となりの国の呼び名

筆者撮影
韓国の鰲頭山(オドゥサン)統一展望台から
川一つをはさんで望む北朝鮮(向こう岸)。

 となりの国は、今南北に分断されている。分断は冷戦構造下で起こったが、その種をまいたのは日本である。となりの国が日本の植民地でなかったら、米ソの分割の対象とはならなかった。ドイツは自ら分断されたが、日本は朝鮮を身代わりにすることで分断を免れた。そのことの痛みを感じることなしに、日本人がとなりの国を語ることはできない。 

 いま、となりの国には南でも北でもない領域は存在しない。南が韓国と称し、北が朝鮮と名のっているのなら、それぞれの領域をその通りによび、そこに住む人たちを韓国人、朝鮮人と呼ぶことは当面やむをえない。しかし、この日本に住むとなりの国の人たちを、われわれは何と呼んだらいいのだろうか? アメリカにいる人たちは在米韓国人と呼ばれる。南北分断後の南からの移住者が大半を占めるからである。これに対して、中国や旧ソ連にいる人たちは朝鮮人とか朝鮮族とか呼ばれている。となりの国に南北の境界が無く、全体が朝鮮という名で日本の植民地だった時代の移住者とその子孫だからである。その点では、日本にいる人たちも同じなのだから、一括して朝鮮人と呼んでもいいようにも思える。だが、それを自分たちはもう植民地朝鮮の人間ではない、韓国という独立国の人間なのだ、あるいは、自分の故郷はいま韓国とよばれている所なのだという人に、日本人の側から押しつけることはできない。しかし、もともとが同じ民族なのだから、総称をどうするのかという問題は避けられない。

 最近よく聞く「韓国・朝鮮人」という呼び名は、このようなジレンマをとりあえず回避するために考えられた苦肉の策である。「韓国・朝鮮」で一つの固有名詞なのであり、これを韓国と読みたい人は韓国と読みなさい、朝鮮と読みたい人は朝鮮と読みなさいという玉虫色の文字だと考えればいい。一度テレビのあるニュース番組で、これを「日本には韓国人と朝鮮人がいて」と説明しているのを見たことがあるが、「韓国・朝鮮」という表記にこめられた意味がまるで分かっていないと思ったものである。また、「関東大震災のときの韓国・朝鮮人虐殺」という見出しを見たことがあるが、当時は南も北もなかったのだから、「朝鮮人」で十分だと思う。

 日本における韓国人と朝鮮人は出身地で分かれるわけではない。本国での出身地は南の中でも慶尚北道、慶尚南道、全羅南道(済州道も昔はここに含まれていた)と、「南」の中でもより南の地域に偏っている。ちなみに、私の育ての父は「南」の全羅北道の出身で、別に威張るほどのこともないと思うのだが、在日に全羅北道人は少ないのだと威張っている。だから、まして今日の「北」を故郷とする人は少ない。どんなに多く見ても3%にも達しないであろう。

 「在日」は、国籍で韓国人と朝鮮人に分かれるわけでもない。日本の外国人登録で「朝鮮籍」というのは確かにあるのだが、これは朝鮮民主主義人民共和国籍というわけではない。日本と北朝鮮との間にはいまだに正式の国交がない。認めていない国の国籍で日本政府が登録するはずもないのである。旧植民地出身者が日本国籍を失ったのはサンフランシスコ講和条約の締結時のことだが、そのとき朝鮮半島出身者はすべて「朝鮮」籍とされた。そののち韓国政府からの要望で「韓国」籍に変える道が開かれ、もともとが南の出身者が多いためもあって、今では韓国籍が多数派となっている。朝鮮籍から韓国籍に変えるのは容易だったが、その逆が認められない時代があった。「朝鮮」というのは単なる符号であって国名ではないからというのがその理由であった。このことからも朝鮮籍=朝鮮民主主義人民共和国籍ではないことが分かる。なお、中国人の場合は、出身地や帰属意識が大陸か台湾かにかかわらず、いまもすべて「中国」として登録されている。

