似ているからこそ
違うんだ

李朝時代の民間の教育機関である書堂(ソダン)。日本の寺子屋に当る。寺子屋も書堂も普及率はかなり高かった。金弘道(キム・ホンド)の風俗図より。

 ひところ、ユダヤ人が書いたと称する「日本人とユダヤ人」という本がベストセラーになったことがあった。やがて著者が日本人であることが露見し、専門のヘブライ学者によって「日本人と偽ユダヤ人」などという本まで書かれることになった。その詳細の正誤についてあれこれ言う力は私にはないが、なぜこうも突飛な題名の本が受けるのだろうと思ったものである。

 虎を馬と比べれば違うところを見つけるのに苦労はない。体のつくりも生態もまるで違うのだから、比較したところで、虎について何かが分かるわけでもない。比べるのならライオンと比べるべきである。馬と比べて虎の特徴を述べても、それが虎だけの特徴なのかどうか、はなはだ心もとないものがある。日本人をユダヤ人と比べるのが無意味だとは言わない。しかし、同じ比べるのなら、何らかの意味で似ている民族と比べる方が、日本人の特徴がより浮き彫りになるのではないかと思う。

 日本人も朝鮮人も農耕民族であり、米を主食とする。その意味では虎やライオンにたとえたのは不適当だったかも知れない。飯と汁とおかずという食事のパターンもよく似ている。しかし、食事の作法は違う。日本人の食事は箸一膳で行われる。飯や汁は箸では食べにくい。そこで、この二つに限っては、食器を持ち上げて食べてもいいということになる。しかし、日本でもおかずを載せた皿を持ち上げたら顰蹙をかうことは言うまでもない。

 一方朝鮮での食事は箸とスプーンの二本立てで行われることは日本ではあまり知られていない。日朝交渉で北朝鮮側が食糧のことばかり考えていることを揶揄する漫画の中で、先方の頭の中を示す吹き出しの中に碗に盛った飯と箸が描かれているのを新聞で見たことがある。朝鮮では箸はおかずを食べるときにしか用いられない。飯や汁はスプーンで食べる。したがって食器を持ち上げることは、はしたないことである。考えてみれば、洋食でも食器を持ち上げるのはタブーである。日本のマナーは、飯や汁までも箸で食べるという特殊な条件のもとで発生したかなり特殊なものと考えていい。だから、箸だけの食事を朝鮮人にさせると、顔をテーブルに近づけて食べることになり、日本人にとっては見苦しい。しかし、そう思うのは、このような条件の違いを考えないからである。着物姿や洋装で立膝で座ったら見苦しいが、前のはだけることのない朝鮮女性のチマチョゴリの場合は、優美でこそあれ、見苦しいものではない

 日本のように、家に入るとき靴を脱ぐのは世界的には少数派であろうが、朝鮮半島も日本と同じである。日本でも有名なオンドル(温突)の床暖房を効果的にするためであろう。しかし、脱いだ靴は内向けに揃える。客人の靴も同じであり、いつまでもうちにいてほしいという意思表示となる。外向けの方が帰るとき便利ではないかと日本人は思うのだが、そんなことを言うと「日本人は客が来たときからもう帰そうとしている」と言い返される。外向けに揃えるのは不幸があったときだけであり、あの人はもう帰ってこないという悲しみを表現している。したがって、客の目の前で脱いだ靴を外向けに揃えるのはとんでもないことである。日本も韓国も今や椅子の生活が一般化しているが、土足で家に入ることへの抵抗はともに根強い。

 日本語も朝鮮語も敬語が発達している。ただ、朝鮮語は謙譲語がぐんと少ない。もう一つ大きな違いは、朝鮮語の敬語は絶対敬語、日本語は相対敬語だということである。絶対敬語とは、この相手のことをいうときには、常に敬語を使う、あるいは使わないという言葉づかいのことである。日本語では身内への敬意は外部の人の前では表現できない。「母がそう申しておりました」という。朝鮮語では「お母さま(自分の!)がそうおっしゃっていらっしゃいました」という。これが絶対敬語と相対敬語の違いである。自分の母に対して敬語を用いなかったら、朝鮮では親不孝者と思われる。一方、上司の家の小さな子供に日本人は「坊っちゃん、おとしいくつですか」などと聞く。朝鮮語では「お前、としいくつだ」と聞く。子供は子供で敬語を使う相手ではないからである。日本人が子供に敬語を使うのは、子供が偉いからではなく、偉い人の子供だからである。

 日本人も朝鮮人も祖先を敬う。日本人は偉い祖先にあやかって、漢字一字を代々受け継ぐことが多かった。今でも親の一字を受け継ぐ例は多い。しかし、朝鮮では親と同じ字を用いるのはタブーである。偉い親と同列になろうとするなど、不遜の極みとされる。まるで正反対のようだが、これも、祖先を敬うという共通点があればこその違いである。

作者撮影。百済の古都扶余で客待ちをする観光船の船頭さんたち。 右の写真は朝鮮将棋をしている人たちだが、将棋の駒は丸く、マスの中ではなく線の交わった点の上に置く。とった相手の駒を自分の駒として使うことはできない。将棋の発祥地はインドとみられ、それが東西に広がって西はヨーロッパのチェスとなった。さまざまなバリエーションがあるが、相手の駒を使えるのは日本の将棋だけである。

作者撮影。韓国の風呂敷は四隅に紐がついているため、日本のものよりたくさん包める 類似があとになって失われることもある。女性(男性の例はあまり聞かない)が頭に物をのせて運ぶ習慣は、世界各地で見られ、日本でも京都の大原女(おはらめ)や白川女(しらかわめ)が知られているように、日本各地に散在する局地的な風俗として見られたが、1960年代に私が京都で学生時代を過ごしたころには、もう大原女も白川女も観光装束だった。朝鮮半島では、この習慣はもっと不変的なものであり、私が最初に訪韓した1970年代には、ソウル近郊の水原でも、左記の写真のように、どこでも見ることができた。しかし、21世紀を迎えた今の韓国ではほとんど見られなくなっている。

 このように、似ているからこそ違う、という例を集めれば、ずいぶんみのりある日本文化論が出来上がるのではないかと思う。欧米人などと会話をしていて、中国や韓国・朝鮮との違いをたずねられた日本人は多いであろう。そのとき明快に答えられれば、話がはずむことは間違いなしだが、なかなかそうはできないのが今の日本人である。広く世界に出ていこうとするのなら、身近なところに目を配り、もっとよく知ることがますます重要になってきていることを日本人は知るべきではないだろうか?