マスコミの選挙制度報道は
公平だったか?

 選挙制度に関して、マスコミがなすべきことは、何より有権者に対して判断材料を提供することであるはずです。ところが、「政治改革」論議のころ、政治学者の中で小選挙区制論者は決して多数派ではないのにもかかわらず、テレビには圧倒的に小選挙区制論者が多く出ていました。その一方で小選挙区制がもたらすさまざまな不公平については十分な情報を提供したというには程遠く、マスコミは小選挙区制実現の尖兵の役割を演じたといっても過言ではありません。

 その後の報道ぶりも、核心を常に外しています。その第一のあらわれが、重複立候補と「復活当選」への批判です。私自身も「復活当選」を好ましいこととは思いませんが、問題の本質は、「小選挙区で落ちた者がなぜ通るのか」ということではなく、「比例区で通るほどの政党になぜ小選挙区では議席が与えられないのか」というところにあります。「復活当選」という表現は、意図的かどうかは別として、小選挙区制をまずよしとした上での表現なので適当とはいえません。比例区を先に開票したら印象はがらっと変わってくるはずです。

 並立制の第一の難点は、中小政党が大政党と同じ条件ではたたかえないというところにあります。小選挙区ではほとんど当選できず、比例区では個人を売りこむことができません。本来、「重複立候補と「復活当選」とは、この不公平をいくぶんなりとも緩和するためのものなのです。問題は、この制度を悪用して小選挙区でも当選できるはずの大政党の候補者まで「復活当選」してしまうことです。それへの不満は、私もよく理解できます。しかし、問題の根は実は小選挙区制にあります。小選挙区制さえ廃止すれば、このような煩雑な配慮は必要がありません。この点をおさえない「復活当選」批判は、単純小選挙区制への道をバックアップするものとしかなりません。

 一度しか選挙をしないままで小選挙区と比例代表との比率が変更されたことをマスコミはなぜ批判しなかったのでしょうか? 小選挙区制論者の主張に一貫性がないことをなぜ衝かなかったのでしょうか? ニュース・ステーションに某東大教授が出て、「比例代表制は個人を選べないからよくない。小選挙区制にすべきだ」と帰りがけに言って退出しました。久米氏もコメンテーターもあっけにとられたような顔をしていただけでした。小選挙区制論者は、政党本位の選挙になるのがそのメリットだといっていたのではなかったでしょうか? かたよった情報を垂れ流すのではなく、社会の木鐸としての自覚を持った報道をしてほしいものです。拡大する一方の選挙区間の1票の重みの格差についても、マスコミは「比例配分の前に各都道府県に1議席ずつ配分したのが間違い」などと枝葉末節のことばかり言っています。定数を一律に1とする制度そのものの融通性のなさが原因だとなぜ言わないのでしょうか? そして何より、選挙制度が選ぶ側の権利の問題だという、いちばん大切なことを言っていません。選ばれる側だけで恣意的に制度が何度も変えられようとしていることを批判してこそ、少しは罪滅ぼしになるのにと思われます。

 有権者は選ばれる側が政治を変えてくれるなどという幻想は持たないほうがよさそうです。政治を変えられるのは何よりも自分たちの一票なのだということを肝に銘じ、自分たちの一票に関することについては、軽々しく政治家やメディアを信用すべきではありません。政治もメディアも、その中枢部は意外に狭い世間で、一度暴走し始めたら止まらないもののように思われます?

 「政治改革」のときの異様な小選挙区制キャンペーンについては、マスコミの中にも「しまった!」という気持ちはあるようです。しかし、自分たちの権威を守るためでしょうか、そのことをはっきりとはいっていません。逆に、小選挙区制によって派閥の力が弱まったかのように言い、恥の上塗りをしているメディアまであります。間違っていたことは間違っていたとはっきり言う勇気をマスコミには求めたいものです。