、まずどの範囲を示してつけられたのかが分からない。私は神奈川県の出身だが、「神奈川」という地名は、本来京浜東北線の東神奈川駅(京浜急行には「神奈川駅」もある)の近くにあった宿場の名前であり、それが東京、大阪につぐ人口大県の名前になっている。横浜市には神奈川県横浜市神奈川区東神奈川町、西神奈川町があり、神奈川中学という横浜市立の学校もある(ちなみに今住んでいる兵庫県には兵庫県神戸市兵庫区があり、「神戸駅」「兵庫駅」というJRの駅が隣り合わせにある)。横浜という地名は、海岸線が鋭角的に曲がるところにあった戸数わずか16戸の漁村の名前だったという話を聞いたこともある。このように、どの範囲をさしてつけられたのかということから調べなければならないのが地名である。さらに、本来の対象を確定できたとして、それにどのような意味で地名をつけたのかが次の関門となる。「たか」一つとっても、「高」なのか、「竹」なのか、「鷹」なのかを考えなければならない。 一般の語彙から失われた語が地名に残ることも十分に考えられるので、日本語の一般語彙で解釈が難しいからといって安易に他言語で解釈するのは厳に慎まなければならない。少なくとも当面は「語源不明」としなければいけない例などいくらでもある。それなのに、「全部分かるはずだ」という思い込みが強く、個々の地名を自分のロマンに合わせて個々バラバラに解釈する人が多すぎる。その地域でいま優勢な言語で解釈が難しい地名は世界中どこにでもあり、何も日本に限ったことではない。私は非日本語での地名の解釈を頭から全否定するつもりはない。しかし、あまりにも根拠薄弱な説があたかも定説のように広まっていることを憂慮しているのである。 |
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