 日本には本国から窓口としてそれぞれ認められている民族団体が二つある。「南」とつながる在日本大韓民国民団(民団)と「北」とつながる在日本朝鮮人総聯合会(総聯)」である。しかし、この2団体がすべての「在日」を組織しているわけではない。あえて韓国籍にしなかったという意味で、朝鮮籍の人の中に総聯系の人が多いことは確かだが、すべてというわけではない。また、すべての「在日」がどちらかに所属しているわけでもないし、所属している人がすべて心から本国政府を支持しているわけでもない。要は人それぞれなのである。

 テポドン問題で、「北」へ送金させないために、在日朝鮮人の資産を凍結せよという主張が一部の国会議員から出されたことがあった。では、在日朝鮮人とは誰のことなのだろう? 朝鮮籍はもともとが日本政府が押しつけたものである。その際日本籍にとどまるという選択肢は欧米諸国に住む旧植民地人とは違って用意されていなかった。朝鮮籍だからといって資産を凍結するわけにはいかないだろう。では、総聯に所属する人という意味だとすれば、所属しているかどうかをどうやって確認するのだろうか? 無知もほどほどにしてほしいものである。もっとも、この提案は、政党を問わず問題にもされなかったというのだから、昔に比べれば時代はだいぶよくなってきているとは言える。

 テポドン問題については、私は飛んでくることはないと思うが、脅しの手段とすること自体、まったく気にくわない。しかし、北朝鮮に住む肉親に送金したいというのは、向こうの経済情勢が厳しければ厳しいほど人情ではないだろうか? 総聯系の人の中には、肉親が向こうにいるからということで、抜けたくても抜けられない人もいる。テポドンのことで何らかの迫害を受けることがあれば、そういう人こそ被害者である。「北」ができる以前から日本に住んでいた人とその子孫であり、別に「北」から派遣されてきたわけではないのである。

後ろに「在日同胞たちの帰国を熱烈に歓迎する」という横断幕が見える切手。帰国事業が盛んだった頃、北朝鮮が出したもの。

 在日コリアンのほとんどが「南」の出身であることはさきに書いた。いま北朝鮮にいる元在日コリアンにも、もともと北に住んでいて帰った人は少なく、南から日本に来て戦後北へ渡っていった人の方がはるかに多い。今の経済情勢を考えればなぜ? と思う人が多いだろうが、帰国運動が盛んだった1960年前後は、在日コリアンにとって日本で生きていくことは、ほとんど何の夢も持てない時代だったのである。なにしろ小さな商店ですら正規に雇う所はほとんどなかったので、臨時雇いで食いつなぐか、自らささやかな事業を起こすしかなかった。安い公営住宅に入る権利もなく、国民健康保険にも入れないので病気になっても満足に医者にかかれなかった。大学院まで行って工学博士号をとった人がどこにも就職できず、親の自営業をついだという話も多かった。商才のある人が事業に成功しても、税務署の査察や取り立ては日本人以上に厳しかった。約9万人という在日コリアンが北へ渡っていった責任の多くが日本の政府や社会にあることを、日本人は痛みをもって認識しなければならないのである。

 最後に、韓国籍の人、それも民団の組織に関わる人の中にも自分を「朝鮮人」と呼ぶ人もいることを知ってほしい。かつて在日コリアンは「チョーセンジン」と呼ばれて差別された。日本人が差別語として用いた言葉を朝鮮人の側から誇りある言葉としてとらえなおしたいという気持ちがそういう人たちにはある。そこまでいかなくてもどちらの呼び名でもかまわないという人もかなりいる。考えてみれば、古い国にいくつもの呼び名があるのは当然のことである。「韓国人」という言葉は日本人には比較的抵抗感がない。韓国という独立国ができてから、この言葉を覚えた世代が多いからである。1910年に朝鮮半島が植民地とされた当時の国名は大韓帝国だったので、明治時代にも韓国という言葉はよく用いられていたのだが、そんな時代の記憶のある人は今や百歳を超えているであろう。

 なお、左の写真は、20年ほど前、韓国旅行中、百済の古都である扶餘で見かけた看板を撮ったもので、「変だなと思ったらもう一度見て、怪しければ申告しよう」と書いてある。何のことかというと、北のスパイの摘発をよびかけているのである。