江戸時代の庶民に
苗字はなかったか

1984年、食品にこのような
商品名をつけることが流行した。

 個人名と別に苗字(名字)というものを持つ民族は世界的にはむしろ少数派である。苗字のない国で同名の個人を識別する手段としてよく用いられるのは、父の名である。湾岸戦争で名をはせたイラクの大統領の名はサダムであり、その父の名はフセインである。オリンピックで優勝したエチオピアの女子マラソン選手の名はファトゥマであり、その父の名はロバである。このような事情が最初の報道のときに知られていなかったために、二人とも父親の名前で世界に知られることになった。

 人々が小さな村に住みそれが世界のすべてだった時代ならいざしらず、社会が複雑になってくれば、同名の個人を識別するには他の手段が必要になってくる。しかし、それを苗字という手段を使って行うことが一般化したのは、中国を中心とする東アジアが最初であろう。ついで一般化したのは、ヨーロッパであろうが、ジョンソン(ジョンの息子)とかロバーツ(ロバートの家の者)といった感じの名字が多く、イラクやエチオピアに似た印象を与える。ヨーロッパでも他の国と孤立していたアイスランドには今も名字がない(ただし、家系図は最も発達している)。

いくつ読めますか? 日本の苗字にはきわめて読み方の難しいものがあります。つぎのうちいくつ読めるでしょうか?  私の「信太」などメじゃありません。なお、赤字は私がじかに会ったことのある人の苗字です。

 1.
栗花落 2.小鳥遊 3.毛受 4.田籠 5.薬袋 6.治部袋 7.五六 8.四十八願 9. 10.八月一日 11.峠野 12.一口 13.汗 14.百目鬼 15.日月 16.五十殿 17.人首 18.仲村渠 19.若野 20.雲類鷲 21.斧谷 22.毒島 23.新阜 24.渡橋  25.山家 26.泥 27.美録 28.弘原海 29.霊元 30.中本

正解については、

 日本語は、朝鮮語やベトナム語同様、固有語を上回るほどの中国語を取り入れたが、姓名がおおむね固有語を保っているという点で朝鮮やベトナムとは異なる。苗字の起源についてはさまざまに言われているが、ここでは一つの誤解を正しておきたい。それは、日本人の大半は明治維新まで苗字を持たなかったという誤解である。確かに、江戸時代に苗字を名乗ることをおおやけに許されたのは一握りの人であった。しかし、だからといって、それ以外の庶民に苗字がなかったと考えるのは、ある時代にある法律が出されたからという理由だけですべての人々がそれを守ったと考えるのと同じ間違いである。実際には江戸時代の庶民も苗字を持っていた可能性のほうがはるかに高い。ただ幕府の政策のため、それを大っぴらには名のれなかっただけの話である。その直接的な証拠としての文献の発掘は最近はじまったばかりのようである。

 もし江戸時代の庶民に苗字がなく、明治になって好き勝手に苗字をつけたとしよう。ある村では宇治だの鷹爪だのという茶の銘柄の名前をつけ、ある村では水野だの榊原だのという江戸時代には恐れ多かった徳川四天王の名前をつけたという話が面白おかしく語られている。そういうことも、確かに一部にはあったかも知れない。しかし、この調子ですべての庶民が新しく苗字をつけたとすれば、私たちは会う人ごとに苗字をたずねることになっていたのではないだろうか? 実際にはそれまで聞いたこともない苗字の人に出会うということは、十人のうち一人ぐらいのものである。

天明七年、播磨国
黍田村宗門改帳。
公の文書には、苗
字は記されない。

 田んぼの中に住んでいるから田中だとか、山のふもとに住んでいるから山本だとかつけた農民が多いから田中や山本が多いという話はもっともらしい。しかし、鈴木や佐藤はどうだろうか? 田中や山本が西日本により多く、鈴木や佐藤が東日本に多いという地域差はあるものの、これらの苗字は日本全国に広範に分布する。交通手段も通信手段も発達していない明治初年に人々が好き勝手な苗字を名乗ったとすれば、こんな状態は生じえない。長谷川とか服部とか五十嵐という苗字は難読だが、数が多いので誰でも読める。なぜそれほど多くなったのだろうか?

 たしかに、日本は苗字の種類の多い国である。「なかじま」と「なかしま」を別々に数えるか、「中島」と「中嶋」の場合はどうかなど、数え方の基準を定める必要はあるが、最低でも20万種はあるだろうと言われている。しかし、その膨大な種類の苗字が同じような数ずつ分布するわけではない。東京と神奈川に限って178万人の名字を調べ、多い順に約49000位まで順位を出した津山さんという人がいる。全国統計ではないのですべてを網羅しているわけではないが、首都圏には日本中の人が集まるので、ここにない苗字は全国どこでも珍しがられる苗字だということはできる。津山さんによると、178万人の25%はわずか48種の苗字のどれかを名乗っている。268種で50%、1346種で75%を超える。しかも、苗字は限られた数の漢字の組み合わせから成るので、われわれは初対面の人の苗字をたいていすぐに理解できるのである。多い苗字の全国ランキングも数多く出ているが、同じ読み方の苗字を一つと数えると、上位20はつぎのようになるということでは、どのランキングも一致している。全国でもこれらの苗字を名乗る人の比率は15〜20%にのぼるであろうし、500ほどの名字で人口の3分の2近くに達するのではないかと思われる。

 あべ、いとう、いのうえ、かとう、きむら、こばやし、さいとう、ささき、さとう、すずき、たかはし、たなか、なかむら、はやし、まつもと、やまぐち、やまだ、やまもと、よしだ、わたなべ

 これまで述べてきたように、全国の苗字は沖縄をのぞいて共通性が高いのだが、一方で地域差もある。静岡・山梨の望月、愛媛の越智、宮崎の黒木などは地元では最も多い苗字に属するが、全国的にはそれほど多いとは思われていない。長野県では「沢」の字、鹿児島県では「園」のつく苗字が多いなど用いられる漢字にも地域的特徴がある。一般に東日本は苗字の種類が少なく、西日本は多い。「千葉、成田、渋谷、熊谷、三浦」など関東地方の地名に起源のある苗字が全国に広く分布するなど、苗字の分布は歴史をひもとく大きな手がかりともなる。苗字の研究も姓名判断や家系や珍名を集めて楽しむためばかりでなく、新たな角度から歴史に光を当てるものとして進めてもらいたいものである。

 明治新姓というものは確かに種類は多いが、それを名乗る人の総数は全体から見るときわめて少ないということができる。江戸時代の庶民も実は苗字を持っていたという研究はこれからだが、人口の大半が明治新姓だなどという証拠はまったくなく、状況証拠からすると圧倒的に不利なのだから、日本人の苗字の大半が明治に新しく作られたという通説は俗説としてしりぞけられていいと思う。私たちが今名乗っている苗字は、父母の両方をさかのぼれば、私たちの無数の先祖の無数の姓のうちの一つに過ぎないのだから、苗字は特定の苗字の人の占有物ではなく、日本人全体の共有する文化遺産だと考えて、みんなで大事にしていかなければならないと思うのである。

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