アメリカ
同時多発テロに思う

 ニューヨークの世界貿易センタービルの崩壊によるおびただしい瓦礫の中に、何人の死者が埋もれているのかはまだ分からない。死者の数が確認されるには長い時間がかかるだろうが、数がどうであれ、大虐殺であることには変りはない。このようなことが二度とあってはならないことは言うまでもないが、そのためにブッシュ2世の言う「報復」が効果があるかどうかは、きわめて疑わしい。

 直接に手を下したのは、少数の人間であるが、その背後にイスラエルの建国にまつわる戦後の歴史があることは確かである。今日のアラブとユダヤの対立は、2000年の歴史を持つという神話がある。しかし、この神話は、イスラム世界でユダヤ人が常に迫害されてきたという前提が証明されない限り成り立たない。イスラム世界が全盛をきわめていたころ、その中でユダヤ人はマイノリティではあったが、決して迫害の対象ではなく、今日のスペインに生まれエジプトで死んだイブン・マイムーン(マイモニデス)のようなエリートも多かった。彼らは単に異教徒とみられるだけで、ひどい差別を受けていたわけではない。「左手にコーラン、右手に剣」という、中世ヨーロッパに成立し,、近代ヨーロッパが世界中に広めた神話とは逆に、イスラム教は異教に対して寛容な宗教であったのである。

 これに対して、ヨーロッパのキリスト教社会におけるユダヤ人は、長い迫害の歴史を持っており、しばしばキリスト教徒の襲撃をうけ、大虐殺の被害者となることも多かった。ナチスによるホロコーストは、このような歴史の延長線上にあるもので、近代科学の成果を受けて、きわめて効率的に行われた。キリスト教世界で迫害を受けたユダヤ人が、迫害のない自分たちの国家を作りたいと考えたのは、ヨ _ヤ人が、迫害のない自分たちの国家を作りたいさ義だとも言える。間違いは、新国家を、このようなキリスト教世界の歴史とは無縁のイスラム世界に作ろうとしたことである。そして、新国家の建設地は、2000年も前にユダヤ人の先祖が住んでいたということで、パレスチナに設定された。古代ローマ人(当時はイスラム教などなく、アラビア語はまだアラビア半島でのみ話される局地的な言語であった)に追われたユダヤ人が2000年前に住んでいた人の末裔だとしても、パレスチナのアラブ人はその後2000年もの間、先祖代々この地に住み続けてきたのである。先祖が2000年前に住んでいたから、それ以後の住民は全部出てゆけなどということが世界中で実行に移されたなら、収拾のつかないことになることは言うまでもない。

 アッバース朝やウマイヤ朝といったイスラム国家の全盛期には、イスラム法に定められた人頭税(ジズヤ)をイスラム教徒同様に払いさえすれば、ユダヤ教に限らず、異教徒の信仰の自由は保障されていた。このような寛容さがあったからこそ、ピラミッドもスフィンクスも今日に残っているし、バーミヤンの大仏もごく最近まで健在であった。今日、イスラム世界がイスラエルに対して強硬でユダヤ人を敵視するのは、ヨーロッパから来て、自分たちを追い出した人間たちだからである。イスラム世界の中にあるエルサレムは、ユダヤ教徒ばかりではなくキリスト教徒にとっても聖地なのだが、代々のイスラム国家は、この町を決してイスラムだけの町とはしなかった。そのため、ユダヤ人の聖地である「嘆きの壁」もちゃんと残っている。イスラエルが建国される前には、先祖の土地に憧れてヨーロッパから移住してきたヨーロッパのユダヤ人は、アラブ人たちと親しくつきあえていたのである。その数はナチス時代になって増えたが、爆発的に増えたのは、もちろんイスラエルの建国後のことである。イスラム世界に住んでいたユダヤ人も多数この国に移住した。その後のイスラムとの対立の中でその数はさらに増えた。イスラム世界から移住したユダヤ人のイスラエル社会での地位は、ヨーロッパからの移住者より低い。彼らもまた、戦後の歴史の被害者ということができる。

エルサレムはユダヤ教のみならず、イスラム教、キリスト教にとっても聖地。有名な嘆きの壁のすぐ隣に金色に輝く屋根の岩のドームがある。「シオンとの架け橋」のフリー素材。 アラブとユダヤの対立には、2000年の歴史などない。今日ある対立は、イスラエル建国後の、わずか50年の歴史しか持たない。イスラエル建国は、シオニズムというユダヤ人自身の運動が結実したものだが、その建国を後押ししたのはイギリスであり、今日まで維持する上で力を貸し続けてきたのはアメリカである。欧米諸国にとっては、ユダヤ人が自分たちの世界から減る上に、イスラム世界に欧米の出店を作るというメリットもあったのであろう。アラブとユダヤの対立が2000年も前にさかのぼる運命的なものだという神話は、欧米社会の責任を回避し、かつイスラム世界にその責任を押し付ける、きわめて卑劣な責任転嫁のために、ヨーロッパ人がつくったものにほかならない。

 大阪の小学校で、自分に反撃してこない小さい子供を、身勝手な私情からつぎつぎと刺し殺した男とは異なり、テロの実行者は、我が身を犠牲にして自分の信じる大義のために確実にその場で死んだ。世界中で10数億を数えるイスラム教徒のうち、彼らと行動をともにするのはごく一部に過ぎないが、その行動が心情的には共感を集めるのも、このような歴史が今も続いているからである。無辜の市民を多数死に追いやった責任を彼らだけ帰していいかどうかは疑問であり、アメリカには、イスラエル建国後の中東政策の再検討が求められている。反省なき報復が、さらに多数の無辜の市民を死に追いやることになる可能性も決して小さくはない。

 ブッシュ2世のいう報復を、9割を超えるアメリカ市民が支持しているという。アメリカ人一人一人は陽気で親切な人たちであるが、USAが常に世界一でなければならないという、その信仰にはついてゆけない。USAに対する異なる見方に対しても、アメリカ市民は素直に耳を傾けるべきであろう。今回のようなことが起きるとあっという間に団結するときには、アメリカ人はつくづく怖いと思ってしまう。しかし、その状態をとらえ、アメリカ人を好戦的と笑う資格は、日本人にはない。日本人もまた、外から自分たちの国家がどのように見られているかには、きわめて無関心である。次稿アメリカ同時多発テロと日本では、この点を考えてみたいと思う。