50代からのHP奮戦記

 書いている内容でお分かりと思うが、私はまったくの文科系の人間である。学校時代の理数系の成績は、生物を除いて芳しいものではなかった。だから、こうしてHPまで開いていることが奇跡のように思えるときがある。そのような私が、キーボードになじまざるをえなかったのは、やはり教師という職業柄であろう。教師は頻繁にテストを出題しなければならない。そういうとき、問題文をいちいち手書きするのはたいへんな手間である。国語という教科の場合は、とくに字をたくさん書かなければならない。さいわい、私は、、学生時代に必要があって英文タイプをマスターし、QWERTY配列でブラインド・タッチができるようになっていた。それでも、ワープロが普及し始めたとき、買おうという気にはなれなかった。なにしろ字は汚いし、変換ものろいし不正確だったからである。しかし、このような問題点が解決されたとき、ようやくワープロを購入し、仕事で使うようになった。大学のとき、卒業論文は手書きで書いた。原稿用紙を糊紙細工したために山のように盛り上がった部分もあった。あのころワープロがあったなら、二晩も徹夜して入った銭湯の洗い場で身体を洗いながら眠り込んでしまい、隣の人に起こされるようなこともなかったと思う。

aを左手小指で押すわけ aは英文でもeについで使用頻度の高い文字である。そのaをQWERTY配列では、最も使いにくい左手小指で打たなければならない。これは、昔のタイプライターでは、あまりに速く打ちすぎると文字を載せた軸がからむため、それを事前に防ぐためだったらしい。今のキーボードではその必要はないが、一旦覚えた配列を覚えなおすのはたいへんであるため、昔の配列が維持されているときく。母音の多い日本語をローマ字入力すると英語など以上に、aを打つ回数は多くなる。

 ワープロは買ったものの、パソコンを買う気にはなれなかった。パソコンを買っても、使い道はワープロぐらいしかなく、結局むだになると思ったからである。ゲーム程度なら、たまに子供のファミコンにつきあえばそれでいいという気持ちだった。しかし、学校というところにいると、成績処理ということを頻繁にする。そのため、表計算ぐらいはできなければならない。よくしたもので、表計算もできるワープロ専用機が売り出され、やはり、パソコンは買わずに済ませた。いま、ワープロ専用機は衰退の一途をたどっているが、それは、このような多機能化によってやたらと高価となり、自ら墓穴を掘ったためだと思う。これからの時代、ワープロ専用機には、小学生がお年玉で買える程度の安いおもちゃにするほか、生き残る道はなさそうだ。

クリックするとmillanimationsへリンク けっこう高値で買ったワープロが、なんべん修理に出しても同じような故障を繰り返すようになった。そこで初めてパソコンへの買い替えを考えた。そのころからインターネットという言葉をよく聞くようになった。私は一度本を出版したことがある。さいわい自費出版ではなく出してくれる出版社が見つかったのだが、金のかかる自費出版などはしたくない。その一方で、できれば人に読んでもらいたいことがいろいろと自分の中にある。こういうジレンマを解決してくれるものがインターネットであるように思われた。そこで、苦手な理数系の勉強をすることを覚悟で、まずパソコンに親しんで、何とかHPを立ち上げようという悲愴な決意をした。ところが、買ってからわずか2ヶ月後に簡単にHPを立ち上げることができ、すっかり拍子抜けしてしまった。

 インターネットをするのに体力は要らない。これからのことを考えると、いいものをマスターできたものだと喜んでいる。しかし、私と同じ50代でネットをした経験が一度でもある人は、新聞によれば日本では3割前後だとのことで、これは私の身近なところでの実感と一致している。それ以上の世代になると、普及率は年齢が上がるにつれ、急勾配で低下する。子供のころから世話になった人に、いま考えていることを知ってもらいたいと思ってもままならない。

 思えば、私のような機械に弱い者が簡単にHPを立ち上げることが出来るようになるまでに、メーカー側は大変な苦労をしたのだと思う。商品はたくさん売れなければならないし、売れるためには誰にでも使えるものにする努力が重ねられたことだろう。しかし、私より上の世代にはそれが分からない。まず、喜寿を過ぎて遠く離れて済む母だが、マウスを握るのがいやだという。母は英文タイプができ、キーボードには比較的抵抗がないのだが、見なれないものには、どうしても抵抗を感じるらしい。マウスは何も意地悪をするために発明されたものではなく、画面が提示することをポイントするだけで実現してくれるやさしい道具なのだと口をすっぱくして説明しても通じない。そのため、横浜に帰るたびに新たに書いた記事をプリントアウトして持ち帰っている。

 メーカーには、商品として売ろうと思う限り、パソコンをさらにやさしいものにする努力が引き続き求められる。私たち50代がこれからも、7割もの人がネット経験もないまま、60になり、70になってゆくのでは、メーカーにとっては損であろう。団塊の世代という言葉もあるとおり、私たちの世代はたいへん数が多い。私は、体力のなくなる老後のことを思えば、50代にしてネットをマスターできたことをとても幸運と感じている。幸運というのは、やろうという気持ちになれるきっかけがたまたまあったという意味である。

背景は、「ゴジュウカラ」という鳥。広島自然画報のフリー素材より。